ASSERT 272号(2000年7月22日)
【投稿】 民主党に求められる政治路線--総選挙結果をふまえて--
【投稿】 衆院解散・総選挙  --結果が問いかけるもの---
【投稿】 首脳会談後の軍事バランス
【投稿】 社会主義と全体主義論
【Poem】  「皇太后」

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【投稿】 民主党に求められる政治路線
           −−総選挙結果をふまえて−− by 依辺 瞬

■代表制民主主義の機能不全
 総選挙が終わった。多様な解釈を可能にする微妙な結果だった。私は、上がると言われて上がらなかった低投票率に、代表制民主主義による国家運営という統治形態の機能不全をみる。
 森首相は相当正直な人とみえて、例の「寝ていてくれれば」発言は、自民党の本質をものの見事に表した「名言」だった。
 自公保政権は、政治(統治)というものを私物化した。公共事業費のばらまきや地域振興券など彼らの行う政治は、国家財政への「たかり」に他ならない(選挙後の中尾元建設相の逮捕は、その実態を象徴的に示している)。それを有利に進めるための政治基盤の形成には、低投票率が有利である。だからこそ、森首相は無党派層と呼ばれる人たちに寝ていてほしかったのだ。
 選挙の最終盤で、少しの無党派層が動いて、民主党という次善の選択をした結果、自公保はガタガタと崩れた。しかし、大多数の有権者は、それでも投票に行かなかった。だからこそ、自公保は大敗をしながら、絶対安定多数を獲得するというアイロニーが実現した。そこには政治的無関心を超えた、アナーキーな状態がかいま見える。国家を否定する社会的基盤は確実に醸成されている。
 日の丸・君が代問題から「神の国」発言へ至る一連の流れをとらえて、今日、復古的国家主義との対決があらためて必要だなどととらえるむきは、唱える「右」の人も古ければ、反発する「左」の人たちも古い。古い両者による、かつての「華やかなりし対決状況」へのノスタルジアである。今日の日本では、復古的国家主義の蘇る余地のないほど、国家の統合機能が本源的な危機に瀕しているとみるべきである。
 もちろん、国家の否定、代表民主制への懐疑などという人々の心情は、危機に直面した時に脆くも崩れ去る。国家とは、所詮、対外的に、ないしは危機に際してしか顕在化しないからだ。根の浅いアナーキニズムから生まれ出るのは、カリスマ支配によるファシズム(それは決して復古的なものにとどまらない)への憧憬だろう。石原ブームにその兆候がかいま見える。
 今回の総選挙は、都市と地方の対立も描き出した。地方分権が進展する中で、自治体間の対立はさらに激化し、国家統合をさらに困難にすることは間違いない。
 だからといって、私は決して国家を強化しようとは思わない。ただ、強権への期待を誘発しないで、理性的な統治を具体化する大胆な戦略設定と、緻密な政治活動の積み重ねが必要だと考えるのである。

■注目されるオランダ・モデル
 話は変わるが、今、一部の研究家の間で、オランダ・モデルという政治路線が注目されている。
 1999年5月14日(金)、拓殖大学においてオランダを研究テーマとする若手研究者による第1回の研究発表の場が持たれ、水島治郎甲南大学助教授が「現代オランダ政治における連続と変化−中道優位体制から『紫連合』へ−」という報告をされている。報告要旨は、http://home.att.ne.jp/blue/holland/mizu.htmlに掲載されているが、簡単に紹介したい。

 「20世紀のオランダでは、1928年から1994年に至るまでキリスト
 教民主主義政党がほぼ一貫して主要与党となる中道優位体制
 が成立してきた。しかし、1990年代に入りキリスト教民主主義勢
 力が地盤沈下を示す一方、従来相互に連合形成を排除してきた
 右派自由 主義と社会民主主義の政策距離が縮小した結果、19
 94年選挙以降、 キリスト教民主主義政党抜きの右派自由主義
 ・左派自由主義・社会民主主義の連立政権である「紫連合」が初
 めて成立した。

