ASSERT 278号(2001年1月20日)

【投稿】 波乱の幕開け−政治・経済
【投稿】 労働組合運動の危機か、連合運動の危機か(その2)
【短信】 吉村励さんからの手紙
【書評】 大西巨人『二十一世紀前夜祭』
【書評】 はたして現代の若者は凶暴化しているのか
【映画評論】 「郡上一揆」
【詩】  俺の二〇世紀

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【投稿】波乱の幕開け−政治・経済

<<「米経済のうたげは終わった」>> 
 21世紀、年明け早々、波乱の幕開けを象徴する事態が展開している。ニューヨーク株式市場は昨年末に引き続き、急落、反騰の激しい動揺を繰り返しながらも、明らかにバブル崩壊を本格化し始めたのである。1/3、「年初の株価下落でFRB(米連邦準備理事会)は動転した」(1/8日経、G・シリング氏)結果、当初1月下旬に予定されていた連邦公開市場委員会(FMOC)が急遽電話連絡の持ち回りで開かれ、短期金利の指標であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を6%とする緊急利下げを決定した。前日発表された12月の全米購買部協会景気指数が43.7と実に1991年以来の低水準となり、「米景気の悪化が予想を上回る」ものであり、放置すれば米株価はさらに大幅下落しかねないと判断されたのである。
 FRBの緊急声明は「販売、生産が一段と鈍化し、消費者の景気信頼感が低下、一部金融市場の逼迫が見られ、エネルギー価格の高騰による購買力が低下」している事態を、きわめて異例な緊急利下げの理由としている。こうした事態をもたらした「昨年後半の判断ミスのツケ」を追及されかねないグリーンスパンFRB議長は焦りと動揺を隠せなかったのである。利下げ幅が0.5%と予想外に大きく、米株式相場はいったんは急騰したが、再び下落し始め、翌4日、FRBは前日0.25%の利下げを実施したばかりの公定歩合をさらに0.25%引き下げ5.5%とすることを追加決定した。しかし翌5日には市場はまたもや大幅続落、ハイテク株ばかりか金融株が軒並み売られ、利下げ効果は早くも失われ始め、利下げだけでは食い止めようのない限界を示し出している。これ以上の利下げは、次には投機とうまみを求めて集まってきた世界中のマネーの流出という、より重大な危機を招きかねない。
 米誌『タイム』1/8号のタイトルは「米経済のうたげは終わった」である。

<<「ドット・ボム(爆弾)」>>
 英『エコノミスト』誌は、米経済の3つの不安要素を指摘し、第1に、米国民の貯蓄率がマイナスという異常な状態であること、第2に、民間企業の債務超過がGDPの150%という巨額に達していること、第3に、経常収支の赤字がGDPの4.5%にも達していること、これらの不均衡の重大性から、「米国の経済がソフトランディングできる可能性はあるものの、それを当然視することは愚かであり、むしろ、より激しい着地のリスクが実在する」と警告している。
 事実、バブル相場に大きく依存してきた米個人消費に急ブレーキがかかり始め、株式相場下落の「逆資産効果」が顕著になり始めている。これまでは借金家計であっても株式相場上昇の「資産効果」で痛みも感じずに消費を拡大してきたものが、逆回転し始めると、その影響は計り知れないといえよう。すでにこの1/4、米小売業最大手のウォルマート・ストアーズは強気姿勢を一転、業績予測を下方修正、売上高伸び率を前年実績9.1%から0.3%へと大きく引き下げている。総合小売業最大手のシアーズ・ローバックも同日、89店舗の閉鎖と2100人の従業員の削減を柱としたリストラ策を発表している。
 そしてつい最近まで時代の寵児としてもてはやされてきた「ドット・コム」企業、ハイテク企業の業績不振・経費削減・解雇・倒産などが昨年後半以来大きく取り上げられ、今や「ドット・コム」が「ドット・ボム」(dot-bomb=ドット爆弾)と揶揄される状況へと急転し出したのである。
 ブッシュ次期大統領が1/3、4に地元テキサス州オースチンで米産業界代表を招いて開いた経済会議では、景気先行きへの懸念表明が相次ぎ、「大胆な行動」を迫られ、「今日は本当にたくさんの悪いニュースを聞いた」と、就任前からうんざりといった感想をもらしている。

