ASSERT 262号(1999年9月15日)
【投稿】 大揺れの円高・ドル安と日米経済
【投稿】 欧州での労働者協同組合と雇用創出の可能性
【投稿】 「労働運動の未来を考える意見交換会の記録」を読んで
【詩】 ライサ逝く
読者の声

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(投稿)
<<大揺れの円高・ドル安と日米経済>>

<<GDP2期連続のプラス成長>>
 9/15、政府・日銀の度重なるドル買い・円売り介入にもかかわらず、一時1ドル=103円台にまで円高が急速に進行し、東証株価も700円以上も下がるという事態を迎えた。今や年内に1$=90円台への移行も現実的と言われ出している。そうした事態は、9/9に経企庁が発表した4-6月期の国民所得統計で、国内総生産(GDP)が前期比0.2%増、前年同期比0.8%増と、2期連続プラス成長を受けたものでもあった。「日本の不況は底をついた」「景気は上向きとなった」「銀行危機もほぼ片付いた」と楽観論が支配したあとの右往左往である。景気回復を見越した為替相場の動きが、逆に回復を台無しにし、後退させるという皮肉な構図である。
 2期連続プラス成長が経済実態に基づいた堅調な回復ならば、少々の円高も問題ではないし、十分に吸収し得ると予測もできよう。しかしそれは前々回にも指摘したところであるが、政府の放漫な財政赤字の大判振る舞いによってゲタをはかせられたものに過ぎなければ事態の展開は違ったものにならざるを得ない。

<<「自立的回復」にほど遠い実態>>
 発表された統計数字からだけでもわかることは、まず景気回復の足取りが、前期が2%増(年率換算8.1%増)であったのに対して、今期は0.2%増(年率換算0.9%増)と、その伸びが明らかに頭打ち傾向を示していることである。一昨年、昨年と2年連続のマイナス成長、しかも戦後最悪のマイナス成長をベースとして比較すれば、最悪期を脱したとすれば、ほんの少しの回復でも相当な伸びになる可能性は当然予想されることである。しかし実態はこの程度にとどまっている。
 さらに問題はプラス成長の中身である。まず、民間設備投資は減少率が低下してきているとはいえ、依然として大幅な前年同期比減を続けており、リストラの本格的始動はこの点でも設備投資増を期待できる余地などほとんどないことを示している。民間最終消費支出、つまり個人消費は微増はしているが、きわめて低調であり、最悪の失業率の更新と可処分所得・実質賃金の低下傾向によってここでも期待できる余地は限られている。住宅や軽自動車などで回復傾向が見られるが、まだまだ限定的である

 唯一大幅な増大を示しているのが公的資本形成、つまり公共投資である。このように2期連続のプラス成長とはいっても、公共事業のカサ上げによって押し上げられていることが歴然としており、「民需の自立的回復」には程遠い実態なのである。
 9/10付けウォールストリートジャーナル紙が「日本政府発表の統計を信用するものはない」というモルガン・スタンレーのR・フェルドマンの発言を引用し、さらに経団連会長の「円高が輸出に水をさし、雇用は依然悪化している」との談話を引き合いに出して、無理やりプラス成長を演出している姿勢に疑問を投げかけているのも当然であろう。

実質国内総支出  98/10-12  99/1-3   99/4-6
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国内総支出     473,515    482,872   483,942
GDP          ▲0.8        2.0     0.2
〃年率換算      ▲3.3        8.1     0.9
民間最終消費支出  281,480   284,989  287,369
〃前年同期比    (▲0.1)      (0.8)   (1.8)
民間企業設備    73,573      75,836   72,831
〃前年同期比    (▲17.0)    (▲9.7)  (▲8.9)
公的固定資本形成  42,629      47,009    45,130
〃前年同期比    (8.9)       (22.8)   (21.0)
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                           単位10億円

