ASSERT 239号(1997年10月25日)
【投稿】 風前の灯・橋本政権とCO3京都会議・原発増設問題
【投稿】 きわどい勝利 大阪堺市長選挙
【投稿】 「戦後民主主義を問い直す」論考を巡る論争について
【投稿】 戦後民主主義を問い直す NO.3
【書評】 『2020年からの警鐘--日本が消える』

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(投稿)
風前の灯・橋本政権とCO3京都会議・原発増設問題

<<失望どころか、失笑>>
 12月に京都で開かれる地球温暖化防止会議=CO3(第3回気候変動枠組み条約締国会議)に向けて、議長国である日本が発表した温室効果ガス排出量削減に向けた日本政府提案は、今や失望どころか、失笑を買うにまで至っていると言えよう。
 2010年で90年比15%の削減目標を決めた欧州連合(EU)に対して、日本政府提案は5%、このあまりにも大きな開きには驚かされるが、さらに問題なのは各国の事情に応じた削減率の縮小を可能にする「実質目標率」を導入、さらにそれでも困難な事情がある場合は、最低限の義務としての「法的拘束目標」を定めるという、二重、三重の抜け穴、小細工を用意していることである。これを日本に適用すると、最大限5%、実質目標2.5%、最低限の法的拘束目標0.5%となってしまう。産業界がすばやく歓迎の談話を発表したのもうなずけよう。1国だけでアフリカ大陸とアジア大陸の半分以上に匹敵するCO2を排出しているアメリカでさえ、日本と同じ2.5%程度の削減ですますことができる。
 9月中旬、世界自然保護基金WWF日本委員会は「日本でも2010年にCO2排出量を14.8%削減することは可能」であるとして、経団連の自主行動計画によってさえ、鉄鋼、紙パルプ、化学などのエネルギー多消費産業で2010年に10%削減の改善計画が掲げられていることを指摘している。さらに9月末に、世界60カ国、1501人の科学者(日本からは利根川進氏、江崎玲於奈氏ら)が「貴重な時間が浪費されてきたのは、この問題に対処する指導者があまりに少なかったからだ」と警告し、CO3京都会議で「強力で意味のある条約を締結する」よう求める呼びかけを発表しているが、議長国日本のこのあまりにも低い削減目標、その「5%削減」さえ表向き、後は、各国入り乱れての削減目標縮小要求で、果てしなき妥協と手打ちが行われ、会議開催の意味そのものが問われる事態となっている。

<<「橋本辞任→円買い」の流れ>>
 橋本首相は「リーダーシップを発揮して、立場を異にしている国々をいかに収斂させながら国際合意の形成が進むようにできるか」などと述べていたが、もはや議長国としてのリーダーシップはすでに放棄されたも同然である。登山を趣味とし、環境派と自任さえしていた橋本首相は、この問題でもと言うべきか、何ら指導性を発揮できなかったのである。環境庁は、当初、7%削減目標を掲げ、それは実行可能だと主張していたのに対して、通産省は横ばい=0%を主張、外務省は拝米主義でアメリカの御機嫌を伺い、数値目標設定そのものに疑問を呈し、閣内はもはや意思統一はなきに等しく、京都会議でのリーダーシップどころか、混乱回避のことなかれ主義に右往左往しているのが実態である。
 京都会議の開催場所である京都市は、すでに今年7月に10%削減目標を設定しており、10/15の記者会見で桝本市長は「政府は少々しんどくてもやらなくてはいけない」として政府の5%削減案の再考を要請し、京都市議会も削減率見直しを求める意見書を全会一致で採択している。しかし、橋本政権はこれに応えれるような状況にはない。
 こうした最中の10/9、東京外国為替・金融市場で橋本首相の辞任説が広く流れ、「橋本首相は進退窮まり、辞任せざるを得ない状況に陥る」という解説付きで相場を動かす材料にまでなったのである。ところが問題は、たとえうわさに過ぎないとしても通常なら「政局混乱で円売り」となるところが、逆に「橋本首相の辞任→改革路線の見直し→景気対策を重視する新政権の発足→所得税減税を柱とする大型の景気刺激の発動」との連想を生み、「景気対策を歓迎した円買い」となって、円相場を押し上げ、債券市場でも「首相辞任で景気が上向き、空前の超低金利が是正される」と受け止められて、先物売りの一因になったという(10/10日経)。橋本辞任、好材料なのである。市場は敏感に、あらゆる問題で指導力も牽引力も発揮できなくなってきた橋本政権の末路を現実的なものとして予測し始めたことをあらわしているとも言えよう。
すでに、梶山前官房長官は「12月激動説」を口にしだし、これに呼応して小渕政権に向けた旧経世会を軸にした保守再結集の動きがにわかに動き出している。ここには、佐藤孝行総務庁長官の入閣・辞任問題をきっかけに急速に指導力を低下させ、支持率も急落してきている橋本内閣のいつ崩れてもおかしくはない脆い実態が浮上してきているとも言えよう。