<<「日本売り>>
 より深刻なのは日本の事態である。この間のニューヨーク市場の下落・反騰といったジグザグな動きの中で、日本だけが唯一下落一方の展開に追い込まれている。株式、為替市場とも、日本株、日本円売り一色となり、少々の反転はあってもこの傾向はしばらくは持続しかねない状況である。
 ドルは対欧州通貨で売られ、ユーロは持ち直しているにもかかわらず、対円に関しては、異なる展開となって、景気対策でまだ余裕を持つドルと、景気対策にほとんど信頼感を喪失している円との差が歴然としだしている。1月第2週の外国為替市場でも、引き続き円売り圧力が根強く、12日には1ドル=118円台前半まで下落した。日本経済に対する悲観的な見方が根強く、株価が今後さらに下落し、13000円割れ、金融危機の再燃懸念が浮上し、1ドル=120円台が現実的可能性として論じられる状態である。
 森首相がアフリカ外遊で放言している間に、東証の株価が危険ラインを突破し、12日の平均株価の終値は1万3347円、TOPIXは1237.88という事態を迎えている。TOPIXで1200、日経平均で1万3000円を割り込むと、大半の銀行の含み益が吹っ飛び、含み損を抱えてしまうと予測されている。大和銀がTOPIXで1450強、富士銀、東海銀で1250前後、興銀で1200、三井住友が1200強、みずほ、UFJが1100強で含み損を抱えるデッドライン=経営破綻に突入するといわれており、金融危機再燃どころかより大規模な危機が目前に控えているとも言えよう。
 宮沢財務相は「市場のことだから」などと容認する構えであるが、実態は「もうなす術もなし」、克服する知恵も政策も意欲もない、無責任・森内閣そのままの放任姿勢である。奥田碩日経連会長が11日、「株価が下がり続ければ、金融危機的なものが発生する可能性が十分あり、非常な経済混乱になる」と重大な懸念を表明したが、今の森連立政権にはこれを受け止める姿勢どころか、逆に自ら破局のひきがねをひきかねない状況だとも言えよう。

<<「あと3年は続きます」>>
 「今後2〜3年は、世界同時不況的な動きが優勢となるだろう」(三和総研・嶋中雄二氏、エコノミスト新春合併号)という事態である。こうした中、平均株価が1万4000円を割ったら森は即退陣といわれていたのであるが、すでに昨年12月以来1万3000円台である。いつ倒れてもおかしくはないのだが、加藤政変の腰砕け以降、逆に森政権は無風・無気力状態の中の安定状態を見出している。亀井政調会長などは「森政権はあと3年は続きます。黄金の21世紀の幕開けです」「参議院選挙も心配ない。森首相の下で過半数確保は確実です」とほらを吹き、小泉・森派会長は「森降ろしの声が出たら、私は自民党をぶっ壊す覚悟で反対する」と息巻き、森降ろしを画策していた青木参院幹事長までが「森首相の下で一本になって来年の参院選を戦うことが大事だ」という始末である。いまの末期的状態の自民党では予算成立後の「3月交代説」だって怪しいものである。しかし経済の実態の進行はそんなことを許し得ないであろう。
 それかあらぬか、森首相は年明け早々“国外逃亡”を決め込み、経済の非常事態も無視して、無理やりアフリカ3カ国、ギリシャ訪問の外交日程を入れ、行く先々で失言・暴言を繰り返し、自らの非常識ささえ理解できない状態である。南アフリカ在住の日本法人代表らが主催する懇親会で、「黒人の集落を見て“こんなところに住んでいていいのか”とついつい思いたくなるようなところだった」と、何の援助も約束するわけでもなくただただ哀れみさげすむだけの黒人蔑視発言を平然と行い、自分の生い立ちに触れて、「私は1937年生まれで大東亜戦争の前、支那事変が起こったときだ」と述べても、「支那」という差別史観、「大東亜戦争」という侵略史観の時代錯誤にも気付かないほどである。そしてこういう人間ほど、教育や道徳、修身、滅私奉公を叫び、教育基本法の改悪や、改憲論議、強制的ボランティアに血道を上げ、今夏の参院選挙の最大の争点にしようともくろんでいるのである。今年こそ、こうした連立政権を崩壊に導き、新しい政界再編成に道を切り開くことが出来なければ、政治・経済の新しい展望も見出し得ないといえよう。
(生駒 敬)

【投稿】労働組合運動の危機か、連合運動の危機か
-----「21世紀を切り開く連合運動」--21世紀連合ビジョン--を読んで(その2)

 第3章は、1,2章を踏まえての具体的問題提起になるはずだが、一読して、その域には達しておらず、不十分と言わざるを得ない。まだ最終案ではないとのことだが、問題点を考えてみたい。

