ASSERT 230号(1997年1月25日)
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【投稿】   ダム建設中止決定と自民党・建設省
         -- 一部のダム計画の中止を決定 --

   

 
新聞報道によると、昨年12月18日までに、福島県や茨城県で実施計画調査中の4つのダムについて、建設省は、ダム開発の中止を決めたという。理由は「計画当初に予測した水需要等が伸びていない」など。建設省が計画したダム開発の中止を決めたのは初めてのことである。亀井建設大臣は「地権者の同意を得たダムについては急いで完成させるため、予算の重点配分する」との方針を表明し、今後同様に開発目的が失われたり、緊急度の低いダムは計画の見直しを順次行っていくようだ。
 この報道を受けて、長良川河口堰に反対するグループは、次は河口堰ゲートの開放だ!と通常国会からの闘いを準備している。確かにこれまで建設省は計画したダムの見直し・中止は、たとえ開発目的が失われた長良川のような場合にも、「メンツにかけて」目的をすり替え、またいいかげんな環境アセスに守られて計画を中止することはなかった。そういう意味では画期的なことと言えるのだが、「市民的常識」からはあたりまえのことにすぎない。とはいえ、こうした「ダム開発見直し」が動き出した背景には3つの問題があるように思える。

 建設省を動かした環境運動
「計画中止」を行わない、という姿勢は、建設省の省益確保こそが元凶である。大手ゼネコンとの運命共同体的関係なども影響している。しかし、80年代以降の自然破壊への国民的不安・環境問題への関心の高まりは、建設省の各部局の政策テーマの中にも「環境にやさしい河川改修」などと「環境」への配慮が顕著になってきた。
 細川政権時代の五十嵐建設大臣が、公共事業の見直しを政策化したレールがここに来て生きてきたようだ。また、アメリカで新規ダム建設がすべて中止となるなど、ダムが自然破壊を生み出すという考えかたが、浸透してきたことも大きい。ダムによって流砂が塞き止められ、またダムの内側に堆積し最後はダムを壊さなければいけない、という状況も生まれているわけだ。

公共事業への批判
 次に、「公共事業」自体への批判の高まりだ。昨年の総選挙で自民党は過半数を取れず、何とか社さの閣外協力で事実上の単独政権に返り咲いた。とたんに「族議員」が動き出し、整備新幹線などなど、将来に膨大な赤字を残す「公共事業」が動き出した。そういう意味では、このダム開発中止は、それらの「公共事業」批判そらしの面もあるように思える。
 今回中止される4つのダム計画にはすでに55億円の調査費が使われていると言われている。現在全国で実施計画調査以上の段階にあるダム建設予定地は291箇所、319ダムがあり、今回の4つのダムもその中に含まれている。「緊急性がない、代替策がある」ということでこの4つが決まったそうだが、まだまだ「必要のないダム」がある。もちろん「長良川河口堰」は、有害なダムである。

民主党との関係
 昨秋の総選挙における民主党の政権放送を見た人は思い出してほしい。菅直人が非効率な日本の省庁システムを批判する時に、山と川と海の例を出していたことを。山は農林省で川は建設省河川局、河口・港は運輸省などなど、環境問題についても各省がバラバラなことをしていると。実はこの話は、長良川河口堰に反村する会の天野事務局長から管直人代表に対する総選挙政策検討の際、環境問題についてのレクで用いられた話しだ。選挙中の演説の中でも菅代表は、この話しを繰り返していたという。
 現在自民党は、通常国会を前に、土井社民党・さきがけとの不協和音が生まれており、安定的な政権運営には、民主党との連携を盛んに試みている。先の自民党大会でも民主党・労働団体へのラブコールが目立った。そうした背景がこのダム間題の背後に微妙に影響しているのでは、というのが私の読みである。4つのダム計画中止の報道は昨年12月18日に行われたが、新年1月10日過ぎにも亀井建設大臣がダム建設再検討問題で記者会見をおこなっている。
 ともあれ、来年度の予算編成も従来どおりの予算枠が固定されたシーリング方式。建設省の予算を見ても、各費目の増加率は横並び。道路・港湾への傾斜は変わらない。
 公共事業のチェックも、このダム開発中止を受けて、一層強めていくことが求められている。(佐野秀夫)