ASSERT 244号(1998年3月20日発行)
【投稿】 橋本内閣と「信用崩壊」
【投稿】 学校での「国際理解教育」を考える
【書評】 『日本人のこころ--原風景をたずねて』
【投稿】  「民政連」から新党「民主党」へ
【本の紹介1】   『査問』 川上徹 筑摩書房
【本の紹介2】 「21世紀労働論--規制緩和へのジェンダー的対抗伊田広行

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投稿 橋本内閣と「信用崩壊」

<<「中央銀行の犯罪」>>
 日銀の職員が収賄容疑で逮捕されたのは日銀の歴史上初めてのことだという。確かにそうであろう。しかしこのところ次々に明るみに出てきている大蔵省の腐敗からすればさもありなんというのが、誰しもの実感であろう。しかし、ことはさほど軽視できない問題をはらんでいるとも言えよう。
 それは、日銀の現職幹部が、日本興業銀行と三和銀行から多額の接待を受けた見返りに、公開市場操作などの機密情報を漏らしていたという、事実の重みである。それは、証券市場で厳禁されているインサイダー取引にも劣らぬ重大な不正行為であり、「銀行中の銀行」である日銀が、通貨政策の決定事項や国債の売買についての情報を接待や贈賄の見返りに彼らと結託した銀行側にひそかに流し、莫大で法外な利益を上げさせたという、「信用崩壊」の極みの行為であるというところにあるといえよう。
そこには「市場の公正さ」などあったものではない。もともとあったとも思えないのだが、それでも本来ありえないであろう、「インサイダーが横行する不公正な市場」という印象を全世界にばらまいたのである。大蔵省の腐敗・堕落ぶりはこのところ周知の事実となっていたが、中央銀行である日銀までが疑惑にまみれていては、世界的な「信任失墜」はとり返しのつかないものとなり、その影響は決して黙視できぬほど大きなものとなろう。
 3/12付ニューヨーク・タイムズ紙が、「逮捕は日本の金融システムについての世界的な信頼に衝撃を与えるという問題を引き起こしている」、「多くの日本人にとって、職務権限をめぐる贈収賄の横行が政府と金融システム全体にいかに広がっているかを、逮捕で確認することになった」と指摘しているように、日本の政治・経済権力者達のあまりの腐敗ぶり、倫理観の欠落、氷山の一角でしかない汚職構造のすそ野の広さを改めて確認させるものであった。

<<「民間が求めている」天下り>>
 逮捕された日銀幹部は、贈賄側の日本興業銀行などに対し、金融機関のヒアリング調査にかこつけて宴席を要求、意に従わないと「日銀貸出残高を減らすぞ」などと制裁を予告したという。実際に、資金繰りという金融機関の「生殺与奪の権」を握る日銀が、かつて日銀OBの処遇をめぐって、東海銀行から日銀が貸し出しを引き上げた実績が各金融機関を震え上がらせていたという実績があるだけに、その脅しは効果てき面であろう。
 「考査中に、日銀が天下りの受け入れをさりげなく求めることもある」(3/14日経)というように、日銀幹部の「天下り」受け入れを露骨に要求し、それに応じて銀行・金融業界が大蔵省・日銀の幹部達を夜な夜な接待という形の贈賄を繰り返していたという業界ぐるみ、組織ぐるみの接待と腐敗の実態は想像に難くない。
 そして事実、大蔵省や日銀幹部の「天下り」は、彼らが国会に提出した資料だけでも、都市銀行から第二地方銀行まで149行に286人、証券会社から生保・損保まで含めると、計660人が金融機関の幹部に天下り、地方銀行・第二地方銀行123行の内、48行が大蔵省・日銀出身の会長・頭取53人を頂いているのである。
 日銀の松下総裁自身が、82年、大蔵省官僚トップの大蔵事務次官に就いた後、87年、太陽神戸銀行の頭取に天下り、90年には三井銀行の会長、94年、改称したさくら銀行退職後、日銀総裁に就任している。松下総裁は、住専問題のときに天下り規制が論議になった際にも、そうした「天下り」は、「民間が求めている」ことであり、「許認可の権限を持つ官庁と日銀の立場は違う」などとして自粛する考えのないことを明らかにした人物である。
 そして松下総裁出身のさくら銀行は、今回の日本道路公団汚職の贈賄側として登場し、何ら反省も責任も取ることもなく公的資金の投入も申請して、承認されている。あきれるばかりの無責任・腐敗構図の象徴でもある。