<新しい課題>
 「第3章いかに実現するか」は、新しい時代の新しい課題、運動の力、組織の力、政治の力、そして国際連帯の力の項目で構成されている。
 「1新しい時代の新しい課題」では、まさに「労苦」としての「レイバー」から、自己実現的な「ワーク」へと労働の捉え方が変化していること、そして労働者個人も画一的な要求に収斂しにくい個人となり、多様な価値観をもった労働者を対象とする新しい課題を提起しようとしている。
 そこで疑問を感じるのだが、組合員の意識が多様化している、ということは事実であるとしても、労働組合の課題・任務は、それによって果たして「拡大」しているのであろうか。情勢は変われど、基本的任務は変わらないし、拡散的に組合活動のエリアを広げることは、返って組合の存在意義を薄める結果の方を危惧してしまうのだが。

<青年と女性の結集>
「2運動の力」では、求心力の回復、組合員の参加という問題意識から、組合員個人の要求に応えていくサポート体制が求められているとしている。そして、組合の活性化に「青年と女性」の結集を核にする必要が挙げられている。文章の性格上、方針書ではない、ということだろうが、問題提起に止まり、具体論は見当たらず、消化不良というところか。
 「労働市場への影響力の強化」という項では、「産業構造の変化を背景に、雇用の多様化、柔軟化が進むことは避けがたい」という認識の上で、コスト削減などのバッファとして、パートや派遣など不安定な「非正規」労働の拡大は放置できないとして、明確なワークルールの確立が必要としている。
 そして、これまで「企業内労組を通じて、内部市場に強く関与してきた」が、今後は、「外部労働市場にルールを持ち込み、・・・・労働市場への労組の影響力の強化に全力をあげる必要がある、としている。しかし、影響力の強化の具体的な戦略は明確ではない。

<100人未満企業の組織率1.7%>
 「一体的な力の発揮」という項では、各構成組織の課題ということで、「基盤となる企業別組合の活性化」「企業グループ労連の新たな位置付け」「産別の機能強化と統合」が掲げられているが、近年続発している企業不祥事、JCOや雪印など労組の企業内チェック機能が低下し、労組の社会的責任を問うくだり以外に、特に目新しい内容は少ない。
 「自立と連帯の中小労働運動の展開」では、雇用労働者の7割が働く中小企業の中で100人未満の企業での組織率が1.7%であること、ここに十分に労働運動が影響力をもち得ていないことが、日本労働運動の根本問題だ、とした上で、中小企業労働者の自立した運動、産別の強化と地域連帯の強化、労働組合が経営コンサルタント的な政策能力を強め、経営に影響力を強めること、地域的な労使協議制、労働者代表制にも触れている。
「2運動の力」の部分は、全体としてに非常に抽象的な提起に終わっているように思える。

<新しい組織化戦略>
 「3組織の力」の項は、組織率の低下に歯止めがかからない状況の中での、新しい組織化運動の提起ということになる。1000人以上の大企業の組織率が57%、100人未満では1.7%という組織率の状況から、拡大のターゲットは中小企業という位置付けを明確にしつつ、このままの組織率低下を許せば、労働運動が企業内でも、社会的にも少数派になりかねない、という危機感が述べられている。
 その意味から、「組織化に労働組合の人的・資金的資源を集中し」大胆に組織拡大に取り組むとしている。そのターゲットの第1は、パートタイマー。第2は、中小・零細企業の仲間づくり、そして管理職、退職者の組織化にも言及している。
 また、組織化のためのインターネットを活用した「e-ユニオン」という提起もされている。

<労組の財政構造の見直し>
 具体的に問題提起がされているひとつに、「財政構造の見直し」がある。事業所レベルの組合員が納める組合費は平均月額4,959円、上部団体(産別)へは、月額585円、連合へは78円という内訳となり、まだまだ企業内レベルに資金は集中しているという。要するに、ナショナルセンター・連合への資源の集中が必要だというわけである。
 そのあとの、「4政治の力」「5国際連帯の力」は、紙面の都合で省こうと思う。大した内容はない。

 こうして「21世紀連合ビジョン」の組織内討議案を紹介してきた。先月号の冒頭に、私の問題意識を以下のように述べた。「明らかに労働運動は危機に陥りつつあるように思う。危機とは具体的に何か、簡単に言えば、その力が低下してきていること。そして、その低下の原因が、閉鎖的な組織運営や、企業別労組の限界を突破できない現状にある、と捉える。企業の壁、大企業と中小企業、正規職員と非正規職員、男性と女性、官と民などを越える『連合の価値、労働運動の価値』を、共通認識として形成しえていない。こうした現状に、果たして「21世紀を切り開く連合運動」は、果たして応えているのであろうか」と。