<<「一触即発の危機」>>
 こうした日本経済の実態にもかかわらず、円高・ドル安が進行している。このところ、毎月1兆円規模に上る外国勢の日本株の買い越しが行われており、今回の急激な円高も「海外市場ではヘッジファンドが円急騰を演出した」(9/11日経)と報道されている。円の購買力平価は1$=163円(98年、OECD調べ)程度とみなされているにもかかわらず、確かに「7月半ばを境に、円ドル為替レートには大きな潮目の変調が生じている」。1$=120円台から、9月以降は100円台すれすれに、1ヶ月半で20円前後の急激な円高・ドル安である。そこには、日米経済関係の新たな変動が生じてきているとも言えよう。
 9/10午前の東京市場で、大蔵省・日銀が円売り・ドル買いの市場介入に踏み切ったのであるが、アメリカは日本の市場介入に冷ややかで、サマーズ財務長官は日本の市場介入を「操作」だと批判し、クリントン大統領も「円高で日本が米国やアジアの製品をたくさん買うことができることは、国際経済にとっても米国の労働者にとってもよいことだ」(9/9記者会見)と突き放している。日米協調介入などまったく問題にもしていないのである。
 しかし、根底的な問題はアメリカ経済自身が抱え込んでいる株高、過剰消費等に現れている「一触即発の危機」の進行である。国際通貨基金(IMF)がこの9/8に発表した報告で「米国株は割高であり、株価が急落した際、大きな問題を引き起こしかねない」と指摘している事態の進行である。8/30、ニューヨーク金融市場はすでに株・債券・ドルのトリプル安に見舞われている。何かあれば一転、パニック的な反応を示すバブル末期の症状が出始めたともいえよう。

<<「日本と同じ運命をたどるのか?}>>
 8月末のNY株式市場の続落で株の資産価格は計500億ドル以上の値下がりとなっている。すでに資金の流れがいっせいに変更され始めた兆候でもある。ドル資産離れである。問題はドル資産から移すべき相手方も膨大な不安要因を抱えていることにある。それでも不安を抱えた米系金融資本のみならず、日本の機関投資家も日本への資金回帰傾向をますます強めざるを得ないところにきている。これが一層のドル安・円高進行の原動力でもある。
 さらにこれに拍車をかけているのが米貿易赤字の急増である。昨年の貿易赤字は、対前年比で26%も増加したが、今年はこのところ月間260億ドル規模と記録的な赤字を続けており、今年上半期の赤字累計は1181億ドル、実に前年同期比56.9%増という急増ぶりである。巨大な赤字リスクを抱えたまま、株高と過剰消費に依拠した米国の繁栄が最終段階にさしかかっているのだとも言えよう。
 8/31付けのニューヨークタイムズ紙は「米国株式市場は日本と同じ運命をたどるのか?」という見出しを掲げて、米連邦準備制度(FED)定例集会での山口泰元日銀総裁の「1980年代の日本のバブル経済の絶頂期が、米国の現状に無気味なほど酷似している」という発言を紹介している。
 これに対して、9/3付けウォールストリート・ジャーナル紙は「グリーンスパンのバブルを破れ」と題した、グリーンスパンFED議長の「株価バブル説」に真っ向から反論する論説を掲載している。株価の適正評価に使われているリスク率が誤りだと指摘しているのであるが、日本のバブル絶頂期の「虚業こそ実業」といった「行け行けどんどん」式の強気エコノミストの論調を彷彿とさせるものである。
 マネー資本主義のグローバル化に日本が追随している限り、政治も経済も打開の道は開かれないと言えよう。(生駒 敬)


