ASSERT 225号(1996年8月24日)
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投稿  巻町住民投票から沖縄県民投票
    ------−政局揺るがす直接民主主義------


<<「宣伝費だけで4億円は使う」>>
 この8月4日に行われた新潟県・巻町の住民投票は、日本の政局の今後にとって重大な影響を及ぼすと共に、日本の代議制民主主義のあり方にとっても根本的な問いかけを行ったといえるのではないだろうか。
 今や世界中でその是非が問われている原子力発電というテーマの重大性はいうまでもないことであるが、こうしたテーマの賛否を住民投票という住民直接参加の手法によって決定する、わが国初めての直接民主主義の行動が実施され、しかもその結果を誰も無視することが出来ない事態を作り出したのである。
 8/4、2万3222人の当日有権者の内、88.3%もの人々が投票に参加し、原発反対が61.2%を占め、全有権者の中でも過半数の53.7%の人々が原発反対の意思を明確に示したのである。巻町の笹口町長は、開票結果を受けて「約束通り、町有地は売却しません。町有地を売却しない限り、巻原発の建設は不可能です」と言明している。
 推進派は、政府、通産省、資源エネルギー庁、電力会社、自民、新進両党などが総がかりで金と人を大量に動員してテコ入れし、「宣伝費だけで4億円は使う」(東北電力)と広言した買収行為や利益誘導はもちろんのこと、電力業界は、東北電力だけには任せておけないと、業界総がかりで巻町になだれ込み、各地原発への観光地めぐり付き格安バスツアーから、原発職員の戸別訪問まで実施し、町政に露骨に干渉したにもかかわらず、この結果である。計り知れない打撃に呆然としている実態である。

<<焦りといらだちの官房長官、相次ぐ暴言>>
 推進派の土田町議会議長は「住民投票はあくまでも意識調査。結果は参考意見として議会運営を続けていく。今後も推進の立場は変わらない」としているが、平山・新潟県知事は「法的拘束力はないが、地元の理解と協力が得られていないという結果が民意として出た。国に対しては、現時点で巻原発を推進するのは無理があると申し上げる」と言わざるを得なくなった。
 また、東北電力社長は「(計画の白紙撤回は)まったく考えていない。こうした動きが広がっていくことに危惧を持っている。日本の将来にとって重要な問題」と、危機感を表明している。橋本首相も「残念ながら、原子力政策全体を通じて十分まだ理解を頂いていないことに尽きると思う」(8/5記者団に)と無念さを隠しきれない。江崎・資源エネルギー庁長官は「住民投票には法的な拘束力がなく、電源開発調整審議会の計画に直接の影響は及ぼさない。このまま計画を推進することが適切」(8/4記者会見)と見栄を切った。
 こうした焦りといらだちの中で梶山官房長官の暴言が飛び出した。「権利を主張する以上、義務もなければならない。『ノー』というのであれば、『これ以上電力は消費しない』という市民の感情があってしかるべきだ。『電力はほしい。しかし立地はいやだ』というだけで、全てが解決するものではない」(8/5記者会見)。原発建設に協力するのが国民の義務で、それがいやなら電力を消費するなといった開き直りの暴論である。
各紙紙上では、一斉に読者の反論が寄せられ、「安全だったら東京に原発を」と突きつけられている。
 梶山氏は、8/8日経連トップセミナーでも「朝鮮半島有事の際は、大量の難民が日本にきて市街戦になる可能性がある」などといった低劣極まる奇想天外な差別的暴言を吐き、金太智駐日韓国大使に「不穏当だった」と陳謝し、そのお粗末を詫びてはいるが、相次ぐ暴言、いよいよ連立政権の官房長官としての平衡感覚も失ってきたのであろうか。

