ASSERT 219号(1996年2月21日)
【投稿】 住専問題と母体行責任
【投稿】 「世代の総括」そして「与党的立場」について
【投稿】
 ロシア情勢  エリツィンのジレンマ

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(投稿) 住専問題と母体行責任

<<「金融秩序」破壊者の公的救済>>
 このところのトップニュースは常に「住専」関連が占めている。なにしろ、住専の一次損失処理に国民一人当たり5500円、さらに二次損失処理にも最低5000円以上の財政負担をして、一人当たり1万円以上の税金を投入する、しかもそれが今後どこまで膨らむか分からないというのであるから、庶民の怒りが沸騰するのは当然である。
 そして次々に報道される内容は、住専のあまりにもずさんな経営実態、大手都銀・母体行の無責任体質、農協系金融機関の審査能力ゼロに等しき野放図な融資、大蔵省、農水省、政府高級官僚、与野党政治家が一体となったこれら金融機関との秘密取引、天下り、自らの失政の国民へのツケ回し政策が具体的に暴露されてきている。
 阪神大震災の被災者には私有財産面での救済はできない、と公的資金の導入を拒否しながら、民間営利団体である住専や金融機関、それにつらなる借金踏み倒し企業、悪徳業者、暴力団までも、結果的には「金融秩序の維持」の名の下に、「金融秩序」をぶち壊し続けてきた張本人達を公的資金で救済するというこの巨大な落差、そこに横たわる許しがたい不公平、不公正が誰の眼にも歴然としてきたといえよう。

<<母体行紹介の9割以上が不良債権>>
 今回の問題の最大のポイントは、「貸し手責任」論で逃げ得を図ろうとしている母体行であるが、それが逃げ得では済まされなくなってきたことである。住専7社の事業向け貸付金の内、32.5%が金融機関からの「紹介融資」であることがすでに明らかになっているが、2/6の衆院予算委員会、大蔵省の西村銀行局長は、「母体金融機関の紹介分の内、債権者ごとの集計によれば、不良債権となっているのは、1兆5734億円、91%です」と、答弁せざるを得なくなったのである。この紹介融資の責任について、銀行側はかねてから「案件を持ち込んだというだけで、一律に責任を問われることには賛成しかねる」(橋本全国銀行協会会長・富士銀頭取)と反論していたのである。しかし紹介融資の9割以上が不良債権であることは、いかに母体行側が人的にも資金的にも経営を支配してきた住専を不良債権のゴミ処理場として利用してきたかを如実に物語っている。
 さらに2/6に発表せざるを得なくなった、91年秋から92年夏にかけての大蔵省の住専7社に対する立ち入り調査報告書は、「融資状況を見ると、ラブホテル、パチンコ店など住宅に全く関係のない業種への融資が多い、これは母体行からの紹介案件がほとんどである」ことを明らかにしている。そうしてこうした融資については、「ほとんど無審査状態」であり、「個々の取引状況は極めて不適切、債務者の実態把握についても不十分、通常では考えられない仕振りとなっている。貸付業務を専ら行う会社としては危機的な状況である」等々、母体行側が住専をトンネル会社として悪用してきた実態が浮き彫りになっている。

<<住専の甘い汁への「覚書」>>
 母体行側の第二の問題点は、農林系金融機関との関係である。
 住専7社の借り入れ残高の推移を見ると、農林系金融機関からは、91/3末で約4兆9000億円が95年には5兆5000億円に増大しているが、一方、母体行からの借り入れは同期間に4兆5000億円から3兆5000億円へ、逆に約1兆円減少している。ところが母体行側は、91-92年の住専の第一次再建計画で、危機感を感じて資金引き上げを検討していた農林系金融機関に対して、「融資残高維持」を約束し、同時に「再建は母体行が責任を持ちます」「これ以上負担をかけません」といって、融資を引き上げないよう要請、93/2には農水省と大蔵省が「再建には母体金融機関が責任を持って対応する」とした「覚書」まで結び、これを保証していたことである。その裏で母体行側は、バブルの破綻を農林系金融機関に押し付けて、自らは巧みに融資を引き上げていたのである。
 すでにこの時点で破綻に瀕していた住専は、解体処理すべきだったのである。それを銀行、大蔵、農水省が一体となって、住専の甘い汁(ずさん融資、高給天下り、ゴミ捨て場等々)に群がり、かれらの権限を超えた「覚書」をまで交わし、責任の転嫁と問題の先送り、拡大をはかり、その結果として、95/8の立ち入り調査時点では住専7社の不良債権総額は8兆1300億円へと約2倍に膨張させてしまった。