(投稿)欧州での労働者協同組合と雇用創出の可能性

 1999年9月12日〜13日、「労働者協同組合法」国際フォーラム(市民の仕事おこしと地域の再生/協同労働の法制を求めて)が明治大学「リバティーホール」において開催された。主催は日本労働者協同組合連合会。ちなみに日本労働者協同組合連合会(以後労働者協同組合を 労協 と略す)は共産党系団体としてみられているようだが、全労連からも激しく批判されている団体であり単純なレッテル貼りで見ないでいただきたい。実践的には地域ごとに差もあり確かにそうした方々も多く参加しているが内容は単純なものではないことを理解していただきたい。ここではフォーラムの内容や、参加した率直な感想を特に雇用問題と併せて報告したい。
 開会挨拶にたった大内 力(東京大学名誉教授)は「今年の東大法学部卒の就職率も50%だった。『日本のどこかで毎日90人もの人がみずから命を絶っている』という事態の厳しさをきちんと認識し、雇用もサービスも企業依存から脱却していかねばねらない」と日本での21世紀の協同法制定の意義を語っていたのは印象的だった。
 フォーラムには欧州からフィリッペ・ヨワヒム(CECOP 欧州労働者協同組合連盟 副会長)、チャーリー・カッテル(イギリス、協同組合コンサルタント)、アルテェステ・サントゥアーリ(イタリア、非営利セクター開発研究機構)の各氏を迎え、協同組合法成立までの経過やその実践について報告された。EU、ユーロ発足後、ヨーロッパでも巨大な企業グループがM&Aを繰り返し熾烈な競争時代へと突入している。わたしの友人で日本で取引のある化学系のある会社では「輸出輸入先の会社名が3ヶ月ごとに変わっている状態だ」というほどである。そして深刻な雇用危機と財政危機である。その中で労協が雇用創出のおおきな部門としてEU内で認められつつあると言うことだ。
 結論から先に述べさせてもらうと、日本の大企業のリストラに歯止めがかからないのは団塊の世代を中心として年齢構成が高齢化し、しかもこれらの人たちの給与が高すぎるからである。単純に中小零細民間労働者の2倍近いの高給であることには間違いない。大企業の社員の25%以上が年収800万円以上というのはとても一般的な民間中小では考えられない水準である。日本の会社はゼネラリストをめざして人づくりをしてきたが、これは総じて人件費コストの底上げをしてきた。国際競争社会のなかでのコスト競争でこれは日本企業にとっての大きな負担となってしまったのである。欧米並とすれば、いまは核となる管理者とスペシャリストが会社の中心にいて、あとは必要なときに必要な人を集めればいいのである。さすがの一方的なリストラに「日本企業の力を弱めてしまう」と一部からも不安がもれるほどである。そしてもうひとつ考えられるのは大企業準拠の公的部門である。国レベルはおいておくとして、地方では財政出動がもはやそれほど有効でなくなってきているし、できる範囲も限られている。今後、21世紀にも持続的に行政サービスを提供するとしてもこの問題をどのように解決するのかということに答えを出していない。「サービス拡大=人件費コストの増加」や「人件費コストの削減=サービスの低下」という繰り返しですましていいのかということだ。
 今回のフォーラムでかいま見られたのはこの事に関するふたつの選択である。
 ひとつは新保守主義が行政サービスを切り捨てていったことは欧州でも同様であるが、この受け皿の一つとして労協があるのである。例えば、イギリスのかつては自治体が運営していたスポーツクラブ(健康増進センターなど)は、労協がこのサービスを請け負い、しかも以前より内容や規模も充実させているのである。今ではこうした部門のほとんどが労協の委託になっているそうである。労協が選択された理由は、地元の事業体であること、持続可能な事業体であることなどである。事業拡大には労協に対する税制的な優遇措置もあることが大きい。労協法が欧州で制定された背景も十分理由があるのである。社民政権という政治的状況だけではないということだ。
 もう一つは競争激化の中で、地方レベルで大きなシェアを持つような会社でもオーナーが事業(あるいは事業の一部の)継続を放棄する事態が出てきたことと労協の誕生である。雇用確保という場合にこうした選択もありえるという方向性だ。もちろんこの事業がそれ自体採算性や継続性がなければ意味がないし、こうした判断も労協のコンサルタントといっしょに労協の組合員が判断するのである。
 日本でも今後、景気拡大が単純に雇用に結びつくとは考えられない。むしろ適正なワークルールと共に多様な働き方を支援する施策が必要である。そしてここで述べたようにサービスの提供者としてセミパブリックな事業体の形成も不可欠であるように思える。バブル期を通じて自治体がどんどん様々な事業化をこころみたが、その結論はなんだろうか? 必要とされるサービスを持続的に継続的に提供するために大胆な発想の転換も必要であろう。
 以下は集会報告者の講演とレジュメを文章化したものである。