<<「温暖化か放射能汚染か」>>
 ここでCO3京都会議と関連して見逃し得ない問題が提起されている。それは、10/6、第二次橋本内閣の村岡官房長官が、温室効果ガス排出量削減に向けた日本政府提案を紹介した後、この程度の提案であっても、5%削減はおろか、言うに事欠いて「原子力発電所の20基増設でも、ゼロ%がやっと」とまで発言したことである。CO2問題がいつのまにか原発増設問題にすりかえられているのである。通産省の試算によると、日本の発電量に占める原子力発電の比率を、95年度の32%から44%に引き上げ、原発の設備容量を原発20基分に相当する2550万KW増やし、計7050万KWにしなければならない、という。そのために通産省幹部は、「地元や国民の理解を必死で求める」としているが、その一方で、「20基にこだわるのではなく、十数基の増設を確保し、1基ごとの効率を上げていけば、何とか達成できるかもしれない」などと述べている(10/16朝日)。
 これとまったく同じ論法が、南太平洋諸国に対しても用いられている。同諸国首脳会議は9/19、地球温暖化による海面上昇への懸念を表明したコミュニケを採択したが、各国代表は同時に日本の高レベル放射性廃棄物の輸送についても強い懸念を表明したのであるが、日本から派遣された外務省の高村政務次官は、「原子力が海水面上昇につながるCO2などを排出しないエネルギーである」ことを強調して理解を求めたと言う。ここでも、温暖化と放射能汚染のいずれをとるかという二者択一を迫っているのである。この輸送は、30日に及ぶ輸送期間中、船の全損失につながるような事故発生の確率は6%と計算されており、今後10年間、毎年2ないし3回予定されており、たとえ微量であっても何らかの理由で放射能汚染がこの地域に放出された場合、漁業・観光資源は言うに及ばず住民の健康そのものにとっても致命的な損害をもたらすものである。取り引きの対象ではありえない地球温暖化問題と相撃ちにした、一種の恫喝と言えよう。

<<核燃料サイクルの無謀>>
 これでもかこれでもかと続く大小無数の原子力施設の事故に対して政府、科学技術庁、原子力安全委員会などのとってきたどうしようもない無責任・無能力体制は、ここで改めて指摘するまでもないことであろう。ごく最近でも、95/12のもんじゅ事故、97/3の東海再処理工場事故、97/4の「ふげん」のトリチウム漏れ事故に続いて、廃棄物ドラム缶からの放射能垂れ流しが発覚、そのずさんは組織ぐるみ、15年以上にわたる隠蔽工作、問題個所をわざわざはずした「総点検」、科学技術庁自身も関与した何十億円もの予算詐取と流用、「健康に害はない」などとの居直り、あきれるばかりの腐敗と無責任体制である。さらにこのほど明らかになった、鳥取県・人形峠の30年以上にわたるウラン残土放置事件は、ドラム缶に入れるどころか野ざらしのまま民家周辺に不法放置してきたものであり、88年に発覚以来の地区住民の徹去要求に、動燃
はまったく何も答えてこなかったものである。
 もはやこのような動燃、科学技術庁は廃止以外に道はないと言う世論の高まりの中で、政府は、動燃の看板だけを付け替えて、高速増殖炉と放射性廃棄物処理を担う「新法人」を設立することで事態を糊塗、切り抜けようとしている。低レベル廃棄物でさえ30年間野ざらし、放置してきたものが、高レベル廃棄物で要請される50年間の一時保管、その後の1万年保管など、とてもそれを行う能力、資格ともゼロであると言えよう。現在でもすでに1万2千本に相当する高レベル廃棄物が各原子力発電所から発生しているにもかかわらず、危険極まりない青森県・六ヶ所村の一時保管施設の容量は1440本であり、拡張しても3000本までである。現在、六ヶ所村の日本原燃(株)で、フランスから返還された68本の高レベルガラス固化体が保管されているが、一本当たりの年間保管料は4億円に達する。核燃料サイクルを維持しようとすれば、これが膨大な額に膨れ上がることは、目に見えている。その危険性が決定的であるが、経済性からいっても、そもそも核燃料サイクル存立の条件はどこにも存在していないことが明らかなのである。この上さらに原発を増設するなど、無謀・無責任以外のなにものでもないと言えよう。

