ASSERT 246号(1998年5月23日発行)
投稿】 混迷サミットが提起したもの
【書評】 近代思想の系譜の新たな視点を探る
        --山本晴義『対話近代思想史』--
【投稿】 戦後民主主義を問い直す NO6

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投稿 混迷サミットが提起したもの

<<サミット直撃・核実験>>
 5/17、バーミンガム・サミット閉幕直前にパキスタンが核実験を強行したことがエリツィン大統領から知らされた。インドの核実験非難の声明を確認したばかりの、それを嘲笑うかのような行動である。今回のサミットほど、開幕直前から閉幕まで、先進8カ国首脳の影響力の低下がまざまざと示されたことはなかったのではないだろうか。
 インドの核実験については、1回目の核実験を事前に察知できなかったばかりか、2回目も阻止できず、アメリカでは情報関係部門の責任問題にまでなっている。もちろんパキスタンへの説得工作もままならず、「インドの軍事力増大にはあらゆる手段を動員し、相殺できるだけの核力を持つ用意がある」としたパキスタン当局の声明を軽視していた。
 この核拡散問題に関しては、インドは一貫して「最大の脅威は現存する数万発の核弾頭であり、究極的に核保有国にそれを放棄させねば安定しない」、「核保有国が他国にその保有を禁止することは、保有国側の都合の良い理屈でしかない」、「廃棄計画を示すことが先」とした主張を展開して、みずからの核武装を合理化していることは周知のことであった。2ヶ月前に誕生したばかりの国粋主義的なヒンドゥー教主導のインド・バジパイー政権は発足当初から核武装を公言し出していた。こうした論理を打ち砕くために本当に緊急性をもって要請されていたのは、地球を何十回も破壊できるほどの核兵器を今なお保有しながら、未臨界核実験などに今なおうつつを抜かしているアメリカやロシアの抜け穴を全面的に禁止し、核兵器の全面的な禁止と撤廃の条約にこそリーダーシップを発揮することであった。核保有大国とそれに追随する諸国にはそうした意欲も、事態の緊急性に対する認識もなかったし、それぞれの思惑と足並みの乱れによってかれらのリーダーシップなどはじめから期待されてもいなかったし、バーミンガム・サミットはそのことを浮き彫りにしたのである。

<<「無神経すぎる」先進国>>
 さらにサミット直前から大きく動き出したインドネシア情勢の深刻化についても同様のことが言えよう。
 サミット開催中の5/16、マレーシアのマハティール首相は、インドネシア情勢に関連して、IMFがインドネシア政府に求めた補助金削減を「無神経すぎる」と批判、「普通の状況なら可能でも、国民が貧しくなっているときの補助金カットは、、人々を(暴動に)煽っているようなものだ」、「経済改革に伴う社会的コストに、IMFはあまりに無神経に見える」と先進国側の対応を公然と批判している。
 IMFは、インドネシアへの400億ドルの融資と引き換えに財政緊縮化、増税と歳出カットを要求、ガソリンや小麦粉など生活必需品に対して政府が支払っていた補助金の中止、行政組織の簡素化を要求し、こうしたIMF勧告に従って、インドネシア政府は、5/6、ガソリンと灯油などに対する補助金をカットしたのである。この結果、ガソリン代は71%の値上げ、バス代や列車の運賃も6〜7割値上げ、灯油は25%値上げ、電気代も2割アップといった事態が、為替切り下げによる物価高騰と失業者の急増の最中に行われたのである。民衆の反撃は当然のことである。
 長女を社会相に、次女や身内を閣内に取り入れ、スハルトファミリーとイエスマンで固めてきた開発独裁型ネポティズム(縁故主義)政権はもはや事態の掌握力を失いつつあり、政権崩壊による地域の不安定化が現実のものとなってきている。そうした事態がもたらす衝撃は、すでに政治・経済難民としてシンガポール、マレーシアに押し寄せており、アジア全域の政情不安へと発展しかねない勢いである。
 サミットでは、ブレア英首相は「アジア金融危機は我々を驚かせた」と理解不能の姿勢を暴露し、日本は、アメリカ側から「インドネシアは日本のベビーだ」とおだてられ、ここぞ出番とばかりに橋本首相は、「日本はアジア経済に積極的に責任を持って対応していく」と見栄を切った。思わぬ国際情勢の展開から日本叩きサミットの様相を免れた橋本首相は、調子に乗りすぎて、「国際社会のルールを守る国には報酬を与え、破る国にはペナルティを科すべきだ」と、まるで国際法廷の検事よろしく、その実、国際帝国主義の代弁人、悪代官丸出しの姿勢をさらけ出してしまった。

