アサート 205号(1994年12月15日)
【投稿】 米・中間選挙が問いかけるもの by 生駒 敬
<<「希望」の象徴から「失望の象徴」へ>>
 去る11月の米・中間選挙の結果、上下両院で野党の共和党が過半数を占めて逆転、米議会では万年少数派といわれた共和党が上院で多数を占めるのは1986年以来、下院での過半数は54年以来、40年ぶりの共和党の上下両院支配という新しい事態が現出した。さらに州知事選でも過半の州を共和党が押さえ、大統領選挙人を多く抱える大きな州の知事のほとんどが共和党ということになり、クリントン大統領再選の可能性が断たれたとまで言われる状況である。今回のいわば地滑り的な変動は常識を超えるものとさえ言われている。
 なぜこのような事態になったのであろうか。90年中間選挙では「税金」、そして92年大統領選の「経済」にかわって、今年の中間選挙では「犯罪」が最大の争点になったといわれる。2年前、クンリントン氏は冷戦体制終焉後の新しい時代への「変化」「変革」をスローガンに、冷戦体制を引きずり、貧富の差を拡大し、世界の憲兵役を任じて国防費の膨張にいそしむ共和党の路線に対決して大統領選に勝利した。共和党色が強い南部にも支持を広げ、六つの州を制したのは、冷戦体制の中で疲弊した米国の再生を掲げ、「変革」を訴えた「ニューデモクラット」路線の勝利であったとも言えよう。93年1月の大統領就任に当たり「ニューデモクラットの旗のもとに結集を」と国民に呼びかけ、希望が語られた。
 その後の2年間で財政赤字は減り、景気は後退期を脱し、国際収支の赤字は縮小し、失業も減少し始めた。景気過熱を抑える政策さえ提起している。本来ならば成果を誇っていいはずである。にもかかわらず今回の結果は、2年前の大統領選で公約したこうした「変化」を実現できなかったことへの有権者の強い失望感の表明であった。ワシントン政治の批判者として登場したクリントン氏は、2年の間に逆に自らが既成政治を代表し、「変革」を実行できない、えこひいきと身内びいきで行動し、政策決定過程に信頼と確信を持てない権力者として、不満を一身に浴び、二年前のイメージが全く変わってしまったのである。同大統領の不正資金問題「ホワイトウォーター事件」でアルトマン前財務副長官が辞任しているが、不正疑惑がさらに再燃する中で続いて今回ベンツェン財務長官までこの事件を不快なこととして辞任。クリントン氏の支持母体となってきた民主党指導者会議(LDC)でさえ激しいクリントン批判が噴出し、民主党自身が、次期大統領候補に現在の大統領を推すかどうか検討中と言わざるをえなくなっている。

<<「保守政治の復権」の実態>>
 それでは共和党は、クリントン政権に対抗した「変革」と「希望」を語ることができたのであろうか。実態はクリントン攻撃、民主党攻撃に終始し、事態をよりいっそう悪化させる政策しか提示し得ていない。ましてや共和党が大統領選敗北後の2年の間に魅力ある政党に生まれ変わったわけでもない。
 選挙戦の最中、共和党は「米国民との契約」と題した公約を発表している。その十項目の公約によると、まず、増税法案については、過半数ではなく「議会の五分の三の賛成が必要」と憲法を修正する「財政責任法案」を用意する一方、中間所得者層や高齢者中心の減税を公約し、同時に軍事費を増大させる法案を実現しようとして、「国防の強化、世界中での信頼性の維持、軍事費増額」を掲げている。さらに重要なことは、連邦政府の民間への介入を減らすことを主張し、福祉予算削減を要求していることである。
これらは冷戦体制下のレーガノミックスへの復古宣言とも言うべきものであろう。共和党は議会支配が実現した後、百日以内に大胆な政策を実現すると公約している。
 ガチガチの保守派として有名で次期下院議長が確定しているギングリッチ氏は、選挙期間中、「大統領は、普通の米国民の敵」、「左派の世俗主義が米国をダメにした」と語り続け、「20の小委員会でクリントン政権の腐敗を追及する。関係者もどんどん喚問する」と公言している。同氏は、議会の最優先事項として、財政均衡、医療保険制度改革、犯罪防止の三点を上げ、共和党主導の法案作成に強い意欲を見せ、サッチャー前首相やレーガン元大統領の言葉を引用しながら「保守政治の復権」を繰り返しアピール、「神を米国の中心におくべきだ」として犯罪や都市荒廃の原因を道徳観の欠如にもとめ、公立学校でのお祈りを認める法案を半年以内に議会にかけると息巻いている。上院共和党のドール院内総務は、軍内部の同性愛問題や中絶問題でのクリントン氏のリベラルぶりをたたき、「共和党が両院で多数をとったら、政府を手元にくくりつけてやる」と語っている。