<<「原発震災」の現実的可能性>>
 しかも地震多発列島・日本列島という非常に重大な条件が忘れられてはならない。六ヶ所村のすぐ東方沖は、太古の歴史以来巨大地震の多発地帯であることは周知のことであり、M8.0級の地震を引き起こす海底大活断層が存在している。さらに日本の多くの原発が、地震予知連が指定している特定観察地域、観察強化地域、その隣接地域に集中していることも重大である。
 以前にも紹介したことのある『大地動乱の時代』(岩波新書)の著者である石橋克彦氏は、静岡県の浜岡原発について、岩盤とされている地層が砂岩泥岩互層の軟岩で、来たる東海地震で1m程度の隆起が起こる可能性が指摘されており、いくら原発の建物が堅固であっても、隆起により地盤が傾斜したり、変形、破壊が起きれば原発にとって致命的であると強調し、さらに「東海地震による“通常震災”は、静岡県を中心に阪神大震災より一桁大きい巨大災害になると予想されるが、原発災害が併発すれば、被災地の救援・復興は不可能になる。大地震によって通常震災と原発災害が複合する“原発震災”が発生し、しかも地震動を感じなかった遠方にまで何世代にもわたって深刻な被害を及ぼすのである。…正常な安全感覚があるならば来世紀半ばまでには確実に発生する巨大地震の震源域の中心に位置する浜岡原発は廃炉を目指すべきであり、まして増設を許すべきではない」と強調している(岩波「科学」97/10月号)。石橋氏はさらに朝鮮半島からら中国、インドシナにいたる地域は潜在的に大地震の可能性の大きい場所であり、原発熱を冷ますべきであるとも指摘している。
 政府の言う「原発20基増設」の中には、この浜岡原発の5号機の増設も当然のこととして計画されており、さらにこれから新しく立地計画が想定されている大間(電源開発)、東通(東北、東京電)、上関(中国電)、珠洲(北陸、関西、中部電)、芦浜(中部電)など、いずれも近年、大地震の可能性のある活断層上かそれに隣接している危険な地域である。原発密集地の敦賀半島周辺は、このほど通産省工業技術院地質調査所が現地調査で突き止めたところによると、この地域の活断層が二つ同時に活動したことが明らかにされたという(10/8朝日)。立地安全審査の想定外の事態である。非常に重大な危険と隣り合わせで事態が進行していると言えよう。地球温暖化の取り引き材料として原発増設を提起するなど、もってのほか、その無責任さが徹底的に追及されなければならないのではないだろうか。
(生駒 敬)

(投稿)きわどい勝利 大阪堺市長選挙
先月号で都市部の自治体首長選挙におけるオール与党対共産党という構図についてふれた。大阪の堺市長選挙はその時点で選挙戦終盤を迎えていた。
昨年O-157集団食中毒事件が発生した堺市では、3名の死亡を含む1万人を超える発病者を出すなど、市民の心の中に深い傷が残っていた。現職幡谷市長に対して共産党は前回も出馬した医師の安賀候補を立候補させ、「O-157の責任を取らない無責任市長」「敬老無料パスの廃止など福祉に冷たい」「新日鉄跡地に4000億円を投入するなど大企業奉仕」などと批判。共産党の名前は表に出さず、「市民団体」候補として宣伝戦が繰り広げられた。
現職陣営も、告示を前後して「現職危うし」の危機感が高まり、やっとのことで選挙らしい選挙行動が開始され、その勢いが終盤まで続くことになった。
共産党の躍進傾向と「O-157問題の責任追求」という上げ潮ムードの中では、共産党候補はかなり強いという認識は現職陣営にもあったし、それ以上に「本当に勝てる」という意識が共産党側にあったと思われる事実もある。一度も出さなかった共産党の市長選挙ビラの全戸配布が投票日2日前にまかれたが、それまで自治省出身知事と市民団体の医師候補という構図を演出してきた共産党の余裕でもあったし、過信でもあった。
「O-157」の責任問題とは言え、未だ原因は学校給食にあったとしても、食材の特定も科学的には出来ていないし、責任追及も「道義的責任」や、「市長は減俸した後、報酬を10万円引き上げた」などの「感情的批判」に終始したことも、良識判断からすれば「ためにする批判」との判断もできる。補償対象者約1万人のうち9千数百名と補償が成立、残るのは共産党関係者ではないか、との声もある。
ともあれ、そうした「Oー157」の責任追及と「共産党市長の誕生への危機感」という逆の争点の盛り上がりは、投票率を前回より2%押し上げることになった。
結果は1万票余りの差で、現職市長は逃げ切った。
共産党陣営は、善戦として「神戸市長選挙につなげたい」とわけのわからないコメントを毎日新聞に載せた。
そして、現在は神戸市長選挙が終盤を迎えている。ここでも阪神大震災への対応・責任問題みたいな争点で闘われているという。10月号発行の翌日26日が投票日だが、果たしてどんな結果がでるのだろうか。(佐野)


