青年の旗 1985年12月1日 第106号

【論説】 癒し難きセクト主義の業病--日本共産党17回大会--

<「大政翼賛会」化路線を明記>
 十一月二四日に終了した日本共産党第一七回大会は、ついに同党の民族主義とセクト主義の業病を、もはや回復しがたいところまで進行させてしまった。
 社会党の「右転落」、「大政翼賛会化」を口をきわめてののしる共産党指導部は、自らそのもっとも典型的な「大政翼賛会化」路線=ソ連に対する「北方領土要求」を、ついに党の基本文書である綱領・規約を改悪してまで全党員の無条件の義務とすることによって成しとげた。
 街中を日の丸と軍旗をなびかせて、軍艦マーチと軍歌をボリュームいっぱいに、金切り声をあげて走り回る、自民党から右翼暴力団 ファシスト集団にいたるいっさいがっさいの日本の民族主義的・報復主義的勢力の共通スローガン「北方領土を返せ!」が、これからは日本共産党員の義務的スロローガンとなったわけである。あのいまわしい「大政翼賛会」の旗を掲げるのは戦前のように、一部の党員ではなく、党指導部全体なのである。
 宮本議長は、大会閉会挨拶のなかで、社会党についてふれ、「今の日本は独伊軍事同盟と軍国主義の方向に沿った大政翼賛会の方向に進むかどうかの岐路に立っている。社会民主主義者の良心の有無がまさに歴史に問われている瞬間だ」と述べているのであるが、そのまったく同じ言葉が自らに跳ね返ってきていることを自覚すらできないのである。
 日・独・伊帝国主義の、反共・ファシスト連合にたいする、反ファッショ連合の勝利としていた第二次世界大戦の結果を変更しようとする帝国主義陣営と手を組むこと−これこそが最悪の「大救翼賛会化」路線でなくてなんであろうか。しかも、自民党の「四島返還要求」ではなまぬるいと、「全千島列島の返還」を叫んで領土要求のチャンピオンを自負している。世界第二位にのしあがった日本帝国主義、世界最悪の反動・軍拡推進者レーガンと肩を並べる中曽根のもとで、宮本指導部は、「覇権主義反対」という名のもとに、帝国主義を弁護する隊列に加わり、多くの党員がそのことに眉をひそめ、恥じ入っても、逆に胸をはっているのである。今回、共産党の本質にかかわる部分が明確に否定される綱領・規約の改悪が行われたといえよう。

<日本は「抑圧民族」ではない!?>
 このことは、日本独占資本主義が帝国主義国であることさえ否定する姿勢と無縁ではない。宮本指導部は一方で日本はもはや「帝国主義陣営」に属しているかのような表現上の抜け道を用意しながらも、それでもやはり「アメリカ帝国主義になかば占領された事実上の従属国」である(綱領)という規定をあらためて再確認し、「かたちのうえではいちおう主権国家となっているが、実質的には対米従属下におかれ」(不破・中央委員会報告)た、あわれな日本民族の独占資本を積極的に弁護している。
 たとえば、宮本指導部は、党内から出てきた「対米従属は残存物にすぎず、日本はすでに抑圧民族の一頂点にたった」という正当な意見にわぎわぎ反論をし「日本が『世界一の債権国』となった事態を、単純な『抑圧民族化』とみるのも致命的な誤りです」(上田耕一郎・大会発言)として、帝国主義国であることから必然的に伴う「抑圧民族化」をかたくなに否定し、日本独占資本・金融資本を積極的に弁護するに至っている。なかば占領されているという事態からは、最大の課題は、日本独占資本・日本帝国主義との闘いではなく、「民族独立」の課題とならぎるをえない。そこで今回の大会ではまったく奇妙なことが行われた。かれらが掲げてきた「革新三目標」に修正を加えたのである。すなわち、今回、「この目標の定式化にあたって『真に独立した』という規定をつけ加えました。−一九七一年の革新三目標を定式化したさい、独立の問題にあえてふれなかったのは、−統一戦線結成の障害にしないためでした。社会党が安保条約廃棄の課題そのものに背を向けてしまった今日では、こういう特別の配慮はもはや不必要になりました」(不破・中央委員会報告)というのである。もはや邪魔者がいないから、配慮は不必要、真の独立闘争をというわけである。

