青年の旗 163号(1991年5月15日)
【投稿】 人類全体の課題一地球環境問題(下)
<平成3年度「環境白書」>
 政府・独占の地球環境問題に対する取り組む姿勢は、平成3年度の「環境白書」と経団連の「地球環境憲章」に表れている。
 「環境にやさしい経済社会への変革に向けて」をテーマにした環境白書(4月23日に公表)は、地球環境問題を従来の環境問題と併せて解決することが求められていると指摘して、都市・地域構造から交通体系、生産構造、エネルギー、生活様式まで社会構造そのものを環境保全に適するよう変革していくべきだと強調している。
 特に、排気ガス規制を強化しても窒素酸化物(NOx)の環境基準達成が難しい自動車問題に重点を置いて、@電気自動車など低公害車の普及A自転車の利用促進B貨物輸送をトラックから公害の少ない鉄道、海運に移行する−などを提唱している。又、日本の生産効率の高さを支える物流管理方式の「ジャストイン・タイム」が少量多頻度輸送につながり、交通量が増大する原因にもなっているとして見直しを求めている。
 経団連が決定した11項目にわたる「地球環境憲章」は、地球温暖化や廃棄物抑制など地球環境保全に企業がどう取り組むかの指針を示し、環境問題に関する経営方針の確立、環境問題担当役員の任命、環境、に関連する社内規定の策定と最低年1回の内部チェックなどを促している。国や自治体の環境規制よりも厳しい基準を自主的に設定するほか、熱帯雨林の乱伐やリゾート地などでの乱開発の抑止を呼びかけるなど、企業経営にある程度影響を及ぼしても、場合に寄っては生態系への配慮を優先しなければならないとの判断を示している。
 今後は環境間麓を抜きに企業活動は成立しないとの判断をした。

<環境問題の本質>
 地球環境問題は、生産第一主義的傾向が人類の生存のためには変わらざる得ない条件が発生してきたこと、もはや企業が利潤のみを追求する時代は終ったことを明らかにした。地球誕生から45億年の歳を経た現在、人類の生存基盤である地球環境は自然浄化作用の限界を超えて悪化している。かって、「熱核戦争か平和共存か」との命題が全世界を駆け巡った状況とは、本質的に異なる問題すなわち、生産によって引き起こされた地球環境破壊が資本主義・社会主義の区別無く問題となっているのが現実である。
 更に特徴的なのは、現在の化石燃料の使用率が高い国家は、社会主義であると言った事実・また社会主義は、化石燃料及び生産原料の大きな輸出国であると言った事実である。今後、これらの克服のためには生産を牲牲にしてでも解決しなければならなくなるであろう。

 これまでの経済学は、やはり基本的には成長理論あり、地球は無限(特に土地を)であると言うことを前提にしている。このため、資源、エネルギーを大量に開発、生産、流通、消費することを可能にした近代科学技術とその所産である物質文明は、結果として、公害を拡散して地球全体に広げ、環境が悪化すると言う状態を作り出した。
 生産力の十分発達していない時代には、「生産条件」が「生存条件」(人類とその他の生物を支える自然と社会の環境)を規定していたが、今日両条件の間に深刻な矛盾が生まれている。「生産条件」優位の価値体系を築き、生産条件をプラスにするための手段を求めて狂奔してきた世界の国々に、そして企業の行為が、結果において「生存条件」を危機的水準にまで低下させてしまったのである。
 これからは、人間が生活できる基本的な条件を満たし得る共同的な経済システムを目指すことによって環境と調和するような経済体制をつくっていくこが重要になってきた。技術的対策だけをやっていても社会システム、あるいは交通体系のほうをそのままにしておけば、結局同じことになってしまう。
 今日提起されている地球環境問題(社会生態学)は、今までのように、世界を社会主義と資本主義の国家間の階級闘争としてのみ捉えるだけでは不十分であり、社会主義の発展が人類の発展と連動する必然性を社会主義と資本主義の共存の中で、資本主義の優れた技術・科学を自らの発展のために積極的に取り入れ人類の発展と存続のために社会主義が成長発展し、本来の理性の社会を創造する上に、避けては通ることができない課題として立ちはだかっているのである。
 生産が高度に発展した資本主義も、地球環境問題によって一層変質せざるを得ない。(名古屋 Y) 

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