<<「不法移民締め出し法」の成立>>
 さらに危険なのは人種差別的な排外主義の高まりである。カリフォルニア州では、同州だけで160万人と推定される不法移民の医療・教育に年30億ドルもの税金が費やされているとして、メキシコとの国境を越えて流入する不法移民に対して子供は公立学校に受け入れない、緊急医療以外の福祉サービスを停止するという住民提案「不法移民締め出し法」が、中間選挙と同時に投票にかけられ、予想を上回る賛成59%を獲得して可決され、州法として成立したのである。しかもこの提案は、医療・教育機関に不法移民かどうかを調べさせ、「疑わしい場合」は移民帰化局に報告するよう義務づけまでしている。もちろん同法は違憲の疑いが強く、施行差し止め訴訟が相次いでおり、同提案阻止の市民運動が各地で広がっている。
 提案者である「わが州を救え」(Save Our State=SOS)委員会のロン・プリンス委員長は「提案した理由は二つある。ひとつは、不法移民対策だ。特に30万人に上る中南米系のこどもたちだ。もう一つは、こういう現状に何の手も打たない連邦議会や大統領に圧力をかけることだ」と述べている。提案支持を表明して再選された共和党のP・ウィルソン・カリフォルニア州知事は、同提案と同様の連邦法を作成すべきだと盛んに主張し、ギングリッチ共和党院内幹事は、不法移民対策強化に向けた立法化を示唆している。
 しかし不法移民の大半は、米国民が嫌がる建設現場の力仕事、家事雑役、農作物の収穫作業など、さまざまな低賃金労働に従事しており、禁止されている児童の労働まで含めて徹底的に利用してきた、アメリカ経済にとって今や不可欠な労働力なのである。ワシントンのシンクタンク、都市問題研究所によれば、「連邦政府への納税分などを考慮すると中長期的には不法移民のバランスシートも、米国社会にとってプラス」の労働力である。しかし今やアメリカ社会にとってそれも受け入れ難い雰囲気が作り出されている。その背景には、黒人層やマイノリティを中心に貧困層(四人家族で年収150万円以下)は4年連続で拡大し、3900万人に達し、総人口に占める貧困者層の割合は、91年の14.1%から15.1%に上昇し、医療無保険者は4千万人にものぼるという実態がある。アメリカ社会の格差はむしろ広がっており、景気上昇過程にあるにもかかわらず、低所得者層の比率も上昇し、教育、医療、福祉への費用の攻撃が排外主義と不法移民攻撃の形をとって行われているのである。

<<新たな地殻変動の始まり>>
 クリントン政権は、国内政策の目に見える具体的な成果として、国民皆保険をめざした医療保険制度改革を上げたのであるが、それは多くの庶民の期待に応えるものであったといえよう。そして事実米国民の70%以上が何らかの改革を望み、支持していたのである。しかし、民主党主導の議会においてさえ「イエス」か「ノー」かの論争に終始し、論争は何の具体的な成果も生み出さなかったばかりか、「政府の介入が強まる」とする共和党の批判や、負担増への企業や事業主の反発、民間保険会社などの反対でつぶれてしまったのである。
 こうした個別問題に対する不満と政権の指導力に対する不信の高まり、さらには経済指標がよくなっても実感が全くともなわない景気回復へのいらだち、強まる格差拡大への不満の表れ、さらには増加する凶悪犯罪や政治や社会に対する先行きの不透明や不安感がクリントン政権、民主党に向けられ、大統領はもはや「失望の象徴」としか映らなくなったとも言えよう。逆に言えば、今回の結果は、冷戦体制終焉後の時代が求めている「変革」にもっと徹底して取り組むことを迫ったものだとも言える。
 一方、共和党の元下院議員ウェーバー氏が語っているように「共和党はクリントンと民主党を叩くだけで、われわれは国民に問題解決の方策を示せていない」。その意味では今回の選挙は民主党の敗北ではあったが、共和党の勝利といえるものではない。事実、共和党は赤字削減への処方箋を示さないまま、大幅減税と国防支出拡大というレーガノミックスに戻れるものではないし、「銃規制反対」と「凶悪犯罪に対する断固たる措置」が両立するものでもないし、ましてや「保守政治の復権」や宗教右派政治の復権はアメリカ社会の「変革」に対立するものでしかない。これらは主張すればするほど、逆に共和党指導者に膨大な「政治的負債」となってふりかかってくるものでしかないのである。
 ここに、冷戦期には互いに相互補完しあってきた民主党、共和党という二大政党政治は、ある種の機能不全、機能麻痺に陥っているといえよう。投票率が38.7%という低さにも象徴されているが、冷戦体制型の政党や政治制度に有権者は「変革」への期待や希望を抱けなくなっているのである。冷戦が終わって米国の政治経済社会のさまざまな矛盾とほころびが噴出してきたが、その多様化し複雑化する社会の矛盾や要求に、従来の二大政党制では対応しきれなくなったことを示していると言えよう。その意味では、米国の政党政治も、従来型の政党政治が崩れ始め、日本を含めた他の先進各国と同様、新たな地殻変動期に入ったと見るべきなのかもしれない。

