アサート 199号(1994年6月15日)
【投稿】 「価格破壊」「価格革命」の背後にあるもの by 生駒 敬
  <<「新物価指数」の登場>>
 このところディスカウントストアの広告だけではなく、あらゆる流通分野から、ついには自動車にまで、この「価格破壊」、「価格革命」といった言葉が踊りだしている。3-400万円台の4輪駆動の車が150万円台から(トヨタ)、アメリカのスポーツ車「マスタング」が200万円台で登場というわけである。
 洋服の青山商事は、アジアにおけるネットワークの展開、委託加工などにより背広の売上原価を50%以下に引き下げたといわれている。そして小型カラーテレビは今や二万円台で買える時代である。はたして本当に物価は低下しているのであろうか。
 このほど日銀が、4000人の消費者に聞いた調査(94年3月)によると、「最近値下がりしているものが目につく」との見方に対し、肯定した割合は29%にすぎず、逆に否定した割合は44%に達した。ただし輸入品の値下がりを認める消費者が47%いたという。事実、総務庁が発表する消費者物価指数は小幅ながらも下記のように上昇している。これには通産省やスーパー業界から調査方法や抽出品目について異論が出され、今年からそれぞれが独自の物価指数を発表し出した。実態を正確に反映するためには大いに結構なことであろう。

消費者物価指数  総務庁  +1.2%(93年度)
新消費者物価指数 通産省 総務庁調査より -7%
卸売り物価指数 日銀 -3%
西友物価指数 西友 -7%

<<実質賃金の低下、ノンユニオンの増大>>
 今年3月時点の消費者物価指数は前年比+1.3%、卸売物価指数は同-2.0%である。こうした傾向は日本に限らず、アメリカでは消費者物価上昇率は2.4%、生産者物価上昇率は-0.4%、インフレに悩まされてきたドイツでも消費者物価指数に相当する生計費指数が今年4月時点で前年比3%台に低下してきている。
 総じて、先進国といわれる諸国では、このところ物価安定の傾向にあることは事実であり、それに照応して、いやそれ以上に賃金上昇率が大きく低下してきていることが特徴となっている。アメリカの賃金上昇率は、89年の4%をピークに年々低下し、93年は2.4%というこれまでにない低さであり、ドイツにおいても、時間当たり賃金上昇率は93年で4%程度まで低下し、94年春の賃金交渉では1-2%程度の低い賃上げ率となり、いずれも実質賃金の低下を続けているのである。
 さらに労働組合への組織率においても後退を余儀なくされている。とりわけアメリカにおいては、景気回復にともなう雇用拡大にもかかわらず、93年度の民間企業組合員総数は前年比14万人減少し、組織率は11.2%にまで低下している。公共部門を入れた全体の組織率は15.8%であるが、これは先進国中最低の水準となっている(英、独40%台、日本24%)。いずれの国においてもノンユニオン、未組織労働者の増加が顕著な傾向となっている。

<<「賃金が50分の一、100分の一の国」>>
 こうした背景には、もちろん合理化やリストラ、流通革命も上げられるが、それ以上に先進諸国への急速な低賃金労働の流入の増大が指摘できよう。それは直接間接さまざまな形で流入しており、広範囲の影響を及ぼしている。冷戦体制崩壊後の経済の国境が急速に取り払われた、いわゆるボーダーレス化によって、旧ソ連圏、東欧諸国、中国、ベトナムなどの極端な低賃金労働力の利用が可能となり、これまでの第三世界の低賃金労働と合わせて、資本にとってはこれまでにないコスト削減が可能な状況をもたらしている。それがたとえ一時的過渡的なものであったとしても、不可避的な流れとなっている。世界的にみてもその重要な中心はアジアである。
 「アジアには日本に比べて賃金が10分の一、50分の一、100分の一という国がある。労働生産性の差はそれほど大きくないから、日本の企業が低賃金国へ移動するのは必至の方向だ」(5/30日経、金森氏)というわけである。そして事実、日本資本は、当初は近隣の韓国、台湾、香港への進出から始まり、それぞれ人権費が高くなってくると、次はシンガポール、タイ、マレーシア、インドネシアへと安くて豊富な労働力を求めて次々と渡り歩く「渡り鳥」という悪評を浴びながら、現在では、中国そしてベトナムに熱い目を注いでいる。