<<税率わずか1.8%>>
 住専の経営破綻を尻目に、大手21行の94年度の業務純益は2兆7679億円にも達し、さらに95年度は9月期の業務純益が約2兆5000億円、通年では4兆4000億円を超えて過去最高の純益を上げることが確実となっている。そして大手21行のためこみ利益である内部留保は、貸し倒れ引当金を合わせると21兆円を超え、三和銀行一行の内部留保だけでも1兆8608億円にも達している。
 それは、90年に6%だった公定歩合が91/7以降徐々に引き下げられ、95/9にはついに史上最低の0.5%にまで引き下げられた政府・日銀の一方的で強制的な庶民の預貯金の金融資本への所得移転政策の結果でもある。銀行預金の残高が約500兆円に達している現在、銀行資本全体で約25兆円の「濡れ手に粟」の文字どおりの不労所得が流れ込んだのであるが、それは預金者からむしりとったものといえよう。
 ところが、大手21行の94年度申告法人税額は508億円にしかすぎず、業務純益の1.8%しか払っていないのである。それは住専一次損失処理、母体行などの負担分、国税・地方税など合わせて2兆9000億円近くが無税扱いとされ、過去3年半で不良債権償却での税免除額は3兆6000億円、その上2兆6000億円もの巨額減税が行われ、来年度は税金を全く払わない大手銀行も現れようとしている。

<<「不誠実のきわみ、倫理感のかけらもない」>>
 全国銀行協会連合会会長は「公的資金導入を頼んだ覚えはない」と開き直っていることに対して、加藤紘一・自民党幹事長は、「不誠実のきわみである。ここまで事態を放置してきた大蔵省の責任も大きい。債権償却特別勘定の措置は、実質的な公的資金の導入であり、国税庁と大蔵省に実態を明らかにさせたい。また、金融行政を聖域とし、大蔵省だけに任せてきた我々政治家の責任も大きい。真摯に反省する」(1/30朝日)と発言し、後藤田元官房長官は、「不良債権問題を見ても、金融機関は、まったくふとどき千万。倫理感のかけらもない。しっかり反省してほしい」、さらに梶山官房長官は、「国家・国民に対する背信だ」とまで述べるに至っている。いずれも過去現在とも政府・自民党の幹部であり、事態に大きな責任を負っている当事者でもある。
 さらにいえば、住専の垂れ流し融資に道を開いた「総量規制」を決めたときの自民党4役は、首相・海部、幹事長・小沢、政調会長・加藤六月、総務会長・西岡武夫、いずれも全員、住専問題追及に腰くだけとなっている現在の新進党幹部である。
 銀行側に言わせれば、膨大な無税措置の見返りに自民党や新進党に他の大口に比べても相当に巨額の政治献金をしているではないかというわけである。しかしそれは政党や政治家の買収行為以外のなにものでもない。「公的資金の導入を頼んだ覚えがない」というのであれば、即刻、母体行側が無税措置と超低金利でためこんだ資産の一部を取り崩すだけで、住専問題は直ちに解決できるのである。そしてこの問題解決の最も現実的で唯一の道はそれ以外にないのである。