 注目すべきは、「右派自由主義・左派自由主義・社会民主主義の連立政権」(紫連合)である。90年代のこうした転換の要因として、水島氏は次の3つの側面を指摘する。キリスト教民主主義政党を「自公保」に置き換えて読むと、なお興味深い。

 @(経済面)従来キリスト教民主主義政党は社会各層に張り巡ら
  された社会団体(農民団体・労組・中間層団体など)と緊密な
  ネットワークを有し、系列社会団体の要求を国家に媒介する一
  方、人的・物的に当該団体から支持を受ける媒介者としての機
  能を果たしてきたが、各社会団体の中立化・世俗化のなかで国
  家・社会を仲介する経済的機能を喪失してきたこと。
 A(社会面)また90年代における安楽死の容認・売春の合法化に
  みられるように、個人の自己決定権を重視して国家による市民
  社会への介入を拒否する傾向が制度化されたことは、キリスト
  教民主主義政党の存在意義というべき保守的な倫理的社会秩序
  観の説得力を喪失させたこと。
 B(行政面)さらに通貨統合の進展により国家レベルの財政金融
  政策に強い制約が課せられるなど、政策権限のヨーロッパレベ
  ルへの委譲が進み、これまで利用できた国家レベルのリソース
  配分が困難となり、福祉削減などでキリスト教民主主義政党の
  従来の支持基盤を掘り崩す結果となって、社会への利益分配機
  能を喪ったこと。

■必要な社会民主主義からの脱皮
  さらに水島氏は、オランダにおける「紫連合」の背景に、他の政治勢力、特に社会民主主義勢力の側の適応戦略が一定の成功を収めたことを指摘する。つまり、80年代からのオランダの社民政党が、伝統的な社会民主主義路線であるケインズ主義的拡張政策や高負担の福祉国家とは一線を画す転換を遂げ、自由主義政党とも連合可能な政党として再出発したことを指摘するのである。ここが、極めて注目すべき点である。
 オランダ・モデルとは何かといえば、いわゆる「中福祉・中負担」で、何もかも政府に頼るのではなく、市民的自立をベースに新たな社会の仕組みを作り上げようとする政治路線だといえる。もちろん、政治の前提となるオランダの国民性は、強烈なまでの自立心にあるから、日本との背景の相違は極めて大きい。
 にしても、「自公保」から、社民党・共産党に至るまで、負担の追いつかない受益(その中身に違いはあれ)の最大化を図ろうとする広義の意味での「社会民主主義」政党の包囲の中で、民主党が存在意義を見出すとすれば、オランダの社民政党のように自由主義的色彩を強めざるを得ないだろう。
 そして、それは単なる民主党の飛躍という一政党の個別的利害に基づく戦術的対応として必要というにとどまらず、アナーキズムないしは政治的アパシーに流れる無党派市民を政治に巻き込み、少子高齢化の進展による人口減少時代における世代間利害の調整、環境−経済の調整、国家にかわる共同体による統治への転換をはかっていくために、どうしても必要な路線確立だといえる。
 そうした観点でみると、現時点における民主党の政策志向は、自由主義的なものと、社会民主主義的なものが混在しており、未整理である。ただ、今後は、間違いなく前者が強化されるだろうし、また、されるべきである。その時、旧社民党出身勢力が、つまらぬ反発をしないで、社会的公正の確保やセイフティー・ネットの確保に力点をおいた建設的な議論をすることにより、民主党をある種の左派自由主義政党に脱皮させることが肝要だろう。
 そして、そうした整理ができれば、自由党、あるいは自由民主党から自由主義的政策志向の強いグループを分裂させて連立政権を樹立し、「自公保」的な「国家財政私物化政権」を崩壊させることができるのではなかろうか。 (大阪:依辺 瞬)