ASSERT 217号(1995年12月16日)
【投稿】 相次ぐ金融不安と日本版RTC
【投稿】 「沖縄を帰せ」から「沖縄へ帰せ」へ
【投稿】  年末特別企画 1995年とASSERT
【書評】  ミステリーは原発をどう扱うか

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(投稿)  相次ぐ金融不安と日本版RTC

<<躍りでてきた「泥縄式」解決>>
 12月7日、またもや大阪信組という金融機関の経営破綻が表面化し、東海銀行が救済・吸収するとともに、同信組の不良債権処理はまだ構想にしか過ぎない日本版整理信託公社(RTC)に移管し、損失の穴埋めについては「預金保険法の改正を待って、預金保険機構から資金援助を要請せざるを得ない」ことが明らかにされた。「金融秩序維持」という大義名分の名の下に、「発足の日時や具体的な仕組みさえ確定していない機関」、まだ改正されてもいない預金保険法に資金援助をゆだねるという、全く文字どおりの「泥縄式」解決が躍りでてきたのである。国民的な合意はもちろん、国会の議論や法改正もなしに、行政当局や金融機関が勝手に公的資金の導入と国民負担の強化を先取りするという許し難い事態が進行しようとしている。
 この大阪信組、大阪の危ない金融機関として銀行では大阪銀行、福徳銀行、阪和銀行、信組では田辺、河内とともに、以前からリストアップされていた金融機関である。大阪に進出をもくろむ東海銀行の紹介預金に手を出し、役員派遣を受けていたが、この7月に倒産した悪徳金融会社ニシキファイナンスに大量に融資し、10月4日の仙台地裁の決定では大阪信組は「ニシキ社の詐欺的商法を認識していた、悪意の第三者である」と断言されている金融機関である。公的資金を導入して救済する前提条件などそもそも存在しないのである。

<<「だいしん」は「さかしん」とは一切関係がありません>>
 大阪信組の経営破綻が明らかになった12月7日、よく似た名称の大阪信用金庫は、驚き慌てる預金引き出しに、急遽各支店では当日はワープロ文字で、大阪信用金庫は「だいしん」、大阪信用組合は「さかしん」で、「さかしん」とはいっさい関係がありません、という貼り紙を行い、翌日からはカラー印刷の大型ポスターを張り巡らして、預金引き出しの防戦に必死の事態に追い込まれた。信用金庫は信用組合と多くの共通性を持っているが、会員外預金が認められており、日銀との取引関係があり、大蔵省、日銀双方からの監督・考査の対象となっている。
 一方、信用組合は1949年の「中小企業等協同組合法」にもとづく協同組合組織の相互扶助的な会員組織の金融機関であり、会員外預金については総預金の20%以内という制限、事業区域の制限があるが、兼業禁止規定がなく、監督機関も他の金融機関と違って大蔵省・日銀の監督・考査の対象外であり、国の機関委任事務として都道府県が直接担当している。員外預金が制限を越えたり、高利で紹介預金を導入しても、自分の会社やファミリー企業、実態のないペーパーカンパニー、さらには政治家や暴力団に情実融資や不正な迂回融資をしても、自治体側にはそれをチェックする体制も専門性も整ってはいない。信用組合のずさんな経営実態や危機が続発し、表面化するに従って、多くの自治体が機関委任事務の返上を申し出たり、検討に入っているのは当然のことであろう。
そして現実には、まだそれほど危機が表面化していなかった94年度だけでも、全国で19都道府県が信用組合の経営危機に対処するために援助額が合計530億円にのぼる予算を組まざるを得なかったのである(「日経」95/2/18)。

<<誰の預金を「全額救済」するのか?>>
 東京協和、安全の2信組の場合、貸付の6割以上が回収不能の不正・情実融資であり、新進党の山口代議士のファミリー企業への膨大な不正融資など、こんな乱脈経営がまかり通り、事実上私物化された金融機関を「金融秩序の維持」を名目に日銀が200億、東京都が300億円も出して「公的資金」で救済しなければならないのかという当然の厳しい批判として噴出してきたわけである。それに続くコスモ信組、そして木津信、さらに今回の大阪信組である。
 問題なのは、こうした金融機関に大手の都銀各行が大量の資金を提供し、さまざまな形で不正融資やバブル形成に荷担してきたことである。しかも通常より高い金利を設定させて「絶好の金融商品」として生損保等の機関投資家、事業法人、さらには労働組合までも巻き込んで何億、何十億と預金させ、危機が表面化する前に大手都銀は確実に高利をむさぼり、そして直前に安全に資金を引き上げさせ、危機が表面化すると不良債権しか残っていないという事態をもたらしたことが、いずれの場合にも共通していることである。個人の少額預金は別として、本来、危険を承知で高利を目当てに群がってきた大口預金者の預金の全額引き出しや高額の利子付きでの全額救済など許されてはならないのである。いずれの信組でも会員外預金が制限を大きく超え、1000万円を超える大口投資預金が約7割にも達していた(95/3時点)という事態は、中小零細企業金融と勤労者の個人金融を業務の中心とする信組の原則を大きく逸脱している。木津信の三和と同様、今回の大阪信組でも東海銀行は「経営悪化の責任は当行には一切ない」と厚顔無恥な態度を貫いている。