 残念ながら、問題点は一定提起されているが、正直迫力に欠けるというところか。
 例えば、パート・臨職など企業内の不安定雇用労働者について、すべての労働組合が、正規・非正規を問わず、組織化対象とすると宣言し、組織化すること。リストラの中で「雇用保険」財政は、逼迫しているが、「労災保険会計」は悪徳企業の「労災隠し」の横行で、資金がだぶついていると言われる。すべての企業で労災隠しを労組は絶対に許さない運動を提起し、地域連合は住民やすべての労働者の相談窓口の役割を果たすこと、などは一例だが、社会的公正を具体的に体現する組織として、生活のレベル・地域レベルで人間的連帯を実践することで労働組合が生き残り、再生する戦略が求められているのではないか。(佐野)


【短信】 吉村励さんからの手紙
2000年も残りすくなくなりましたね。この間の「小野さんの会」ありがとう!
ところで、12月18日の夜のニュースステイションを見ましたか。第二次世界大戦中、旧満州国及び蒙古連盟自治政府のカイライ国家で、日本の大蔵省の指導下でアヘンの強制栽培が敢行されたこと、そのアヘンの強制栽培で食糧不足に陥った農民を弾圧しつつ、その汚れたアヘン販売の金を資金として「大東亜共栄圏」の形成に投じられたこと、そしてこの汚ない事業に岸信介、大平正芳が直接関与していたことがバクロされていました。アヘン戦争当時のイギリスは貿易を通じてアヘンを持ち込んだけれど日本は直接強権をふるって中国本土でアヘン栽培したのだから一層悪質と同放送はのべていました。
 731部隊といい、今回バクロされたアヘン栽培といい、人道にもとる方法で日本帝国主義の支配圏を拡大しようとした連中のキタナさは本当に許せないと思います。そのキタナさを知ってか知らずか、太平洋戦争を「植民地解放戦争」と言いくるめようとする西尾幹二らの自虐史観派は許せないと思います。それにもましてやりきれないのは、岸、大平から森にいたる汚い連中の支配をゆるしているということです。なんとかしてください。なんとかしてくださいとは、もちろん労働組合とか、アサートで検討してくれれば、ということです。よろしく。  吉村 励 2000-12-19

