ASSERT 238号(1997年9月27日)
【投稿】 橋本政権の危うさ、脆さ
【投稿】 台風迫る中、97長良川DAY 「ダムの時代は終わった」
【投稿】 戦後民主主義を破壊するもの
【本の紹介】 がん治療と未必の故意
【投稿】 共産党大会に思うこと

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<投稿> 橋本政権の危うさ、脆さ

<<「ハシリュウは嫌いですか」>>
 政局は急変、急展開の兆しを見せている。橋本首相は、競争相手が立とうともしない「無風」状態を演出し、自民党総裁再選を全党一致のもとで難なく決めてしまい、高水準を回復した内閣支持率、政権を脅かすには程遠い野党の低迷をほくそえみ、「順風満帆」の第二次橋本内閣を出帆させる予定であった。ところが事態は、一閣僚の起用をめぐって今やどん底に落ちようとしている。盤石揺るぎなしと見られていた橋本内閣は、ここで大きくつまずき、対応いかんによっては風前の灯火にさえなろうとしている。
 佐藤孝行という、受託収賄の有罪が確定した政治家を閣僚、しかも最大の政治課題と自ら位置づけている行革を統括する総務庁長官に据えるなどという、およそ常識からかけ離れた決断を下したのは首相自身である。首相は、「批判があればあるほど、佐藤氏にはその声を吹き飛ばす活躍をしていただきたい。私なりに考え抜いたうえでの結論としてこの道を選んだ」「不適当な人を閣僚につけたつもりはない」(9/12改造直後の記者会見)などとみずからの決断を誇りにさえしたのである。
 多少の逆風はあっても突破できるとタカをくくっていたのであろう。ところが世論の反撃は厳しかった。直接の抗議はもちろん、あらゆる世論調査で事態は逆転した。

「威張る、怒る、すねる、相手の無知をあざけるような表情」、「わざとらしくて、鼻持ちならない」(9/8日経「ハシリュウは嫌いですか」)姿勢をすべて出し切った後、激しい世論の反発に直面すると今度は官邸から一歩も出ようとせずにだんまりを決め込み、ついには村上・参院自民党幹事長から「社さ両党から問責決議案の話があれば、賛成する」と伝えられ(9/17)て、首相の責任を問われると、「コメントしませんというのがコメントだ」(9/17)などと無責任さと無能力さをさらけ出し、こうしたみずからが招きよせた危機であるにもかかわらず、自分で事態を収拾する能力とその意欲にも欠けていることを暴露してしまったのである。

<<収賄者が旗を振る行革>>
 そもそもこの佐藤という人物、ロッキード社からのワイロを全日空経由で収賄したという明白な証拠を突き付けられてもなお、裁判中も有罪確定後もみずからの犯罪について何の反省もせず、ただただ司法批判を繰り返し、二審判決では「被告人が事実関係を全面的に否認しているのみならず、多数の関係者を巻き込んでのアリバイ工作が行われており、今なお、己が潔白であるとして国会議員の地位に執着していることを考え合わせるとき、反省の情は皆無であると認めざるを得ない」と断定されるほどの厚顔無恥の典型である。
 こんな人物を首相自身が内閣改造前から「いったんレッテルを貼られた人はどんなに有能であっても使わないのか」などという佐藤弁護論を展開(9/6)して、総務庁長官に起用したのであるが、当の本人は、「おれは総務庁なんてやりたくない。建設がやりたい。建設か農林水産、できれば農水がいい」などと利権・賄賂がらみのポストを露骨に要求していたのである。問題が深刻化し、自発的辞任論が飛び出してくると、「橋本首相は私の歩んだ道を百も承知で長官に任命したんでしょう」、「ここで辞めれば生きている価値がなくなる。何のために屈辱に耐えてきたのか」と開き直る。
 こんな人物を必死になって弁護し、行革担当大臣に任命した橋本首相の言う行革とはいったい何なのか。その本質と限界をあからさまに立証したものともいえよう。まさに「収賄者が旗を振る行革など、悪い冗談である」(9/9日経)。
 しかも首相はまだ性懲りもなく、この場に至ってなお、加藤幹事長に対し、「佐藤さんが党に戻って行革で活躍できる場を考えてほしい」などと指示する程度の政治感覚しか持ち合わせていないようである。リクルート事件でこれまた有罪判決を受けている藤波元官房長官を自民党総務会に迎え入れていることと同じ鈍感さである。

