青年の旗 1986年9月1日 第115号

【主張】核実験全面停止、SDI阻止、防衛費1%枠突破阻止で
                        軍縮週間へ向け闘おう!


 86年の防衛白書が八月八日に閣議で了承された。本年の白書の特徴は、@防衛計画の大綱に対する評価の変化、A日米軍事協力に対する積極的評価の二点にある。白書は防衛計画の大綱によって達成せんとする「防衛」力が示されている別表の「内容の変更することは可能であり」、これを変更しても「大綱の基本的考え方を見直したことにはならない」との立場を示した。既に中曽根政権誕生後一貫して「大綱の見直し」が自民党の側から主張されていたことを考えれば、大綱そのものは変更させないようによそおいつつ、軍事力を規定した「別表」の変更によって大綱そのものを変更せんとすることは充分予想され得ることである。しかし、事態の重大さはそれのみにとどまらない。防衛計画の大綱は76年三木内閣の下で採択された。それは「特定の差し迫った侵略の脅威に対抗するというよりも全体として均衡のとれた隙のないものであることが必要である」(76年度防衛白書)という「基盤的防衛力構想」の下に、「平時において十分な警戒体制を取り得ると供に、限定的かつ小規模な侵略までの事態に有効に対処し得るものを目標」としていた。この防衛計画大綱の採択一週問後に閣議決定されたのが「防衛費の村GNP一%枠」である。76年に確立されたこれらの防衛政策--「基盤的防衛力整備構想」「防衛政策大綱」「GNP一%枠」--は政府・自民党によって「平和時の防衛力」と命名されはしたが、軍縮への方向を指向したものではなかった為、この十年間の軍拡、憲法違反の自衛隊の拡大、日米安保体制の拡大・強化をなしくずし的に許したことは事実である。しかし、一方においては、これらの防衛政策が、世界の平和勢力と共にベトナム反戦を闘い、70〜71年の中曽根防衛庁長官によって策定された「第四次防衛力整備五ケ年計画」という大軍拡政策に反対した日本の平和運動を背景として確立されたものであり、当時の政府・自民党とこれを支える独占資本が「経済重視・軽武装路線、軍事費はそのための掛け捨て保険」ともいうべき路線を選択していた結果の防衛政策であったと言うことができる。
 防衛計画の大網策定当時の代年に確立された政府・自民党の防衛政策は「ソ連脅威」が急速に強調され始め、防衛白書にも大きく記述されるようになった80年頃から変更されてきていた。そして「別表」の変更によって実質的に大綱の変更に踏み込むことが本年の白書で宣言されたことによってその変更は決定的となった。本年の防衛白書発表と相前後して、「防衛費枠は一%程度に見直すべき」との主張が栗原防衛庁長官、伊東政調会長など自民党の側から行われているが、こうした点にも政府・自民党そして独占資本がその防衛政策を質的に変更させんとしていることが示されている。
 その変更における政治的・軍事的表現が日米軍事協力の拡大である。白書は日米防衛協力について莫大な分量で詳述し、「今後とも、日米共同訓練を積極的に実施していく方針」を明らかにしている。そして、今日の「日米防衛協力」がいかなる政治的・軍事的意味を持つかを国内外に認識させようとしたのが八月二四日のトマホーク積載艦船ニュージャージー佐世保入港である。極東ソ連軍の拠点ウラジオストック、チタを直接攻撃できる中距離巡航核ミサイルの発射戦艦が日本に寄港したという事実は、日本が英国や西独のバーソングU発射基地と同様の対ソ核攻撃基地としての役割を名実ともに担う立場になったということである。
 本年の防衛白書そして、GNP一%問題に見られる政府自民党、独占資本の防衛政策の変更、いわば「経済重視・軽武装」路線からの転換と、帝国主義陣営の対ソ接戦略への積極的な参加は、今日の資本主義世界体制が直面する深刻な危機と、その中での米帝国主義の力の相対的低下、一方での日本の持つ政治的経済的影響力の増大という情勢の下での必然的帰結と言えるであろう。
 防衛白書に示されたこのような路線の下で政府・自民党は今秋にもSDIへの参加、GNP一%突破の既成事実作りを狙おうとしており、日本の平和運動に課せられた任務は重大である。特にむかえる十月二四日からの国連軍縮週間においては、ソ連の本年末までの核実験停止措置を背景に米帝レーガンに対し、核実験停止・SDI中止を迫る世界中の反核・軍縮・平和の闘いに連帯し、核戦争防止の闘いを担うと供に、中曽根自民党内閣の軍拡救策を阻止する広範な統一闘争を展開することが要請されている。
 被爆41周年にあたる本年の平和・原水禁運動に示された特徴は、米帝レーガンのSDI推進を象徴とした未曽有の核軍拡の下で核戦争の危機が益々深刻なものとして受け取められ、非核自治体運動、核兵器廃絶運動連帯など反樟・平和の行動の裾野が拡大しているということであり、その一方で、日本共産党の方針上の誤りとセクト主義によって原水協・日本平和委員会が原水禁世界大会の分裂を引き起こし、原水禁国民会議は核軍縮という闘いの内容を益々薄めているということであった。核兵器廃絶のみを主張し、そこへ至る具体的道筋も、連帯する勢力も示し得ず、一方においては核軍縮の聞いの内容が骨抜き化されていこうとしている下で、広範に存在する反核・平和の意志を核軍縮と日本の軍事大国化阻止の方向へ導いていく為の共同行動・統一行動の構築が急がれねばならない。

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