ASSERT 211号(1995年6月17日)

【投稿】 「戦後50年国会決議」が明らかにしたもの
【投稿】 政治の季節到来--あなたは幕末の志士になれるか---
【本の紹介】 『毛沢東の私生活』を読んで
【投稿】 地方分権と政治改革(7)
【 詩 】 『悪徳のすすめ』

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(投稿) 「戦後50年国会決議」が明らかにしたもの

<<日独のこの落差>>
 アジア諸国を中心に全世界の注目を浴びていた「戦後50年の国会決議」は、最終局面に至って二信組証人喚問をめぐる全く党利党略的な政争の具と化してしまった。たとえ可決されたとはいえ大量の議員が欠席し、賛成者が議員数の半数にも満たない議場のガランとした空虚な姿がさらけ出されてしまっては、国内外ともにいかにもシラケてしまうのは当然のことであろう。この決議に反対する自民党、新進党両党内に巣食う頑迷な保守反動分子は、この機会に臆面もなく反対意見を開陳し、自己の立場を合理化し、それこそ「反省」や「謝罪」の意志すら見せず、日本が韓国・朝鮮、中国を初めアジア諸国と世界に対して行ってきた侵略と帝国主義と軍国主義、植民地主義を逆に弁護し、擁護までしている。このような事態の成り行きは、世界中に日本の恥ずべき現状をあらためて再認識させたのではないだろうか。
 欠席した自民党の奥野誠亮氏は「先人の努力を誹謗する決議には反対だ。日本は侵略的行為も植民地支配のどちらもしていない」と開き直り、新進党の安倍氏は「国会が『自分の国は侵略国だ』と決議をした国を見たことはない」と自らの無知をさらけ出している。
 本来ならば、こうした反動的な言辞は徹底的に孤立化させ、国民的には全く取るに足りない少数派に転化させ得たはずである。しかし現実には、そうはならなかった。こうした現実に、多くの人々が怒りを込めた歯がゆい思いをしていることは、新聞紙上にも噴出している。
 一方同じ6月上旬、イスラエルを訪問中のコール・ドイツ首相はホロコースト記念館を訪れ、「ドイツの名前でなされた行為を見て、恥じ入るばかりだ」と謝罪し、「ドイツ人は過去を決して忘れず、反ユダヤ主義や外国人排斥などの動きと断固として戦う」ことを明言している。世界中の目はこの日独の落差を、はっきりと再確認したと言えよう。

<<「歴史も恥も知らぬ政治家」>>
 今や各紙の社説でさえ「歴史も恥も知らぬ政治家」、「国会議員としての資質さえ疑われる」とコキおろされている渡辺美智雄氏にいたっては、「日本は韓国を統治したが、日韓併合条約は円満に作られた国際的条約で、法律的には『植民地支配』にはあたらない」とまで発言している。さすがに国際的な反発と抗議の前に、「円満に」の言葉を取り消し、陳謝はしたが、これが自民党の派閥の実力者であると同時に新進党の反動分子と気脈を通じ、戦後50年の歴史的な国会決議を葬り去ろうと画策した上での意図的な発言であることは言を待たない。こんな人物が、元副総理大臣であり、外相までつとめおり、いまだに幅をきかしているのである。
 韓国外務省は6/4、「驚きを禁じ得ず、極めて遺憾」とする論評を発表し、「日韓併合条約がわが民族の意思に反して強圧的に締結されたことは明白な事実」であると指摘し、「36年間の植民地支配の歴史を想起させる時代錯誤の暴言が、戦後日本の副総理兼外相まで務めた人物の発言であるという点で、わが国民はうっ憤と憤怒を禁じ得ない」とこれまでになく強い反発を示したのは当然のことである。李洪九首相も同日、「わが国政府と国民は衝撃と憂慮を表示せざるを得ない」と述べ、「日本指導層に属する人物の常識はずれの発言は、韓日関係の将来はもちろん、アジア・太平洋地域の共同体づくりにも悪影響を及ぼす」と警告している。与党・民自党や野党・民主党も相次いで非難や謝罪要求の声明を発表し、日本大使館や日本文化院には連日「誠実な謝罪」を求めて抗議のデモが行われ、渡辺氏に見立てた人形が焼かれてまでいる。
 そして日本にとって問題なのは、韓国のKBSテレビが、渡辺発言について日本の政府やマスコミがほとんど反応しないこと自身を取り上げ、これをトップニュースとして報道していることである。ここには「歴史も恥も知らぬ」戦後日本の根本的な問題、厳しい現実が指摘されていると言えよう。