<<大蔵省の分割・解体>>
 しかし問題解決をそれで終わらしてはならないであろう。このような事態をもたらした日銀・大蔵省・金融資本が一体となった日本の金融行政そのものを、独占支配・情報非公開・「護送船団」方式から、分権自治・情報公開・民主的コントロール方式へと大胆に転換させなければならない。
 その意味では、今ようやく論議のそ上に上がってきた大蔵省の分割・解体は、絶好の機会といえよう。大蔵省が、信組の破綻、住専や大和銀行事件など一連の金融問題、不良債権問題からジャパンプレミアム、「公的資金導入」で相次ぐ失政を重ねてきたのは決して偶然ではない。徴税・予算配分・金融行政を一手に集中してきた独占の弊害と腐敗の必然的な結果なのである。大蔵省の金融調査部や銀行局、証券局などを分離し、大蔵省から独立した「金融監視委員会」を設ける案、さらには大蔵省から独立させた「金融庁」、「歳入庁」、「予算庁」構想等々が提起されているが、それらが、逆に組織や権限が拡大する「焼けぶとり」にさせるのではなく、それぞれに独立した分権と自治、徹底した情報公開、納税者を主権者とする民主的コントロール下においた徹底した改革こそが問われているのではないだろうか。
(生駒 敬)

<投稿> 「世代の総括」そして「与党的立場」について
 このごろ気になっているいくつかの点について、述べてみます。そのひとつ、世代論について。その2は、与党的立場について。

****「世代の総括」について****
<戦後の総括と絡んで>

 ずっと前から気になっていることがある。それは、日本における「世代の総括」。(表現は適切かどうか?)。図書館に行って歴史のコーナーをいつも覗く。興味があるのは現代史であるが、少なくとも明治・大正・昭和特に戦前戦後までは本の数も多い。
 しかし、私の興味のあるのは、大学紛争前後、またはその後のテーマであり、当事者達の発言なり「総括」なり、ルポの類である。残念ながらこの手の書物は余りない。
 私が読めたものと言えば、連合赤軍浅間山荘事件の坂口というひとの「浅間山荘日記」、全共闘経験者の意見をアンケートでまとめた「全共闘白書」、筆者は忘れたが「全共闘経験」だったか。歴史というよりは、証言のような形式を取った書物は余り現れていない。(もし、ご存じでしたら教えていただきたい)
 「安田講堂落城」から27年と言うし、もうすでに歴史と言っても言いわけで、60年代後半から70年に至る全共闘、全学連などの学生運動、また社会運動の負の遺産を正しく伝える作業はこれら時代を生き抜いた方々の「責任」と言ってもいいはずである。団魁の世代と言われ、現在50歳を前後する世代が、いま日本の社会、経済、政治を担う中心的世代であると思われるが、これら世代の「世代論」がまだ未完成ではないのか。あるいは明らかになっていないのではないか。

<ベトナム戦争とアメリカ>
 日本との対比で興味を惹かれるのが、アメリカであろう。アメリカ映画などをみるとベトナム戦争をテーマにした映画が、「娯楽的」にも成功するほど「負の歴史」を取り上げ、そこに生きた人々を描くことで「共通の世代」の姿を明らかにしてきている。戦争体験の悲劇は「プラトーン」が、戦争の狂気をコッポラの「地獄の黙示録」が、従軍し障害者になった元兵士の苦悩を「7月4日に生まれて」が、そして大学紛争は「いちご白書」がという風に。その前段には、原作があり文学にも多くの作品があるのだろう。
 世代を総括する、共通認識を生んでいく作業は、やはり固有名詞的に、個人名で行われ、その積上げで生まれるように思う。ベトナム戦争という国家的戦争に巻き込まれた人々の感情は、たしかにアメリカ全国民に共通の苦悩であり、映画の例は少し底の浅い評価かもしれないが、ひとつの時代を生きた人々を描き出し、社会的に「総括」をしているように思える。

