青年の旗 175号(1992年5月15日)

【投稿】 育児休業法について考える
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【コラム】 ひとりごと --本音と建前--

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【投稿】育児休業法について考える
 昨年5月に民間企業を対象とした育児休業法が成立した。国家公務員及び地方公務員についても、同年12月、従来女子教職員、看護婦、保母等の特定職種に限られていた育児休業法(旧育児休業法)を公務員全体に認める公務員育児休業法が制定された。これで形式的には全労働者を対象とした育児休業制度が整備されたわけだが、果たしてその内容はいかなるものであろうか。
 政府自民党は、育児休業制度の創設には極めて消極的であった。初めて法律の中に育児休業制度が登場するのは1972年に制定された勤労婦人福祉法である。この法律は産業構造の転換--第三次産業化--を迎えた日本資本主義が、女性を大量に市場に引きずり出すために制定された。この法律では、育児休業の位置づけは「事業主による便宜の供与」であり、あくまでも使用者の恩恵であった。
 その後日教組による法制定運動が高まる中で、1975年に旧育児休業法が制定された。しかし、「職務の特殊性等にかんがみ、継続的な勤務を促進する」との立法目的が示すとおり、これも女性の働き続ける権利の保障という思想に基づくものではなかった。従って、不利益取扱の禁止を規定しながら無給であり、教職員と同じ職場で働いているのもかかわらず事務職員を通用からはずすなど、労働者間の格差を公然と認める内容となっていた。1985年に女子差別撤廃条約の批准にともない男女雇用機会均等法が成立したときも、育児休業は「事業主の便宜の供与」との位置づけは変わらなかった。
 このような経過を辿りながらも、社会党を中心に育児休業法の提出が粘り強く続けられ、1987年以降は、社会・公明・民社・社民連の4野党が、法案提出を続けていた。ところが、1991年の通常国会に急拠内閣法案が提出された。もっとも政府自民党は当初から無給、罰則なし、中小零細企業には時間的猶予措置を設けることを原則としていた。従って、所得保障、法律の実効性の確保、不利益取扱の禁止等を求める野党の見解との間には大きな開きがあった。野党側の修正要求にもかかわらず、最終的には自民党案を基本にした内容に落ち着いた。それは、育児休業(育児休暇ではなく)という言葉が全てを物語っているとおり、子どもが1歳になるまで労働力の提供義務及び事業主の労務受領義務(賃金支払い義務)を消滅させるというに過ぎない。結局、労働者及び子の権利として社会的に保障されるべき休暇権とは程遠いものとなった。
 まず、日々雇用される者と期間を定めて雇用される者は育児休業の対象者から除かれる。育児休業法は全労働者を対象としたものではなかったのである。また、常時30人以下の事業所では、3年間法の通用が猶予された。これで育休の有資格者と無資格者とが分断されてしまう。
 次に、休業を理由とする解雇の禁止以外に不利益禁止条項がないため、賃金、昇進・昇給、退職金計算等マイナス影響を受けることが予想される。これは、原則無給であることと相まって、新たな賃金格差を生み出す。そして、育休を取得したくてもできない労働者を生み出すことになる。しかも、男女いずれも取得可能といっても、大方の夫婦の場合夫の方が給料が多いのが現実であるから、男性労働者が育児休業を取得することは事実上不可能である。
 加えて、諸外国に例のない事業主の育休開始予定日指定権なるものが置かれ、時間管理に関する資本の執念を見る思いがする。この他、全体を通じて罰則がないため、法の実効性についても不安が残る。
 このように今回の育児休業法は、長年労働者が求めてきた育児休業制度からは大きく後退するものとなった。資本にとっては、労働力を継続して確保できるうえ、賃金を切り下げることができるのであるから、一石二鳥である。
 しかし、今回も土壇場で自民党の主導を許してしまう結果となったものの、これまでの民間企業を対象とした育児休業法の成立に消極的であった政府自民党がなぜ突然制定に意欲的になったのであろうか。ここに、1990年11月6日付けで自民党労働部会育児休業問題等検討小委員会が作成した「育児休業制度の確立等を行うための法的整備について」と題する文章がある。この前文には「近年において出生率の低下傾向がみられ、21世紀には我が国が超高齢化社会になると予測される状況の中では、女性の活力を社会に生かすともに、次代を担う者の健全な育成を図ることが、活力ある社会を築くために不可欠である。」とある。