青年の旗 174号(1992年4月15日)

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【書評】 社会主義とは何であったのか
   『メシアニズムの終焉--社会主義とは何であったか』
               桜井哲夫 著  筑摩書房 1991年12月初版

 題名を見てもわかるように、この本は、この間の世界史的な激動を総括しようという出版物のひとつである。ただ、他の多くの出版物は、政治ルポルタージュであるが、この本は、極めて本格的な「思想史」の研究書であるという点に特徴がある。
 著者は、「はじめに」の中で、こう述べる。「問題は、スターリンにのみあるわけではない。そもそも、ロシア革命とは、何だったのかが、問われねばならない。
あるいは、ロシア革命を主導したポリシェヴイズムとは、いかなる思想だったのか。・・・さらには、社会主義の起源たる初期社会主義にまでさかのはって、こうした独裁を生み出した根源を探らねばならない」。
 そして、著者は、「マルクス主義の名前のもとに、マルクスの思想とはまったく異質の思想が、世界を支配した歴史を語る試み」を行なう。著者は、この思想体系を、「サン=シモン主義的社会主義」と表現している。
以下、少し詳しく、本書の内容を紹介したい。

 サン=シモンは、1760年〜1825年に生きたフランスの思想家であるが、著者は、サン=シモン及びサン=シモン主義の核心を、生産力主義と知識ある者による権力の確立=「知の支配」に見る。そして、社会主義思想の系譜の中で、サン=シモン主義は影響を与え続け、ロシアにおけるレーニンの前衛党論の確立によって、サン=シモン主義は、支配的な思想となったとする。また、著者は、ここに至って、社会主義がプロレタリアート信仰のメシアニズムに転じたというのである。
 本書の第2章において展開されているレーニンに至るロシアインテリゲンツィアの世界、第3章において展開されている知識人問題と社会主義に関する論争の整理、特にレーニンの『何をなすべきか』と『一歩前進、二歩後退』の分析は、非常に興味深い。著者は次のように指摘している。
(レーニンの、この2つの著作の論理を素直におってゆけば、)「ジャコバン派たるポリシェヴキ(彼らこそ正しいインテリゲンツィアである)こそ、イデオロギー形成はできないが、工場で規律に服することを学んだ労働者を指導し、管理するということになってしまう。これは、まさに、社会的司祭(革命的インテリゲンツィア)が、規律に服する大衆を指導するという、かつての、アンファンタンらのサン=シモン主義的な構図だとも思える」。
 次に、本書の第4章で、著者は、ロシア革命が、結局のところ、「新しい階級」を生み出しただけであったということを、マハイスキー、トロッキー、リュシアン・ローラ、リツツイ、バーナム、カストリアデイス、ジラスなどという人々の議論をおって、論じていく。ここで言う「新しい階級」とは何か。それは、官僚集団(ビューロクラシー)のことである。
 蛇足だが、後にノーメンクラトウーラと呼ばれることになる特権的知識官僚層による支配の問題を、「スターリン主義」という言葉では済ませられないということに、今日にして、ようやく気づかされたのは、決して私だけではないだろう。以前の私には、この種の指摘は、社会主義を妖悪する勢力の政治的キャンペーンだと、なぜかア・プリオリに思えて、一顧だにしないという反応を示していた。しかし、これは、一種の「思考停止」であったと、今、つくづく思う。
 「新しい階級」とは、ジラス(戦後ユーゴスラヴイアでティトーのもとで副大統領をつとめたが、体制批判のかどで逮捕された人物)が、1957年に西側に持ち出して出版した本の題名である(この本から、以下の引用がなされているが、私には非常に興味深かった。少し長くなるが、次に紹介する。
「新しい階級は権力を掌握して、新しい経済秩序を完了したのではなく、独自の経済秩序をはじめて確立したのであり、また、そうすることによって、社会にたいする権力を樹立したのである。過去においては、ある階級、ある階級の一部、あるいはある政党が権力の座につくことは、その形成と発展の最終結果であった。ソ連の場合は、逆もまた真なりである。ソ連では、権力を獲得したのちに、新しい階級が明確に形成されたのであった。
(中略)新しい階級は、いろんな幻想にもかかわらず、工業化をめざす客観的な傾向を代表したのである。その実践上の性向はこの傾向から発している。(中略)トロッキーは、革命前の職業的革命家が将来のスターリン主義官僚の起源だったと指摘した。かれが気づかなかったのは、職業的革命家が所有者と搾取者の新しい階級の始まりだったことである」。
「新しい階級は工業化を達成すると、野蛮な暴力を強化し、民衆を収奪する以外にもはや道はない。新しい階級は、創造することをやめる。その精神的な遺産は暗黒にょってしっかとつかまれる。(中略)新しい階級が歴史の舞台から退場するときには−−それは必ず起こるが−かつてのどの階級の退場にあたって涙が注がれたよりも、悲嘆はすくないだろう」。
 さて、本書の第5章では、第1次世界大戦後、戦間期の社会主義と知識人の問題を整理している。
 著者は、
(1)メシアニズムのもと、「選ばれた人=指導者」による統治を選ぶのか、あるいは、(2)世俗化(宗教の影響力の弱体化)を認識しつつ、合理的な世界設計を担う専門家による支配をえらぶのか、という、知識人たちの2つの道が、両大戦間の社会主義・共産主義運動の行方に大きな影響を与えているというのである。そして、この時期の共産主義運動は、メシアニズムの色彩を強く帯びていたが、そうでない道をとった2人の論者の紹介が、私には、特に興味深かった。
 1人は、「マルクス主義を超えて」で有名な、ベルギーのド・マンである。ド・マンの路線は、いわば、「テクノクラートの社会主義」路線であり、彼の作った枠組は、「第2次世界大戦を経て、戦後のヨーロッパ諸国で、経済的には、政府主導の誘導的計画化を軸とする混合経済体制、政治的には、社会民主主義という『ネオ・キャピタリズム』の形で残った」と、著者は指摘している。
 もう1人は、メシアニズムに染まらず、また、ド・マン型の「テクノクラートの社会主義」路線にも向かわずに、独自の「知識人」認識、独自の「ヘゲモニー」論を構築した、イタリアのグラムシである。本書ではふれられていないが、ソ連や東欧諸国の共産党の崩壊とは異なった、イタリア共産党の「解党」に至る経過を考えると、彼の理論に、私は、再度、注目したい。
 本書の最終章で、著者は、知識人の解体とメシアニズムの崩壊に至ったことを指摘する。
 そして、体制の担い手たる「メシアニズム(プロレタリアート信仰)に生きる知識人」がくずれさったとき、「体制もまた、弱体化し、崩壊の道をたどらざるをえない。ソ連の解体は、この30年間におけるメシアニズム失墜の当然の帰結であった」と、今日の事態を説明する。
 この背景として、著者が指摘するのは、かってと比べものにならないほど拡大した知識層、高等教育機関の学生数の増大である。著者は次のように述べる。
「メシアニズム運動は、知識人などという自負とは無縁の、新しい世代の登場によってとどめをさされた。学生運動は、少数の特権的な学生たちの、殉教者としての自負なくして成立しない。いずこでも、19世紀以来、将来の国家を担うエリート層の運動にすぎなかったのである」。
 私は、これに加えて、情報や知識の伝達におけるメディアの飛躍的な発達を指摘する必要があると考えているが、この点についての展開はひかえる。
 最後に、著者は、19世紀に生まれた社会主義の命脈が尽きたのかどうかを問う。社会主義や共産主義が解決しょうとしたものは何だったのか、その課題は解決したのかと。著者は次のように述べる。
「いかにすれば、バラバラになった群衆的個人を結び合わせる、新しい『共同性』を作り出すことができるのか。まだ、このテクノクラート支配の高度産業社会は、その解答を見だしていない。その意味で、社会が、テクノロジックに、人と人の結びつきを断ち切るように管理されればされるほど、人びとの間にユートピアの希求は、再興するだろう」。
「社会主義を、人と人との、国と国との、民族と民族とのコミュニケーションを回復する道として、とらえなおせば、社会主義の命脈は、決して尽きてはいない。『万人の万人への闘争』の支配するこの地上への平和の回復を19世紀社会主義の願いだと規定するなら、社会主義の課題は、まだ、まったく果たされていないからである」。