<日本の風土か 過去を語れない>
 全共闘や学生運動の経験者にとって、なかなか「過去」を語りたくない心情も分かる。敗北の歴史は忘れたい歴史かもしれないし、「過激派」「セクト」などの表現は少なくとも悪いイメージ以外起こらず、社会的地位や職業柄、沈黙を決め込むことも分からぬでもない。しかし、「負の歴史」と心の隅に仕舞い込むだけでは、次の世代に何も残せないのでは思うわけである。
 一方、権力の側にいた人々からの証言はすこしずつ出てきている。現在文芸春秋には元内閣安全保障室長の佐々淳行が「浅間山荘事件」の連載を始めているし、93年には「東大落城」を著し、警備の側からの大学紛争当時の経験を綴っている。最近文庫本になったので私も読んだ。大学紛争鎮圧当事者の証言だが、機動隊員の「奮闘」、機動隊と警視庁との対立、記憶に残る機動隊員の実名を挙げて当時を振り返っている。その中で印象的なのが、警備にとっての「敵」、学生に対する印象である。大学紛争、特に東大紛争については、「学生が怒るのも無理もない大学側の無責任体質」を語り、戦術的エスカレートが起こるまでは、むしろ警察側は学生に同情的な気分もあったという。さらに当時の学生の「自己否定」と言う表現に象徴されるような「自己の利害」を越えた行動に対しては、方向は違うにせよ、そういうエネルギーこそ社会にとって大切だ、とも評価している。佐々以外にも、浅間山荘事件や安田講堂における警備の最前線の人の手記もいくつか著されている。

<NHKの戦後50年ものでは>
 昨年NHKは「戦後50年そのとき日本は」という連続の特集を組んでいる。その中に「東大全共闘・・26年後の証言」というのがあった。私は残念ながら見ることができなかったが、最近本になって出版され、読むことができた。
 東大全共闘、民青のメンバーや、大学側、警察側の関係者の証言を集めて、東大闘争を再現し、当事者の現在の眼から見た姿を明らかにしようとしたようだ。
 橋爪大三郎、今井澄(社会党参議院議員)、最首悟、三浦聡雄(当時民青、東大民主化行動委員会議長、後に共産党を離党)、町村信孝(自民党衆議院議員)ほか20名以上が実名で登場し、闘争の経過を振り返りながら、現在から見た闘争の意味を語っている。
 医学部の不当な処分問題から始まり、全学スト、機動隊導入、新左翼諸派、民青の介入、安田講堂封鎖、内ゲバ、封鎖解除、入試中止、と続く経過を追いながら証言で綴られている。特に松田忠(仮名)の手記により経過を追いつつ、一般学生が如何に運動に参加し、挫折し、運動終結、就職後に自殺をしていった「青春」をだぶらせながら。
 さらに「東大全共闘のその後」ということで、この時代を生きたそれぞれのその後を追い、運動の経験とその後の生き方をつないでいく。三浦の証言によれば、東大闘争当時の民青執行部の中から72年頃「新日和見主義」と共産党からレッテルを貼られた部分が生まれ、党から追われることになり、共産党から距離を置くようになったという。
 一面運動に非常に好意的な印象があるが、インタビューに参加したディレクターは全員が30歳を越えたばかりの世代だそうで、「全共闘世代への思い入れも呪縛も存在しなかった」という。「私たちは全共闘とはなんであったのか、それが戦後史に何を残したのかを問うことをやめ、学生達が時代に対し、闘争の局面に対して何を感じ、どう判断したのか描くことにした。ある意味では価値づけ、「総括」を放棄したのである。」と語っている。