<<「通過儀礼」としての間接民主主義>>
 今回の巻町の住民投票は、地域住民の現在及び将来を左右する重大な問題は、住民の総意を表現する直接参加で決めるという地方自治のあるべき原点を提起したといえよう。
そのことは同時に、代議制民主主義では吸収し得ない、直接民主主義の優位性を住民自らの行動と参加によって示したとも言えよう。
 巻町における事態の推移はそのことを如実に示している。東北電力が巻原発を計画してから25年、国家プロジェクト、「国策」として電源開発基本計画に組み入れられてからでも15年の長期にわたる計画であったが、反対派の介入を防ぐため、可能な限り隠密裏に原発建設計画、用地買収を進めてきた政府や電力業界の姿勢が町政を混乱に陥れたのである。利益誘導と利権がらみで町議会多数派を買収し、94/8には、ついに前町長が原発凍結から推進に転換して、代議制民主主義の中では三選を果たした。そして通産省や原子力安全委員会が地元で開く公開ヒアリングや公聴会といった行政手続きも、住民の声を吸収するのではなくて、単なる通過儀礼として行われ、ほとんどが推進派だけの儀式としてとり行われてきたのである。これは全国共通の実態であろう。
 そうした中で昨年6月住民投票条例の制定−前町長のリコール運動−前町長辞任と町政の混乱が続き、昨年10月、「巻原発・住民投票を実行する会」が発足、会長の笹口氏が今年1月の町長選で原発の是非よりも、「住民投票の実施」を公約にして当選、今回の投票実施にこぎつけたものである。この段階に至ってようやく、事態の推移に危機感を抱いた電力業界や通産省が一斉総攻撃とも言える公開説明会や講演会、シンポジウムを連日開催し、大量の説明パンフ、チラシ、ビラの配布、呑み食い付きの料亭説明会までもうけて、原発そのものの説明と安全性について一方的な情報を垂れ流したのであった。しかし町民の圧倒的多数は冷静な判断を下した。
 笹口町長が、原発による町政の混乱は情報隠しが原因として、「情報公開条例も在職中には整備したい」と意欲を燃やしているのも当然であろう。住民投票の実施は、こうした間接民主主義の裏で進行する腐敗や官僚制の肥大化と彼らによる情報独占をさらけ出させ、そこにメスを入れたとも言えよう。

<<他の原発立地への波及>>
 巻町の結果は、他の原発立地へも波及することは確実であろう。住民投票条例を制定している原発候補地点は、原発立地をめぐり「住民投票条例」をもつ高知県窪川町をはじめ、現在、巻町の他に図のように3箇所存在している。三重県南島町と紀勢町にまたがる芦浜原発計画を進める中部電力については、南島、紀勢両町では原発建設申し入れと同時に住民投票を実施することになっており、条例の存在自体が「電力会社などに対して、住民の意思を無視できない歯止めになっている」(南島町議会・橋本議長、8/5日経)。
 さらに九州電力は昨年12月、住民投票の動きが表面化し、住民投票条例を強化したことで、宮崎県串間市で92年来の原発立地構想を凍結せざるをえなくなった。敦賀市では「原発新設・増設の可否を住民投票で」という住民投票条例制定の直接請求運動がここ数年来展開されている。石川県珠洲市に原発を計画している関西電力は、先のやり直し市長選挙で推進派が当選したが、立地調査、用地確保、補償など問題が山積したままである。
 そして、原発を抱える市町村など計38自治体で組織する「全国原子力発電所所在市町村協議会」会長の河瀬・福井県敦賀市長は、「この結果は、従来の国の原子力政策が住民の支持や信頼を得られなかったとも言える。国のエネルギー政策をはじめ立地政策などの全面的な再確認が急務であろう」とする談話を発表している。
 三重県・南島町議会は今年7月、巻町の町議らを訪ねて、原発を抱える自治体や建設計画のある自治体の間でネットワークを作り、情報交換と同時に共同で国や電力業界に住民のニーズを伝える全国組織作りを提案、今年中の発足を目指している。
 こうした事態の進展は、今回の巻町の住民投票の結果を正面から受け止めず、ずるずると原発増設新設計画や、使用済み燃料から抽出したプルトニウムを一般の原発で燃やす「プルサーマル」計画などを推し進めるならば、膨大な財政的人的負担を投入した世界的にも異様で突出した国の長期的な原子力戦略はことごとく破綻する運命にあることを明らかにしている。それでなくてもことごとく地震の恐怖と隣り合わせに存在している日本の原発は、即刻撤退すべき人類的課題なのである。