<馬脚あらわすセクト主義>
 これはなんという論理であろうか。自己の限られた仲間内にだけしか通用しない課題を、もはや配慮が不必要になったからといって押し込み、もともと狭い枠をいっそう狭くする、そのことをなんら恥じ入ることなく提起できる統一戦線思想とはいったいいかなるものであろうか。
 今回の大会でかれらは、「非核の政府」構想なるものを最重点課題として取り上げている。その際に宮本議長は、自ら狭くした「革新三目標」を不問に付しながら、「残念ながら、革新三目標支持の戦線は、まだかぎられたものです。したがって、わが党が独自に反核・平和の強大な戦線とその上に立つ政府の展望をいまとくに強調するものである」 (大会冒頭発言)とのべて、「非核政府」構想の「新しい具体化」として、次の五つの条件を提起している。
 @核戦争阻止、核兵器廃絶を緊急課題として追求、A非核三原則の厳守、B日本を核戦場化に導くいっさいの措置に反対、C国家保償による被爆者援護、D原水爆禁止世界大会の積極的伝統を生かしての国際連帯。いまもっとも要請されている「反核・平和の政府」という広範な統一戦線の必要性からいえば、「非核の政府」構想それ自体は一歩前進だといえよう。しかしこの五つの条件はいったいなんであろうか。ことさらに「核兵器廃絶を緊急課題」とすることには、「究極の課題」論者を排除しようという独特のセクト主義的色分けがあるとしても、C番までは特断の異議があるものではないであろう。しかしこのD番の条件はまったく得体のしれないものである。実はこれによって、あらかじめ社会党・総評路線なるものを排除しようとしているのである。実際に、原水禁・総評の「世界大会変質策動」なるものが口をきわめて罵られているのである。宮本議長は記者会見で「今後共同できる勢力と協議、懇談していくが、細かな手順、団体はこれから詰める。(社会党にも呼びかけるかどうかは)まだ決めていない。初めから、社会党、同党支持者、総評はお断りということはできない」 (二月二三日)と述べて、「初めからお断り」はできないが、本来の対象ではないことをはしなくも暴露している。
 不破委員長はさらにこれを補強して、「この政府は安保条約廃棄を直接一致点として出発する救府ではありませんが、社公合意など新与党化路線がめざす安保肯定の政権構想とはまったく異質のものであります」(中央委員会報告)、と述べて、ここでもセクト義の馬脚を露骨に出しているのである。
 「思想・信条を問わない広大な戦線の形成」をうたいながら、その舌の根も乾かない内に、社会党の「右転落」 「革新の路線との根本的決別」、「わが党以外のすべての野党の新与党化−自民党の補完勢力ヘの転落」、「”市民主義”や”無党派主義〃を名とする日市連などの反共分裂主義」等等の悪罵を片端から投げつける、ここには統一戦線思想などそもそも存在していないのである。

<東大院生「宮本議長勇退勧告」問題>
 まさにこうしたセクト主義思想そのものを原因とする党活動の停滞・欠陥を鋭く問題にしたのが、東大院生支部の宮本議長勇退勧告決議案の問題であった。あわてふためいた党指導部は大会直前の赤旗紙上で「一部の敗北主義」なるものについて、数度にわたって、一般読者には理解しがたい先走った反論をおこない、処分まで行っていたのである。これについて述べざるをえなくなった不破委員長は、「党活動のあれこれの欠陥の指摘を、党の政治路線、組織路線の『誤り』なるものに結び付けて、その角度から『責任』を問題にするという特殊な議論がごく一部にみられました」(中央委員会報告)、と報告し、宮本議長は記者会見の中で「ごく一部のもので、−特徴は『社会党に投票せよ」とか『派閥、分派連合を認めよ』とか典型的な敗北主義、投降主義、観念的歴史観によるもので、そうした教材として取り上げた」として、ごくごく一部のものにしかすぎないことをことさらに強調している。
 しかしこれは、大会での東京の代議員の発言によると、「この分派活動がきわめて計画的に行われたということです。『分派活動の計画書ともいうべき文書では、反党活動の意図をもち、そのための手順も決めて、院生支部で彼らの反党文書を決議させ、都党会議の代議員、さらには党大会の代議員となるための非公然、非合法の多数派工作をやる、党大会の代議員になれなくとも、マスコミに報道されることを意図して、伊豆学習会館でビラをまき大会代議員の決起を促す、これを除名を承知でやる、としています。−『民主集中制の緩和』などと称して『理論派閥の容認』『横の交流の拡大』「党外出版物での批判の容認』などあからさまな主張を述べています」というのである。
 大会前に七号にわたって発行された「赤旗評論特集版・臨時増刊号」には、この東大院生支部に限らず、数多くの批判的意見、.党中央の指導責任ならびにそのセクト主義的政治路線そのものの誤りを問う批判が寄せられている。
 たとえば北海道の北村明夫氏は、「『三二年テーゼ』の時期に党のセクト主義的誤りと『社会ファシズム論』がありました。最近の党中央の論調は再びその誤りを犯しているのではないかと思われます。たとえば『日市連』評価について、その運動に共産党と意見の違う者が多数参加していたとしても、−そのような人々と統一を追求せず、敵のように扱うのは正しくないと考えます」という、厳しい批判を行っている。
 今大会は、こうした共産党指導部の民族主義とセクト主義の誤りにたいする不満と批判が正しく組織され、真の統一戦線の推進者、組織者となりうる共産主義運動の再建こそが求められていることを明らかにしたといえよう。   (生)

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