<<おごる自民、久しからず>>
 もちろんこうした事態をもたらしたのは、首相個人の問題だけではないのは明白である。
もはや連立政権の人事ではなく、完全な自民党単独政権の思い上がった自民内派閥人事として好きなように閣僚人事の絵を描いてきた自民党政治の本質の表われでもある。93/8の細川連立政権の誕生で野党に転落し、同年12月、そのことへの反省として派閥解消を決め、看板を下ろしたはずがいつのまにか公然と復活、主流・非主流相乱れての閣僚分捕り合戦にうつつを抜かし、政治倫理もどこへやら派閥力学で政治倫理を踏み潰すことに何の痛痒も感じなくなってきたおごりが、今回の事態を必然のものとしたのであろう。
 しかしもう一方で、非自民、野党勢力の不甲斐なさがこれを大いに助長したことは間違いないともいえよう。今回のことに限ってだけでも、加藤幹事長ら自民執行部は事前に社民党幹部らと接触し、「社民党も佐藤入閣を受け入れる」との感触を得たとされており、問題の佐藤氏自身が「会話の内容は言わないが、内閣改造前に伊藤茂幹事長、笈川一夫政審会長と一度ならず二度も食事をした」(9/19)と暴露している。
新進党は終始この問題で腰が引け、むしろ保保連合復活への期待をにじませて、保保派へ身を摺り寄せようとしている。
 しかし、おごる自民、久しからずである。「たった一人の閣僚問題」から事態は急変し、問われている政治的問題の本質が急浮上してくる。「順風満帆」、長期政権かと思われていた橋本政権の危うさ、脆さが一挙に浮き彫りにされだしたのである。朝日の世論調査にもあるように、今や、内閣改造直後の調査から支持・不支持が完全に逆転し、支持率は昨年1月、橋本内閣が発足していらい最低のものとなった。首相の責任を問う声は76%にも達し、政治への信頼感は地に落ちている。非自民、野党勢力の真価が今こそ問われているといえよう。

朝日新聞9/21付け世論調査(内閣改造直前調査は、9/7,8)
佐藤長官の辞任   事態の原因       首相の責任     現政治への信頼
------------  -----------------  ----------------  ------------
当然だ    84  首相の指導力不足 11  重大だ     76   している  18
当然ではない 10  自民党のおごり   9  それほどでは 18   していない 69
その他     6   派閥の圧力     44  その他     6    その他   13
             倫理観のなさ   28
             その他        8

政党支持率 改造直前 今選挙では  橋本内閣  改造直前  首相はどうすべき
---------------------------  --------------------  ----------------
自民  32    38      29    支持する  35  53   国民に謝罪  17
新進   4      5       6    支持しない 48  28   首相を辞める 18
民主   3      3       5    その他   17  19   行革に全力  59
共産   4      5       8                    その他     6
社民   6      5      7
太陽   1      0      1
他党   1      1      1
支持無 38    38     22
その他 11      5     21

(生駒 敬)



(投稿)
台風迫る中、97長良川DAY
「ダムの時代は終わった」


長良川河口堰が、社民党の建設大臣によって、運用開始されて以来2年が経過した。時が過ぎる毎に、シジミの壊滅状況が明らかになり、今年のアユも、ますます少なくなっている。建設省は、アユの漁獲量は変わらない、と主張しているようだが、それは「放流アユ」を含めてのことである。放流アユと天然アユは、値段も違う。放流ものは1尾300円にしかならないが、天然ものは2000円以上もする。当然、獲れているのは放流ものだ。建設省の宣伝にも関わらず、釣り人は真実を知っている。つまり、天然アユには、縄張り意識があるので、「友釣り」が有効だが、残念ながら養殖アユは、縄張り意識がないので、「友釣り」が効かない。川の端の瀞場でじっとしているというわけ。釣り師にとって長良川のは、魅力を無くしつつある。今年の遊魚券の売り上げが昨年を大幅に下回ったという。
長良川河口堰の運用はあったものの、年々ダムや堰の建設に反対する運動は全国各地で盛り上がりを見せており、財政構造改革・行財政改革のもとでの公共事業の見直し気運と相乗的に世論の関心を受けて、一層運動の輪が広がりつつある。これらの運動は、そこに住む市民が中心であり、地道な運動が積み重ねられている。
今年も、9月13・14・15日には、一連の環境行動が、三重県長島町を中心に開催された。
私は、14・15日の長良川DAYの方だけに参加したわけだが、今年の特徴などについて、簡単な報告をしておきたい。