<総括を困難にしているセクトの存在>
 こうした結論にたどりついたわけは、証言者の中から共通の「総括」のようなものを抽出できないことから、こうした方針で番組作りをしたというわけである。
 「ポツダム自治会解体」を叫び、「直接民主主義」を掲げた全共闘という「組織」は、最後には70年安保を目標にした新左翼諸派の運動の舞台となり、自らの総括を組織的に行えず、まさに「解体」したということだろうか。ここにもどうやら「世代の総括」を困難にしている問題が横たわっているようだ。安田講堂の興亡も篭城した大半は全国動員のセクト部隊だったというし、それに参加した一人の個人の体験は、セクトとの関わりなしには語れず、それらセクトは少ないながらもその命脈を今の保っているとすれば・・・。 「前衛党」(アサートの紙面に登場するのも久しぶりの言葉だが)の呪縛はここでも、「世代の総括」を邪魔している。個人が個人の責任において証言し、歴史を語る作業が困難な運動、組織に残らなかったら「裏切りもの」となる閉鎖組織、こうした組織が「世代の総括」を邪魔しているわけである。

<固有名詞で語れる歴史こそ>
 68年から69年のこれらの闘争に全国延べ200大学35万人が参加、1万5千人が逮捕されているという。証言にとどまらず文学の世界でも、三田誠の小説以外にあまりこの時代を語る書物は少ない。数年前一時「全共闘回顧ブーム」がマスコミを賑わしたことがあったと記憶しているが。
 70年代以降、新左翼ならずともいろいろなグループが存在し、その後も少なくとも東西冷戦の終結、ソ連の崩壊などころまでは「組織」の体をなしていたことだろう。著名な指導者の証言などに頼ることなく、「自分の運動」を語る、明らかにする作業は一人一人の責任ではないか、と思うのだが。
 と、ここまで来れば、私が言いたいことは何か。お分かりのことと思う。一つの時代は終わったが、その時代を引き継ぐ我々の思想とはどんな内容か。個人の証言や意見を積み上げ、共同作業で明らかにしなければならない。私たちの周辺についても同様である。
 私も今年43才。いろんな運動に関わって25年が経過しているではないか。アサートの編集も前紙を含めると15年くらいになる・・・私は大学紛争以後の入学なのだが自分自身の「世代論」も気になる年頃で、こんな文章になりました。
 アサートがこうした議論のステージになればいいと考えるのですが。

****「与党的立場」について****
<与党的立場について>
 最近少し気になっている。「与党的」な発想に立ち過ぎていないかと。もちろん私自身がである。93年の総選挙で反自民の連立政権ができた。連立政権に期待もしたし、社会党も「与党」になった。そして一昨年6月には自社さ連立政権が突如生まれ、社会党委員長が首相になった。自分の所属する組合が村山前首相の出身組合であったこともあり、村山政権には「好意的」であった。連合の旧民社系労組も支持しているとしても、公明+小沢の新進党には「一片」の期待も評価もできなかった。
 しかし「被爆者援護法」「戦後50年決議」「平和のための国民基金」そして今回の「住専」問題。純粋野党にはなれないとしても、「与党的」な発想もそろそろ限界かな、という思いがありつつも、基本的には労組を舞台に運動をしなければ、とは思うのだが。

<社会民主党にはもはや期待はできないか?>
 日本社会党は、「社会民主党」に変わった(?)。単なる看板の書き換え、そのものだったが、村山委員長は「これを新党とは呼ばない」と、社民+さきがけでの新党結成に向けて努力するという。正直なにがなんだかわからない、というのが本当の気持ちではないか。「社会新報」は昨年12月で発行を止めたというが、2月も中旬になるというのに、新しい党の機関紙はまだ発行されていない。ただ、性急な結論や決め付けは止そうと思う。評価するにはまだ早いような気がするからだ。住専問題で総選挙、というシナリオも案外遠のく可能性もあるし、自社さ連立政権もまだ続きそうな気配だから、社民+さの「新党」つくりを少し見守るのも大切かな、とも思うからである。