<<日増しに高まる暴落の懸念>>
 今回のサミットでは初めての試みとして、事前にG8の外相・蔵相会議が開かれたが、もっぱら欧州勢が米国政府およびFRB(米連邦準備制度理事会)のバブル容認政策を批判して利上げを迫り、米側は弁明に終始したことも、今回のサミットを特徴づけるものであった。
 5/13、ニューヨーク株式市場は、いったん下落し始めていた平均株価が再び上昇し、9211ドルの史上最高値を記録した。警戒心が出始めたにもかかわらず、逆に長期株高を信じて疑わない米国人が増えるという明らかなバブル崩壊の兆候現象である。市場心理が強気に傾いたときには、株価はすでに危険水域に入っているといわれる。
 その兆候は様々な形で出始めてきている。
 96/1に前年同月比で3.7%増まで沈静化した米銀の住宅不動産融資はおよそ2年ぶりに9%台に乗せ、大型の商業不動産をめぐる投資価格の高騰ぶりは、住宅価格の比ではなく、2年前の相場の実に1.5倍の水準に跳ね上がり、こうした動きが全米の主要都市に広がり始めている。不動産価格の上昇が株価を押し上げ、さらなる高額買収を引き起こす拡大のメカニズムである。バブル期日本の典型的症状が繰り返されているのである。今や「不動産の高値買いが賃貸料から上がる収益を食いつぶしている」(5/15日経、ハッドック・クレセント社会長)という事態である。ニューヨークやサンフランシスコなどアメリカの主要都市のオフィスの賃貸料も、昨年1年間で20%前後も値上がりしている。
 さらにこれまで株価上昇をリードしてきた情報通信系企業の収益がダウンし始めてきた。インターネット事業に代表されるニュービジネスが虚業の壁に突き当たり、現在の技術基盤では明らかな成長限界が見え始めたのである。化学、自動車などの従来型産業でも、アジア経済の急落でかげりが出始め、輸出量ダウンに加え、価格下落も進行、収益悪化が進む気配である。
 そして日本でも経験済みの現象として、高級家具がバブル時期の最後の買い物といわれるが、アメリカで今最も売れているのがこの高級インテリアであるという。
 具体的な予測も登場してきた。「大胆に予測すれば、98年夏口には、アメリカの株価暴落は70%の確率であり得る。ダウン幅も3000ドル、ダウ平均は6000ドルまで下落しよう。日本の不況が世界経済の足を引っ張ると批判されているが、むしろアメリカ経済にその気配が濃厚になってきたといえまいか。」(三菱総研MRI TODAY5/4「アメリカの株価は暴落する」)早ければ6月、遅くとも10月までに欧米株の暴落を予想、その場合、日本株も1万円台まで下落する可能性まで取り上げられている。


<<基軸通貨「ユーロ」への挑戦>>
 サミット直前の5/2、こうした危険な情勢に対抗措置を取るかのように、EU首脳会議では、来年99/1から欧州通貨統合の参加国がドイツ、フランス、イタリア、スペイン、ポルトガル、オランダ、ベルギーなど11カ国と決まった。
 この通貨統合参加各国の中央銀行は、来年1月には金融政策を実施する権限を新しく設立される欧州中央銀行に引き渡す。各国独自の通貨は、3年間は各国の中央銀行に発行権限が残され、新通貨ユーロは現金としてではなく、銀行口座、小切手、株式、債券の額面として流通され、預金者は自国通貨建てとユーロ建て両方を利用できる。3年の移行期間経過後の2002年1月からはそれがユーロに切り替えられ、その6ヶ月後には各国の独自通貨は廃止される予定である。
 まだまだ紆余曲折があり、矛盾も噴出してくるであろうが、世界のGDPの2割、人口3億、「ユーロ」という共通の基軸通貨を持つ「巨大な準国家」が誕生しようとしている。ドル=世界の基軸通貨、グローバルスタンダード=アメリカンスタンダード(世界標準=アメリカ標準)という現実に対抗する、多様な民族と国家の集合体であるEUの現実的であると同時に歴史的にも意味深い果敢な挑戦であるといえよう。