◆CECOP 欧州における労働者協同組合と社会的企業のめざましい発展
 CECOPは、「欧州労協連」と言いい、正式には、「欧州労働者協同組合・社会的協同組合・労働者参加企業総連合会」(The European Confederation of Workers Cooperatives' Social Cooperatives and Participative Enterprises)である。伝統的な労働者協同組合だけでなく、「新しい協同組合」の大きな渦をなしている社会的協同組合、そして労働運動の新たな流れとしての労働者自主管理企業を、その主体と戦線に包含する連合組織となっていることがまずもって注目される。
 その会員は、31の連合組織、61の地域組織、200の協同組合開発機関から構成され、その傘下には、全体で6万企業、150万人の労働者が所属している。企業の内訳は、工業・手工業33%、サービス38%、建設14%、社会的協同組合(社会サービス供給ないし社会参加支援のための協同組合)13%、文化・教育活動2%となっている。
 「行動計画」は、次のような欧州労協・社会的協同組合の挑戦課題を提示している。
 情報とコミュニケーション:会員組織が欧州の建設に加わり、自らに関わる政策や計画に参加し、行政的・法的な環境を変え、欧州基金にアクセスすることを保証するための情報の提供と、会員の優れた実践の欧州規模での交流研修・教育:「協同労働」企業経営者のための欧州研修センターの創設や、組合員に対する協同組合の歴史と原則の教育
 企業ネットワーク:一つ一つの企業の民主的で柔軟な側面を維持しながら、競争力や規模の経済を保証するための企業のネットワークや事業連合の形成
 地域開発:地域の協同組合開発支援機構を発展させ、自治体と結ぶとともに、支援機構を欧州規模でネットワーク化する
 女性企業家と平等な機会:女性の研修と新しい協同組合づくりを支援するとともに、その前提として各機関での「ジェンダー・バランス」を確立すること
 伝統的部門を固めつつ、文化、旅行、ニューメディア、環境などの新しい分野を開発すること
 環境と持続可能な発展:資源の利用を減らしながら、その効率的利用を通じて、持続可能な環境の発展を達成し、適切な生活の質を享受する権利をすべての人びとに保証すること
◆欧州の「社会的経済」の広がり
 CECOPの挑戦は、これを広く包み込む欧州規模の「社会的経済」の中に置くとき、いっそう鮮明にすることができる。
「*REVES憲章」によれば、欧州の社会的経済は、640万人の人びとの仕事(総雇用の4.4%)を生み出している。その内訳は、「アソシエーションないしボランタリー部門」59%、「協同組合部門」34%、「共済部門」7%です。これら社会的経済の総セクターは、他の公共・民間の経済セクターよりも雇用を急速に伸ばしており、欧州委員会が「新たな雇用源」と見なす分野ではとくに伸長が著しいと言われている。
◆EUのパートナーとして、社会的企業が勃興
 大事な点は、これらの躍動が、欧州連合=EUとのパートナーシップとして、「より民主的で社会的な欧州、より開放的で連帯を基礎とした、より市民に目を向けた欧州の実現」という点から位置づけられていることです。とりわけ政府に相当する欧州委員会が、新たな雇用政策の枠組みの中で、社会的経済の重要性を認めるに至ったことは重要です。
 事実、この間、CECOPのパイロット事業と、その調査研究によるフォローアップ、事業のいっそうの展開という一連の循環が、EUの資金提供を受けて進められています。
 欧州委員会第5総局(雇用・社会・教育)の後援による「社会的企業と欧州における新たな雇用」「欧州におけるコミュニティに根ざした都市再生」、第11総局(環境・核安全・市民保護)の後援による、環境と仕事おこしを結び付けた「グローバル・エコロジー−環境と社会の再生」、第12総局(科学・研究・共同開発センター)の後援による「社会的経済の勃興−欧州における社会的排除に対する新たな回答」をテーマとする欧州ネットワーク(EMES)の立ち上げなど、欧州の経済・社会政策の立案・実行主体としてCECOPは確実に地歩を築いているようだ。それは、21世紀的な協同組合と公共政策の新たなあり方を予兆するものであると言える。
◆「協同労働者」の定義と法制化をめざして
 CECOP会員組織の共通のアイデンティティは、「労働者の参加と所有」に置かれますが、この「参加と所有」は、今日では「企業のリスク、経営、運営、および付加価値の分配」に及び、参加する人びとが社会のニーズに責任を持って応える、「知的で適応可能な構造」の企業創造の挑戦に至っていること。それは、賃金労働者とも、自営業者とも異なる「第三の労働モデル」であり、こうした「協同労働者(associated worker)」の地位と「それに照応する義務、リスク、権利と原則を定義する憲章」の制定が求められていることが述べられている。
(東京 RI)