<住専問題での社民党の役割>
 2月の第1日曜だったか、NHKが徹底討論と題して特集を組んでいた。その中で久保蔵相が、徹底した情報公開を明言し、責任追及抜きの公的資金投入はありえない、と言ったとき、すこし「社会党らしさ」がでているのかな、と感じた。
 現在マスコミが「血税を使うな」とか「銀行と農協の損失のために、国民の負担は出来ない、法的破産を」とキャンペーンを行っているが、一種「ガス抜き」の匂いも感じている。
 公的資金投入のみが問題にされているが、リチャード・クーの最近の著書「投機の円安実需の円高」の中で「銀行の不良債券問題で公的資金を使うかどうかについて、日本のマスコミはあれだけ騒ぎながら、日本の輸出業者の補助金である為替介入には、月間1兆円規模で公的資金が使われているのにも関わらず、誰も何も言わない。しかし、公表されているだけで日本政府の外貨準備に発生している為替差損は9兆円にものぼるのである。」「米国や台湾でも、外貨準備に為替差損が発生したら、担当者は議会にしょっぴかれて国民の資産をドブに捨てた責任を厳しく問われる」という指摘をしているが、環境破壊の「長良川河口堰」や食管法による農業保護など「公的資金」の使われ方も、同様に扱ってほしい、と思うのは私だけだろうか。
 不良債券総額40兆円以上と言う中で、公的資金導入という手法そのものだけに議論が収斂していいものか、どうか。土地の流動性が止まり、右方上がりの地価上昇が当分ないとしたら、危機脱出のための「適正な国民の負担」とは何か、大蔵省の機能の明確化、組織的改編、金融システムの再構築などの長いスパンでの議論を進めるべきではないか、と私は思う。(責任者の処罰、自己責任は当然の上での話だが)
 タイミングよく経済企画庁は、「景気は回復基調」と2月月例報告を出し、住専問題を誤ると景気回復に支障が出る、みたいなムードもにじませながら、新進党の及び腰も見透かして、「住専処理」を進めようとしているようだ。
 ここでこそ、社会民主党の、久保蔵相の見せ場だと思うのだが・・・

<制度政策が大事、という議論>
 昨年の統一地方選挙では、「オール与党」体制への批判が強かった。連合も反自民・反共産というものの、連立政権以来「与党」への執着は強い。そこで「制度政策」が出てくる。確かに「制度政策」の研究は、連合総研などで積み上げられているように思う。
 しかし、現場で使い物になる「政策」はなかなか見えてこないのが実態であるし、もちろん現場の我々にも責任はある。個々の政策という点もあるが、基本的な「総予算」をどう配分するのか、ということ、それが勤労者国民にどのような短期・長期の利益をもたらすのか、まだまだ「官僚による予算分配」の結果に対して注文を付ける程度になっていないか。「与党経験が浅い」のも確実な原因だが、そろそろ「眼に見える、実感できる政策が求められているのではないか」とも思うのである。

<与党・野党という分類から脱却できないか>
 与党は責任があるが、野党は無責任、みたいな議論。これはもう時代遅れなのではないかと思う。与党の社会民主党の「住専」問題への政策では、パンフレットすら見ていない(出ているのかも分からない)。与党に隠れて違いがはっきり出せないなら、「新党」議論など、話題にもできないのでは・・・と最近「与党的立場」に慣れすぎしまった私自身の愚痴とお聞きいただければ幸いです。(1996-02-14 佐野)

(投稿)ロシア情勢  エリツィンのジレンマ

<<チェチェンでの孤立化>>
 強引かつ粗暴であり、慎重な配慮と思慮に欠けたエリツィン大統領の個人的性格は、チェチェン独立派武装勢力の人質作戦に対する無差別絶滅攻撃でもいかんなく発揮されたといえよう。ベルボマイスコエ村での出来事について、国内外の心ある人々はその目を覆いたくなるような惨状を見せつけられたのである。
 これを機にチェチェンでは反ロシア抗議集会がこれまで以上に活発化しており、2月4日には1万人規模の大規模な集会が行われ、それは各市町村に広がっており、ロシア軍の撤退、親ロ派政権ザブガエフ氏の辞任、共和国の独立承認を要求している。これを力で抑え込むことはもはや不可能であろう。軍事的介入にはこれまで以上の大規模な戦闘と多大な人的物的財政的損失を伴うことが明らかであるし、たとえ一時的に制圧できたとしても、独立派勢力を絶滅できるものではない。
 そして今やロシア国内においても、エリツィン大統領に和平の主導権をとるよう求める圧力が高まってきており、ニージニーノブゴロド州のボリス・ネムツォフ知事が、戦争終結を求める請願運動を開始するや、100万人以上の署名が集まり、多くの民主改革派、人権活動団体も、この運動に参加し始めている。

