ASSERT 209号(1995年4月18日)
【投稿】 歯止めなきドル安・円高
【投稿】 青島・ノックの当選がもたらすもの
【投稿】 地方分権と政治改革(5)
【書評】 「全体主義の時代経験」藤田省三著

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(投稿)  歯止めなきドル安・円高
    ----ドル相場メルトダウンの新たな段階----

<<1$=70円台に向けて>>
 今年初めの為替相場は、1月4日、1$=101円16銭であった。それが3月8日には、1$=90円台を突破、88円台に突入し、4月10日には80円15銭にまで円が急騰、80円台を割り、70円台突入寸前の事態となった。今や1$=90円でさえ、ドル高と錯覚してしまうほど、年初からすれば約20%も円高が急速に進行している。一人当たり国民所得を名目で単純比較すれば、今や日本が米国の二倍になろうとしているという。問題は、円の購買力平価で換算すると1$=160円前後にしかすぎないにもかかわらず、生活実態とかけ離れたこのような円高がまだ収まるどころか、さらに進行する可能性が高いことである。しかも円が、単にドルに対してだけではなく、対マルクでも戦後最高値を更新、円の独歩高の様相を示していることである。
 4月14日、政府は緊急円高対策を発表、総額630兆円の公共投資基本計画の促進の検討、規制緩和推進5カ年計画を3カ年に前倒しすると共に、赤字国債を財源に補正予算を編成する、輸入促進と政府調達の増大をはかることなどを明らかにし、同時に日銀は公定歩合を0.75%引き下げ、年1%の即日実施を行った。しかし為替相場の反応は全く冷ややかであり、腰の座らない日本政府や日銀の姿勢が投機筋に見透かされ、タイミングを失した「緊急」対策が間の抜けたものになってしまっている。
 問題は、逆に円高・ドル安を阻止する手段を使い果たしたとして、手詰まり感が広がり、円高がいっそう進む懸念が浮上してきていることである。休み明けの4月18日以降は再び円高・ドル安の圧力が強まる可能性が取りざたされている。もはや小手先の緊急対策や市場介入だけでは流れを逆転できる情勢ではなくなってきているといえよう。
 4月末にワシントンで開かれるG7(7カ国蔵相・中央銀行総裁会議)では、アメリカは基軸通貨としての責任を放棄し、ドルばらまきで事態を糊塗してきたが、今やその重荷に耐えられなくなってきたドルを、円やマルクが、あるいは国際的な協力関係や新たな通貨体制に向けた動きがこれをどう補っていくのかが問われている。冷戦体制終焉後、ますます社会経済関係がグローバル化し、一体化しているにもかかわらず、目先の個別利害でそれぞれが行動している限り、市場は冷ややかに反応し、世界的な危機が一挙に進行する可能性さえ否定し得ないであろう。

<<米政府の「悪意ある無視」>>
 しかしアメリカをめぐる状況は単純ではない。ルービン財務長官はドル安に幾度も懸念を表明してはいるが、カンター米通商代表部代表は「円高は日本の黒字、市場の閉鎖性が原因」と断言し、ブラウン商務長官はテレビのインタビューで「多くのエコノミストは、これは日本の問題であって、米国の問題ではない、といっていると思う」と述べ、米政府の「悪意ある無視」を公然と認めてさえいる。とすれば、ドルの下値は依然として見えないどころか、いっそうのドル安を歓迎していると見ることも出来よう。
 事実、米国株は、ドル安による米国企業の輸出拡大を見込んで最高値を更新しており、米国企業はドル安によって国際競争力が増し、企業収益は改善しているというわけである。さらに米ドルについていえば、カナダ、メキシコなど主要貿易相手国に対してドル相場は下落どころか上昇しており、またドルを基準値にしているアジア各国の通貨に対してもさほど下がってはおらず、米国企業は安い製品を世界から輸入できるし、ドル安によってもインフレ懸念は起きない、というわけである。
 確かに、米経済は92年後半から急速に立ち直り、93年は3.1%、94年は4%の実質経済成長率を達成した。昨年10-12月期の成長率は年率5.1%と、10年ぶりの高水準である。労働組合の組織率、影響力の低下で賃金コストが抑えられ、大企業大資本は合理化省力化投資で生産性が向上し、収益安定によって株式相場を支えているとするならば、本来ならドル高に反転しておかしくないはずである。しかし事態はそうはなってはいない。その根本原因は、レーガン政権登場以来の財政と貿易の「双子の赤字」を垂れ流し続けていることにある。赤字が増えてもいっこうに困らないどころか、基軸通貨国として、対外支払いに外貨ではなく、自国のドルを使える特権を活用し、赤字を放置しても、ドル札を印刷すれば足りるので、収支の均衡を守る必要も義務も感じずに、世界中にドルをばらまくことによって現在のアメリカ経済は維持されてきたのである。冷戦体制下ではそれが、自由陣営を守るという大義名分で合理化されてきた。そして長年の米国の財政赤字、貿易赤字で、世界中にドルがうなるほど蓄積され、ただの紙切れに過ぎなくなるのではないかという不安をもたらすほどの事態になってきたのである。

