ASSERT 257号(1999年4月17日)
【投稿】 統一地方選・・石原慎太郎都知事誕生が警告するもの
【投稿】 緊急経済対策と地方自治体
       --「地域振興券」「地域戦略プラン」のドタバタ劇--
【投稿】 統一地方選 前半戦を終えて
【書評】 『いま、非情の町で』(鎌田慧著、岩波書店)

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【投稿】 統一地方選・・石原慎太郎都知事誕生が警告するもの

<相乗り主義への反撃>
 小渕政権が発足して初めての全国レベルの選挙、統一地方選挙、とりわけ注目された都知事選挙で、自民・公明が推した明石候補は完敗し、石原慎太郎都知事が実現することとなった。右派民族主義の最も危険で差別意識丸出しの知事の誕生である。
 12都道府県知事選の内、東京と福井以外の9知事選は、自民党から民主党、公明党をはじめとした2〜7政党の相乗りで現職が再選され、それに対して共産党がオール与党批判で挑戦するというお決まりの選挙戦で、ほとんど政策対決も論議もない盛り上がりに欠ける低調な選挙となった。府県議会議員選挙ではこれを反映して、大枠には変化のない自民減・共産増となった。
 唯一乱戦選挙となった都知事選の結果は、まさにこうした既成政党の御都合主義と相乗り主義、政党隠しや裏取り引きに対する強烈な反撃であったとも言えよう。そのことは、自民党支持票の45%が石原支持に流れ、明石には22%しか行かず、最大の票田である無党派層は31%が石原へ、21%が舛添に、17%が三上、15%が鳩山、明石には実に5%しか行かなかったということに象徴的に現れている(NHK4/11出口調査集計結果)。

<「このダメな国を、ほめよう!」作戦>
 投票率は若干は上がったというが、相いも変わらず低く、激戦で盛り上がったといわれる都知事選でも7%上がっても57.87%にしかすぎず、大阪府知事選では54.17%という低さであった。
 問題はこうした関心の低さ、投票率の低さを逆に良しとし、その土俵の上でしか政治を考えないようにし、政治を狭め、無関心層を増大させ、政治を馴れ合いと取引の場に変え、政界、官僚、財界の利益配分の場にしてきた現実、石原知事誕生はこうした現実に対する警告でもあるといえよう。
 この点で今回異常なキャンペーンが行われたことに警戒すべきであろう。それは東京都知事・大阪府知事をはじめ統一地方選前半の告示日当日の3/25から一斉に掲載された「ニッポンをほめよう」というキャンペーンである。それは、全国紙、地方紙、スポ−ツ紙などほとんどすべての新聞の一面を使った広告作戦で、そこには「わたしたち60の企業が発信する、共同声明です。」とうたわれ、大手企業59社とその広告を掲載した新聞社が加わった意見広告が掲載されている。3/25付け大手紙には一斉に「このダメな国を、ほめよう!」と題して今人気のコンビ『爆笑問題』のコントが掲載されている。
  「まあ、正直言って、日本はダメなところも多いですよ。でも、本当はダメでOK!って考えたほうがいい。例えば、日本は投票率が低すぎるというでしょ。
 でもワタシが思うに、問題の多い国ほど投票率は高い。国民がつねに政治を見張ってなきゃ いけないってことだからね。そう考えたら、日本なんて、投票率が低くてOK!じゃないですか。」と言わせている。
 漫才の中のひとこまでいうならまだしも、統一地方選の最中に全国紙1面全面広告を使ってわざわざ言うことなのか。その知ったかぶりのいいかげんさと無知のさらけ出しが、民主主義の根幹を否定し、国民のチェック機能をまで嘲笑うようなシニカルな姿勢を肯定し、礼賛しているのである。しかも日頃棄権防止を呼びかけている新聞社が自ら加わってこうした意見広告に荷担しているとはどういうことなのか、厳しく問われてしかるべきであろう。
 3/29の記者会見でで民主党の羽田幹事長が「これは、現在の政府や現状を批判するなということだ。これは民主主義を踏みにじろうとする危険なものだと思う。この時に、なぜ、こんなキャンペーンが行われているのか。」と厳しく批判したのは当然のことと言えよう。
 ちなみに、日本は96年総選挙の投票率が59.65%、昨年の参院選が58.54%であるのに対して、97年のイギリス下院選挙=71.3%、フランス国民議会選挙=71.4%、カナダ下院選挙=66.7%、昨年のドイツ連邦議会選挙=82.2%である。