【書評】 大西巨人『二十一世紀前夜祭』
            (2000.8.31.発行、光文社、1800円)
 マルクス主義のあり方が激変し、その進むべき道筋を見い出すのがきわめて困難な現在、これをなお堅持して、凛とした視点から現代日本を凝視する作家の短編小説集である。著者の特徴は、私見によれば、マルクス主義の思想と「市民倫理ないし民族道義の問題」が不可分に結合した、妥協を許さぬ生命観・世界観にある。すなわち社会変革を目ざすマルクス主義思想は、「個々の私的人間の関係を支配するべき道義および公正の単純な諸法則」(マルクス)と両立しなければならず、革命の大義といえども、その内実をここに持つ以外にはあり得ないのである。
 本書では、その姿勢が、著者の20代前半期作短歌から堅持されてきたことが語られる(所収「悲しきいのち あるいは二十一世紀前夜祭」)。
 それは、ある山中での旧石器時代・穴居(けっきょ)生活の遺跡見学時の作である。
  『ここに生きし穴居の民もわれわれも悲しきいのちはおなじことなり』
 そしてこの歌とともに、「若くして亡くなった(虐殺せられた)質実な革命家・小説家P」の生き方が重ねられ、対比される。Pについては、「1970年代に没した優秀な詩人・小説家・批評家・革命家Q」からの「教訓的・感興的な話」として伝えられるが、そのPの特徴は、次のようである。
 つまり、PおよびQを含む秘密相談会で、地下運動・反権力活動の行動計画があった場合、行動計画(の細部)にいたるまで、Pの態度は、はなはだ慎重すぎるほどのものであり、検討・駄目押しは桁外れである。しかし時としてPの不納得のまま、秘密相談会が計画実行を決定することがある。その時「Pは、『僕の意見(不納得)は、依然として変わらないけれども、決定には服します。』と言う。・・・/・・・さて、実行段階が来て、最も忠実に、最も果敢に、最も積極的に、最も徹底的に、計画の遂行を追求するのは、Pである。Pは、そういう人間であった」。このようなPが、反権力的非合法運動のため逮捕虐殺されたのである。
 上記の短歌とPの生き方との関わりについて、著者はこう述べる。
 「二十代前半期作短歌『ここに生きし』一首の生命観・世界観を、男は、少年後期の『マルクス主義者』という自己規定をとともに、高年期の今日も堅持した。(略)/男は、・『ここに生きし』一首の生命観・世界観の堅持があったからこそ、また『マルクス主義者』という自己規定の堅持もあり得た・と確信し、いよいよ深い愛着を往年の腰折れに覚えている」。
 「穴居の民」と比較される「われわれ」とは、まさしく現代に生きる「われわれ」であり、それは、皮相的にはペシミズム的に見えようが、その本質では、現実を踏まえた市民倫理・道義を貫く存在でなければならない。このマルクス主義者であるが故にこそ、頑固に筋道を通す姿勢が著者の原点と言えよう。
 そしてこの視点からの社会批判・知識人批判は、例えば次のような点に特徴的にあらわれている。
 それは、第二次大戦直後の九州において、著者がある総合雑誌の編集者をしていた時の体験を題材にした短編である(所収「昨日は今日の物語り」)。主人公である編集者は、仕事柄多くの作家達に「原稿依頼状(返信用はがき付き・世間並みの稿料明記)」を発送していた。この中で主人公は、諾否いずれかの「返事を呉れる人と呉れぬ人との区別には、皮相な見方(世間通念的な予想)を裏切る生々しい何者かが、たしかに存在した」と確信する。そしてこの雑誌の発行が、「首都においてではなく、西海の一地方都市において行なわれた、という事実は、この際とりわけ意味深長な与件であり得たようである」と見る。
 すなわちその結果は、「『老大家』村正黒鳥からは、その都度、(略)無愛想な、だが明快な返事が来た。(略)『文学の神様』大津順吉の返事態度も、澄明にして立派であった。俗称『デカダン派』とか『無頼派』とかの津島修、逆口鮟鱇、小田策之助などが、諾否どちらの場合にも、実に気持のよい親切さをもって、市民倫理を実践した」というように、「各様の意味において、さしあたり、・返事を呉れそうにない・呉れなくても不思議ではない・部類の人たち」は、市民倫理を守ることが多かったのである。ところが、これの反して、「いわゆる『進歩的・民主的』な人たち、また『人生派』とか『庶民的』とか呼ばれてきた文筆家たち(たとえば(略)森不味子だの(略)鍋井萎だの)などは、まずは・返事を必ず呉れそうな・呉れなかったら不思議である・部類の人たち」の多くは、この市民倫理(前掲の「個々の私的人間の関係を支配するべき道義および公正の単純な諸法則」)を守ろうとはしなかったのである。
