ASSERT 194号(1994年1月15日)
【告】 新年を迎え、「青年の旗」改め、「ASSERT]になりました
【投稿】 55年体制から95年体制への転換
     --自民党・社会党の分裂から何が始まるのか--
【経済展望】 「平和の配当」と日米経済
【投稿】 細川連立政権と長良川河口堰
     --建設一時中止して再調査が課題--
【本の紹介】 『複雑性の科学 コンプレクシティへの招待 他
【投稿】   アウシュビツ収容所跡を訪れて

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投稿 55年体制から95年体制への転換
 一自民党・社会党の分裂から何が始まるのか−

 94年1月12日、日本社会党第60回定期全国大会
(続開大会)が閉会した。左右両派の激突が予想されていた大会は、分裂の先延ばしという際どい結末をお互いの妥協の末選択した。しかし、政治改革関連法案の成立と同時に始まるであろう政界再縞成の本格化によって、党の分裂はもはや必至の状況である。今後どのような再編が予想され、政治のあり方は本当に変わるのか考えてみたい。

◇94年に何が起こるのか?
 93年の総選挙で国民は社会党を始めとした既成政党への不信を棄権や新党への投票行動で示した。衆議院1年生の細川首相の誕生と戦後歴代内閣の支持率を上回る高い支持は国民の変革への期待の大きさの結果である。細川連立内閣の支持率は、内閣発足時よりも低下してきたとはいえ過去最高の支持を誇った吉田内閣よりもまだ4%高い(毎日新聞93年12月全国調査)。一内閣で一つの政治課題も解決できないまま崩壊してきた近年の自民党内閣に変わって政治改革という大仕事をなんとか仕上げることが細川内閣の公約であり、今月中にその仕事に決着をつけると、今度はそれに対応した政治勢力の離合・集散が始まる。すでに自民党の分裂と社会党の分裂とどちらが早いかが、小沢と自民党の保守派との勝敗の分かれ目という見解がマスコミを賑わし始めている。
 もう一つの波瀾要因は、経済政策とくに不況対策と日米関係で、連立政権としては国民が高い関心を寄せているこのような問題に思い切った対策を打ち出し、新政権の政権担当能力を示したうえで95年以降の解散・総選挙に打って出たいところである。さらに95年度予算編成と官僚の人事で新政権色を出し、官僚の自民党離れを進めていくことで選挙を有利にしたいと考えている。しかし、細川政権が景気対策に有効な大型所得減税を実施できなかったり、消費税の引き上げ問題で大歳官僚と社会党の板ばさみによる政権内部の対立が深刻化するなどの失策を重ねた場合、国民が新制度による選挙を早めるように求めることになるだろう。
 また政治改革が成立した後は、焦点が緊急課題である景気対策にとどまらず規制緩和、地方分権などに移り、それらの諸課題をめぐっての各政党の政策論議と新党づくりが本格化する。小沢の新生党は、市川の公明党との連携を強め「自由党」ともいうべき新党をめざし、細川の日本新党と武村のさきがけは「民主党」とでもいうような新党を社会党の右派とともに模索し、新選挙制度の公認漏れ候補を中心として自民党の解体作業に凌ぎを削ることになりそうだ。新選挙制度での最後の決戦に賭けようとしている自民党の保守派は、社会党の左派=保守派と同様に自民党の看板を守り抜くか「保守党」ともいうべきものを旗揚げするかの決断を選挙後の結果まで先進ばしし、あわよくば自民党政権の復活を追求するだろう。

◇新党の結成と95年体制への課題
 小沢と市川の「自由党」は、徹底的な規制緩和と「普通の国」=国連の常任理事国になり軍事面も含めた国際協力を大胆に遂行する米国型の政治大国を打ち出し、中央集権の徹底的改革を伴う地方分権論とは一線を画すと思われる。自民党のタカ派である渡辺派などから合流する動きが出てきたとしても、この政党の中心権力が新闇将軍としての創価学会=池田大作に移る可能性もあり、幅広い国民の支持は得にくい存在となろう。特に政治手法が、かつて自民党の最大の利権集団であった竹下派のそれを受け継ぐものであるだけに、国民の求める清潔で透明性の高い政治とはかけ離れた存在となるだろう。
 社会党の解体が進み、「民主党」の結成にスムーズに進めるかどうかに連合の関心が移っている。日本新党は細川の個人商店であり、細川人気が落ちついてくればより大きな集団づくりに走らざるをえない。武村は小沢=市川ラインとの対立をますます深めており、対抗できるグループづくりに進む。問題は社会党の内部対立の解消が分裂という形できれいに精算されるかどうかであるが、新党づくりが自民党の一部を含む保守との垣根を破る形で進む以上、革新の旗にこだわりつつ社会党の路線を守るという保守派は出ていかざるをえなくなる。民社党は政治大国路線に共鳴し、細川の戦争責任発言に批判的な右派と連合系の左派との分裂の可能性を秘めつつ、議員は小沢=市川ラインに合流する方が多いのではないか。
 結局、政策をめぐる対立が先鋭化するが、冷戦構造が崩壊した結果として旧来の社会党の役割がなくなり、たとえば新世界秩序の中での日本の進路を指し示すなどの存在をアピールする政策を打ち出す能力の欠如をさらけ出してしまった。今日、米国の指導力が急速に低下しつつある中で、経済大国としての日本がどれだけの国際貢献を自らの理念に基づいて自主的に果たせるのかが問われている。すなわち帝国主義の変形としての政治大国ではなく、国境を越えて人類の課題に取り組む「世界政府」ともいうべきもの(IMFやガットなど)に対してどれだけの貢献をできるのか(世界市民主義)。そして日本やドイツが中心となって国連を改革し、武器輸出禁止に向けて指導的な立場をとるなど世界平和への貢献を果たせば、常任理事国の地位も推されて得ることができるだろう(国連の非軍事的平和創造能力の強化)。
 国内政治の改革の焦点として地方分権が浮上するが、それとともに国民の生活の質の向上と福祉や環境対策の飛躍的前進のために縦割り行政の打破が不可欠となっていることを明らかにする必要がある。今や利権配分の固定化=事業別予算編成の比率の固定化によって、国民生活の質の向上につなげるための諸課題の解決が遅々として進んでいない。省庁間の既得権擁護と新利権拡張=新たな規制項目の追加によって、国民の税金がむだに浪費されていることに対して、国民の怒りは大きい。地方分権=権力の争奪の地方化をすすめ、国民がコントロールしやすい身近な所としての地方政府でのガラス張りの政治・行政を実現するべきである。そこで政治のみならず日本の体制全体の変革が必要であることを国民も官僚も共に認識を深めるために、遷都も−つの選択肢である。過去の日本の遷都は強大に成り過ぎた権力を破壊し、新体制を創ることに成功してきた。今日の日本においても、国家官僚の権力の腐敗と肥大化を一気に解決するための国民的合意は、遷都によって初めて現実のものとなるのではないだろうか。官僚を地方に配分し、国には国防と外交とナショナルミニマムを保障するための最低限の機能を残すだけでよいのだ。95年体制=分権・自治と民主主義の時代を切り開くための歴史的決戦が、今年94年に火蓋をきる。  (94年1月23日大阪M)