<<「民主的改革から完全に逸脱」>>
 大統領直属人権問題委員会議長であるセルゲイ・コワリョフ下院議員はすでにこの1月23日に、エリツィン大統領宛ての公開書簡を発表し、「私はこれ以上、あなたと仕事を共に出来ない。民主主義、人権、自由の擁護者とは言えなくなった大統領のあなたとは」と述べて、大統領評議会をはじめ大統領府の全公職から辞任することを明らかにした。「あなたは、ジュガノフやジリノフスキーを大統領にさせないためには、自分を選ぶしかない、と言いたいのだろうが、悪あがきだ。あなたたちの間には、違いよりも共通点のほうが多い」、「あなたの政治は、ボリシェビキのぬかるみを復活させている。
当時と違うのは、共産主義の用語が反共レトリックに置き換えられていることだけだ」と、ずばり本質を突いている。
 チェチェン紛争についても「真の目的は罪のない人質の解放ではなかった」と非難し、「エリツィン大統領は民主的改革の政策から完全に逸脱した」ことを確認し、6月の大統領選においては「私はあなたには投票しない」と断言している。

<<政権与党の大統領非難>>
 さらにロシア下院の政権与党「わが家ロシア」(NDR)の指導者ベリャエフ氏は、2月2日の記者会見で、記者団の予想に反して、チェチェン情勢についてロシアの政府と大統領を非難し、「チェチェンの内部対話を発展させ、国内の合法的な権力機関を強化すべきだ。平和解決問題は地元当局が引き受けなければならない」と述べ、NDRはチェチェン問題を解決できない大統領と政府を批判すると言明し、同時にニージニーノブゴロド州の住民とネムツォフ同州知事の立場に連帯の意を表明した。同氏は「現在の執行権力を代表する候補者が大統領に当選する可能性があるのは、選挙までにチェチェン情勢を解決できた場合だ」と述べた。
 米国・カナダ研究所のA・コノワロフ氏は「ネムツォフ知事の運動はエリツィン大統領に面目を保って撤退する逃げ道を開いている。大統領はゲリラに強制されたのではなく、ロシア国民の意志に従った決定として撤退を提案できるだろう」と述べているが、果たして4月末までには、何らかの形で戦争は終わったと宣言できるような情勢を作り出すことができるのであろうか。現状では、エリツィン氏が6月16日の大統領選挙までに戦闘を終わらせ、平和の立て役者として自分を売り込むことが出来るとはほとんど誰も考えていないのである。

<<最低の信頼度>>
 エリツィン大統領は昨年二度にわたって心臓病が悪化し、常に健康不安説がささやかれているのだが、この2月15日には連邦議会で施政方針演説に当たる「年次報告」発表の場で、政策綱領を発表して、大統領選への出馬を宣言するとみられている。その中で、従来の緊縮路線を見直し、社会福祉、国内産業に配慮した方針への転換を表明、さらにチェチェン紛争の終結に向けた新提案を発表する意向だと伝えられている。
 しかしエリツィン氏の支持率に関しては、民間機関「世論」が1月末に実施した「今日大統領選挙が行われたら、誰に投票するか」との質問に、1位ジュガーノフ共産党委員長(17.1%)、2位ヤブリンスキー改革派野党「ヤブロコ」代表(11.3%)、3位エリツィン大統領(10%)、4位ジリノフスキー自由民主党党首(8.9%)、5位レベジ退役中将(8.5%)という状態である。これでも1週間前の6位から”躍進”したという。
 さらに全ロシア世論調査センターが同じ1月末に実施した政治家の信頼度調査では、1位ジュガーノフ(17%)、2位ヤブリンスキー(15%)、3位レベジ(14%)、4位に4人(9%)、眼科医フョードフ、ジリノフスキー、チェルノムイルジン首相、ガイダル「民主的選択」代表で、エリツィン大統領は5%にすぎず、10位に終わった。