<<「難破船からの脱出」>>
 しかし、冷戦崩壊後の今日、もはやそうしたドルの垂れ流しは許されなくなってきている。世界中がその被害を受けているのである。しかし米国は安楽なドルの特権を容易には手放すはずがない。現在のドル安についていえば、他の諸国の冷静な姿勢に比して、日本だけが必死にドルを買い支えており、「世界第二の経済規模を持つ日本がドルを買ってくれるので、アメリカはドル紙幣を心置きなく印刷することが出来る」といっても言い過ぎではない状況である。逆に言えば、ドル安の原因にフタをした米国の綱渡りを助けているのが日本であり、世界的にドル離れが起きている中で、日本だけがせっせと米国の赤字の穴埋めをしているともいえよう。
 大蔵省は日銀を通じ、3月だけでも実に100億$をこえるドル買い介入を実施してきたが、今や日銀がドルを買い支えれば、それだけ円高が加速する局面を迎えているのである。
 だが他の諸国は日本と同じような行動をとってはいない。ドイツは、ドル売り・マルク買いの投機に対して、儀礼的な協調介入は行っても、むしろドルを買い支えるよりは、ヨーロッパ連合のEU通貨圏の協調に全重心を移している。もちろんそれが可能なのは、ドイツの貿易相手国の多くが周辺の欧州諸国であり、輸出の8割、輸入の5割がマルク建てなので、ドルの変動に大きな影響を受けないことからきているが、それだけではないであろう。世界的にドルで資産を持つ危険性への認識が急速に高まってきているのである。それは「ネズミが難破船から逃げ出すように、ドル離れを起こしている」とさえ表現されている。
 今回のドル安で大きく価値が目減りしたドルに代わり、円の保有高を増やそうとするアジア諸国の中央銀行が積極的に一斉に円買いに動いたことが明らかになっている。シンガポール通貨庁が3/31、1日で3億$のドル売りを行っているが、それは外貨準備の中のドル比率を引き下げるためであった。インドネシアは、3月中旬、外貨準備約130億$の内、約35%の円の比率を40%に上げる考えを表明している。中国、韓国、マレーシア、台湾などもドルを円に換え始めている。手持ちドルの5-10%を一気に市場に出すとさえいわれている。この間、アジア諸国、地域が、ドル→円転換を行った額は500億$に上るとみられているが、一方、日銀が同じ期間に市場介入で買ったドルはせいぜい250億$、ドル売り圧力の方が圧倒的に強いのである。アジアの中央銀行はすでにドルに背を向け始めているといえよう。そして3月上旬以降、中南米の中央銀行までドル売りに出ているという。世界は米国の財政、経常赤字にもはや寛大ではなくなってきているのである。