<<クリントン政権と村山政権>>
 クリントン米大統領は、共和党の要求を先取りするかのように、12月1日、96会計年度から6年間の軍事予算を総額で150億ドル増額することを発表している。大統領は政権発足当初、96年までの累計で約600億ドルの国防費削減を宣言、実行に移していた。大統領の当初予算案では後年になるごとに削減幅が拡大していたことからすれば、根本から修正した内容である。これが中間選挙敗北後の最初の対応であった。とすれば、任期後半の2年間に直面するのは「何をやるための政権か」というアイデンティティーの危機、存在意義そのものが問われている。
 共和党主導の議会は、来年1月から始動するが、すでに上院外交委員長に超保守派ジェシー・ヘルムズ氏、軍事委員長に91歳の保守派ストロム・サーモンド氏が就任するとみられている。両氏は、共和党政権時代ですら、政府がまとめた米ソの軍備管理に関する合意に批判的であった。今回の米朝合意にも批判的でる。ヘルムズ氏は「クリントン大統領は軍最高指令官に不適格」「大統領が私の地元に来るならボディガードを付けた方がいい」と発言するに及んで、共和党内からも「委員長の適性に問題あり」と批判が出る人物である。議会を中心とする政策論議は共和党色の強い「タカ派路線」に戻るのは確実であろう。中間選挙の翌日、次期下院軍事委員長と目されるスペンス議員(共和党)は早速「過去二年間続いた国防無策を逆転させる」と息巻いている。国際的な安全保障案件について日本などに対する負担の要求が強まることは確実であり、新進党幹事長になった小沢氏の「普通の国」論との対応が注目されるところである。
 一方、クリントン大統領は共和党の選挙公約である大幅減税と社会保障年金削減に早々とノーと言い、代わりに生活保護費抑制で医療保険改革の財源を生み出す「福祉と医療保険の抱き合わせ改革」を支持するよう求めている。議会での不毛な論争と政争の激化で、クリントン政権が有効な政策を打ち出せない事態も起こり得るし、多数派に対する拒否権の発動は国民的な支持がなければ、政治的に「死に体」となりかねいものである。クリントン大統領がおかれている切羽詰まった国内状況を見れば、外交政策や経済ナショナリズムにおいて政治的な生き残りをかけることに重点が置かれ、緊張激化政策の中でポイントを稼ぐという冷戦期の手法が頭をもたげ、それが自己目的化する危険性がなしとは言えないであろう。その意味ではクリントン政権が直面する課題は、単にアメリカ一国のものではなく、国際的な共通の課題でもある。
 村山政権の置かれた状況は、クリントン政権の置かれた状況といわば二重写しともいえよう。自民党一党支配を打破した細川連立政権の登場は、時期的にも政治的にもクリントン政権の登場と軌を一にする共通性を持っていた。ところが細川政権の強権的政治手法への変質は、羽田政権を経て、以外にも自民党・社会党・さきがけの連立政権をもたらし、立場が逆転し、新進党は共和党的政治手法の小沢氏を幹事長に据えた。ある意味では村山氏は、クリントン氏と同様の状況に立たされたのである。社会党が掲げてきた平和と変革の政策が現政権においてこそ徹底して追求されなければ、もはやそのアイデンティティ、存在意義そのものがなくなるのである。
(生駒 敬) 

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