ASSERT 237号(1997年8月23日)
【投稿】 「自共対決」論と共産党第21回大会決議案
【投稿】 戦後民主主義を問いなおす NO2
【投稿】  戦後52年目の夏に考える
【書評】 『ロシア・ソヴィエト哲学史』

トップページに戻る

(投稿) 「自共対決」論と共産党第21回大会決議案

<共産党、初めて支持率第2位!>
 8/5付毎日紙によると、同紙全国電話世論調査の政党支持率で、共産党が自民党の33%に次いで6%となり、1947年の調査開始以来初めて第2党になったという。支持の理由について、@野党の立場を鮮明にしているから(48%)、(卦身近な問題の解決に取り組むから(32%)、B唯一の革新政党だから(24%)、C現実路線に転換したから(14%)の順であった(二つまでの複数解答)。これについて同党の四位書記局長は「野党の立場を鮮明にし、党の姿勢が一貫していることに有権者の共感が集まっている。今後は、自共対決が政局の軸になってくる」と同紙に語っている。
 先の都議選でも第2党に躍進したことから、このところ同党は、「自共対決」時代の到来をこれみよがしに叫んでいる。支持率が上昇してきている理由については、確かに上げられている理由は妥当なところであろう。しかし支持率10%の壁さえ越えられていない現状、自民党との圧倒的開き、共産党以外は彼らが言うようにすべて「総与党化」しているとすれば、支持政党なしの無党派と共産党支持を除く与党派は55%にも達する現状を考えるならば、もっと冷静な自己分析の眼こそが必要とされているといえよう。今回の調査でも明らかなように、若い世代の圧倒的多数、6割近くは支持政党なしの無党派層である。それに、支持率6%自体は、田中角栄内閣時代の73/12にも記録していることである。70年代、社共を中心とする革新首長が東京、大阪、京都を初め多くの自治体で誕生し、革新連合政権構想がそれなりの現実味を持って提起されていた状況からすると、90年代後半の現実は、いまだ6%程度の支持で大躍進と自画自賛し、連合政権を組むべき対象が共産党のまわりに身を寄せ合う「自覚的民主勢力」しか存在しない実態からすれば、当時よりもさらに大きく後退しているのが現実である。

<「21世紀の早い時期に」>
 こうした中で、共産党は、9月22日から党大会を開くという。不破委員長は「夏の8月をふくめたニケ月間で党大会を準備するということは、初めての経験であって、大会準備の形はすすんでも、内容がともなわないということになりかねません」と語っている(7/30同党中央委員会総会)。発表された第21回大会決議案(7/31付「赤旗」紙発表)を見れば、そのことがまさに実感されるものである。
 決議案の中心は、「自共対決の時代」礼賛である。96年の総選挙で「史上最高の峰への歴史的躍進」を達成し、東京都議会選挙では「議席を倍増させ、自民党に次ぐ都議会第二党の地歩をしめたことは、国勢にも衝撃的影響を与える、すばらしい成果であった」と自らを持ち上げる。
 そして「こんごの躍進いかんでは政権の問題を現実に展望できるまでに、日本共産党の政治的比重が増しつつあるという点で重要である。これらは、自民党と日本共産党との対決−“自共対決"こそ、日本の政治対決の主軸であること、それが政治路線のうえでの対決ではなしに、現実の政治的力量のうえでの対決にもなりつつあることをしめしている」とする。
「21世紀の早い時期に政権をにないうる党へ成長すること」、「21世紀の早い時期に、政治革新の目標で一致する政党、団体、個人との連合で、民主連合政府を実現することをめざして奮闘するものである。」これが決議案の「21世紀に向けた展望」の結論である。70年代にも「70年代の遅くない時期に」民主連合政府の樹立を語りながら破産したあの論法の再登場である。当時の破産の責めは、社会党、総評を初めとする右転落に全てを押しつけた。当時も今も変わらぬ「わが党は一貫して正しかった」、「わが党だけが革新を貫いた」という主張が、何の反省もなく繰り返されている。

<「方向喪失の状況」>
 はたして実際にはったりではなく、「現実の政治的力量のうえでの対決にもなりつつある」といえるのであろうか。客観的な状況だけではなく、主体的な党自体の状況も、党指導部の幻想とはかけ離れているようである。「赤旗」は連日、この決議案を読んで「勇気がわいた」、「感動した」等という宗教団体まがいの手前勝手な感想を掲載し、決議案読了が党員の第一義的課題であるというキャンペーンを行っている。それは、決議案自身が述べているように、「前党大会決定の読了が45%にとどまり、党大会後の中央委員会の決定の徹底で3割台から5割程度にとどまっていることは、わが党の活動の重大な弱点と言わなければならない」という現実からきている。党員の不活発な状況、「世界的な激動のもとで、一部にあらわれた「方向喪失の状況」は、克服されつつある」(決議案)というが、不破氏自身も先の中央委員会総会で「この歴史的な闘いに立ち上が
ろうということが、なかなか全党に徹底しないのです」、「情勢の発展と党員の意識との間に、大きなズレがおこりうることを、痛感しました」と嘆くような実態である。
 さらに“自共対決”の軸となる多数派結集についてはさらにお寒い限りである。決議案が告白するように、「わが党が対話し交流しているのは、ごく一部分の人々にとどまっているのも事実である」。決議案が提示する「自覚的民主勢力」とは、「全労連、農民連、全商連、新婦人、民青同盟、全学連など、」にしかすぎない。あの70年代からさえも前進してはいない。出てくる結論は、あいも変わらず「全国革新懇」であり、「あらゆる地域・職場に革新懇をつくる」ことでしかない。
 党指導部のかけ声とは裏腹に、嘆かわしい実態を彼ら自身が嘆いてみせる。かくしてまたもや、こうした事態を克服する万能薬として「党員拡大・赤旗読者拡大」が党員の第一義的課題として提起される。これまでのように成功したことが一度もないような目標の「割り当て」はやりませんといいながら、「得票の1割の党員、半数の読者」という目標を、「遅くとも今世紀中には達成し、2倍の党員、1.5倍の読者をもって来世紀をむかえることを全党によびかける。」と、あいも変わらずきっちりと「割り当て」ている。
 問題は、こうした共産党のおかれた客観的主体的条件にも関わらず、無党派層をも含めた多くの人々が、現在の自民党政治への怒りと批判を共産党に託し、情勢転換の役割を担うことを同党に期待していることにあるとすれば、これまでのような路線をあいも変わらず踏襲していたのでは、全てが幻想にしかすぎなくなることにあるといえよう。
                   (生駒 敬)