青年の旗 162号(1991年4月15日)
【投稿】 人類全体の課題--「地球環境問題」(上)
      
人類全体の課題--「地球環境問題」(下)
 ■はじめに
 1980年代は、ベルリンの壁の崩壊に象徴されるような、東西冷戦の終りという歴史的な大転換で幕を閉じた。冷戦構造の変化によって、軍事力の比重は大きく低下し、変わって、金融・通商問題などの「地球経済」や「地球環境」が国際的な課題に浮上してきている。
 「環境破壊の危機の前では、二極化したイデオロギー的世界という対立図式は却下される。経済圏や軍事同盟の体制の差によって、生命圏を分割することはできない。全ての国が一つの気侯体系を共有しており、一国たりとも自国だけを隔絶する独自の環境防衛上の国境を設けるわけにはいかない。」(シュワルナゼ外相88年国連演説)
 このように、世界の生産活動によって引き起こされた地球規模の環境問題に対する認識が広がり、解決に向けた国際条約の作成交渉がいよいよ本格化しようとしている。92年6月のブラジル国連環境開発会議は、「地球温暖化防止条約」「熱帯林保護条約」そして地球上に生息する動植物の種の保護を目指した「生物種多様性(バイオタイバーシティー)保護条約」という将来の地球環境対策の枠組みを決める極めて重要な3つの条約作りを目指している。

■オゾンホールーフロン問題
 地球環境問題が、世界共通の課題として取り上げられた最初の国際会議は1972年6月ストックホルムで開催された国連人間環境会議であった。しかし、今回のように国際的に広がりを見せるようになったのは、1980年代の中頃以降である。初めて北極に於て発見されたオゾンホール(大気圏に存在するオゾン層が破壊されてその層に穴があいた状態)は、全世界に大きな衝撃を与えた。
 地球上の生物は大気によって保護され、この中で、オゾン層の役割は紫外線・一部の宇宙放射線のコントロールの役割を担っている。この為、このオゾンホールが地球上の多くの部分で発生するならば生物体系に大きな変化をもたらし、紫外線の生物への大量暴露は、皮膚癌の発生(白人の場合この危険性は、非常に大きい)、そればかりでなく、この状況が今後進めば、2,000種類の生物が近い将来死滅すると言われている。
 このオゾンホール問題について、各国の科学者によって国際議で討議が繰り返され、原因物質は塩素系化学物質とフッ素系化学物質がその大きな原因であるとの結果を得た。特に問題であるのは、CFC(クロロフルオロカーボン)といわれる化学物質、一般に「フロン」と呼ばれ1930年に開発され、毒性がなく無臭、安定性があり、他の物質と反応しにくいなどの便利な性質を持っているためエアコン・冷蔵庫の冷媒やスプレー缶に不燃物質として大量に安全な物として使用されていた物質が最もオゾン破壊をする物として注目された。その結果、2000年までに特定フロンを全廃する「ヘルシンキ宣言」が出された。

■ 地球温暖化の問題
 しかし、同時に進行しつつあった地球温暖化の問題は極めて問題が難しく、原因物質が化石燃料によって大量に排出されCO2である事から対策は現在も充分に進んでいない。「炭酸ガスやメタンガスなど、温暖化の原因が現在のベースで増加し続ければ、地球の平均気温は21世紀末までに現在より約3度上昇するであろう」は、IPCC(国連の「気象変動に閑する政府間パネル」)の結論である。
 このIPCCには、3つの作業部会があり、第1部会は、温暖化の将来予潮を担当する部会で、世界の300人の気象研究専門家が1年半前から温暖化の将来予測を行って出した結論が上述の内容であり、更にこの結果「21世紀末まで海面の高さは現在より65センチ上昇する」と予測した。
 第1部会の報告を基に温暖化が社会、環境に及ほす影響を調査してきた第2部会は、「海面上昇によりインド洋のモルティブ、太平洋のキリバス等は、国そのものが水没の危機にひんする」と警告している。日本に於いても大都市は臨海地域に集中しているため、対岸の火事と言った事も言っていられない。地球各地の気温や降水量の変化が農業に及ぼす影響は洪水や干ばつ、暴風雨の増加などで発展途上国に大きな影響を与え食料不足などの深刻な被害が生じると警鐘を鳴らしている。
 一方、最も重要な温暖化対策を検討してきた第3部会は、まず世界が炭酸ガスの排出規制策を実施しなかった場合、2025年には現在の2倍の排出量(年間120億トン=炭素換算)の見通しを示した。そして、具体的な温暖化対策としては、各産業での省エネルギーの徹底や炭酸ガスの発生量が少ない原子力など代替エネルギーの開発・導入の促進、自動車の燃費改善等をあげた。また炭酸ガスの発生量に応じて金をとる課徴金制度、国別の排出量を取り引きする「炭酸ガス排出権制度」など排出抑制に効果のある経済的手段も検討されている。

■ CO2排出親制の設定と日本の対応
 1990年11月、スイスのジュネーブで開催された第2回世界気侯会議で、当初先進国のCO2の排出量削減目標を設定する予定であったが、温暖化防止に積極的に取り組むことを明記しただけにとどまった。
 欧州18カ国、日本、オーストラリア等は「CO2排出量を2000年に1990年の水準で安定化」を公約すると共に、条約作りと並行してCO2規制目標などを盛り込んだ議定書も作るべきとの立場をとったが、米国が、「CO2が温暖化の原因であるという科学的知見がまだ十分ではない」ため、条約を国際協力や技術開発の推進など地球温暖化防止のための基本的な枠組みを示すものにとどめ、具体的な規制目標の設定は条約がまとまった後に改めて国際的に論議すべき、と言う立場をとったためである。
 これに先立って、日本政府は「地球温暖化防止行動計画」を正式に決定し、本格的な温暖化防止対策に着手することを表明した。この中で、最大の焦点だった二酸化炭素(co2)排出抑制の目標は、「@一人当りCO2排出量について2000年以降、おおむね1990年レベルでの安定化を図る。Aさらに、太陽光、水素等の新エネルギー、CO2の固定化などの革新的技術開発などが、現在予測される以上に早期に大幅に進展することにより、CO2排出総量が2000年以降おおむね1990年レベルで安定化するよう努める。」という二段階設定方式であった。
 二段階の日凄設定は、1991〜2000年の人口伸び率が5.6%と見込まれるため、「一人当り」が達成されても排出総量は1,700トン増加することができるという、環境、通産省の主張を折衷した苦肉の策となった。この背景には、日本の産業界が地球規模にまで広がった環境問題を、世界に冠たる公害対策技術のノウハウを生かすことのできるビジネス・チャンスと受け止めている一方、世界経済の中核に新しい規範として定着させない限り企業の未来はないと言う認識を深めめている表れである。
 <以下次号へ続く>     (名古屋 Y) 

No.162のTOPへ トップページに戻る