1989年8月1日 第148号

【講演】 「新しい思考」と日本の政治改革(上)
                7月9日 鈴木市蔵氏講演より

 「7月9日東京都委員会は「消費税撤廃!リクルート疑獄徹底究明!青年労働者の手で政治改革のための闘いを創りだそう」と題する集会を開催した。・・・今回は鈴木市蔵氏の「『新しい思考』と日本の政治改革」とのテーマによる講演を紹介する。(文責・見出しとも編集局にある)

<ベレストロイカの「新しい思考」とは>
 今日、私がお話する内容は、「新しい思考と、日本の政治の改革」というテーマですがこれはたいへん大きなテーマでして、この短い時間に語り切ることは難しいかと思います。「新しい思考」というのが持ち上がったのは、ベレストロイカと共にブルバチョフさんの出した命題です。
 「新しい思考」一ロに言うと、これはだいたい3つの問題で考えられていると、思いますその中心はイデオロギーですけれども、冷戦からの脱却、これを世界に向かって主張しているわけです。これを結んで、核を含む包括的軍縮の前進、核廃絶、そして地球の環境を整備。それから最後に、選択可能な唯一の理性的な方向としての平和共存の受け入れ。この3つが「新しい思考」と言われるものの中心的な方向であります。
 今、この「新しい思考」と共に社会主義と資本主義、帝国主義と云ってもいいですが、その間に共通の言葉が交わされている。それはどういうことかというと、「お互いに賢くなろう」という、この「賢くなろう」という共通の言葉です。これは非常にユニークで、しかも大事な現代の世界の特徴をずばりととらえた言葉だと思います。つまり、帝国主義も賢くなる、それは先程言った冷戦からの脱却、核を含む軍縮の受け入れ、平和共存、こういうものを受け入れて人類の平和的解放を保障することのできるような、そういう帝国主義になってもらいたい、ということです。
 今の政治の課題、反帝闘争というふうに云っているわけではない。反帝革命なんて、ことも云っていない問題は帝国主義それ自体の存在を認めて、彼らが、人類の価値が優先する世界の統一の方向に向けて協力するような、そういう姿勢、体制、路線をとってくれと云っているわけです。これは、帝国主義が賢くならなければいけない。賢い帝国主義になってくれと言うのが、今の国際プロレタリアートの戦略の基本にある。ということをしっかりと私たちは知っておく必要があると思います。革命ではないんです。反帝闘争ではないんです。ここに今の問題の質点があるということを正しくつかまないと、現在世界で起きている諸情勢、その特徴をつかむことができないという意味で非常に大事だと思います。また、帝国主義が社会主義に向かって、「この同様のことで賢くなってくれ、中国の様なああいうものを、人権を蹂躙したんでは困る。」ということで、例えば、ポーランドにおいて、ハンガリーにおいて複数政党制を取れる、そういうふうなところまで、帝国主義が帝国主義で、社会主義に対して要求している。これは人類の危機を直前にして、どうしても二つの体制が対立と闘争ではなくて、協調と対話の世界に入っていかなければ、この人類の危機を救い出すことができないという認識が先行しているからてす。
 この「新しい思考」というものが、日本の政治の改革と、どういうふうな関わりあいがあるのか、ということを、今日の中心テーマとしてお話するわけです。

<国独資下の政権党--自民党とは>
 今日本の政治にすさまじい風が吹いていることは、先程の基調報告にも書かれていると思います。「政治を変えよう」ということです。政治を変えるということは、自民党一党独裁を打破するということです。約四十年、戦後のある一時期を除いてほとんど、自民党、その一党独裁が続いていた日本の政治を変えるということは、この自民党の一党独裁を打破するということです。
 今日もらった『青年の旗』には、自民党政治の打開ということを言っていますが、この打開という意味はたぶん、打破のまちがいではないかというふうに思いますが。
 したがって私たちが今、なすべきことは、この自民党一党独裁の政治を打破するために全ての力を集め統一する。これが今日の主要な命題だと思います。
 自民党という党は権力です。権力の主体です。国家独占資本主義体制の下で、この体制の頭領にあたる政府、政権、この持つ役割というのは、決定的な重要性を持っているわけです。
 現在の体制が国家独占資本主義体制であるということは、皆さんは御存知だと思います。フルシチョフが初めて大会の報告の中で、「資本主義は国家権力と癒着している国家独占資本主義になった」と、こういう報告をしている。以来、この国家独占資本主義は、現代の資本主義、帝国主義を特徴づけるものとして定着しているわけです。この国家独占資本主義というのは、資本主義の上部構造と下部構造が一体となった、そういう資本主義、したがって、国家独占資本主義体制の下での政府の持っている役割というのは決定的な重要性を持っています。
 だから自民党は、権力そのものである。それと同時に、政権党でありますから、それこそ自民党というのは政権党としての二つの顔を持っているわけであります。一つの顔は、先程申しましたように、帝国主義の上部構造としてのそれと癒着をした一体性、そういうものの代表者の顔です。それと同時に、世界的立場として保守、西側の一員としての保守性の政治を遂行していくという意味では、これもまた、代表者になっている。という意味で、国の内外にこの二つの代表者の顔を持った政権党であるというのが、この党の第一の特徴であります。