<<住専と「ヤクザ・リセッション」>>
 その上にさらに「公的資金の導入」については、「年内に果断な決断をする」(大蔵省)という住宅金融専門会社(住専)の8兆円を超える不良債権問題が横たわっている。住専8社はすべて、都銀各行を中心とする大手金融機関が母体行として、バブル下の不動産投融資を専門に担わせるために直接出資し、人材も派遣し、過剰融資を先導してきた金融機関である。ここでも大手都銀は「貸し手責任」論を展開し、自らの責任を棚上げにした「公的資金の導入」で事態を糊塗しようとしている。問題なのは、ここには貸し手としての審査能力がゼロに等しい農林系金融機関が、大蔵省の手引きで過剰な融資に巻き込まれ、「元本確保」さえおぼつかない危機的な状況に陥らされていることである。
 そしてこの住専にはさらに数多くのそれぞれの系列ノンバンクがむらがり、不良債権を過大に水増ししてきた。当然そうした事態の進行の中で、貸出先の斡旋から、債権取立、倒産企業の整理、高利貸しと土建業にいたる広範囲な暴力団の介在が公然の事実として明らかにされてきており、借りた金を踏み倒し、他人が借りた金は暴力的に介入して利益をむさぼり、弱みを握られた都銀各行は暴力団系不良債権には手も出せないという事態が現出している。その典型が住友や富士であろう。「ヤクザ・リセッション(不況)」とか、日本経済の「マフィア化」等といったことがおおまじめに語られる事態である(11/29朝日)。
 ここでも「公的資金の導入」は、いったい誰を喜ばせ、不当な利益を上げさせるのかという根本的な問題を浮上させている。

<<都銀各行、過去最高の業務純益>>
 11月24日に発表された都市銀行各行の95年度中間決算によると、各行とも過去最高の業務純益を上げている。都銀11行だけでもその業務純益合計は1兆8676億円にも及び、都銀トップの純益を上げた三和銀行は政府・日銀の低金利政策という「たいへん心強い政策」の恩恵をたっぷり享受し、さらに「債権相場が好調で、国際の売却やデイーリング益がたくさん出た。業務純益は当行の過去最高の数字だ」(広報部)と胸を張っている。不良債権などどこ吹く風である。他の多くの中小企業や庶民が景気低迷で四苦八苦しているさなかに、彼らは何の経営努力も、情報開示努力もせずに、濡れ手に粟の過去最高の利益を上げ、不良債権を積み上げ、他に押し付けてきた自らの責任については徹底的に覆い隠し、逃れようとしているのである。しかし事態がここまで来れば、そうした責任回避は許されないであろう。
 大阪信組の経営破綻を機に急遽浮上してきた日本版RTCについていえば、もはや国際的にも大和銀行事件が象徴的に示しているような大蔵・日銀・都銀のなれあい体制、護送船団方式がついに限界にきていることを示しているとも言えよう。官僚と当事者だけで事態をごまかし、うやむやに処理しようというこれまでのやり方では、国際的にはいうにおよばず、国内的にも通用しなくなってきたのである。大和銀行はその結果としてアメリカからの撤退を余儀なくされたし、刑事責任さえ追及されようとしている。

<<日本版RTCの義務>>
 しかしここでも日本版RTCは、国民的議論も民主主義的手続きも経ずに官僚の作文で登場してきたものに過ぎない。アメリカのRTC(債権信託公社)は、独立の機関としてRTC自身が金融機関の経営責任を追求する強制捜査権を持っており、個人資産を含めて莫大な損害賠償を取るのは当然のこと、刑事罰を受けて刑務所に入れられた貯蓄・貸付組合の旧経営者は1000人を超えているという。これに対して日本版RTCが、ただ単に事態を糊塗する大蔵・日銀の附属機関にしか過ぎないものであれば、彼らの無責任な官僚体制を肥大化せさるだけであり、「公的資金導入」の隠れ蓑に利用されるだけである。
 不良債権の具体的な実態を詳細に公表し、なおかつ高利を目当てに稼げるだけ稼いで逃げ得をしたあらゆる大口預金者、金融機関をその氏名、社名、機関名、責任者、金額、時期、回数にいたるまで徹底的に情報公開し、かれらに「金融秩序維持」の責任を取らせることこそが、日本版RTCの義務でなければならない。そのためには独立の機関であること、独自の権限を持つことが決定的な重要性を持っており、なおかつその運営に関しては社会のあらゆる階層の多様な意見を反映させ得る民主的決定機関が保証されなければならいといえよう。
(生駒 敬)