すなわち、労働力不足(現在及び将来の)現状に危機感を抱いた政府自民党は、女子労働力を確保しつつ、出生率の維持・増加を図る手段として育児休業制度に力を入れざるを得なくなったのである。すでに、今年度予算案で「仕事と家庭生活の両立を図るための就業援助対策の推進」に関する予算を前年度の20億6200万円から58億6800万円へと3倍近く増やし、その大半を育児休業制度に関する対策の推進にあてることが発表されている。(1992・3・2 日経新聞夕刊)。また、厚生省通達を見直し、育休中も上の子が保育所に継続して通えるようにすること、年度途中の保育所入所を定員の15%超過まで認め、育休明けの子の入所を促進することの二点が改善された(1992・3・5 毎日新聞朝刊)。これらの事実からも、政府の意気込みが伺われる。 従来、女性解放運動を推進する立場からは、女性が解放されるためには、家事の社会化(家事労働からの解放)がひとつの重要な柱であるとされていた。これは、女性労働者の職業と家庭の両立及び職場における男女の均等待遇を阻む原因は、資本主義的生産様式のもとで家事労働が私的労役として位置づけられていることであるとの認識に基づいていた。それでは、資本主義経済のもとでは家事(育児を含む)の社会化は実現しないのであろうか。そうではない。すでに見たように、自民党ですら女子労働力を活用するために不十分ながら育体制度の導入に踏み出したのである。1991年版の「婦人労働の実情」(いわいる婦人労働白書)には、明確に仕事と家庭の両立の促進というタイトルが現れた。家庭責任を担う女性の負担の軽減は今や資本のスローガンである。
 資本主義経済と家事の社会化が決して矛盾するものでないことは、男女労働者の平等を社会政策として強力に推進しているECが如実に示している。イギリス、アイルランド、オランダを除き何らかの親休暇(育児休暇)の制度が存在し、スウェーデン、フランス、イタリア、ドイツ、デンマーク、ベルギーでは有給である。給付金は国もしくは事業主が負担している。現在作成中の親休暇及び家族休暇に関するEC指令案は、「親休暇とは、親休暇の期間 子の実際の世話をする責任を引き受けるという条件で、(略)出産休暇の後、一定期間賃金労働者(公的部門に勤務する職員を含む)に権利として付与される休暇をいう。」「親休暇の期間中労働者は、親休暇手当てを受給することができる。この手当は社会保障制度を含む公的基金から支払われるべきである。」としている。資本主義経済のもとでも、女子労働力への依存度が高まれば、家事の社会化は必然的に進むのである。我が国でも育休制度がEC並に整備されるのは時間の問題ではないだろうか。
 資本主義的生産様式は、労働力の再生産としての家事労働の領域をも例外なく市場にまきこみ、まず電化製品の普及により家事労働を軽減していった。その後、資本主義の進展に伴い家族単位での労働力の再生産機能が低下するに伴い、家事労働自身の商品化(サービス産業化)という現象も起こっていく。さらに女性の賃労働者化は家族単位の再生産機能を決定的に破壊する。そのため、経済効率が悪く商品化しにくいがしかし労働力の再生産そのものである育児の部門は、保育所のような公的サービスに依存せざるを得なくなった。これらの家事労働の外部化の現象を家事の社会化と呼ぶかどうかはともかく、家事労働の軽減は資本主義自体の要請でもあったのである。育児休業は家事労働の外部化とは矛盾するようにも見えるが、家族の労働力再生産機能を維持しつつ労働力の確保を図る手段という意味では、再生産機能への介入であることはまちがいない。
 それでは、女性が望むと望まないとにかかわらず資本主義の必然として家事の社会化が進展していくならば、私たちの課題は何なのか。家事労働に賃金をというスローガンによって、家事労働までが再生産労働として資本の搾取のもとに置かれている(しかも無償労働として)ことを暴露せよとの主張もある。しかし、もしかすると必要とあらば、家事労働すら有償化されるかもしれない。すでにECには、両親の就労状況にかかわらず育児手当の支給がなされている国もある。高齢者や病人に対する手厚い社会福祉制度も、実は労働力の効率的な活用を図るためということもできる。
 結局資本主義経済のもとでは、あらゆる制度が労働力の再生産の要求と分かちがたく結びついている。それは、私たちが、肉体的にも精神的にも丸ごと資本に従属させられていることを意味しているのではないか。そうであるなら私たちは、資本のくびきから自由になるための活動を続けざるを得ない。搾取のない社会がどのような世界なのか、どのような価値観に基づくものなのかは今は明らかにできないとしても。しかし、おそらくそのような社会では、女性が育児に従事することを押しつけであるとか、不利益であるとか、差別であるというふうに認識することはないであろう。           (永嶋 92−4)