 第二の特徴を見てみますと、この権力構造の中における自民党の力の源泉というものは一体何であるか、ということを考えてみます。
 第一は、国民的基盤を彼らは持っているということだと思います。この一党独裁を打破するということは、容易ならぬことだというのは、彼らが国民的基盤をしっかりと握っているということであります。この四十年、自民党の政治が続いたのは、なんだかんだと言っても、この一億の国民を食わせてきた。この繁栄の日本国をつくり上げてきた。この実績が自民党の政治を支えている。これを倒すということは容易なことではありません。
 そして第二は、これとかげで結びついている形で独占企業の利害の代表者となつているということであります。だから独占企業と癒着し、国民的基盤を持っているということがこの党の最大の力であります。この党自身は、官僚組織を操っていますから、日本の権力構造の中で官僚の持っている役割というのは、決定的なこれまた重要性をひめています。つまり、政権党の手足となって全ての行政、官僚組織、これを彼らが握っている。これが第三の力であります。
 第四は、この党は非常に弾力性を持ち、複元力を持っているということです。つまり、この保守党、自民党の特色は、様々な派閥を持っている。いわゆる、革新の言葉で言えば、「分派」がそのまま党内に存在している」ということです。日本共産党などは、分派は全部除名です。だから非常に硬直している。ところがこの自民党は、分派を党内にかかえて、派閥という名によってかかえて、そしてお互いに、その派閥同士の競り合いより超えた弾力性を持ち、これはまた複元力となっています。言うならば、保守勢力の統一戦線的勢力を持った党だ、という党が自民党であります。
 だからこの自民党を倒すということの持っている役割は、非常に重大であると共に、容易ならぬ闘いであるということがおわかりになるだろうと思います。したがって強大な政治勢力であります。