 前者にあげられている人たちが、それぞれ正宗白鳥、志賀直哉、また太宰治、坂口安吾、織田作之助であり、後者にあげられているのが、林芙美子、壺井栄であるらしいことは、容易に推察される。「『進歩的・民主的』を標榜する小説家、批評家、学者の類は、何よりもまず生活現実のかかる卑近な目前の倫理において、『進歩的・民主的』でなければなるまいに」という著者の指摘は、1940年代末の時代から約50年経た今日においても、なお有効である。この視点の確認が有効とされる左翼「知識人」の姿勢(それは、現代においては、セクシャル・ハラスメントや喫煙についての意識・無意識とつながるものである)こそが、これからもなお問題とされねばならないであろう。
 そして本書における、さらに重要な問題は、「『戦後声高に』の問題」であろう(所収「現代百鬼夜行の図」)。
 これは、戦後民主主義を語る上で見落とすことのできぬ視点を提出する。すなわち、戦後において、そして現在でも、「声高に」ということの意味は、「声高らかに」「尊ぶべき何か」といった肯定的内容ではなく、「居丈高に」「嵩(かさ)にかかって」「先入主によって歪められた解釈」などの否定的内容を意味するとされるのである。 この視点から著者は、「『敗戦直後』には、反戦的または反軍国主義的(略)または反天皇主義的または民主主義的または左翼的な言論が、『いまだから言う(ことができる)』的に堰を切りました。その中には、語の否定的意義において『声高に』と呼称せられるべき言論もいろいろ含まれていたにちがいありません」とする。そして続けて、「その裏返しのように、近年・現今には(1980年代〜1990年代──引用者)(略)『大東亜戦争』肯定的または国家主義的(略)または天皇護持的または右翼的または反民主主義的言論が、『いまだから言う(ことができる)』的に振り回されました。のみならず、そのおおよそすべてが、語の否定的な意義において『声高に』行なわれたのです」と指摘する。
 しかしこれらの『声高に』の内容は、前者と後者では、決定的に質が異なるのであって、前者・「敗戦直後」の言論は、「たしかに『いまだからこそ言う(ことができる』的な内容であって、もしもそれを人が戦前戦中・十五年戦争中に表明したならば、その人の前途には必ずや牢獄か死かその類かが、待ち構えていたはず」のものである。しかし後者・「近年・現今」の言論は、決してそのようなものではなく、「それを人は、(略)なんら牢獄か死かその類かの危険なく、それどころか往々にして『虎』の隠然たる庇護を蒙りつつ、公表して」きたのである。そしてこちらは、「『いまだから言う(ことができる』的な風情を『いじらしげ』に装って、特に初手はおのおのおしなべて内容上お涙頂戴式に、そして今度は『虎の威を借りて』ならぬ『反米』の香辛料付きで、打って出」たとされ、最近の「自由主義史観」はその「好個の事例」であり、「なかんずく年少世代・後続世代にたいして、・歴史の偽造・」にほかならぬと厳しく批判する。
 さらにここから著者は、加藤典洋の『敗戦後論』(1997年)を、「〈近年・現今の『いまだから』的な言論〉および『その類の知ったかぶりの受け売り』のアップ・ツー・デート版」として解明・批判する。加藤にある「いまだから」的な言論は、本書に詳細に論述されているが、これに対する加藤の反論への再批判も、「付録エッセイ」に、「あるレトリック」と題して収録されている。
 以上のように本書は、短編小説集というかたちをとった時代批判の書であり、著者の姿勢の明確な宣言である。それは、社会変革・革命の大義等々という言葉に比較して、ともすれば軽視される傾向に置かれる市民倫理の、根底的で不可欠の重要性をしっかりと認識していくことをわれわれに迫ってくる書である。『大西巨人文選(全4冊)』(みすず書房、1996年)とともに読まれるよう推す次第である。(R)