<自然破壊の公共事業は止めろ>
13日には、「日本の山河と公共事業」をテーマに、第1部「不必要で自然破壊的な公共事業を検証する」との「森・川・海」からの基調報告が行われた。海からは諫早干潟緊急対策本部代表の山下さんから「諫早問題と農水省」。川からは「長良川河口堰と建設省」を長良川訴訟原告の村瀬さんが、そして「細川内ダムと建設省」で徳島県木頭村の藤田村長が、「大規模林道問題と林野庁」では、宇都宮大学の藤原名誉教授が、「宍道湖中海干拓問題と農水省」は島根大学の保母教授が、それぞれの公共事業と問題点を報告。公共事業が如何に「経済発展と市民生活向上」をうたい文句に、自然破壊を平然と繰り返してきたかが、報告された。第2部では、パネルディスカッション「公共事業と行政改革会議」が、行われた。
14日には「世界水資源会議」として、海外代表も参加して、世界の水・ダムをめぐる大きな変化と日本がダムに固守し続けるばかりか、中国の三峡ダムやベトナムのメコン河開発にも触手を広げている事態に対する基調報告とパネルディスカッションが行われた。

<世界的にはすでにダムの時代は終わった>
今年6月にニューヨークで開催された国連環境特別総会は、来年の「国連持続可能な開発委員会(CSD)の中心テーマを「淡水の確保」に決定した。国連の報告書によれば「現在世界人口の8%が極度の水不足に置かれている。このまま人口増加が続けば約30年後には世界人口の3分の2が水不足に苦しむことになる」と指摘している。またワシントンに本部があるワールドウォッチ研究所は「これまで戦争は石油と黄金をめぐって闘われてきたが、いま国家間に紛争を生む最大の可能性を持っているのは”水”である。と警告している。また、アメリカや欧州においては、ダム開発による自然破壊は耐え難く、ダムの時代は終わった、との認識の上に、自然と人間の調和を第1の課題にして、水問題と取組もうとしているわけだ。
ところが、日本では、公共事業の一部見直しがはじまったとは言え、日本のダム建設の関係者らは「だから、さらなるダム建設が必要だ。それにダムは地球温暖化を促進しないクリーンなエネルギーを生む」と主張し、不必要な公共事業の象徴として批判されている国内のダム事業と、政府ODA等による途上国へのダム建設を、さらに推進しようとしているわけである。こうした課題が2日目の議論であった。

<世界銀行がダムチェックを実施>
その中で、特徴的だったのは、世界銀行のあらたな動きである。2日目の基調講演で「世界銀行と大型ダム論争・・水事業に適用される環境の持続可能性とはなにか」との講演をおこなったロバート・グランウッド世界銀行特別顧問は、世界銀行とIUCN(国際自然保護連合)が、今年11月に「ダム事業見直しのための独立国際委員会」を設立し、2年間をかけて報告書を作成することを明らかにした。その対象として日本からは長良川河口堰がなる可能性を示唆され、この調査報告を通じて、有害なダムの建設を制限し、国際的なダム建設の基準が勧告されれば、公共・私企業を問わずダム建設者がガイドラインに従うよう、求めることができることになる。