<政治の”ゆらぎ”をどうみるか>
 そこで、それとかかわる今、大きな政治の”ゆらぎ”の本質をやはり、正して見てとらないといけません。
 一つは、この”ゆらぎ”というのは、自民党の失敗によって、野球に例えれば、暴投とトンネルと両者あいまって満塁を迎える、まあ、こういう危機的状況になっている。それは、自民党の敵失から起きたものであって、味方の、つまり打撃の得点によってそういうふうになっていると言いがたいところに問題の本質があります。この敵失は、先程報告者の方も言われましたが、消費税の導入であります。強行導入であります。私は、この消費税を彼らが強行導入した時に、これは自民党が自らの墓穴を掘った、と思いました。つまり、それ程大きな国民的抵抗が起きてくるとは思わなかった自民党の、思いあがった誤算です。そして、自民党の支持基盤というのは、先程言ったように、独占資本から、中小企業、あるいは商店のですね、そういった中小零細企業であり、農村であったわけです。この支持基盤が消費税の問題と、農村の場合は農産物自由化の問題と絡みますけれど、共にゆらいできたということであります。
 もう一つの”ゆらぎ”は、汚職、であります。このリクルート汚職、これは全くに日本的な汚職でありまして、しかも経済的な汚職です。リクルートは、独占資本の中枢の中に入るようなそんな企業ではありません言わば、第三の企業です。新参者です。このリクルートが、自民党および野党の弱干を含みまして政界にばらまいた株、および献金額は、合計してたった十八億円です。たった十八億で、内閣が変わってしまう。中曽根が自民党を辞めなくてはならないところにまで追い込まれました。今言ったような政治の”ゆらぎ”を引い起こさなけれならないような、大さわぎになつてしまう。けれども、たった十八億の金で日本の政治が買収できるだろうか。正直言ってこんな安いことはありません。ほとほとさように、この金権的体質を持った党であり、墓穴を掘る時もわからないような、そういう一つの重荷がある。更に加えて、その宇野総理理のモラルの問題が加わってきた。まあ一口で言うとこの三点セットというものが、今”ゆらぎ”を引き起こしているわけです。そこでその、自民党というのは政権党ですから、この″ゆらぎ”を我々が活用して、突いて、この政権党の一党独裁を打破するということに今の問題点があります。各党さまぎまなことを言っとりましたから、一斉ここでは触れることをやめます。ただ、消費税というのは、今すぐに必要なものだ、というふうには私達は考えていません。しかし、いつかは、間接税が出されてくるであろうことは普通の常識的考えでもこれはあることです。しかし、強行採決をし、公約に違反し、今すぐに必要ではない消費税を強行した、その狙いについて私たちは、消費税撤廃の闘いを進めていくことは当然のことです。そして自民党離れが始まったわけです。さっきも選挙の例があげられましたけれども、私はこの選挙の中でも重視していたのは、まあ都議選は別ですが、千葉の県知事選です。千葉では、沼田知事が再選されましたが、私もこの沼田知事はわりあいよく知っている一人ですが、自民党の中でもなかなか手がたくて有能な官僚です。これを相手に共産党の候補が、せまっていく。ある所では、沼田をしのいでいる所もある。東京に隣接している周辺の都市では、自民党の票を上まわる。ここでは一種の地すべり的な変化が、政治変化が起きたと言っても過言ではありません。しかし、その後はどうかと言うことになると、この地すべり的な変化が一過性のものであったということが、また同時に明らかになりました。
 一過性という問題は、過小評価すると、とんでもないまちがいを犯すことがあります。つまり国民の大多数は、自分なりの生活設計を皆持っています。おそらく皆さんもそうだろうと思います。いくつになったら我が家を持ち、我が子を大学に入れて等。生活設計を持っていないものはいないだろうと思います。この生活設計が持てる世の中というのは、一口で言えば、それなりに安定した社会だと言ってもいいと思います。この生活設計を持っている多くの生活者は政治の激変を望んではいないということです。これは、その生活設計がくるってしまうわけです。私はこういう生活者、政治の激変を望んでいない最も代表的な党の一つは、日本共産党だと思います。私の知っている友人、共産党のお偉ら方は皆な子供を有名大学に入れようと小さい時からもうそのコースの幼稚園を選んでます。革命なんてとんでもありません。いや皆さん笑いますけど本当にそうです。まあ今日は時間がございませんから、あんまりその共産党の悪口を言う時間もありませんけれども、その通りです。
 その、激変を望まないこの票は明日はまた、自民党へ流れていく、可能性を持つ票だという意味で可能性は二つあります。
 一つは、反自民のところへ向かってこの票は固定化していくであろう、定着するであろう可能性と、一過性として明日は、また自民党の方に行くかもしれないという、そういう二つの可能性を持った票だと見なければいけないと思います。だから、それだけに非常に国民の心、国民の要求、そういうことに正しく応えるような、そういう政策、路線を引いて闘っていかないと、しっペ返しを受けるだろうというふうに思います。つまり国民は反自民、自民党の政治を変えていく、反自民ということですが、反自民イコール反権力ではないわけです。自民党は、さっき言った通り、日本の権力ですが、しかし反自民はまだ反権力まで至っていないということです。多くは、反自民の栗が、自然発生的な要素を持った票だと言うことであります。もし、この反自民が、反権力だということを意識して広がるというようになったら、日本の政治を変えるということはそう難しいことではないかも知れません。これは政治危機です。まあ、そこまでは至っていない。そこに先程の、つまり生活者の政治の激変を望まない、ということが絡んでくると、我々はこの自民激減を楽観することはできない。必ずそういう巻き返しに対して、闘っていかなくてはならない日が目前にせまってきていると思っています。(続く)

トップ アイコン【青年の旗索引簿】へ戻る
直線上に配置