(投稿)
「労働運動の未来を考える意見交換会の記録」を読んで
                                  立花 豊

 長い時間の座談会の記録をとるのがどれだけ大変なのか理解できるだけに、その分じっくり読ませてもらいました。2ヶ月に一度くらいおやりになると書かれていましたが、その後音沙汰なしのところをみると、やはり大変だったのかと、あらためて編集部の方々に感謝しております。
 さて、「記録」についてですが、労働問題から社会主義の総括、現代若者の意識、新社会主義(?)へ導く生産スタイルの問題等々、話題が多岐にわたっていましたが、私は労働問題についてのみに絞って感想を述べたいと思います。
 座談会の順をおっていいますと、まず不安定就労層について、インターネットによる労組への「誘い」と自治労などの組織化が紹介されています。組織化のための「経費」がどれだけのものか、巣張さんは苦労された経験があるので具体的におわかりだと思いますが、その「経費」を出すための論議が必要だと思います。すでに連合は今年度からそうとうの経費を地方連合などに供出してきていますが、全国一般、JAM、ゼンセン同盟など活発に未組織の組織化に取り組んでいる産別がどうしているのか、についても考える必要があると思います。アメリカの労組が相当の費用をつぎ込んで大量の組織化に成功している例もあります。問題はそういう経験をどう生かすかではないかと思います。
 次に、電機連合の春闘見直し論ですが、ここで大変重要な指摘をされていると思います。基本給比率が総額の30%ほどになっている民間の賃金ではベア中心の春闘では運動にならないといっていますが、まったく同感です。業績給や能力給の導入、○○手当のアップなど、賃金にしめる基本給が少なくなればなるほど、労働組合で賃金の交渉をする余地が少なくなります。ですから、銀行や証券に労働運動がなくなったのが典型的な例だともいえます。ですから電機のような見直しがでるのは当然で、しかも大企業ほどそういった賃金要求になっているのだと思います。やはり原点に返って、賃金を見直す時期にきていると感じています。今、連合でも新たな賃金綱領を作成していますが、ここでどういう視点に立つのかが問われています。
 また、地区労運動や労働者連帯、連合の会議にも触れられていますが、現在の労働運動の状況ではこれも当然で、春闘という労組の基本的な役割がなかなか機能しない中で、個別の分野だけ活発になりえないと思います。問題は、どこから「手」をつけていくかで、やはり既存の組合員にも、未組織の労働者にも「労組は必要」というところまで期待を集められるだけの存在にすることではないでしょうか。実際に管理職ユニオンはそこでは成功しています。またマスコミはあまり報道しませんが、連合東京でも「未組織の組織化」のもと、外資系企業の組織化、派遣労働者の組織化などかなり成功してきています。もちろん先に述べたゼンセンなどもパチンコ産業にも触手をのばしていますし、全労協系の東京東部労組もコンビニのパート店員の組織化にまできています。
 ただ、こうした組織化運動は規模としては小さいし、相当の「経費」がかかっていることと思いますから、いかに「省エネ」でやるか、産別の協力体制、地域の協力体制なしにはなかなかしづらいと思います。ナショナルセンターの役割分担まで産別大会での春闘論議からでてきていますが、役割分担ではなく、相互の影響を言い方向にもっていく協力体制をつくることをしないと、産別自決路線、個別企業自決路線にまいもどる危険性があります。今、未組織の組織化と失業問題をめぐって総労働体制ができそうなときに、これを大事にする運動をみていきたいと思います。
 座談会は、そういう意味でも大変刺激的ですので、どんどんやっていって下さい。


(読者の声
 先日、広島県立図書館で小野義彦先生の追悼録を見つけて読み、4年後の2003年は民学同(以下、MG)結成40年になるんだな、ということに気づきました。
 今、インターネット・ホームページ、例えば、「マル共連BBS」ではMGのことが時々、取り上げられ、大阪市大ではこのぐらいの勢力だったとか、80年ごろの筑波大反処分闘争の時はどうだったとか、書き込みがありますが、多くが新左翼系の残党のNWの見方なので、民青の亜流としか見られていません。(別の機会にこうした書き込みを再録してもいいですが)
 従ってアサートでは今後、もっとかつての同志間の運動経験を本音で出し合い、検証し、60年代以降の「構造改革路線」の大きな潮流の中でMGの歴史を記録する作業を始めてはどうかと思います。労働運動研究所(労働者党系)などの協力を得れば、可能だと思いますし、小野人脈だけでもすごい。最近では政治グループ稲妻(第四インター分派、共産党員との対話を追求)の村岡到氏が戦後の自己の運動体験を歴史と重ねあわせて「協議型社会主義」を提唱する一冊を出版していますが、個人・有志の作業の形でもいいかと思います。
 地方に住む私はアサート誌上で横山ノック府政や石原慎太郎都政の評価など読みたくありません。マスコミで十分です。先日の吉村励先生との座談会などが、本当に読みたいものです(物足りなさはありますが)。
 われわれは当時、「平和と平和共存」「反独占民主主義」を掲げましたが、結局、「平和共存」はソ連のお先棒かつぎだったし、反独占とは中小企業保護の選挙政策にしか物質化できなかったのではないでしょうか。すると残るは民主主義だけです。民主主義のとらえ方だけが誇れる唯一の遺産でしょう。
 インターネットの時代です。誌上で投稿者のメールアドレスも公開し、より機動的な意見交換ができるようにすることも提案します。まず、編集部がアドレスを公開して下さい。パソコン通信より可能性が広がります。(広島・S)