ASSERT 198号(1994年5月15日)
【投稿】 連立政権の「再々編成」へ
    ---民主的で公開されたイニシャチブを---
【投稿】 死刑と人権“死刑廃止条約の批准に向けて”
【書評】 社会主義崩壊と「自由の二重性」
      西尾幹二『全体主義の呪い-東西ヨーロッパの最前線に見る』
【本の紹介】  『アメリカ民主主義の裏切り−誰が民衆に語るのか』
【投稿】  南アフリカに祝福あれ!
         ---南アフリカ制憲議会選挙でANC勝利---

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投稿 連立政権の「再々編成」へ
  ---民主的で公開されたイニシャチブを---

<<歴史的な認識と国際感覚の欠如>>
 第2期連立政権・羽田内閣は、実に「すったもんだ」の悲喜劇の中で誕生した。日本の政治は、否応なく大きな変革期の渦中にあるが、それはあまりにも低劣な次元でもがいているようである。一方、南アフリカ共和国マンデラ大統領の実現は、20世紀末の歴史的な事件であり、人種差別とアパルトヘイトに終止符を打ち、人類の進歩と民主主義のありようを示す象徴的な出来事であった。マンデラ大統領就任式というこの歴史的な瞬間に、アメリカはヒラリー大統領夫人、ゴア副大統領夫妻など各国とも首相、外相、重要閣僚が出席しているのに、日本政府代表の姿はなく、暴力団と癒着し、挑発的な改憲発言で辞任した中西元防衛庁長官が出ていただけ、しかも偶然パレスチナにまで行っていた柿沢新外相はこれまた改憲を意図した問題発言でそそくさと帰国するとは、あまりにも歴史的な認識と国際感覚が欠如した非常識な対応だといえよう。しかし日本の政治状況においては、いわば羽田内閣はそれどころではなかったのである。
 そして羽田政権は発足から十日で国際的にさらにいやしがたい姿をさらけ出してしまった。あの永野法相発言である。南京大虐殺をでっち上げであると否定し、太平洋戦争を植民地解放戦争などと美化し、従軍慰安婦問題を公娼であったと合理化し、それを女性蔑視とか韓国人差別とかは言えないと開き直ったのである。しかも発言が問題になると、手のひらを返したように撤回して居座りを画策し、ついに辞任に追い込まれたのであるが、これを羽田首相は、「バランス感覚のある人」などと擁護し、出来ればそのまま続けさせたい意向を表明したのである。柿沢外相が集団的自衛権の行使へ憲法論議を提唱し、有事法制の整備も主張するなど、安保・防衛政策での突出発言がめだった政権となったことと合わせて考えれば、すべて朝鮮半島情勢を利用して有事体制をこの際導入してしまおうという、むしろそうした人物だからこそ法相ならびに外相に起用したのであろう。「改革」「改新」を唱えながら、その実、自民党の反動的保守本流や日本の右翼国粋派の最も古色蒼然とした歴史観に依拠する新生党の一面を暴露するものである。明らかに細川政権誕生の歴史的意義から大きく後退したといえよう。

<<対決姿勢鮮明な「朝日」と小沢氏の反論>>
 羽田主犯指名直後のだまし討ち的な「改新」結成騒ぎ、社会党の連立離脱というそれこそドタバタ劇に関連して、朝日新聞は4/27「無軌道な政治に対決せよ」、4/29「この政権に何を望めよう」、4/30「連立内の批判派は奮起せよ」と連日、社説において羽田政権との対決姿勢を鮮明に打ち出した。
 4/27社説「数を集めるのに手段を選ばず、公党間の信義も無視するのでは、サル山のボス選びにも劣るのではないか。首相も十分知らないうちに新会派が発足するような政治は危なっかしい。「改新」結成であきれたのは、国会での首相指名が終わるのを見計らって、一挙に既成事実を作ろうとしたやり方だ。これはクーデター的手法と言うべきである。こうした露骨な数の論理を抜き打ち的に突きつけるのでは、連立政権の最低の基礎である各党間の信頼関係は期待できない。基盤が変質して国民の信頼を失った政権に、政治を改革する望みを託すのは無理だと思う。」
 4/29社説「政策の善し悪し以前に、こういう手段をとる人々が指導する政権に、私たちの国の政治を任せていいのか、という不安を感じているのである。社会党も時代の変化の中で悩み、迷っている。それはある意味で、戦後を生きてきた日本人の姿を象徴してもいる。何はともあれ、手を携えることになっていた相手ではないか。権力闘争の間にそういうことすら忘れてしまったのなら、福祉や人権、公正を口にしても信用はされまい。そして、そう難しくもない社会党の心理を読み間違った人たちに、外交の機微が分かるだろうか。細川政権の変質に加え、羽田政権はまったく期待を裏切ってしまった。ロッキード事件で「灰色高官」とされた加藤六月氏の入閣も、政治改革政権からの変質を象徴している。自民党の権力派閥の復権かと錯覚するような、新生党主導内閣の顔ぶれを論じる気にもなれない。」
 4/30社説「羽田新連立政権は、社会党、新党さきがけが閣外に去り、構造から性格までがらりと変わった。一・一ラインに対して、批判し、ブレーキをかける力がなくなった。この根本的な弱点をどう克服するか、すべてはここにかかっている。調整役を果たすべき日本新党は影が薄れるばかりである。」
 まさにその通りである。さらにここに、小沢氏の「どの女と寝ようがいいじゃないか」という政治理念、政策以前の低劣な女性蔑視発言が加わった。同氏はいよいよせっぱ詰まって反撃に転じたが、それがお粗末限りない。朝日を「アカ新聞」「ブラックジャーナリズム」呼ばわりし、「この間も朝日新聞にまさに誹謗、中傷の記事が載った。私はこうしたペンの暴力を断じて許してはならない、こういう信念で戦っている」として、戦前の軍部独裁に追随した報道に朝日をなぞらえて「今日も同じ誤りを犯そうとしている」と虚勢を張った。これに対して朝日の5/18社説「事実の報道は誹謗ではない」は、これは国会内のエレベーターで話した言葉、「どの女と寝ようがいいじゃないか」と口走った発言であり、自らの目的のためには、誰と手を組もうと勝手だ、という政治観であると批判し、さらに小沢氏は昨秋、「自分に確かめずに事実と違うことを書いた」として、日本経済新聞と産経新聞の記者を会見から排除し、最近では、朝日新聞記者の閉め出しを記者団に求めたことまで明らかにした。
 小沢氏は逆にこうした経過の中で、戦前の軍部への批判を一切許さない、権力への追随だけを強制するのと同一線上の、権力志向丸出しのおごり高ぶった危険な政治家であることを自ら暴露したといえよう。