<河・干潟・湿地の環境団体が集結>
これらの会議は、「公共事業チェックを実現する議員の会」及び「公共事業チェックを求めるNGOの会(400団体)」及び「長良川監視委員会」の主催で行われたが、14日・15日には、長良川河口堰に近い伊勢大橋の長島町河川敷で、「97長良川DAY」の行動が行われたわけだ。今回は、台風19号が近畿に接近するという悪天候で、両日ともほとんど雨続きであった。そのため、一般参加は昨年をはるかに下回り、1000名程度の参加となったことは残念だった。
しかし、会場テントには全国の環境団体がブースを設置して、環境運動の交流が行われた。諫早干潟干拓緊急対策本部、熊本の川辺川ダムに反対する県民の会、博多湾和白干潟を守る会、徳島県吉野川、関東からは相模大堰、北海道の千歳川方水路、千葉の三番瀬、名古屋の藤前干潟を守る会、大阪からは槙尾川ダム連絡会、そして長良川河口堰に反対する市民会議などなどがブースを出していた。
この「長良川DAY」も、90年から7年目を迎えるが、年ごとに各地の自立した環境市民運動が参加している事実は、長良川を起爆材にした「森と川と海」の環境運動が各地に根を張ってきたことを現わしているようだ。

<河口堰の運用を中止せよ>
前夜祭では、C・W・ニコルさんの講演や山本コータローのコンサート、そして参加各NGOの報告があったが、どしゃぶりの雨だった。翌日も朝から雨だったが、元気に集会が行われ、特に橋本首相の「行革会議」が打ち出した「省庁再編案」が、縦割り行政やこれまでの「環境破壊型公共事業」への反省もなく、巨大な「国土開発省」構想で、これまでの公共事業推進の姿勢に何の反省もないことなどへの批判が基調報告された。
11時を期して、カヌーデモと陸上デモが行われた。当日参加の全電通や国労名古屋などの部隊も合流し、陸上デモでは、民主党三重の宣伝カーを先頭に、陸上約800名( 推測)、カヌー約60艇がそれぞれ河口堰めざしてデモを行い、「運用を中止せよ」「ダム建設を止めろ」と雨の中、河口堰本体の上と川のカヌー部隊が呼応して、アピール行動を行った。
台風のためか、参加者は昨年の1/2程度だったが、運動の広がりを確信できる今年の長良川DAYだった。(佐野)

(投稿)  戦後民主主義を破壊するもの

<<突如、右翼の論客?>>
 本誌前号の織田氏の投稿を見て、正直開いた口が塞がらないほどの驚きを感じました。「改革と民主主義」をめざすこの情報誌に、突如右翼の論客が、もっともらしい屁理屈をこねまわして乗り込んできたのかと感じたのです。場所をお間違えではないのでしょうか。「従軍慰安婦」と「強制連行」をめぐって、織田氏が勝手に熱を上げている「歴史教育をめぐる熱い論争」なるものは、結局のところは、日本政府や軍は、「国策として」強制連行などしていない、証拠があるなら出してみよ、とただこれに尽きるだけのことでしょう。
 こんな主張ならわざわざこのような場でご開陳いただかなくとも、今こぞって右翼や保守反動勢力ががなりたてていることは十分承知しています。日の丸と軍旗をはためかせた大型の黒い装甲車を連ねて彼らは今日本中を走り回っています。かれらの「英霊にこたえる会」と「日本会議」の全国縦断キャラバン隊なるものは、東日本隊と西日本隊にわかれて、歴史教科書の「従軍慰安婦」と「強制連行」記述の削除をもとめて地方議会に押し掛け、請願書採択を強要し、ピースおおさかをはじめとした各地の平和・戦争資料館の展示にいちゃもんをつけ、その閉鎖まで要求しています。その時に彼らが撒いたビラの一部をご紹介しましょう。

<<「英霊にこたえる会」と「日本会議」の声明>>
「我が国の近現代史をめぐる歴史観の否みは行き着くところまできてしまった観がある。その端的な表われが中学校の歴史教科書である。従軍慰安婦の記述にととまらず、数ある歴史事実の中からことさらに日本の加害行為を取り上げ、・・・全国各地の戦争資料館においては、日本の過去の行為に対する歪曲ないし捏造された写真や映像等がおおっぴらに展示され、・・・」「こうした嘆かわしい状況の中にあって、一方ではいくつかの明るい希望の曙光が射しかかってきていることも事実である。たとえば慰安婦の「強制連行」を認めた平成五年の河野官房長官談話が、全然根拠のないものであることが我々と志を同じうする国会議員の努力によって明らかになったし、少なからぬ地方議会で教科書から「従軍慰安婦」に関する記述の削除を求める決議が出されており、また、戦争資料館の展示
内容の是正運動も相次いで起こっている」
「我々は、こうした力強い動きを一層活性化させることによって、日本人をなおも呪
縛している東京裁判史観を克服し、次代を担う青少年に歴史の真実と英霊の御心を伝
えていくために、さらなる国民運動を展開していくことを、ここ靖国神社に鎮まる2
50万柱の英霊の御前に御誓い申し上げ、その決意を表明するものである。 平成9
年8月15日」

