アサート 203号(1994年10月15日)
【報告】 NAGARAGAWA DAY 94
----「ダムサミットin長良川」開催される----
<河口堰は来年春本体工事完了>
 すでに何回もアサート他で紹介してきましたが、長良川河口堰はいよいよ来年春に本体工事が完了することになっています。他方で、これまでダムのない川をみつけるのが難しいほど、あらゆるダム建設を進めてきた日本ですが、ダムが土砂の蓄積によってその機能が失われつつあることが報告されているように、日本の電力資源・水資源開発の中心であったダム建設そのものに重大な疑問が投げかけられつつあります。
 こうしたなかで、「長良川河口堰建設をやめさせる市民会議」主催による「ダムサミットin長良川」が9月23日から25日まで現地長良川河川敷で開催されました。

<24日は前夜祭、雨のなかでも参加者多数>
 私は24日午後からの参加となったので、23日の美濃川下りカヌーデモ・全国河川代表者会議については、参加できませんでした。24日午後メイン会場の伊勢大橋河川敷に仲間と到着し、キャンプの準備などをしながら、夜を待ちました。
 前夜祭は、例年の通り、夢枕ばく、立松和平、本多勝一など文化人、ジャーナリストなどがトークや対談で川を守るアピール。全国の川を守る活動家から、それぞれの運動を報告して、今後の運動の協力と前進を訴えました。午後8時ころから雨が強くなりましたが、前夜祭イベントは雷の中でも続けられ、ここだけは昨年よりも参加者が多いように感じました。(社会党からの参加者に、激しい野次が飛ぶ一幕もあったようですが・・・)

<25日ダムサミットに各界から代表が挨拶。>
 翌日は雨は上がりましたが、少し強風。カヌーには少しつらい天候でした。会場では地元運動団体、政党関係、労働団体などが連帯の挨拶が続きました。
 特に印象に残ったのは、新党さきがけの高見裕一衆議院議員。彼は昨年の衆議院選挙では日本新党から兵庫県で当選。この春さきがけに移籍しています。彼の報告では、長良川問題を考える国会議員の会で、最近地元住民へのアンケートを行った結果でした。特に河口堰への住民の不安に関するものです。河口堰の安全対策は充分かとの質問に対して過半数の住民が不安を訴え、河口堰の運用にも疑問が多いという結果が報告されました。
 社会党の議員は少し慎重な言い回し、共産党はいつもの上田耕一郎。たしか北川元環境庁長官も挨拶をしていました。
 午前11時30分から行動開始、デモが出発。バイク、カヌーデモも出発。午後0時には、河口堰横の伊勢大橋付近で、「ダムはいらない」を叫んでアピール行動。主催者は参加者5000人、カヌー700と発表していました。

<参加者が少ないのは何故だろう>
 残念なのは、1昨年・昨年と比べて明らかに参加者が減少していること。主催者発表にも関わらず、毎年参加してきた私としては、昔よくやった「水増しの主催者発表」の感を持ちました。
 原因の一つは、すでに河口堰本体の完成にストップがかけられない事実。運動的には、今後「河口堰の運用」ストップ、導水管建設費など地元負担問題など、課題は多い訳だが「直接行動、現地行動」としては、十分に運動共感者たちに伝わっていないこと。アウトドア雑誌などでの事前広報が不十分だったこともあります。
 さらに、運動団体の内部で少し意見の相違と分岐が深刻になった事実もあります。

<社会党系は少し距離、共産党は熱が入る>
 また社会党系は全体的に距離を置こうとしています。何故かはわかりませんが、事実としてはそう推移しています。一方共産党系は、ここぞとばかり挨拶でも「現連立」「旧連立」を切り、唯一の革新の宣伝をしようとしていました。名古屋水労・国労名古屋・系列の市民団体がデモ隊列を独自に作っていました。(少しイメージ悪いなー)

<運動の方向は、それぞれの地元へ>
 長良川河口堰反対運動は、もちろん今後も長良川を守る運動として続けられなければならない。しかし、日本の川の象徴としての運動イメージは、長良川流域での「地元運動」こそが、本来の中心である。おなじように全国には各地にダム建設や「近代河川工法」によって自然が失われた川を元にもどす、また川を守る運動があります。それぞれの運動を強めていくことも今後の課題といえます。今回の行動が「ダムサミット」としてのも、「河口堰反対運動」もダム問題へと一般化していこうとの意図が含まれていました。
 それでも「長良川」という看板は今後も、そうした運動の「軸」のような意味で、川を守る運動の象徴的中心に位置し続けることでしょう。

<雑感>
 さて、河川敷でキャンプをしていると、近所のおばさんが話かけてきました。「あんたら何をしているの?」。「私ら地元には、今日こんなことがあるって知らんかった」と。イベントの音楽などがうるさいと見に来た感じ。「あんたらどこから来たの」などと話が続きました。もちろん、運動側は外から来ている人間が多いのは事実だが、地元の人から消極的な意見を聞くと少しいやなものです。
 今回の報告は少し粗いものになっています。私自身も少しこの運動に飽きてきたのかな?。労働組合の活動が多忙となり、市民団体への取り組みになかなか参加できないことも一因です。(佐野秀夫 1994/10/16) 

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