ASSERT 212号(1995年7月15日)
【投稿】  参院選と社会党バッシング
【投稿】 参議院選挙を前にして
【投稿】 長良川河口堰本格運用が意味するもの
【紹介】 『民主主義なき安定』(ゴルバチョフ)
【紹介】 「現代ロシアが直面する経済」
【投稿】 
地方分権と政治改革(8)

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【投稿】  参院選と社会党バッシング

<<山口氏の「最後の批判と提言」>>
 北海道大学教授で、政治学者である山口氏は、本紙でも何度か紹介されたことがあるように、世の多くの評論家や政治学者が社会党叩きや村山政権批判の大合唱をしているさなかに、あえて村山内閣誕生の積極的な意義と期待感を表明し、村山首相のブレーン集団「二一会」に参加し、具体的な改革と政策の提言を行ってきたことで知られる。
 その氏が、参議院選挙を前にして、「日本社会党の命運を憂う」(5/31、朝日・論壇)、「新党よりまず政治家改革」(6/18、日経・リレー討論)等の中で、「この数年、社会党の変革による日本政治の転換を願ってきた者として、この党に対して最後の批判と提言を行いたい」として、社会党へのいわば最後のラブコールを送っている。
 氏が指摘するように「村山政権の発足は、現実政治の困難な環境の中で社会党の理念を鍛え直し、それを通して社会党を改革するための絶好の機会となるはずであった」。
「この政権が自民党を巻き込み、ものごとを現実的に変えることが可能に見えました。・・・私もそれなりに頑張り、色々な問題提起をしたつもりです。・・・ところがそれが年を越した途端、社会党の内紛、阪神大震災、オウム騒動と、普通の政治がしにくい状況になってしまった。アンラッキーな面もあるが、結局、政権の持っている力量が問われ、無力をさらけ出したといわざるを得ない」事態となってしまった。氏はそれを社会党の「漂流」とみなし、「社会党は見送りの三振を繰り返してきた」が、「政党は、政権にあるときに何が出来るかが勝負なのです。言葉で新党とかきれいごとを言うより、普通の政党として、自分の公約の実現に向け当たり前に努力をするのが先だった」と、指摘する。

<<新党論に先立つ前提条件>>
 山口氏が「最後の批判と提言」と言わざるを得ない決定的な出来事が、長良川河口堰をめぐる野坂建設相の裁定であった。「社会党が本当に環境を大事にしたいのならば、なぜ社会党の政治家は野坂氏を囲んで河口堰と環境問題について徹底的に議論しなかったのか。既成事実の壁の前にすごすごと理念を引っ込める政治家がどうして新党を担えるのか」、「社会党が新党の支持者に想定している人々は、河口堰に象徴される環境破壊的・利権政治的な公共事業に公憤を感じている市民である。そうした人々の思いを受けて、公共事業のあり方を考え直すためにこそ村山政権を作ったのではないのか。建設官僚とけんか一つできない政治家たちが新党と叫んだところで、青島幸男東京都知事一人が持つインパクトには遠く及ばない」と、的確な手厳しい指摘をしている。ましてや野坂建設相は「公共事業に間違いはない」などと発言し、河口堰建設中止を求める署名をしたことについて「あれは廊下の立ち話で、水質が悪くなると聞き、署名したものだ」と反省したという。お粗末な発言のきわみである。
 それでも山口氏は、「遅きに失した感はあるが」、「第一は、何のために村山政権を作ったかをもう一度かみしめ、連立三党の政策合意のうち何がなぜ実現できなかったかを総括すること」、その中で「将来につながる制度改革の提起を行うこと」、「第二は、自らの理念を確認したうえで、政権与党の地位にこだわらず愚直にこれを追求すること」を提起している。
 そして政党政治再生の展望の前提として、「まずは先日の地方選挙に現れた民意をきっちり受けとめるところから、すべて始まると思います」と述べ、業界団体を束ね、後援会を広げて票を積み上げる、組織や団体の票を積み上げて当選圏にはいるタイプの選挙から決別するときがきていることを強調している。

<<社会党の存在意義と社会党叩き>>
 7月23日の投票日を直前に控えて、今や社会党叩きは最高潮に達しているとも言えよう。議席の激減が当然の前提として語られ、社会党は遠心分離機にかけられており、このままいけば村山内閣の崩壊はもちろんのこと、社会党そのものの「流れ解散」、「消滅」論まで現実的な可能性のある事態として論議されている。そのような危惧なしとしない状況であることは間違いない。共産党までがというか、いまさら当たり前のことではあるが、社会党叩きの先頭に立って、口をきわめて村山内閣を罵倒し、前内閣よりも、さらには自民党単独内閣時代よりも悪質な反動政権として描き出し、これを打倒することにそのセクト主義的な全エネルギーをかけている。
 こうなってくると、われわれはもう少し事態を冷静にみる必要があるのではないだろうか。
 2年前の6月18日には宮沢内閣に対する不信任案が通って衆院解散、総選挙となった。そしてそれ以後の二年間は実にめまぐるしい政治的変動期であった。何よりも自民党の政治独占が崩壊し、連立政権時代に移行し、細川政権が成立した。その細川政権も突如の深夜の国民福祉税構想に象徴される、公約とは全く相反した闇取引と裏切り的政治行動によって自滅した。その結果として、1年前の6月29日には社会・自民・さきがけ三党連立の村山内閣が成立することとなった。そしてこの間のキャスチングボートを握ったのは社会党であった。社会党がいずれの連立政権の成立にあっても欠かせなかったし、配慮せざるを得ない存在であった。いずれもこれまでの社会党の政策を骨抜きにし、換骨奪胎することに全政治論議の焦点が合わされることとなった。現実に重要な政策転換が行われ、それは当然、功罪、期待と失望、あわせ持つものであった。そして今、この罪と失望に焦点が合わされ、社会党叩きが行われている。ある意味では当然のことであるが、逆に言えばそれだけ社会党への期待と共感がいまだ庶民の多くの人々の中に依然として存在しており、それを無視し得ないことをも示しているといえよう。攻撃する側から言えば、いわば草苅り場なのである。