(投稿)「戦後民主主義を問い直す」論考を巡る論争について

 本誌 No.234、No.237に「戦後民主主義を問い直す」と題した織田功さんの投稿が掲載された。
 織田さんの問題意識は、「歴史観論争」を一つの契機に「戦後民主主義」を問い直したいということであり、その前提となる「事実認識に対する常識的論議、論争を高めてゆく」ことが重要だということにあるようだ(No.234)。
 その具体的なテーマとして持ち出されたのが、いわゆる「従軍慰安婦問題」であった。 その内容のポイントは、「従軍慰安婦」については、日本政府が国策として彼女たちを「強制連行」したということを裏付ける事実はなく、そうした段階であるにも関わらず宮沢内閣において河野官房長官談話でこれを謝罪したのは極めて問題だということ。織田さんは、「強制連行」が国策として行われたのが事実であるなら、特別税を導入してでも「道義的責任」を償うべきだと述べておられることから、「強制連行」の有無に関する事実の実証的議論が深まらないことが、一番の問題だと主張されているように私には受け取れた。

 次に、本誌 No.235を読むと大阪の田中雅恵さんが、織田論考に激しく反発しておられる。
 「『改革と民主主義』をめざすこの情報誌に、突如右翼の論客が、もっともらしい理屈をこねまわして乗り込んできたのかと感じたのです。場所をお間違えではないのでしょうか。」と冒頭に述べられた上で、織田論考は「右翼や保守反動勢力」の主張といかに符合しているかということを整理され、そして、「慰安婦関係調査結果発表に関する内閣官房長官談話(河野官房長官談話)」の全文を紹介された。
 このやり取りを読む限り、織田さんが No.234で主張された「常識的論争ができる日本に」という問題意識に、もっともそぐわない姿になってしまったように見える。

 私は、最近、努めて色々な立場で書かれたものを読むようにしている。「右翼」だの「保守反動勢力」だのというレッテル以前に、問題なのはその内容だと考えているからだ。
 河野官房長官談話に関しては、「大化会」という、いわゆる「右翼」が発行している「月刊ふじ」(平成9年4月1日号)が、非常に興味深い記事を掲載している。
 それは、産経新聞3月8日付けの石原・元官房副長官のインタビュー(一問一答)記事の分析・評価である。
 石原長官の発言は、おおむね次のような趣旨であった。
●日本側のデータには強制連行を裏付けるものはなかった
●韓国側はそれでは納得せず、元慰安婦の名誉のため、強制性を認めるよう要請していた
●そこで、韓国で元慰安婦16人の聞き取り調査をしたところ、「明らかに本人の意思に反して連れていかれた例があるのは否定できない」と担当官から報告を受けた
●日本側には証拠はないが、韓国の当事者はあると証言する。河野談話に『(慰安婦の募集、移送、管理などが) 総じて本人たちの意思に反して行われた』とするのは、 両方の話を総体としてみれば、という意味。全体の状況 から判断して、強制にあたるものはあると謝罪した。強 制性を認めれば、問題は収まるという判断があった
 「月刊ふじ」は、このいきさつから「慰安婦強制連行」という政治的シナリオがまずあってそれに合わせて裏づけ資料を収集するという日韓合作で「日本史裁判」がねつ造されたと主張している。「ねつ造」と呼べるものかどうかはともかく、この談話が当時の国際情勢の中で、相当「政
治的」な判断で行われたものであることは事実だろう。

 さて、ここからが重要なのだが、月刊 THE21「ざ・にじゅういち」97年3月号(PHP研究所)で韓国出身のエッセイストの呉善花(お そんふぁ)さんは、日本政府による「従軍慰安婦」の国家による強制連行容認と謝罪を疑問だとしながら、次のように指摘している。