<<デタラメな読み方>>
 「それにつけても日本政府のこの問題に対する姿勢はデタラメである。・・・この河野官房長官談話のデタラメさが、慰安婦問題を複雑化させ、国際問題にまで発展させている諸悪の根元である。ここにも戦後日本の民主主義の弊害が露呈していると思えてならない。・・・強制連行有り派の朝日新聞の論調も同じである。」−−これは右翼のビラではなく、織田氏の前号の主張である。こうした論調はまさに「英霊にこたえる会」や「日本会議」と軌を一にするものです。彼らの共通認識がよく表れています。河野官房長官談話は、当時としても、そして今でもこの問題に関する大きな一歩前進であったこと、戦後日本の民主主義の一つの成果であったともいえると思います(もちろん不十分さもあり、情報公開の不徹底という致命的な弱点も有りますが)。反動勢力はこうした日本社会の前進的な動向や、この談話の内容がさらに具体化することに危機感を募らせ、攻撃をここに集中しているのでしょう。
 彼らの主張のそれこそデタラメさは、官房長官談話をろくに読みもせずに、「従軍慰安婦と名乗りをあげた人の証言だけを唯一の証拠に、強制連行は存在した」と発表したと躍起になって攻撃していることに端的に表れています。私は、従軍慰安婦の方々の証言も決定的に重要であると考えていますが、官房長官談話を読めば、それだけを唯一の証拠にしているなどといえないことはすぐに分かることなのです。最後にその談話を削除することなく紹介しておきたいと思います。

<<「慰安婦関係調査結果発表に関する内閣官房長官談話」(全文)>>
 「今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、さらに、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。
 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、弾圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。
 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からおわびと反省の気持ちを申し上げる。またそのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。
 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このうような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。
 なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払ってまいりたい。
1993年8月4日、内閣官房長官・河野洋平」
(大阪 田中雅恵)

(本の紹介) がん治療と未必の故意
近藤誠著
『患者よ、がんと闘うな』96/3/30発行、文芸春秋社刊、1359円
『それでもがん検診うけますか』94/11/4発行、ネスコ/文芸春秋社刊、1500円
『がん専門医よ、真実を語れ』97/3/1発行、文芸春秋社刊、1500円

<<許さるべきではない治療行為>>
 ごく最近、筆者の尊敬する先輩が亡くなられた。尊敬というよりも、敬愛というか、その容貌からはとても想像もできないような軽妙洒脱で鋭い観察眼、眼力を備え、混沌とする現在の政治・経済・社会・文化をバッサバッサとなで斬りにし、このところ少し駄洒落がいきすぎてはしまいかというきらいはあったが、その表現力の豊かさ、文章のうまさには実に感嘆させられるばかりの健筆、頑健、活動的な闘士であった。権力風を吹かせる者、知ったかぶりの傲慢不遜な論者に出会うと、顔を少し斜めにして、ふんふんと聞きながら、相槌までも打ちながら、すべてを疑う姿勢が丸見えの強烈な個性の持ち主であった。
 そのような方にして、ご自分の病気、がんの進行について、その治療方針について、あるいは広く現在の医療、医学界について疑いの眼を貫徹されていたのだろうかと、ふといぶかしく思わざるをえない急逝であった。すでに事前に「辞世」の一文までしたためられてはおられたが、生きる意欲満々で「ひとまず」書いておき、「本心のところ、今すぐくたばる気はしません」と明言されておられるように、ご自身のみならず、周りのすべての人々にとっても意外な残念極まりない事態の進行であったように思えてならない。
 ここ数年来、国立循環器病センターで定期的に検診を受けられ、ある日、精密検査の必要を告げられ、「より高度の専門知識と経験を持つところがよい」と専門病院を紹介され、入院された。入院中も実に元気で旺盛に文章を書かれ、片っ端から読書をされ、野球の試合に一喜一憂され、ほがらかに談笑されていた。ところが、医師から手術をしなければ云々と説得され、ついに長時間に及ぶがん患部の切除手術を受けられた。手術は成功と思われていたが、それからあっという間の事態の急変、急逝であった。
 そこにはいったい何があったのであろうか? 病院側は適当なことを言いつくろうものである。こうした事例といっては失礼極まりないことだが、とりわけ、がんで死にいたる場合、しばしば見聞もし、筆者自身わが親についても経験し、どうして人生の最後を本来あってしかるべき心の準備もないままに、数々の医療器具という名の拷問道具によって責めさいなまれ、あげくの果てに死に追いやられてしまうのであろうか。実のところはまったく非科学的で、場当たり的なこうした治療行為は本来許されるべきではないのではないだろうか。これは、医療界では最善の治療という名の下に公然とまかり通っているいわば未必の故意ともいえる一種の殺人行為ではないのだろうか。