<<「新しいリベラリズム」?>>
 こうして羽田内閣は「だまし討ち内閣」「一・一誤算内閣」「超軽量内閣」などと揶揄されながら出発したが、確かにいつ倒壊してもおかしくはない事態に直面しているとはいえ、これに対抗する勢力は国民に見える形で明確な姿勢を打ち出し得ていない。
 社会党の最大派閥デモクラッツは先頃、政権構想を明らかにしたが、自分たちが連携・融合をめざすのは「新しいリベラリズム」であって、「新保守主義」とは区別され、その両要素は新生、公明両党グループにも、自民党にも内包しているとしている。そして自民党が「旧保守勢力」と、新しいリベラルを志向する勢力とに分解することは必然であり、前者は「新保守」に吸収され、後者は私たちとの合流が可能となって、本格的な二大勢力へと収斂していく、と展望している。具体的には、@さきがけ・青雲や日本新党、民社党その他の与党議員に呼びかけ、共同の政権構想作りの場を設ける。A国会内統一会派「新民主連合」の結成。B統一候補者の調整と選挙協力態勢。C選挙結果に応じた多数派の形成、という構想を示し、社会党の発展的解消と、「新勢力結集」の母体として再出発することを提唱している。
 このデモクラッツの研修会(5/14)で講演した矢野・前公明委員長は、「自民党がハトとタカに割れればハトと組む。そんなの百年待ってもできませんわ。(自民党と社会党が)大連立を組めば(自民党の)タカ派は出ていくんです。ハイエナのように食らいつけ」、「自社両党は二分されており、簡単に握手できない。(羽田政権は)有利なポジションを占めており、小数でも安定性のある政権だ。自社は分断撃破される」、「皆さんが衆院解散・総選挙を望むなら、自社両党が首相指名投票で組みそうだという恐怖感を与えるべきだ」、とデモクラッツのあいまいな態度を批判し、再編のイニシャチブの重要性を指摘している。
 矢野氏がこのような発言をするのは、公明党内においても小沢・市川の一・一コンビに危うさを感じている証拠とも言えよう。新生党内においても小沢批判が表面化しており、日本新党は離党者が続出している。民社党は二分状態である。とすれば、「新しいリベラリズム」といった定義に心を砕くのではなく、矢野氏の言うようにもっと大胆な政界再編のイニシャチブに具体的に踏み出すべきであろう。キャスチングボートを握っている社会党はその意味では、いちばん有利な立場にあるとも言える。そのかなめは、非自民連立政権の大胆な再編成である。それは、新生党・小沢一郎代表幹事、民社党・大内委員長、公明党・市川書記長、日本新党・細川代表の解任、ないしは辞任、そして軍事力強化や改憲策動に荷担する閣僚を解任し、政策決定の民主性と公開性を条件に社会党並びに新党さきがけが連立政権に復帰して、与党連合の再編成を行うことではないだろうか。その条件は各党の事情からもすでに熟してきているといえよう。それとも週刊誌でスッパ抜かれている「6月、後藤田護憲政権へ」の自社極秘工作の方が現実的なのであろうか。連立政権誕生の歴史的意義からすれば、前者が成功することの方が望ましいのではないだろうか。
(T.I)