「ただ結果論としていえば、日本政府は明らかにポリティカル・コレクトネス(政治的正義)の立場に立ったものとみられる。つまり、日本政府は、「法的・原則的な正義」に優先する「政治的正義」として「強制連行容認」の考えを選択したのである。問題を政治取引の結果とも、また外交交渉の失敗とも見ずに、積極的な国家意志としてみるならば、そこにははっきりと、ポリティカル・コレクトネスの立場が見えているのではないだろうか。となれば事態は慰安婦問題とは別に、きわめて深刻な政治的・社会的問題を含んでくることになる」

 ポリティカル・コレクトネスとは、「歴史的な法律・道徳・習慣・伝統などに照らしての正当性よりも、現在の人々が置かれている現実の政治的・社会的な状況に照らしての正当性を優先すべきだという考えとなって、一定の定着をみている」ものだという。それは、「考え方だけをとればとても進歩的で立派なように見えるが、実際にはかなりおかしな現実を生み出す」、いわば「法や制度よりも『風潮が容認する正しさ』が優先される社会となるからだと、呉さんは述べている。

 織田さんの「戦後民主主義を問い直す」との趣旨と極めて近い考え方だと思うが、私たち自身がこれまで関わってきた多くの運動がこうした「論理的枠組み」や「発想」で進められてきただけに、論争は常に「ねじれの位置」にあって、噛み合わない場合が多い。
 しかし、実に重要な論点であるということをあらためて指摘し、織田さんと田中さんの論争がもう少し噛み合うことを期待したい。

               (大阪・依辺 瞬)

(投稿)戦後民主主義を問い直す NO.3
○改めて問題の核心を確認する
本誌(NO237)で、わたしは次のように書いた。
「それにつけても日本政府のこの問題に対する姿勢はデタラメである。『従軍慰安婦』と名乗りをあげた人の証言だけを唯一の根拠に、その裏付け調査もせず、『公式文書』も調査しても見つからない段階で、当時の日本政府・軍の『強制連行』は存在したと内外に発表したのである。(宮沢内閣当時の河野官房長官談話)
この河野官房長官談話のデタラメさが、『慰安婦』問題を複雑化させ、国際問題にまで発展させている諸悪の根源である。ここにも戦後日本の民主主義の弊害が露呈していると思えてならない」
これに対してNO238の本誌で田中さんから、(1)織田氏の論調は、「英霊にこたえる会」や「日本会議」と軌を一にするものであり、今こぞって右翼や保守反動勢力ががなりたてていることと同じである。(2)官房長官談話は、当時としても、そして今でもこの問題に関する大きな一歩前進であり、戦後日本の民主主義の一つの成果であった(情報公開の不徹底という致命的な弱点を含みつつも)。(3)従軍慰安婦の方々の証言も決定的に重要であると考えるが、官房長官談話を読めば、それだけを唯一の証拠にしているなどとは言えないことはすぐに分かること。との批判をいただいた。そして織田氏の主張のデタラメさは、官房長官談話をろくに読んでいないからだとして、最後に官房長官談話の全文を掲載されている。
わたしは何を問題にしたのか。『従軍慰安婦』をめぐる論争は(1)「慰安婦」を集めるにあたって、当時の日本政府・軍が国策として朝鮮半島や中国、東南アジアに住んでいた女性を「強制連行」したか否かが根本問題であること。(2)「強制連行」が国策として行われていたことが事実であるなら、現在の日本政府、そして我々日本人は、諸外国にさきがけて特別税を導入してでも道義的責任を果たすべきであること。(3)しかし、河野官房長官談話は、「従軍慰安婦」と名乗りをあげた人の証言だけを唯一の根拠に、その裏付け調査もせず、「公式文書」を調査しても見つからない段階で、当時の日本政府・軍の「強制連行」は存在したと内外に発表したのである。この官房長官談話のデタラメさが「慰安婦」問題を複雑化させている諸悪の根源であること。(4)「慰安婦の強制連行の有無」について、日・韓両政府が早急にだれもが納得する形で決着をつけ、国内外に明らかにすべきであること。以上である。

