アサート 240号(1997年11月28日)
【書評】 大沢在昌『氷舞(こおりまい)・新宿鮫
                   (1997.10.25.発行、光文社、848円)
 ハードボイルド作家・大沢在昌の人気シリーズ『氷舞・新宿鮫・』が刊行された。前作『炎蛹(ほのおさなぎ)・新宿鮫・』から2年ぶりの新作である。
 大沢は、これ以外にも精力的にハードボイルドを書いており、評判になった作品も多い。(例えば、『走らなあかん、夜明けまで』・93年、『天使の牙』・95年、等) しかし『新宿鮫』シリーズは、そこに社会批判的側面──特に国家権力の中枢を占める巨大組織中の巨大組織である警察官僚機構に対する批判──によって、彼の他の作品群とは際立って異なった特徴をもっている。
 主人公である新宿署刑事・鮫島は、国家公務員上級試験合格のキャリア(20万警察官中の500人のエリート)でありながら、過去のある事件との関わりで、所轄署である新宿署生活安全課の警部に留め置かれている。この鮫島をめぐって、シリーズでは、現代風俗・文化の最前線の事件が展開することになる。
 本書では、クレジットカードの盗難直後の次の日に、そのカードが東南アジアで不正使用されるという国際犯罪事件が端緒となって、これが、新宿に縄張りをもつ暴力団との関わり、さらにはその暴力団が扱うコカインとの関係で南米コロンビアへと拡大していく。そしてこの複雑に絡み合う国際犯罪ネットワークに加えて、CIA及び日本の公安警察が絡むことによって、事件は一挙に国家機密を要する政治問題の様相を帯びてくる。
すなわちこのような事件の背景に、保守党の選挙での大敗による保革連立政府とその中での主導権争いが、戦後政治の暗部を引きずって浮かび上がってくるのである。
 事件の詳細とその解決は、本書を読んでいただく以外にはないが、本書で注目するべきは、筋の複雑さと鮫島のダイナミックな捜査とともに、警察機構内部の対立であろう。東京警視庁と神奈川県警の対立を始めとして、警視庁本庁とその所轄署、警視庁内部での刑事部・捜査一課と公安警察、さらには公安警察の中でも表の顔のエリートである外事課と裏の顔である公安総務課という熾烈な対立抗争、縄張り争いである。そしてこれらすべての対立の前提として、エリートであるキャリアと大多数のノンキャリアの警察官との越え難い対立が存在する。
 これらがそれぞれの立場から事件を、ある時には秘匿し、またある時には駆け引きの材料として、自組織に有利な方へと引っ張っていくのである。それ故事件は、社会正義というような視点からではなくて、主要には政治的判断や組織のプライドやメンツといった上層部からの視点で扱われることになる。
 このような警察機構について鮫島は、かつて同期であり今は外事一課長で、二階級上の警視正として順当に権力の中枢へと向かっている香田にこう批判する。
 「現場にいるとな、わかることがある。キャリアは、自分たちが脳ミソで、ノンキャリアは皆、手か足だと思いこんでいる。考えるのはキャリアの仕事なのだから、手や足は考える必要がない、とな。だが手や足にも脳ミソはあるし、キャリアの脳ミソよりよっぽど上等な脳ミソだったりすることもあるんだ。ただ上等な脳ミソの持ち主は利口だから、キャリアの脳ミソを阿呆だと思っても、それを口にださないのさ」。
 ここに吐露された現場の警察官の心情は傾聴に値するであろう。しかし同時にわれわれは、鮫島自身をも含めて彼らすべてが、客観的には権力機構の末端を支えていることを忘れてはなるまい。本書で示された、社会正義と政治的判断との矛盾もさることながら、社会正義を擁護すると同時に民衆を管理抑圧する機構として現実に機能しているこの権力機構の本来の性格を視野に入れておくことは重要であろう。この点で、作者が今後、どのように権力に迫っていくかは興味深い問題である。
 なお本書には直接関係がないが、国家機構の他の職種がしばしば登場するのも本シリーズの特徴である。(例えば、国税局査察部[通称・マル査]が『屍蘭(しかばねらん)・新宿鮫・』・93年に、麻薬取締官事務所[通称・麻取]が『無間人形・新宿鮫・』・93年に、そして農水省植物防疫官が前作『炎蛹』・95年に登場する。)読者はこれらによって、国家権力のまた違った側面を垣間見ることができるであろう。
 ミステリー作品の完成度としては、本書には事件の背景となった政治状況への結び付きにやや不自然さ不十分さがあり、前々作『無間人形』および前作『炎蛹』には及んでいない。しかし本書は、社会的風俗的背景から、政治的背景へとより高く社会批判の視点を移したという意味では評価される作品であり、本シリーズの他の諸作品とともに薦めたい。(R) 

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