<<基軸通貨=ドルのたそがれ>>
 現在のように米国が決済にドルを使うことを他国が許している限り、こうした過剰なドルへの不安は消えるものではない。もはやドルは単独では基軸通貨としての役割を果たせなくなっているのである。ドルに代わって円やマルクが買われるという事態は、国内総生産(GDP)で世界の3割にも及ばなくなった米国の通貨がまだ世界の準備通貨の6割を占めているのが不自然であり、世界経済の不安定要因の最大のものになっていることを示している。
 このようなドル不安の根を断ち切るためには、いよいよ、現状のドル依存の変動相場制に代わる新たな国際通貨制度作り、各国の平等互恵の原則と共通の責任原則に基づいた「複数基軸通貨」制度構築を共通の課題としており、事態はそうした段階にさしかかっているといえよう。今回のドル安は、基軸通貨・ドルの役割そのものを揺さぶる新たな段階に来ていることを明らかにしており、そして今後さらに進むであろうドル危機の深刻化は、こうした通貨改革を待ったなしの課題に追い込むことは間違いないといえよう。 アメリカ自体の情勢から言えば、しかし現状がベストなのである。クリントン政権への不信がドル売りにはね返っているとはいえ、ドル安が進む中でも、米議会は減税と軍事費の増大を議論するという「優美なる怠惰」を続けている。クリントン大統領は「財政赤字削減策を継続する。責任ある政策を取れば、ドルはこれに反応する」と言明しているが、内外ともに誰もそれを信用してはいない。赤字削減が不可能となれば、残されたドル防衛の手だてとしては、利上げ程度しかない。しかしすでに個人消費が減速し始め、1-3月の実質成長率は2%台後半に低下すると予想され、景気の減速が予想以上のテンポで進んでいる今は考えられない。
 こうした事態を放置し、他の諸国も傍観しているだけであれば、ドル相場が「メルトダウン(底抜け)」しかねないものであることは確かである。しかしここまでくれば、一体化しつつある世界経済の中でどの諸国も傍観して済ませるものではない。最も決定的なのは、円がドル離れをすることである。日本が、もはやドル買い支え政策を維持できないことを明示し、輸出のドル建て価格の引き上げや円建て契約への切り換えで対応せざるをえない事態を明らかにし、新たな国際通貨体制への参画と協力を呼びかけることである。事態がそのように動けば、一挙に危機的な事態に進むと共に、ことの本質が露呈され、真の解決策に向けて全ての諸国が取り組まざるを得なくなるであろう。

<<「巨大ニューディール政策」の必要性>>
 しかしそのようになるには、日本にとっては前提条件が必要であろう。これまで日本政府は、バブル崩壊後の不況対策として92年以降、財政面で合わせて45兆円ものてこ入れをしてきた。日銀も6%だった公定歩合を1%台まで引き下げてきた。だが膨大な日本の経常黒字は増大する一方で、円高対策が逆に円高圧力となって跳ね返ってきている。このところようやく貿易黒字は額、量とも減少する兆しを見せてはきているが、大企業や独占資本は再び円高危機を叫び、賃金引き下げ、人員削減や合理化、下請けへのしわよせを強行し、国内への投資ではなく、海外への移転、産業空洞化に拍車をかけ、国内需要の喚起ではなく、輸出ドライブをいっそう強めることによって、さらに円高を招く悪循環に突き進もうとしている。日本の企業が収益を削ってでも輸出を続ければ、株価は下がり、円が上がり続けることは当然である。これまでのような不況対策や生産性の向上が、円高克服の解決策にならないことを示している。
 日本の経常黒字と内需低迷が一体のものである限り、その是正策を打ち出せずにいる限り、そしてドル依存からの脱却を実行しない限りは、円高、株安に歯止めはかからないのである。日本は世界各国から見透かされたような従来の円高対策から大胆に転換した政策を打ち出す必要に迫られているといえよう。国際通貨問題に詳しいドーンブッシュ米MIT教授は「不況のさなかに緊縮財政を主張する大蔵省も、どうかしている。企業は相変わらず合理化に骨身を削って、いっそう円高を進める原因を作り出している。日本人は踏み輪を回すハツカネズミのようだ。このままでは、日本は産業空洞化でガタガタになり、反映は過去の物語と化してしまうだろう」と警告している(4/14朝日)。
 1%という過去最低の公定歩合の水準は、世界大恐慌の1930年代から40年代にかけての米国と同じ歴史的低水準である。当時の状況との酷似が指摘されているが、米国のルーズベルト大統領はニューディール政策という大規模な政策転換をはかり、経済危機からの抜本的な打開をはかった。その意味ではいわば、現在泥沼化しつつある円高危機を打開する根本的な政策転換、新たなニューディールが求められている。重要なのは国内の貧困化を前提とした飢餓輸出的な海外需要ではなく、日本国内で円高の利益が享受できる最終需要を作り出すことでなければならない。野村総研の井手氏は「巨大ニューディール政策」の必要性を訴え、「カネはある。国債発行もいいが、200兆円の郵貯を含めて使い方を考えることです。国内、対外両面で巨大な不均衡を抱えた経済の実情をさらけ出し、10年単位の時限的な巨大財政支出を策定、実行するぐらいの対応が求められていると思います」と語っている(4/5日経)。
 十年一日のごとき土木中心の公共投資を、高齢化社会と環境保護、地震・災害対策に対応した新しい生活に密着した社会資本投資に転換すべきなのである。なによりも、先ずいまだ被災者の生活のめどさえ立たない阪神大震災の復興に向けて、自治と配慮の行き届いた大規模な予算対策とその早期執行に全力を上げるべきであろう。(生駒 敬)