○どういう経過の中で河野官房長官談話が生まれたか
「強制連行有り派」も「強制連行疑問派、無し派」も、当時の日本政府・軍による強制連行を示す「公式文書」が現在のところ出てきていない点では一致している。しかし、1993年8月4日日本政府は河野官房長官談話として、当時の日本政府・軍による強制連行を認め、謝罪したのである。これによって、国際的に日本が強制連行を公式に認めたことになり、今日に至っているのである。なぜ、何を根拠に、宮沢内閣は「強制連行」を認めたのか。当時の政治状況にさかのぼって考える必要がある。
この間の動きについて年表的に列記する。
●1991年12月(平成3年)
元慰安婦という韓国人女性3名が、国家補償を求めて日本政府を提訴。
●1991年12月
「政府が関与した資料が見つかっていないので、今鋭意調べている。これは単に法律や条約の問題だけでなく、多くの人に損害を与え、心の傷を残した問題でもあるので、正確に調査を進めたい」と宮沢内閣加藤紘一官房長官は、日本政府を相手に謝罪と補償を求める裁判に対して記者会見を行った。
●1992年1月(平成4年)
「慰安所、軍関与を示す資料、”民間任せ”政府見解揺らぐ」という記事を一面トップで朝日新聞報道。
●1992年1月(平成4年)
宮沢首相訪韓。韓国国会で慰安婦に関して「実に心の痛む問題であり、誠に申し訳なく思う」と演説。?大統領は「日本が過去の歴史を正しく認識し、過ちを謙虚に反省することが必要」と記者会見。
●1992年7月
加藤紘一官房長官が、慰安婦に関する調査結果を発表。朝鮮人女性の強制連行を裏付ける資料は発見されなかったが、慰安所の設置や運営、監督などで政府が関与していたと初めて公式に認める。
韓国政府は、「日帝下の軍隊慰安婦実態調査中間報告書」を発表。日本政府による威圧的連行があったと主張。日本の教科書への記述を求める。この報告書での強制連行の証拠としては、後にまったくの虚構に基づく記述と判明した吉田清治著「私の戦争犯罪ー朝鮮人強制連行」など日本人による著書を根拠にしたものであった。
●1993年3月(平成5年)
韓国政府は、国内の慰安婦135人に対して500万ウォン(約74万円)の支援金支給などの支援策を発表。日本の教科書に慰安婦の記述を要望。
●1993年6月
文部省が高校教科書に関する検定結果を発表。平成6年度から使用の高校日本史教科書7社9種類のすべてに、戦争中の慰安婦に関する記述が登場。
●1993年8月
宮沢内閣総辞職前日、河野官房長官が「慰安婦関係調査結果発表に関する官房長官談話」を発表。従軍慰安婦の強制連行を示す証拠がないままに、「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、さらに、官憲等が直接これに加担したことがあったことが明らかになった。」と謝罪。

○「強制連行」を明らかにできない河野官房長官談話
従軍慰安婦の強制連行の有無をめぐる問題の発端は、1991年12月韓国の女性3人が日本政府を相手取って東京地裁に提訴することによって始まった。政府は、同月から、関係資料が保存されている可能性のある警察庁、防衛庁、外務省、文部省、厚生省、労働省の6つの省庁について調査を開始し、その結果は1992年7月6日に『朝鮮半島出身のいわいる従軍慰安婦について』と題して発表されたが、それは前回の私の論文で記したように、センチの「慰安所」「慰安婦」の管理、監督に日本政府・軍が公式に関与していたことを示す文書が発見されただけで、強制連行を示す文書は発見されなかったのである。韓国政府はこの日本製布野調査結果に反発し、日本政府に追加調査を要求した。
日本政府は、さらに調査対象機関を6省庁のみならず、法務省、国立公文書館、国立国会図書館、米国国立文書館に調査範囲を拡大するとともに、関係者からの聞き取り調査も実施。その対象は、元従軍慰安婦、元軍人、元朝鮮総督府関係者、元慰安所経営者、慰安所付近の居住者、歴史研究者。また参考とした出版物は、韓国、日本で発行されているそのほぼすべてを狩猟したという。その調査結果を1993年8月4日(宮沢内閣総辞職の前日)、内閣官房内内閣外政審議会の「いわいる慰安婦問題について」という文書にまとめられ、それをもとにして河野官房長官談話が発表されたのである。前回の加藤官房長官談話と大きく違うのは、「官憲などが直接加担したこともあったことが明らかになった」という点である。談話を発表したあとの記者会見でも、「強制連行の事実があったということか」との記者の質問に、「そういう事実があった」と明言している。
しかし「官憲等が直接これに加担したこともあった」という根拠は政府調査報告資料のどこに存在するのか。外政審議会の報告文書に付属して発表された30ぺージにわたる資料「いわいる従軍慰安婦問題の調査結果について」を見ても該当するものがないということが明らかになっている。政府が発表した2回にわたる調査報告の中にも、日本軍による「強制連行」の文書が存在しないにも関わらず、河野官房長官は「強制連行があった」と国内外に日本政府として認めてしまったのである。その後、次第に問題が明らかになるにつれて、1997年1月30日の参議院予算委員会で、ついに平林裕外政審議会室長が、「政府が調査した限りの 文書の中には軍や官憲による慰安婦の強制募集を直接示すような記述は見出せませんでした」と国会答弁としては初めて、政府の公式見解がなされるに至るのである。
ではなぜ、日本軍の強制連行を認めたのか。それは『文芸春秋・1997年4月号』の櫻井よしこ論文「密室外交の代償ー慰安婦問題はなぜこじれたか」で明らかとなるのである。そこで石原信雄元官房副長官が証言する。「日本政府は韓国政府の要求に応えて強制連行の裏付け資料を必死でさがしたが見つからない。そこで決め手となったのが韓国政府が用意した慰安婦16人の証言だった。」というのである。聞き取りは1993年7月26日から30日までの5日間、日本から派遣された4人の役人が「太平洋戦争犠牲者遺族会」の事務所で遺族会と慰安婦訴訟の原告団弁護士立ち会いのもと、一人平均2時間半をかけて聞き取り、A4版で40〜50枚の報告書にまとめたという。
しかし、慰安婦たちの証言に対する裏付け調査は、韓国政府によって許可されず、その報告書も今日に至っても、マスコミの強い要求にも関わらず公表することを日本政府は拒んでいるのである。以上が河野官房長官談話に至る大まかな経過である。
河野氏は1997年3月31日付け朝日新聞とのインタビューでも「政府が法律的な手続きを踏み、暴力的に女性を駆り出した文書もなかった。軍人、軍属の中にも強制連行があったと証言した人もなかった。・・・・・総合的に考えると、『文書や軍人・軍属の証言がなかった。だから強制連行はなかった。集まった人はみんな公娼だった』というのは、正しい論理の展開ではない」と全く非論理的な発言をしている。