「もうひとつのサン=シモン主義たるアメリカニズムはどうかといえば、ここもまた、倫理的基盤の崩壊、社会生活の荒廃という点で、ソ連に劣らない現実がある」。
 そして、著者は、社会主義の本質的価値を、軍事的産業社会の非軍事化要求に見る。ロシア革命も、反戦運動として出発したこと、また、ソ連のその後の運命が、列強の干渉、内戦を経て、戦時共産主義という、戦時体制が固定したことに起因していることを、著者は指摘するのである。
 そして、著者は、戦後、日本が生み出した憲法第9条の条文を高く評価する。そこにあるのは、「19世紀以来の、もっとも良質のユートピア社会主義の原理」であり、武装放棄、軍事的対決国家であることを放棄する決意こそ、どこよりも思想的に進んだ選択であった。だからこそ、現在の日本の繁栄があるのだと指摘するのである。
 ただ、この指摘は、示唆にとどまり、本書の最後を著者は、こう締めくくる。
「われわれは、150年にわたって影響力を及ぼしてきたひとつの思想体系(サン=シモン主義的社会主義)の終焉に立ち会っている。しかしながら、ひとつの支配的な思想の解体は、新たな思想への道筋を必然的に準備するものである。すべては、混沌のなかからこそ生まれる。いずれにせよ、普遍的理念の再建への努力は、すでにさまざまな人びとがおりなしている運動や思惟のなかで始まっているのである」。
 本書は、レーニンの名のもとにしか、マルクス主義を、社会主義を理解してこなかった私にとって、新たな視野の広がりを与えてくれるものだった。
 ただ、本書を読んだあと、疑問がひとつ残った。それは、レーニンの前衛党論が「メシアニズム」であったとして、その「理論的源泉」をレーニンが何に求めたのかということである。
 考えてみれば、著者のメシアニズム批判は、単なる社会システムとしての「社会主義」批判ではなく、思想としての「(サン=シモン主義的)社会主義」批判であるのだから、それは必然的に、哲学領域の見直しを迫ることになるのである。
 前衛党がメシアとなれたのは、前衛党こそが、社会や運動の発展法則=「兵理」を把握できると考えられたからであった。そして、すべての前提として、社会や運動には「発展法則」が存在するとの理解がある。
 私にとりついた疑問が、唯物論哲学に対する根本的な懐疑にいたるのか、その単純で皮相な適用に対する批判で終わるのか、現時点で、私には予測できない。
 ただ、はっきりしているのは、すべてをつくり直す努力が必要だということだろう。 受け入れる、受け入れないは別にして、一読に値する著作であると思う。      (大阪 SAY)