アサート 223号(1996年6月21日)
【投稿】 ロシア大統領選の混迷
<<新たな混迷と混乱の追加>>
 6月16日の投票日を間近かに控えた去る5月31日、「ロシア大統領選挙・直前予想と旧ソ連・東欧圏の現状分析」と題して講演会が持たれた(主催:ニュービジネスサロン・現代社会主義研究会・関西ロシア経済協会)。講師のビクトル・ボイチェフスキー氏(モスクワ大学経済学部教授)は、44歳、新進気鋭の行動派の学者である。前回来日時の、ソ連崩壊後の政治経済情勢の分析においてもそうであったが、その鋭い批判的精神と具体的事実に裏付けられた洞察力は聴衆を引きつけて離さないものがあった。通訳を介したこの種の講演はえてして間延びのした焦点の定まらないものになりがちであるが、ロシア人以上にロシア人たる岩崎氏の間髪入れぬ的確な翻訳は、友人以上の親交のある講師の言わんとすることを生き生きと豊かにさせるものであった。
 ボイチェフスキー氏自身は、エリツィン再選委員会の重要なメンバーであり、結局はエリツィン氏が選挙戦には勝利するであろうと分析する。しかしそれはロシアの新たな混迷、これまで以上の混乱をもたらす可能性を指摘し、同時にロシアの民主的発展にとって避け難い現実との妥協、学習の場でもあることを強調する。

<<「私が行くところには、金が湧いてくる」>>
 エリツィン再選戦略の最も重要な柱は、特権的地位利用による豊富な資金と利益供与、マスコミ操作による人気取り作戦である。マスコミはほとんどがエリツィン派によって占拠されている。まるでサンタクロースのように金をばらまいて、エリツィン万歳を叫ばせ、憲法違反もどこふく風、選挙のために20億ルーブル以上をすでに使っている。実行不可能な約束の連発は枚挙にいとまがなく、エリツィン氏自身が「私が行くところには、金が湧いてくる」と放言する始末である。すでに、軍需産業に2兆8000億ルーブル、炭坑労働者・教員の未払い賃金の早期支払、学生奨学金の増額1億ルーブル、年金増額24億ドル、80歳以上老人への預金インフレ目減り補償、等々から、小はボルクタ炭坑地域への自動車ジグリ60台の寄贈に至るまで、そして州知事、市長には締め付けを強化すると同時に、国庫からの資金提供を約束するなど、そのほとんどは財源を無視した大統領令の連発である。さらには、2000年に向けて徴兵制を廃して全部志願兵制にするとまで言い出したが、ただただ人気取りのための政策であって、陣営の幹部は無視しており、誰も実行することなど本気で考えてもいない。
 ここまでなりふり構わずやらざるを得なくなったのは、エリツィン支持が今年の1月には10%前後にしか過ぎず、他の候補に大きく水をあけられ、大衆のまともで健全な世論を無視できなくなってきたからでもある。

<<共通の立場「ロシア大国主義」>>
 一方、これまでの世論調査では常に1位を確保してきた共産党のジュガーノフ氏の立場も複雑である。今や共産党自身が一枚岩ではない。ジュガーノフ氏は民族愛国ブロックの候補者である。党の指導部の多数は、社会民主主義的考え方に移行しているが、実は共産党は社民党だということを徹底させたいと考えているのは一派にすぎない。社会民主主義についていえば、ヤコブレフ、ポポフ、シェワルナゼといった純粋社民派が存在しており、第三勢力としてヤブリンスキー陣営が存在している。
 共産党にとっては、大国愛国主義を前面に掲げ、共産主義の臭いをできるだけ減らすために、民族主義的左派の候補として、ジュガーノフしかいなかったのである。しかし多数派ではないのでブロックを組む必要があり、「大国ロシアを再建する」、「偉大なロシアを破壊したエリツィンを追い払おう」、「ロシア、祖国、人民」が民族愛国ブロックのメインスローガンとなったわけである。
 しかしロシア大国主義はエリツィン陣営と共通のスローガンである。事実、ジュガーノフは「プリマコフ外相の外務省はより民族的で、国益にかなった路線をとっている」と、エリツィン政権の外交政策を評価しだしているのである。 ジュガーノフ陣営は、特に選挙に力を入れなくても30%はとれる、左翼全国ブロックとしては40−45%は獲得するであろう。しかし、仮に多数を取っても、ジュガノフ氏は今の状況の下では、大統領の仕事ができないし、もたないことを自覚している。

<<「最悪の中での最良の選択」>>
 仮にジュガーノフが勝つと、麻痺した経済を回復させることは不可能であるばかりか、スタグフレーションがさらに強まり、それを圧し止める力が政治的にも経済的にも現在の共産党には残っていないのである。そこでどこかで今の政権と妥協を見いだす方向、共倒れの回避、国全体のために妥協する必要が主張されるわけである。
 そしてエリツィン派の冷静な部分も、シャターロフ等は共産党と交渉をやっている。極右民族派のジリノフスキーは、今回控えめな態度をとりながら、ジュガーノフに挙国一致、全党派の連合政策を提案している。派手な選挙戦の水面下で、閣僚ポストをめぐる駆け引きが進行しているのである。
 第3位にヤブリンスキーがつけているが、エリツィンの取り込み作戦は失敗している。ゴルバチョフ氏は、3−4%の支持はあるが、彼のチャンスはゼロに近いものである。ゴルバチョフとヤブリンスキーの政策がよく似ていることは見ておく必要があるだろう。「強いロシア」を主張するレベジ氏のロシア共同体運動は、5%程度の支持であろう。 こうした事態の中で、ロシアの知識人は呆然として何をしていいのか分からない状態に置かれている。今回の選挙は、いわば駄目な中での選択、さまざまな悪いケースの中での最良のものの選択といえよう。
(以上は、筆者の主観的なまとめであることをお断りしておきます。)
(生駒 敬) 

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