<<賛否から直接提案制へ>>
 巻町の住民投票が、年々投票率が低下し、政治的無関心層を増大させているこの国の間接民主主義に、重大な挑戦状を突きつけ、大きな反省を迫ったことは間違いないといえよう。しかも重要なことは、住民投票条例自体はいずれも、間接民主制の機関である議会で可決、成立したものである。
 住民投票は単一の政策課題を賛否で直接に意思表示するものであるが、代議制民主主義と共に、直接民主主義が民主主義制度の重要で不可欠な構成要素となることが要請されているといえよう。当然の論理として、地方自治体からやがては国政の上でも直接民主制、国民投票が取り入れられる方向に向かわなければならない。しかし、日本ではいずれも制度化されておらず、法的拘束力はない現状である。
 アメリカでは、州や市単位での住民投票は、70年代以降盛んに行われており、欧州では全国的な国民投票が実施され、スエーデンでは2010年までに原発から全面撤退することが国民投票で決定されている。アメリカでは単なる賛否を問うだけではなく、住民からの提案を直接投票によって法制化する「プロポジション制」(直接提案制)が1898年来導入されており、現在、州と市を合わせて約20の自治体にこの制度があるという。カリフォルニア州では1911年に導入しており、今回11月の米大統領選と同時に実施される州民投票には15本の直接提案が投票に付される予定である。
 今回、新進党の細川前首相が「地方自治体に議会とは別に民意を反映させるための手段が必要だ」として、地方自治体での住民投票制度の創設を提唱(8/6)したことは注目されてしかるべきであろう。

<<「次はわれわれの番だ」>>
 そして日本の政局の焦点は、9月8日に行われる沖縄県民投票に移行している。これも県レベルでは初めての歴史的ともいえる住民投票である。これは昨年の米兵女児暴行事件に端を発した、85000人もの人々が参加した昨年10月21日の県民総決起大会の直接の帰結でもある。この総決起大会の4項目の決議の内、@日米地位協定の見直し、A在沖縄米軍基地の整理・縮小の二項目について、「県民の総意を示そう」と、連合沖縄が今年二月から県民投票条例制定の直接請求の署名運動を開始、地方自治法の規定を大幅に上回る署名を集約し、大田知事に直接請求、そしてこの6月の県議会選挙後の臨時議会で賛成26、反対17(自民と新進の一部)で可決されたものである。
 沖縄県の大田知事は、先の最高裁での意見陳述で「沖縄の基地問題は、日本の主権と民主主義が問われる日本全体の問題ではないか」と述べているが、今回の住民投票はまさに県民自身の直接投票によってそのことを明らかにしようとしているとも言えよう。
 県知事公室長の粟国氏は「(県民投票は)議会制民主主義を否定するものとの指摘があるが、沖縄は代議制にも参加する機会がなく、基地や地位協定が適用された。今回初めて自らの意思を示すことになる」(8/10、沖縄県主催の「沖縄の未来と県民投票を考える」講演とシンポジウム)と、意義を強調、投票への参加を呼びかけた。
 8/6の沖縄タイムスの社説は「人口約3万人の日本海に面した小さな町が国を動かそうとしている。個人では太刀打ちできなくても、結束すれば自らの進路を切り開くことができることを示した新潟県巻町の住民パワーに地方自治の原点を見る思いがする。次はわれわれの番だ−と感じた県民も多いだろう。本県でも9月8日には日米地位協定の見直し、基地の整理・縮小の是非を問う県民投票が行われる。巻町の教訓を生かしたいものだ」と述べている。県民の投票に寄せる思いが伝わってくる。
 連合沖縄は、構成組合の38単産・単組、48000人に、組合員一人300円カンパ、「労組内での投票行動の呼びかけはもちろん、市町村さらに区・校区レベルまでの住民投票推進組織に入ってほしい」と要請している。
 この県民投票の結果は、日本の政局を大きく揺るがし、歴史的な一里塚となるであろう。大きな支援と励ましが要請されている。
(生駒 敬)