<<『患者よ、がんと闘うな』十ヵ月目の総括>>
 こうした疑問に少なくとも正面から答えようとしているのが、ここに紹介する近藤誠氏の一連の著作である。著者は慶応大学病院の放射線科で乳がん治療の最前線において、それこそがんと真剣に闘っておられる。そのさまざまな苦い経験と反省から一連の著書が問題提起として広く世間に問われてきたのであるが、医学界ではほとんど無視ないしは、意図的に論議を回避するように仕向けられてきたともいえよう。しかし昨年出版された『患者よ、がんと闘うな』は、その題名からして挑発的なために、つい最近まで一大センセーションを巻き起こし、ベストセラーともなり、カンカンガクガクの議論を医学界から社会全体にもたらしたもので、多くの方が一度は関心を示されたことと思う。当初はまったくわれ関せず、と鼻にも引っかけぬ態度をとっていたその筋の「権威ある」医師たちもやむをえず歯切れの悪い反論をし始めた。今年の3月に発行された『がん専門医よ、真実を語れ』は、こうした反論と対論をも含めた、『患者よ、がんと闘うな』から十ヵ月目の総括的文書ともいえるものである。以下のように、その目次からして刺激的である。
第T部 がん医療をめぐる8つの対論
1抗がん剤・がん手術・がん検診・がんもどき理論
 本当にがんと闘わなくていいのですか?
 「がん治療」白熱大論争
 「白熱大論争」その後
 「近藤がん理論」はどこまで正しいか?
2がん終末期医療とその問題点
 がん終末期医療をどうすべきか
 がん患者に「安楽死」などいらない
3抗がん剤と薬害エイズ
 産・学・官 学者がいちばん悪い
 薬で儲ける恥ずべき医師たち
4『患者よ、がんと闘うな』十ヵ月目の総括
 「がん患者よ、手術万能思考を捨てなさい」
 がん専門医よ、真実を語れ
第U部 批判と疑問に答える
 がん患者はどうしたら救われるか?
 逸見政孝氏のがん治療への疑問に答える
 学会の場での専門家たちの言動の問題点
 すべての批判に答えよう