<<政党支持率と社会党>>
 そのことは多くの世論調査にも一貫して現れていることである。社会党の支持率は減少傾向にあるとはいえ、他の政党に比べ見劣りのするものではない。前回参院選直前の92/3の朝日調査では、政党支持率(%)が自民44、社会12、公明4、民社2であったが、今年95/3月の同・朝日調査では、自民27、新進8、社会10である。6月の調査でも、新進8に対して社会9である。5/12-24のNHK世論調査でも、政党の支持率は、自民23%、新進5%、社会9%、さきがけ1%、共産2%、特になし55%であった。支持なし層が増え、既成政党が軒並み支持率を下げている中では、社会党はよく持ちこたえており、既成政党の枠内での支持率の割合では、むしろ現在の方が高くなっているのである。さらに自民党の小沢派、海部、等々、公明党、民社党、日本新党が合流した新進党よりも支持率が上回っていることは、ある意味では驚きでさえある。しかしそれが先の統一地方選挙でも明らかなように、議席増には結びついていない。それはこのところ急増している政党支持なし層に対して、社会党が魅力ある有効なメッセージを出し得ていないし、信頼性も喪失しているところからきているといえよう。まただからこそ、他の諸党が社会党叩き
に集中するわけでもある。信頼性の喪失に関しては、新進党に巣食う汚職・腐敗議員や戦後五〇年国会決議に公然と反対して出席を拒否した議員など、自民党と共により責任の重い議員が数多く存在していることを忘れはならないであろう。
 しかしいずれにしても社会党の今回の改選議員は、土井委員長時代の89年7月26日の参院選挙で獲得した議席である。そして消費税導入反対とマドンナブーム、新生社会党への期待の中で、この時に得た大幅な得票増の分はすでに92年の選挙ですべて失っている。久保書記長は「(比例代表と選挙区を合わせた)前回の公認候補22人の当選ラインは超えなければなりません」と語っているが、きわめて困難な課題であろう。

<<社会党の「最後の遺産」?>>
 6月19日の米ウオールストリート・ジャーナル紙は、日本の「戦後五〇年国会決議」に関して、「深く後悔する日本」と題する社説を掲げ、「舞台裏を見れば、戦後決議は評価できよう。決議は社会党が消え去る前の遺産とも言える。社会党は過去40年間、戦争責任と平和主義を訴え続けたが、なかなか政権をとることができなかった。社会党は今や消滅の危機にひんしており、有権者は日本が永遠に、深く戦争を後悔する必要があるとは考えていない。こうしたことから考えると、日本が戦後決議を採択したのは、驚くべきことだ」と評価し、「どの国も自らの戦争の罪についての議論では、しばしば都合よく問題をえり好みする傾向があるものだ」として、「日本帝国主義の忌まわしい部分を知っているアジアの生き証人は多い。日本の収容所に入れられた人、慰安婦、虐待された捕虜の内生き残った人達だ。日本帝国主義はさまざまな遺産を残した。しかし、これらの人々は、日本人の特性による犠牲者ではなく、大規模かつ意図的な悪行の犠牲者だ。この犠牲者たちに対し、日本は罪の償いをしていくだろうし、これこそ過去と折り合いをつけるのに適した方法だといえる」と評価している。
 社会党の「最後の遺産」となるかどうかは別として、「植民地支配」、「侵略的行為」への「反省」を明記した国会決議は、たとえその不十分さが露呈されたとはいえ、自社さきがけの連立政権であったからこその戦後決議と言えるであろう。これを後退させることなく前進させ、具体的な罪の償い、「戦後補償」を実現していく政権でなければ、次代を担う資格はないといえよう。その意味では、「終戦50周年国会議員連盟」(奥野誠亮会長)をはじめ、決議案を容認しないとの方針を確認し、決議出席を拒否した自民・新進両党の議員グループは、この際、この問題を旗印に新たな政治勢力を結集するべきであろう。6/6に、梶山氏らアジア重視、憲法尊重を旗印にして、憲法については「戦後の日本の発展に寄与してきた役割を過小評価する意見には同調できない」とし、9条を含め尊重する立場を明確にした自民党の新グループが誕生している。これも社会党の存在なしには語り得ないことである。
 被爆者援護法や水俣病体策についても、その不十分さは当事者から指摘されている通りであったとしても、これらは社会党の存在なしにはありえなかった少なからざる一歩前進であろう。社会党叩きが常態化している今日、あえて注意を喚起せざるを得ないのは、社会党のような政党の存在意義が他の諸政党と比較してより客観的に正当に評価されてしかるべきだということである。
(生駒 敬)