○日本政府は慰安婦聞き取り調査を公開せよ
田中さんは、「従軍慰安婦の方々の証言も決定的に重要であると考えていますが、官房長官談話を読めば、それだけを唯一の証拠にしているなどといえないことはすぐにわかることなのです」という。慰安婦の証言以外に「強制連行」を示す証拠が河野官房長官談話のどこにあるというのだろうか。その慰安婦の証言すら、公開されていないのである。公開されたなら、これだけ活発に論争されている問題である。あらゆる面からの検討がなされ、その真意は明確となるはずである。
河野官房長官談話の問題点は今やはっきりしている。慰安婦の強制連行があったか否かの根拠は4点にしぼられる。
(1)慰安婦の証言(2)「強制連行」を示す国の公式文書(3)元日本軍人や当時朝鮮に住んでいた日本人の証言(4)慰安婦の家族やその地域に住んでいた朝鮮人の証言の4点にわたって、その真意を日・韓両政府が共同で調査すべきである。両政府とも「強制連行」を認めているのだから、だれもが納得の行く形で早急に証拠調べを行い、その結果を国内外に公表すべきなのである。そこから、日・韓両政府、そしてそれぞれの国民が果たすべき責任もおのずと明らかになるのである。
(2)から(4)について何も明らかになっておらず、(1)についてすらその調査結果も公表しないでおいて、一方的に河野官房長官が日本政府として「当時の日本政府・軍が慰安婦募集にあたり強制連行した」と国内外に発表したことが、「当時としても、そして今でもこの問題に対する大きな一歩であったこと、戦後日本の民主主義の一つの成果であったとも言えると思います」と手放しで称賛する感覚にどうしてなれるのかさっぱりわからない、といったら嘘になる。
実はそうなる感覚が、わたしには理解できるのである。そこを検証することが、今シリーズで展開しようとする「戦後民主主義を問い直す」をテーマとしたわたしの基本モチーフなのである。(つづく) (1997/10 織田 功)

書評
 『2020年からの警鐘──日本が消える』
 (日本経済新聞社・編、1997.6.23.発行、1575円)