<<またもや大統領令の連発>>
 そこでエリツィン大統領は、今年に入っていくつかの方向転換に着手し出したことは間違いないようである。まずまだ残っていた改革派閣僚を相次いで解任した。これによって91年に発足した「改革派チーム」の閣僚は全て政府を去り、保守・強硬派にとってかえられた。そして軍需産業を基盤にしているソスコベツ第一副首相を本部長とする大統領再選本部を発足させた。エゴロフ新大統領府長官は、下院選挙で政権与党支持で積極的な動きを見せなかった各地の大統領代表、知事らの締め付けを強化し、解任も始めているという。
 政策的にもこれまでの緊縮政策から一転して、炭坑労働者や教師の未払い賃金や年金の早急な支払い、年金や奨学金引き上げを命じる大統領令を連発し始めた。この結果、ロシア炭坑労働者労組幹部会は2月1日から実施していたロシア全土での炭坑ストライキを二日間で中止することを決定したが、約束が実行されない場合、3月1日から再度ストに突入することを明らかにしている。
 炭坑労働者の未払い賃金は2億ドルに上っており、年金増額に24億ドル、奨学金増額に6400万ドル、チェチェン復興に54億ドル、「大統領社会基金」の設立に60億ドル以上と、支出約束を連発しているが、財源については全く触れてはいない。エブゲニー・ヤシン経済相は、それらを実行することは無理であり、「大統領がそのような道に進めば、極めて危険な役を果たすことになる」と警告している。

<<共産党がエリツィン政権支持?>>
 一方、共産党はこうした「エリツィン政権の行動は共産党の主張に沿ったもの」であると積極的な支持を表明、改革派野党「ヤブロコ」提案の内閣不信任案にも同調せず、今やエリツィンの強力な味方となった感を呈している。事実、エリツィン大統領自身が、2月2日、共産党のセレズニョフ下院議長と会談し、議会と政府とのより密接な協力関係について話し合い、対話路線を確認したという。この会談の中で、エリツィン大統領は、チェチェン問題で新たな平和的解決を主眼とした提案を行うこと、炭坑労働者や教師らへの給与の遅配問題について、早急な給与の支払いを命じたことを伝えている。
 他方、共産党系プラウダ紙の記者らが、党指導部と現政権との裏取引を批判する声明を発表し、双方共に複雑怪奇で矛盾に満ちた動きが表面化している。
 今最も注目を浴びているジュガーノフ・ロシア共産党委員長は、スイスのダボスで開かれている「世界経済フォーラム」で記者会見(2/5)し、「ジュガーノフ政権が実現すれば、現在よりも良い投資環境を作り出すことを世界の経済界指導者に納得してもらうことが、フォーラムに参加した目的だ」と述べ、「ロシア経済が旧ソ連時代の国家独占体制に戻ることはありえない」、「経済の全面的国家統制が危機を招いた」、「自らの政権では国家と民間による混合経済を促進する」、「ロシア経済の民営化および外国資本の導入に賛成する」、「多様な所有形態を認めている」ことを強調している。単なる便法なのか、社会民主主義路線への真摯な転換なのかが、現実に問われようとしていることは事実であろう。

 エリツィンのジレンマはロシアのジレンマでもある。ロシアのジレンマは解決可能であろうが、エリツィン氏のジレンマは氏のこれまでの行動や言動、性格からみて果たして解決可能なのであろうか。深まる一方ではないかと危惧される状況である。
(大阪、I.K.)