<<「つかみ金」の審査>>
 そしてこの13兆円にものぼる公的資金の投入、金融機関救済という名の「つかみ金」の額などを審査している「金融管理審査委員会」の7人の委員の一人がこの日銀総裁であり、大蔵大臣である。初めから事態の推移は目に見えているとも言えよう。
 この公的資金の投入、申請額には上限がなく、まさに天井知らずの「つかみ金」であるが、東京三菱銀行など大手18行と地方銀行3行が、体力(自己資本)増強のためとして、総額2兆円規模の公的資金受け入れを申請した。ところが、銀行側の申請は、業界トップで全銀協会長行である東京三菱が1000億円としたことから、これに各行がすべて横並び、ピタリと額までそろえたのである。そこまでやるかというほどの、右にならえ!である。これほど露骨で、本来の公的資金導入の目的から逸脱した世論をなめきった態度はないといえよう。
 問題は、さらにそれに輪を掛けるように、「金融管理審査委員会」が1日に7行ずつ各行の頭取を呼んでおざなりなリストラ計画なるものを一応は聴取し、審査基準が決まってわずか12日の拙速丸出しの短期間の審査で、申請21行のすべてに公的資金投入を決定したのである。大手9行はすべて接待汚職に関与していたが、その責任の取り方の明示は一切求められもしなかった。
 そのリストラ、各銀行は行員の給与1割カットと役員賞与の大幅削減をいっせいに発表、見事なほどの同じ申請内容、同じリストラ策、非常に不可解であると同時にさもありなんというまさに日本的現象である。そこには、膨大な不良債権を作り出したのに責任は一切取らず、公的資金を取れるものなら取ってしまえという安易で無責任な金融資本の体質が露骨に示されている。

<<経済運営能力ゼロ>>
 こうした最中の2/21、ロンドンで開催されたG7蔵相・中央銀行総裁会議に蔵相と日銀総裁が出席したが、一時とはまるで落ち込んだ見る影もない存在に転落したといえよう。
 各国からは軒並み、日本は、内需を拡大させる抜本的な経済政策がまったく導入されておらず、アジア経済危機を救済する大国としての責任を放棄しているとまで批判される事態となり、日本を除く6カ国で共同声明が発表される異常事態となった。
 松永蔵相は「日本の経済政策が公平な評価を受けていない」と反論したが、逆に、「この時期に必要な経済運営能力をまったく持ちあわせていないことを暴露した」と論評されるほどの孤立した状態に陥ったのである。
 そもそもこの蔵相、大臣就任挨拶で「大物蔵相が辞めるというのは重い結果。あとのこまごましたことは大方は済んだ」などと腐敗官僚を徹底的に弁護、「厳しく見えるかもしれないが、(弁護私生活が長く)弁護する姿勢が身についている」などと述べ、就任の際約束していた脱税疑惑の元主計局次長の再調査について、大蔵事務次官が「調査するとは聞いていない」と不快感を示すと、直ちに撤回、腐敗隠し、疑惑弁護の姿勢を明瞭に示し、そればかりか通産省課長補佐である自分の長男を蔵相秘書官に人事発令するなどといった、全く程度の低い人物である。確かにこの時期の蔵相どころか、議員としての存在そのものからして全くふさわしくはないであろう。
 しかしこれは、橋本内閣そのものの本質と限界が露呈されてきた証左とも言えよう。G7で日本が提示した政策内容は、「銀行と株式市場の救済であって、4兆ドル規模の経済そのものに活を入れるものではない」(2/21付けワシントン・タイムズ)という本質を突いた批判から、「西側先進国の批判圧力にもかかわらず、日本は自国がアジア危機に直接打撃を受けない限り、近隣諸国の救済には出ない」(2/23付けロサンゼルス・タイムズ)自己保身体質の指摘、さらには、「日本が港湾や陸運の規制を緩和するだけでも輸入品価格が10%位下がり、消費者の購買意欲を喚起できる」にもかかわらず、「日本は対米輸出増大で景気回復を狙っている」「根っからの輸出国だ」という批判(ワシントンの経済戦略研究所のプレストヴィッツ所長、2/21付けワシントン・タイムズ)まで、現在の橋本内閣では克服し得ない限界点に達しつつあることを明らかにしてきている。

<<「野党も批判を免れるものではない」>>
 このほど、97年度の実質国内総生産(GDP)が、74年の石油ショック以来、実に23年ぶりにマイナス成長に転落することがほぼ確実となった。この石油ショック時のマイナス0.5%以上に落ち込むこともほぼ間違いない情勢である。つまりは戦後最悪の経済状態に陥ってきたのである。これを発表した経企庁の糠谷事務次官は「消費の落ち込みが大きかった」ことを認め、村岡官房長官も「個人消費が低調だったことを反映した」と述べざるを得なかった。これは、経済状況に逆行し、不況効果をしかもたらさないような昨年来の消費税、医療費負担の増大をはじめとする9兆円以上にも及ぶ国民負担の増大がもたらした明らかな政策不況なのである。断固たる政策転換が求められているにもかかわらず、「Too Little ,Too late」な対応しかできない橋本政権の末期的症状の表われとも言えよう。
 そして同時に、今回の大蔵・日銀・金融界を中心とした政・官・財の腐敗と癒着の構造について、「橋本首相以下、日本のエリート達は誰もがこうした慣行に漬かってきた。自民党から別れた党を含め、野党も批判を免れるものではない」(3/13付英フィナンシャル・タイムズ)という指摘は、国民誰しもが肌で感じていることである。

 誕生しようとしている新「民主党」が、こうした橋本政権の末期的症状に断固とした政策対置に踏み切れず、自民党と代わり映えのしないような右往左往を繰り返していたのでは、政権交代のチャンスなど全くないといえよう。  (生駒 敬)