<<「悪しき伝統」>>
 つまり、こうした問題がたまたま戦後50年の現在噴出してきたのではなく、悪しき伝統として一貫して脈々と受け継がれてきたことが問われているのである。 日韓会談の席上、久保田・日本側主席代表が「日本の朝鮮統治は朝鮮人に恩恵を与えた面もある」と発言し、四年半もの間会談を中断させたのは1953年である。そして65/11/5、衆議院日韓条約特別委員会で当時の総理大臣佐藤栄作は、韓国併合条約は「対等の立場で、また自由意志でこの条約が締結された、かように思っております」と述べている。
 類似の発言はその後も何度も繰り返されたが、この十年ばかりをとってみても、86年には藤尾正行文相が「日韓併合は韓国にも責任がある」と発言して罷免されている。88年には、奥野誠亮国土庁長官が「日本に侵略の意図なし」と言って辞任し、昨年五月には、永野茂門・元法相が「私は南京事件というのは、でっち上げだと思う」という発言で辞任し、桜井新・前環境庁長官は、同じ昨年八月、「(日本は)侵略戦争をしようとしたわけではない」という発言の責任をとって辞任している。いずれも他国からの指摘で問題化すると、「不適切な発言」であったと表面上の反省をし、閣僚を辞任している。 そしてこうした人物はいずれも今回の国会決議を欠席しているのである。今年二月の文芸春秋社発行の雑誌「マルコポーロ」の「ホロコースト、デッチ上げ」論文も海外からの反発に驚き、「公正を欠く記事を掲載し、ユダヤ人社会に深い悲しみと苦しみを与えたことは遺憾」と表明し、「事実誤認があった」として廃刊を発表したが、同じ「悪しき伝統」の中にとらえることが出来る。

<<パブリック・メモリー>>
 もちろんこうした経過の中で、自らの歴史認識の浅薄さを反省し、加害者として日本が果たしてきた役割を再認識し、深刻な反省と謝罪、さらには具体的な補償の必要性が問われるまでになってきたことは事実である。一昨年、当時の細川首相が韓国を訪問し、創氏改名などの事実を列挙して植民地支配を謝罪したことは大きな前進であったと言えよう。しかしこうした当然あるべき歴史認識が国内では定着していないのである。定着させる具体的な努力や体制が構築されていないのである。むしろ国家権力や行政によってニグレクトされているというのが実態なのである。
 入江昭・米ハーバード大教授は、私的レベルでの過去観とは別に、公のレベルでの過去観(パブリック・メモリー)が作られてこなかったところに、日本の現在の混乱があると説いている(6/7毎日)。パブリック・メモリーとしてこの際、朝鮮、中国、そしてアジア諸国に対する侵略と植民地政策について、あいまいさのない明確な反省と謝罪を確立する必要が問われているといえよう。とりわけ急がれるのは、「韓国併合」に関する具体的な歴史認識の確立ではないだろうか。保守反動勢力は差別意識と優越意識を丸出しにして、何の反省もなく繰り返しこの問題を蒸し返している。
 最近出版された海野福寿著『韓国併合』(岩波新書、95/5/22発行、650円)は、この問題を新しい視点から取り上げている。「韓国併合条約」は、1910/8/22に調印されたのであるが、8/29の公布までは秘密にされ、日本の在ソウル寺内統監府は、ここに至るまで一切の新聞報道の規制と発行停止、廃刊を強制し、日本の新聞の韓国での発売禁止、そしてあらゆる集会・演説の禁止、注意人物数百人の事前検束などを行って強制したものであった。「円満に」調印されたという事実などどこにも存在しないのである。渡辺氏のような歴史認識を、この際徹底的に国民的規模で克服することこそが問われているのではないだろうか。
(生駒 敬)