青年の旗 1983年4月1日 第74号

【主張】 労働者階級の統一と団結でペアゼロ突破83春闘勝利へ

<資本の賃金抑制攻撃と全面対決を>
 八三春闘は、経営者団体がのっけからペア・ゼロ、定昇のみの賃上げをこぞって提唱し、しかも昨年度の人事院勧告が未だに凍結されたままという異常事態のなかで開始された。労働市場の逆転を背景にした資本の璧はかってなく厚く、おまけに「がまんの哲学」を唱える行革キャンペーンという強力な援軍までついているのだから、生やさしいことでは労働者の経済的要求は勝ちとれまい。しかし、ここでひるむならば、春闘の存在すら否定しようとする資本の意図に完全に屈服してしまうことになろう。情勢は確かに厳しく困難が横たわっているが、これに立ち向うだけの勇気と智恵が労働運動に要求されているのである。
 労働運動にとって必要なことは、資本の賃金抑制攻撃と全面的に対決するのだという決意を身をもって示すことであり、そのようなエネルギーを最も有効に結集できるような新たな構造の春闘をつくりだすことである。そのために、まず労働者間の意志結集がはかられねばならない。賃上げ七%という労働四成体の統一要求基準は、労働者の生活感覚からはほど遠いものであるが、なによりもこの最低線を死守するという目標をしっかり浸透させることが大切だ。減税要求や人勧実施要求についても同じである。そして、ナショナルセンターの枠組みをこえて全労働者が団結して闘うならば、必らず資本の防衛線に穴をあけることが不可能ではないということを示す必要があろう。

<金属一斉回答への包囲を>
 八三春闘は政治春闘でもある。統一地方選とそれに続く国政レベルの選挙を控えて、まさに「選挙がらみ」の春闘となるのは間違いない。しかも、昨秋の中曽根内閣の登場以来、軍拡と反動を基調とする福祉切り捨て、賃金抑制、大衆負担強化の路線は、労働者の暮しをますます圧迫している。春闘を闘う労働者にとって、これらの政策と対決することは避けられぬ課題であり、八三春闘は反行革、反中曽根の気運を一層高めるような闘いとならねばならない。
 だが同時に、政治を変えなければ暮しも良くならないという口実で、春闘での闘いを放棄し集票優先の活動を労働組合に押しつける政治主義的敗北主義も厳しく批判されなければならない。日本共産党は、この誤った路線を地でいっており、人勧闘争のサボタージュ、春闘共闘の行動への不参加、労組集合を選挙集会に変える引き回しは目に余るものがある。大衆闘争の不在のなかでどうして政治的変革がかちとれようか。
 しかし、これは共産党だけの専売特許ではない。統一地方選の組織内候補をかかえる官公労とこれに依拠する総評指導部が、選挙への影響を「配慮」して春闘ヤマ楊の闘いを四月二十五日以降にずらそうとし、内外の猛反発をうけているのである。これは、金属回答指定日(四月一二日頃)に向けた闘いを事実上放棄し、春闘相場決定の重要なヤマ場から逃げることを意味する。まさに官民分断、ストなし春闘を自ら招こうとするものであり、批判をうけるのは当然であろう。
 資本の厚い壁を打ち破るために、官民を問わず全ての労働者が四月上・中旬の闘いに集中し、総力をあげることこそが必要なのである。

<統一の力こそ春闘勝利の道>
 政府が反労働者的政策をつぎつぎと打ち出し、資本の賃金抑制攻撃が高まっている今日ほど、労働運動の統一が客観的にも主体的にも要求される時はない。私鉄総連と全国金属が相次いで全民労協への参加を正式決定したのは、このような時の流れがそれを要請したからにほかならない。資本は、全民労協を労働運動の右翼的再編へのきっかけにしようとしきりに画策しているが、賃上げをめぐる明らかな労資対立がそれを拒んでいる。右派組合幹部による労使協調路線が何の役にも立たないことが労働者に暴露されつつあるのだ。このような時にこそ、右派幹部を孤立させ、その下にいる多くの大衆に呼びかけるチャンスがある。外から非難するだけでは何の力にもならない。本当の闘い、本当の統一がどんなものか、先進的部分は実例で示す必要があるのだ。八三春闘は、そのような闘いの第一歩とならねばならない。

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