 そうした最中にダイムラー・クライスラーが誕生した。クライスラーが事実上買収されたのである。欧州に生産拠点を持つGM、フォードが現地市場でともに17%のシェアを確保しているのに対して、クライスラーは現地事業に失敗・撤収し、そのシェアは1%に過ぎなかった。大衆車=クライスラーにシフトするダイムラーと、ロールスロイスの買収で高級車を加えるフォルクスワーゲン、日産など日本の自動車メーカーをも巻き込んだ激しいシェア争いと再編の闘いが、ユーロ統合が進行するのと並行して、欧州大陸での競争から、アメリカ大陸、アジアでの競争へと舞台が拡大してきている。

<<「覚醒剤政策」>>
 大きく世界が変わろうとして胎動しているにもかかわらず、「変われない日本」の姿が浮き彫りになっている。
 4/24、政府は総事業費16兆6500億円の総合経済対策を発表したが、市場、民心ともに冷めた反応でしかなかった。政策転換が稚拙かつ不十分であり、すべてが中途半端、景気の落ち込むスピードに対して、あまりにも対応が遅く、小出しでケチくさいことに対する失望感が強く、すべてが見透かされていたといえる。
 規模は拡大し、ある程度の効果があることは認められても、風呂敷きを大きく広げてみせたわりには、実際の中身は小さく、4兆円の減税追加といっても、結局実施されるのは、94年度以降実施されている2兆円の特別減税の継続であり、2兆円ずつの各年度配分にしかすぎない。公共事業も、当初予算の出発点が3〜4兆円のマイナスだから、上積みしても大したことはない。しかもこの内1.5兆円は地方単独事業で実施が確実ではない。その上、こうした従来型の公共事業は、国民経済に還元されるよりも、政府・自民党および業界独占系列に食い物にされ、官僚と政界、業界に利権が垂れ流されるものにしか過ぎないことが誰の目にも明らかになってしまっている。先に事業規模を膨らませて額だけ膨張させ、後から中身を埋めるような政策では、誰からも信頼されないのである。これは、覚醒剤政策であって、痛みを止めるだけの政策で、しかも量をだんだんと増やさなければ効かなくなると揶揄される始末である。
 5月の連休中に加藤・自民党幹事長は訪米し、ワシントンで「所得税の恒久減税の景気への効果はきわめて限られている」などと発言してたちまちその本質を見破られ、この発言で日経平均株価は500円近く急落している。大蔵省は「等価原理」なるものを持ち出して、「恒久減税をすれば将来の増税や社会保障負担の増加を懸念して、消費に慎重になる」などと加藤弁護を買って出たが、9兆円もの増税と国民負担増がこうした事態をもたらしたことについて「等価原理」はどう説明するのであろうか。
一貫性も信頼性もない無責任な御都合主義はもはや誰からも相手にされなくなってきているのである。
 今や「首相退陣が最大の景気対策」とまで言われ、参院選直前の6月退陣説、参院選直後の退陣、秋の「日露首脳会談」花道退陣説などが取りざたされる事態である。社民党は5月中にも、日米防衛ガイドラインとその関連法案をめぐって連立離脱を決めると報道されており、現実に社民党が連立を離脱し、民主党などの内閣不信任案に賛成する動きに転じた場合、一挙に政局が転換する可能性が浮上してくるとも言えよう。首相周辺からは衆参同日選挙の話が漏れ出しており、「変われない日本」からの転換の契機を野党側がいかに奪い取るか、その政治的政策的能力が問われている。(生駒 敬)