<<もっと広く深く議論を>>
近藤氏の基本的な主張をまとめると、以下のようになる。
@ 日本のがん治療には、他の治療法で十分な場合にも手術が行われているという手術のし過ぎの現状があり、合併症・後遺症がひどい拡大手術が横行していて、手術死も多い。
A 抗がん剤が有効なのは全がんの一割でしかないのに多くのがんに使われており、使い方が拙劣で副作用死も多い。
B 患者の同意なしに臨床試験(治験)が行われており、死者も出ている。
C 終末期医療の内容がおそまつであり、患者が必要以上に苦しんでいる。
D がん検診は有効性が証明されていない一方、害や不利益が山のようにある。
E 形態学的に「がん」とされるもののなかには、性質上がんとはいえない「がんも
どき」がある。
 これは著者自身が自らの主張を簡潔に整理したものである。いずれもこれまでのがん治療の一般的な常識とは真っ向から対立するものといえよう。冒頭にふれたまだまだ元気に活躍できることが誰しも認め、実際に両のまなこで確認できる方が、まさに@で指摘されたような不用意極まりない手術の結果によって死に至らしめられたといえる。本来あってはならない手術死、副作用死、院内感染死、実験死、等々、ある種の殺人罪が医療の現場では平然と日常茶飯事のように行われ、反省も自己点検も行われていない現状を、近藤氏は鋭く具体的に指摘し、根本的な転換の方向を示している。これほど切実で、誰しもがなんらかの形で直面する問題であるだけに、もっと広く深く論議が深まることを期待して止まない。(生駒 敬)

(投稿) 共産党大会に思うこと

<上げ潮ムードに浸っているが・・>
共産党の第21回大会がマスコミの注目を浴びている。
それは、都議選で議席を倍増したこと、地方議員の数が昨年自民党を抜いて第1党となり、引き続き、政党支持率でも新進・民主を超える数字が世論調査で出ているからであろう。
さらに、この間の不破委員長や志位書記長の発言の中に「保守との連携も視野に入れて・・・」云々の文言が飛び出し、現実路線に転換か、との評価があるからである。しかし「政権を目指す」とか「一部の保守とも連携」なる言葉は、旧社会党を支持してた層や所謂無党派層受けを狙ったものに他ならない。それは、あいも変わらぬ「セクト主義」と「民主集中性」を基礎をもった「科学的社会主義」などの基本路線に対しては、国民の支持があるわけではなく、表面的な「見え」を狙ったものだが、それを言わないと、単なる批判票は、いつでも逃げていく、という現実への彼らなりの対応なのかもしれない。
確かに、地方議員が増えており、その一因には積極的な女性議員候補の登用が地方議会にその比重を増しているという指摘もある。
大阪でも、こうした上げ潮ムードを受けて、首長選挙について「オール与党」体制や多選首長への批判をテコに、特に自民党や保守と組んでの例が目立っている。自共対決ではなく「自共共闘」での京都府城陽市長選挙がそうであるし、9月に執行された大阪府箕面市の市長選挙でも、同様の市民派候補のような形で、共産党は介入している。自治労連や民商の宣伝カーを根こそぎ投入して、宣伝戦を行った。箕面市では連合推薦の現職市長が辛くも逃げ切った。
現在大阪の自治体選挙の焦点は、昨年oー157集団食中毒が大量発生し、死亡者も出した大阪府堺市の市長選挙である。10月5日が投票日だが、上げ潮の余勢をかって、連合候補と共産推薦候補の一騎打ちとなっている。
残念ながら、ここでも総体的な政治的無関心の傾向は現われており、前回の投票率が34%だったが、今回はさらに下回ることが予想されている。投票率がこの程度である限り、首長選挙への共産党の介入は常態となる可能性がある。
一方、労働運動の舞台では、現状維持ないし減少傾向が出ており、選挙・政治活動への労組の引き回しは、彼らの影響力のある組合の弱体化が予想できるのは皮肉である。

<共産党は変わっていない>
決して共産党が変わったから、支持率が増えているのではない。「民主集中性」や「科学的社会主義」という基本路線になんらの変更も行われていないのだ。そこに彼らのジレンマがある。
私も久しぶりに、共産党系書店に行き、「21回党大会決議案」の載ったパンフを購入した。一読してびっくりしたのは、大会決議案から「帝国主義」という言葉がまったくない、ということである。アメリカを指しての用語は「アメリカ覇権主義」であり、「わが党はアメリカの安保や基地についての政策は厳しく批判するが、独立宣言にはじまるアメリカ民主主義の歴史のなかには、多くの価値あるものを見出している」として、「安保解消、アメリカともアジアとも真の友好関係を築く」云々と、少々当惑する表現で、日米関係が語られている。
基本路線には(綱領や社会主義路線)、一切手を付けない党大会、自共対決の時代というが、赤旗収入も減少している中、この党の行方は、まだ混沌としているのではないだろうか。(佐野)