<<スネークヘッド暗躍の背景>>
 何よりも中国については、93年4月に報告された世界銀行の「世界経済の展望と途上国」によっても、10年後の2002年には、中国に香港、台湾を加えた「中国経済権」の実質経済規模は日本の2倍、そしてアメリカをも上回り、世界一になる可能性がある。低賃金労働はもちろんのこと、将来の「膨大な市場」の確保をめぐってすでに激烈な競争が開始されている。ごく最近でも家電グループは言うに及ばず、野村証券グループやトヨタが大規模な工業団地、製造ラインの建設に乗り出している。(この間の事情については、関満博著『フルセット型産業構造を超えて』中公新書が詳しい)
 そして中国からは、日本の「高賃金」をめざして密入国しようとする中国人のニュースが絶えず、蛇頭(スネークヘッド)なる名前のシンジケートに数百万円も払って密航を企てるような状況である。そして日本のいわゆる3K職場には外国人労働者が目立ち始めている。
 家電のシャープの調べによると、経営資源の地域別価格比較は次の通りであり、その価格差は歴然たるものである(6/8日経)。

項目 日本 米国 欧州 タイ 中国
土地 100 8 4 1 10
建築コスト 100 73 56 45 -
人件費 100 65 32 6 4
陸上運賃 100 19 15 25 -
電力 100 30 25 45 28

<<「低賃金でしか先進国に太刀打ちできない」>>
 当然、アジアのNIES諸国も黙ってはいない。中国には韓国、台湾、香港、シンガポールなどが次々と進出しており、さらにはベトナム、カンボジアにはタイ資本が参入、ミャンマーにもシンガポール、インドネシアが相次いで接近を始めている。いずれも自国よりは賃金が安いこと、労働力が豊富に存在することが前提である。
 こうした苛烈な競争の悲惨なしわ寄せが児童労働の問題に現れている。最近の報道でも、タイ、バンコク郊外のジーンズ工場では、14歳前後からの大勢の少女が24時間監視で働かされ、賃金は政府が決めた最低賃金の2割にも満たない月600バーツ(約2500円)で働かされている。皮革製品やカバン工場では、15歳未満の子供を100人も使い、摘発を免れている工場が多数あるという。
 世界には15歳未満の児童労働者が約2億人も存在しており、アジアでは労働力全体の11%、中南米では12-26%を占めている。フィリピン、バングラデシュの衣料製品、インド、パキスタンのカーペット製品は児童労働によって支えられている状況である。そしてアメリカ・カリフォルニア州の農業労働もメキシコから「不法入国」した大量の少年少女の労働によって支えられている。
 さらに南アジアに位置するインド、パキスタン、バングラデシュは、ASEAN諸国よりさらに賃金が安く、人口は東南アジアの約2.5倍をかかえ、一人当たりGDP(国内総生産)では1/3程度にとどまっており、社会環境も劣悪である。これら諸国は次のねらい目となっており、「低賃金でしか先進国に太刀打ちできない」状況に追いやられようとしている。
 国際的には同時に、こうした労働条件や児童労働の問題が新しい通商摩擦、不公正な貿易問題として浮上してきている。ILO(国際労働機関)の場でも深刻な問題として取り上げられいる。冷戦体制下で先進諸国間貿易が過半を占めていた時代とは違って、経済のグローバリズム化によってよりいっそう鮮明に浮上してきたこれらの問題について、新しいインタナショナリズムが求められているのではないだろうか。
(生駒 敬) 

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