 本書については、日経新聞に連載中でもあり、もうすでに読まれた方もおられると思うが、まだの方は是非読まれたい。その題名からしてセンセーショナルな本書は、21世紀に向けられた、資本の側からする警鐘である。しかしながらここに取り上げられた諸問題に関わるのは、資本のみならず、現代社会においてこれと不可分に結びつけられている労働者大衆=われわれ自身なのである。
 本書の問題意識は、「21世紀をにらみ、日々姿を変えていく世界と、悩みが深いゆえに世界の速い動きに遅れがちな日本」を描くことにある。つまり「日本の戦後システムは工業化で欧米に追いつくのに大きな力となったが、その成功体験があるために、政府も企業も個人もシステムの大幅な見直しをためらう空気が消えていない。(中略)何を支えに改革を進めるのか、思想の軸も定まっていないようにみえる」が故に、より一層の急速かつ根本的な改革が迫られているということである。
 それだけに日本の現状についての記述は暗い。例をあげよう。 
 経済──かつての大正バブル崩壊約25年後の1945年に敗戦という破局を迎えたように「今また日本は戦後システムの行き詰まりに直面しているが、最近の投票率低迷が示す
ように多くの個人は黙り込んだままだ。思い切った改革ができなかったらどうなるか。
歴史が繰り返すとすれば、バブル崩壊から約25年後の2020年ごろに日本は次の・敗戦・迎える」。
 企業──「4人に1人が高齢者になる2020年の日本では、財政の余裕もモデルチェンジに飛び付く若者も少なくなる。企業が甘えられる市場は消え、海外でと同様、国内でも本当の競争にさらされる。今目をさませば日本企業は自滅を免れるかもしれないが、甘えの自覚のない企業は、ほぼ確実に消えてゆく」。
 外交──「日中の国交が正常化した25年前、中国にとって日本は大きな存在だった。しかし(略)きちんと対話できる関係をつくれないうちに、日本の存在感はしだいに小さくなり、中国は大きく成長した。(略)隣人とも対話のできない国は、この地域ではもちろん世界を相手の外交舞台でも発言力は先細る」。
 教育──「どこで学んだかにこだわり、何を学んだかを問わない日本の教育の国際競争力は低い。多くの国籍の学生を採用しているのに、日本の大学は素通りする外国企業も増えている」。「受験生の減る202年に数字の上で入試は意味をなくす。それでも入試にこだわる親や社会の意識が変わらなければ、『何を』学んだかを問う世界に通じる教育にはなっていかない」。
 若者──「先進諸国では、若者の間で『勤勉』『まじめ』といった価値観が薄れたと言われて久しいが、日本はその程度が一番激しく、もはや消えてしまったようにもみえる。しかし、そうした価値観を持つ大人世代がこの国の閉塞状況をどうにも乗り越えられないでいることも、若者は感じ取っている」。
 以下、司法──「訴訟の国際化に対応できないまま、世界の中でポツンと取り残される日本の裁判所の将来がみえてくる」。経営者──「グローバルな競争で『敗者になるかもしれない』という予感を抱えながら、変革の副作用におびえるかのように経営者たちは立ちすくんでいる」。そしてサラリーマン──「日本的な雇用・賃金慣行は、2020年には消えているとみた方が自然だ。会社にぶら下がるサラリーマンには、つらい道が待っている」等々。
 このように日本社会のあらゆる側面において、諸問題が山積されているという現実が、かなり的確に叙述される。そしてとどめとして、「先送り」はもう許されないと指摘されるのである。
 本書では、第1章「日本が消える」、第2章「たそがれの同族国家」、第3章「失踪する資本主義」、第4章「漂流する思想」というかたちで、2020年の姿を予測するのであるが、その底を流れるのは、日本社会の閉鎖性、管理規則に対する批判であり、改革の遅れに対する苛立ちである。「疾走する」世界の中で取り残される日本という構図が、第5章「データで読む2020年」、第6章「シナリオを読む」といった裏付け資料とともに提出され、より一層危機意識を煽る結果となっている。すなわちこのままの日本では、危機が目前であるのに誰もそれを見ようとしないし、気づいていても動こうとしない、というわけである。本書を読む限りでは、この認識はほぼ正当なものと言えよう。
 しかし問題は、われわれにとってどうであるかということである。本書でも指摘があるが、労働者あるいは地域住民の運動や自治を長年にわたって抑圧規制してきたツケが、今まわってきているという点から言えば、この危機も、日本社会全体の凋落、あるいはその凋落の資本の側による克服という中で、より弱い層により大きな負担を強いる可能性がある。世界から取り残された日本で、さらに踏みつけにされる層──高齢者等の社会的弱者──の犠牲を承知の上で日本社会の危機を論じる限り、真の解決はあり得ないことを銘記すべきであろう。本書のデータを踏まえた、自立した民衆の側からの方針の提起が必要とされている。本書は、日本社会の民主主義的な変革のための議論を呼び起こす一つの反面教師的な契機として読まれるべきであろう。(R)