【書評】 はたして現代の若者は凶暴化しているのか
     『国民の道徳』西部邁著 産経新聞社 2000.10.30発行 2000円 

全国どこの書店に寄っても歴史コーナーに分厚い本が山と積まれている。手に取ってみると活字も大きく用語解説もあって見やすい本である。西部邁氏著「国民の道徳」である。「国民の道徳」とは“道徳のない”全国民(と西部氏は思っている)への実に挑戦的な大仰な題名である。「なぜ道徳について語らざるをえないか」を本の冒頭で「この世紀の変わり目において、戦争世代の孫たちや曾孫たちが、『戦後』の原則のもたらした当然の帰結として、アンファン・ホリブルに、つまり、『身の毛もよだつ子供たちに』成長しつつある。それは『戦後』の本質を映し出す鏡である。」とし、「私のような…人間が道徳を語るに至ったのは、戦後の環境があまりにも不道徳であったから」であると述べている。
西部氏は「日本を含め、先進諸国において少年犯罪の激増、凶悪化そして低年齢化が進んでいる」というが、何を根拠としているのであろうか。長谷川寿一氏・長谷川真理子氏の共同研究(「科学」2000年7月号:『戦後日本の殺人動向』)では西部氏やマスコミ報道のような、最近の「多発する少年事件」「未成年者の凶悪化傾向」を明確に否定している。長谷川寿一氏は「日本の殺人率は1950年代から90年代前半までほぼ一貫して減少し続け、人口100万人あたりの殺人件数は、50年代のピーク時の約40件から、90年代には約10件前後にまで減少した。この減少にもっとも大きく寄与したのが、若者男性の殺人率の低下である。」とし、「1955年当時、20代前半の男性殺人率(100万人あたりの検挙者数)は230人で、年齢別殺人率曲線においてひときわ高い峰をなしていた。しかし、その後、高度成長と呼応して20代の殺人率はどんどん下がり、90年代には100万人あたり20人を割」ってしまったのであり、「16歳から24歳の年齢区分でみても、40年間でほぼ10分の1に減少」し、「この殺人における年齢の効果の消失は、世界的にみて極めてユニークな現象であり、若者男性がこれほど人を殺さないような社会は、筆者が知るかぎり他に類を見ない。」(「草思」2000年11月号:『現代若者考−彼らはなぜ殺さなくなったのか?』)と的確に述べている。
「16歳の少年がタクシー運転手を強盗殺害」といった個別具体的事象ををいくら羅列したところで、全体像を掴んだことにはならない。それを、「先進国において青少年の凶悪としか形容しようがない犯罪が次々と出来している…これは、実は、人権主義そのものの帰結と解釈するのが適切である。」などと、大上段に勝手に解釈されても、当の個別具体的本人は困惑することであろう。繰り返しになるが、若者の凶悪犯罪は減り続けており、減り方が少ないのはむしろ中年である。しかし、「先進国において“中年”の凶悪としか形容しようがない犯罪が…」などと書き、次に「国民の道徳」や人権主義批判を説いても様にはならない。そこに著者のごまかしがある。個別具体例だけを羅列し、全体の傾向や数字をあげないことは“大衆”を操作するうえで実に都合がよい。
一部の特異な少年事件を大々的に取り上げ、あたかも最近「凶悪な少年事件が増えた」かのように報道するマスコミの報道姿勢は大いに疑問とせざるをえない。しかし、さらに問題なのは、そのような誇大妄想的、センセーショナルな報道をアプリオリに前提として何の検証もせず「国民の道徳」をのたまう西部氏の姿勢である。
そもそも、西部氏の「道徳論」には何の検証もないことが多すぎる。「日本人には、おそらくは1万年を超える昔から、神道的な共有感覚と共同儀式があったといわれており、いまもなおそれが、強かれ弱かれ、日本社会を包んでいる。」というが、“おそらく”もなにも1万年前に『日本人』など存在していない。『日本』という国名は早くても7世紀後半以降に使われ始めたものであり(「『日本』とは何か」網野喜彦著)、それ以前に『日本人』など存在するはずもないのである。「真っ当な代物は、まず間違いなく、伝統精神という名の良識を踏まえている。そのことを理解しているのが道徳的ということであり、そのことに頓着しないのが不道徳ということである。なぜなら、道徳というのはそうした良識のうちのもっとも基礎的な部分、つまり歴史的に形成され継承された価値論の部分のことをいう」と氏は述べるが、『日本』『日本人』というものが歴史的に形成されてきたものであり、7世紀以前には存在しなかったこと、ましてや1万年も前の縄文期にまで『日本人』を延長し、あたかも『日本人』が縄文期から連綿と続いてきたような何の証明もないいいかげんさでは「真っ当な代物」とはいえまい。1万年も前に溯って“権威付け”なければならないような「道徳」に何の価値があろうか。
さらに、西部氏は、日本的精神の特質は雑種性と包括性であるとし、「自らの文化が雑種であることを知悉し…その雑種のなかから純粋をみつけるのは至難の業だと承知した上で、その発見に倦むことなく挑戦し続けること…原理・体系を作ることの困難を重々自覚した上で、その困難を克服する努力を続けること…原理・体系への接近法それ自体が原理・体系」が「道徳の原点」であると。しかし、その前提として「日本は地勢上の位置からして、欧米はもちろんのこと中国大陸からも、一定の距離をおいていた。その意味において…外国からの直接的な圧力は小さかった。しかし、さまざまな異文化が徐々に到来したという意味では、日本は外国からそう遠くない位置にある。それが国内の歴史におけるいわば『漸進的変化』を可能にしたのである。」と。
しかし、なぜ、日本の歴史は「漸進的変化」でなければならないのか。「漸進的」ではなく「急進的」であれば、“輸入”した精神文化を日本で熟成できず、「雑種」の中からの日本的精神の「純粋」なものを見つけられないという西部氏の手前勝手な論理に基づくものである。網野喜彦氏はいう。「平穏な海ほど安定した快適な交通路はない…長い時間をかければ多くの人も膨大な物も、海を通じて運ぶことができる…海を国境として他の地域から隔てられた『孤立した島国』であるという日本人に広く浸透した日本像が、まったくの思いこみでしかない虚像」であり「この虚像をあたかも真実であるかのごとく日本人に刷り込んだのは、とくに明治以降の近代国家」であると。『孤立した島国』という「虚像」の上には「道徳」は構成できない。
ここまで書いてしまうと、この本は読む価値がないということになってしまうが、経済に関して「市場はつねに不均衡である…それゆえ市場はブーム(膨張)とバスト(破裂)の循環に放り込まれる。その過程で被る社会全体の犠牲は無視してよいものでは断じてない。二つに、所得分配の不公正ということがある。市場競争は、まず、資源の分配状態を与えられたものとしている。その状態が公正か否かの判定について、市場機構は何の基準もない。極端な場合、資源の九割をほんのひと握りの人間たちが持っていて、大方の人間たちは資源の一割しか手にしていないという前提での、市場均衡を効率的と呼ぶのが経済学なのである。」との、今の日本の論壇を賑わしている「市場経済」一本槍の新古典派経済学者への批判は的を得ている。しかし、西部氏の経済学の問題点は、ではどうしたら公正な社会を作れるかという現実的・具体的な政策を示さず、そこで思考を停止して「国民国家」という抽象的な「枠」に逃げ込んでいることにある。そこからは反アメリカ(反中国)の偏狭なナショナリズムしか生み出さない。
ところで、本書の根本的欠陥は、道徳を唱えながら肝心の日本の法に対する認識が欠落していることである。日本の刑法にしろ民法にしろ西部氏の嫌いな合理的な個人を前提とする「フランス革命の薄っぺらな合理主義」=「フランス啓蒙思想」そのものである。それらは、徳川幕府を「漸進的」にではなく「急進的」に武力“革命”で打倒し、独立宣言を行った東北各国を武力で制圧・併合し、自由民権運動を弾圧し、最終的に薩摩国を鎮圧した明治国家が制定したものである。その骨格は、けっして戦後にアメリカ占領軍が持ち込んだものではない。こうした日本の法体系への言及を避け、感覚的にヒューマニズムが好きか嫌いかだけで「道徳」は語れない。
(福井・R)

