青年の旗 1977年11月15日 改題9号

【主張】 ”人権外交“の破産と核軍縮

 カーター米大統領は、就任十カ月足らずで内政外交両面に渉り、その権威を失墜させてしまった。特に外交面では“人権外交”を唯一の旗印に、反ソ反社会主義を煽り、西欧諸国の離反をくい止め、帝国主義同盟の態勢立て直しの盟主としての地位死守に狂奔したが何ら成果を挙げることなくその手直しを余儀なくされている。
 NATO強化を企み中性子爆弾の欧州配備をぶち上げたが、NATOの核計画グループ秘密会議で、「政治的に問題が大きすぎる」という異論が相次ぎ、その決定を延ばされた。又、ベオグラード会議でも、「人権」を盾に安全と協力に関する他の諸問題を遠ざけようとしたが、仏・スウェーデンなどが公然と米と「人権」の問題を「小事にこだわってはならない」として退けたのをはじめ、西欧諸国から総スカンを食らった。
 一方、米国内でもカーター株は暴落している。最新のハリス調査によると、「外交政策」では、今回は完全に逆転し、不支持51%が支持32%を大幅に上回った。
 ここに至って、カーターは止むなく手直しを迫られバンス国務長官は「人権外交は静かに行うべきで、その進め方に再検討を加えている」(10/30)ことを示唆した。
 その結果、暗礁に乗り上げていたSALTU交渉も米側がソ連のバックファイアを対象外とすることに譲歩した(10/12)ため、解決の兆しが見え始めた。プレジネフは「最近明確な前進があった」(10/21)と述べ、カーターも「二、三週間以内にも合意に達しよう」
(同日)と言明した。
 結局カーターは早々に自己の失敗を世界中に露呈したことになったが、そもそも彼の誤りは、今日の社会主義との力関係を冷静に判断しようともしない時代錯誤にあった。反ソ反社会主義でいくら帝国主義の危機感と結束を煽ってみても、帝国主義間の矛盾と対立を克服しえず、経済的にも政治的にも社会主義諸国を無視しえない、否それとの積極的な交流・協力こそがとどめようのない現実であり、今日デタントの流れが不可逆的なものであることを示したのである。

<新たな平和攻勢>
 従って、世界の平和・民主勢力は、この優利な力関係とデタントの流れを、いかに自己の目標に生かすかということに関心を集めなければならない。
 その意味で、プレジネフ議長が、革命六十周年の記念演説で、(1)核兵器生産の同時停止、(2)「平和目的」を含む核実験の全面停止を呼びかけたのは、時宜にかなっている。マスコミも報じる如く、七八年国連軍縮総会を契機に開始された「新たな平和攻勢」である。NGOも、核軍縮の実現のため特別総会に焦点を合わせた国際的大衆行動を提起し、十月十日にはソ英偶発核戦争防止協定が締結され、核軍縮への気運をたかめている。今や、全世界の目が核軍縮に向けられており、全面核停は現実的な課題になっている。

<核軍縮へ平和運動の再生を>
 このような情勢の中で、日本の平和運動とりわけ原水禁運動には、デタントの流れを正しく評価し、核軍縮のための国際平和運動に合流することが課題として与えられている。しかし、現状は必ずしも好転していない。
 統一実行委は、国連総会宛の署名を提起しているがその内容は一般的に”核兵器全面禁止”をアピールするだけにとどまり、今日具体的に提起されている全面核停などの核軍縮は取り上げようとしない。(日共・原水協は、部分的措置は核兵器全廃につながらない、幻想を与えるだけだとして反対し、逆に核兵器全面禁止協定を対置し、国際平和運動に分裂を持ち込んでいる。)
 他方、原水禁国民会議は、「いかなる国」問題と「反原発」こそが統一の試金石だとして、国連特別総会へむけての取り組みにも、核軍縮の課題にもとづく運動にも消極的である。一部には、核軍縮の課題からすべてを切り離し、「いかなる国」問題をソ連核実験に抗議するかどうかに歪少化したり、反原発闘争だけに原水禁運動を解消したりする向きもあるが、それは日本の連動を民族主義の落穴に導きかねない。
 結局、原水禁運動の指導部には、デタントの流れを米ソ二大国による核支配と見る情勢把握や、部分的措置幻想論、核軍縮の反原発闘争への解消等による左右の民族主義的偏向が色濃いと言わねばならない。今や我々は、声を大にして全面核停など核軍縮の課題に基づく平和運動の創造と国際平和運動への合流が急務だ。

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