<「最後に来た”意中の人”」>
 こうした状況の産物が石原知事誕生となった。石原は当選確定の第一声で、「既存の政党にはほとんど価値がなくなったということを都民が感じたのであり、そのことを既存の政党が見事に鈍感に感じていない」と断じ、「既存の政党は滑稽なていたらくを示した」といわば挑戦状を突き付けた。指摘はまさにそのとおりであろうが、突きつけられた側は「まあ、まあ」と今後の石原取り込みに早速重点を移している。
 石原は選挙期間中、「はっきりYES、はっきりNO」をスローガンに、青島の弱いリーダーシップに対する、石原の強いリーダーシップを前面に押し出してきた。そして「米軍横田基地の返還と日米共同使用」、「首都の第三空港に」を石原独自の政策に押し上げ、その選挙戦術が支持を拡大させたことは事実であろう。読売新聞などは、「最後に来た”意中の人”」(3/10付け朝刊)と最大級の持ち上げを行ってきた。
 だが、石原は周知のように、これまで何度も虚言・差別発言を売り物にしてきた人物であり、南京大虐殺を「中国側の作り話」「うそ」と断言し、今回も平気でシナ、シナと中国差別の発言をしても何ら恥じることのない程度の低さを露呈してきた人物である。核の問題についても、「少なくとも、自前の核をもった国は、厭な、妙な、いい方だが、それを楯にして、紛争対決の相手にだけではなく世界に向かって、駄々をこねられる。」とする認識の程度である。こんな人物が「政治不信」を理由に国会議員を辞任しながら、今度は野心万々に同じ政治不信の伏魔殿とまでいわれる都政に乗り込んで、またもや責任放棄といった事態は十分にあり得ることであろう。
 さらに石原の「YES、NO」の基準が、「日の丸・君が代」を基軸にした民族主義と右寄りのスタンドプレーと暴言であるだけに、多くの予期せぬ事態をもたらしかねないであろう。

<『さざ波通信』の波紋>
 統一地方選挙を直前に控えた今年の2月、共産党は「日の丸・君が代」には反対だが、国旗・国歌の法制化には賛成であり、この問題の解決には何よりも国旗・国歌の法的根拠を定めることが重要であるという「新見解」を打ち出したことは周知の通りである。この時点では政府・自民党がすぐさま法制化を持ち出してはこないであろうと判断していたのであろうが、3/2の広島で校長が自殺した事件を契機に、一挙に法制化推進を持ち出し、小渕首相自身がNHKのインタビュー番組で「あのお堅い党の代表があそこまでおっしゃって下さるのですから」と、破顔一笑、「この際、ぜひ法制化を進めたい」と、政府・自民党をはじめ多くの右翼諸派を激励することとなってしまったことは、共産党指導部の重大な責任と言えよう。
 4/7付け日経調査によれば、「日の丸・君が代」法制化に反対する人は、共産党支持者層においてさえ少数派で、29%にしかすぎなかったと報道されている。さらにこのほど光文社から出版された不和哲三・井上ひさしの対談本『新日本共産党宣言−−象徴天皇制と日本共産党は矛盾しない』の中では、有事などの緊急事態の場合にそなえ、「自衛のための軍事力を持つことも許される」し、合憲であるという意見まで述べられている。ここまでくれば、石原慎太郎も多いに意を強くしさらに前を行くことに何らの躊躇も感じさせなかったとも言えよう。
 こうした共産党指導部の一方的な路線変更に憤りを感じ、内部から公然と批判することの重要性を確認し、インターネットのホームページ上で活動を開始しだしたグループが登場し、共産党の内外に多くの波紋を広げている。それが現役の党員達によって運営されている『さざ波通信』(http://www.linkclub.or.jp/~sazan-tu/)である。そこには先の対談本に関連して、「井上ひさしさんへの手紙」と題された30台の現役党員のG・Tさんが実際に井上氏に送ったものが公開されている。
「この新見解それ自体、党内でのいかなる民主主義的な討論もなしに、党指導部は一方的にどこかで決定し、マスコミに一方的に発表したのです。彼らは自分達の状況判断に誤りがあったことを認めないどころか、陰に陽に、あたかも今回の自民党の動きが計算済みであるかのように開き直るとともに、あいかわらず、国旗・国歌の法制化こそが解決策だという「間違い」に固執しています。」
 さらにこの手紙は、本誌アサート253号で妹尾健氏が取り上げられていた川上徹氏の『査問』(筑摩書房)での民主主義とはまったく無縁な家族にも連絡を取らせず13日間にも渡った暴力的監禁によって、分派活動なるものの自白を迫る、青年党員に対する弾圧事件に触れて、「これによって、生き生きとした青年運動は消滅し、ひたすら党中央の顔色をうかがいながら活動する物言わぬ党員がはびこるようになったのです。現在の不破指導部は、今なおこの事件を反省しておりません。今なお、あの時の処置は正しかったと強弁しております。おかげで日本の共産党は青年党員の比重が圧倒的に小さく、そして活気に乏しいという病に苦しめられています。あの時のつけを、今なお支払わされているのです。」と述べている。こうしたツケが石原都知事誕
生に貢献したであろうことは間違いのないことと言えよう。
(生駒 敬)