【映画評論】 「郡上一揆」

あらすじ
江戸時代中期・宝暦4(1754)年、美濃国(現在の岐阜県)郡上藩が舞台。
事実上の"増税"である「けみ検見法」の実施に端を発し、約5年にも及んだ農民たちの闘争を描いた作品。『遠き落日』('92年)の神山征二郎監督が史実に基づき映画化。緒方直人が熱演する若者を中心に、命をかけた闘いをエキストラ延べ3,500人を動員した迫力のスケールで描く。

キーワード@「検見取り:検見法」
年貢の算出の方法。収穫前の稲の実り具合を検査して年貢額を決定する方法。役人が「坪刈り」(一坪分の田の状況で全体量を算出するサンプリング方式)を行う。ここで重要なのは何処を検査するのか。役人は必ず実りの良さそうな地点を選ぶ。そうすると実際の収穫高以上に計算され重税となる。今風に言えば、税率の変更ではなく累進的な推計課税とでも言うのか。
これに対し従前は、「定免法(定額制)」が行われていた。これは過去の収穫高の平均値に基づき毎年一定額を徴収されるもの。これでは、農民の努力、改良、技術向上で手元に残すことも可能だった。当時は財政収入の多くが自然作物の米、年貢を主としたため、この様な形になっている。現代の法定主義、平等主義、実態主義、確定主義、自主主義等の諸原則は通用しない。

キーワードA「強訴」
一揆の戦術形態としては、箱訴、籠訴、門訴、駆け込み訴、強訴等がある。中でも強訴は徒党を組み権力者に直接訴える行動。
郡上の百姓たちの行動は非常によく組織、統制されており、当時の農民社会の気風が伺える。
さらには、彼らの戦略戦術が非常に巧妙に練り上げられている。
定次郎(緒方直人)等が、老中の登城の際に決死の覚悟の「駕籠訴」に出る。この老中は、金森藩につながる老中とは反対する勢力なのだ。「権力者の中にも常に矛盾を見い出し、その環を衝く」と表現すれば古びた左翼主義だが、言い換えれば兵法・戦略戦術論が彼らには装備されていた。

キーワードB「郡上120村の百姓の総意」
この「総意」という言葉が重い。1村1町の思いではなく、全村の総意が必要であり、映画の中でも何度か使われる。封建時代のしかも農民の社会でこれほどまでに民主主義が尊重されているとは、当時の百姓の風格の高さに敬服。

キーワードC傘連判状(からかさ れんぱんじょう)
「郡中の相談から決して抜けないことを誓う。もし抜けた場合はどんな目にあっても不足はない」という誓文を中心に書き、その周囲に円形に農民が署名血判して決意をあらわした文書。結果として傘を開いた様に見える。

キーワードD「費用の調達」
江戸に60名もの訴訟団を送り込む費用および、地元での活動費。締めて約800両の大金。これを各村の石高にあわせて分担。村は世帯ごとに割り当てを行う。
結果、集まった金額は1160両。
これらを集めている最中、前谷村の助左衛門(加藤剛)のところへ、女手一つで5人のこどもを育てている女性が金を持って来る。助左衛門は彼女の申し出を「村の相談で決めたから、出さんでええ」と断る。彼女は「夜なべ仕事で稼いだ金だ。受け取ってくれ」と言い切る。助左衛門は、その僅かだが尊い金を快く受け取る。
余談だが過日新聞に某労働組合の基金を投資に失敗し、勝手に担保に入れたり解約したりしたとの記事を目にした。彼らには江戸時代、この郡上百姓の爪の垢を煎じて飲ませるべきだ。

キーワードE「帳元」
一揆の会計責任者で闘争についての陰の指導者的存在の意。
これを林隆三が好演。渋い演技。
映画では帳元の家が裏切り者の手引きで、藩の足軽から襲撃され、帳面と資金を奪われてしまう。
昔々、英国の労働組合ではこの会計責任者のことを書記長と呼んだらしいこと思い出した。

キーワードF「立百姓」と「寝百姓」
一揆に翻った者たちを「寝百姓」という。最後まで一揆に加担した者たちは「立百姓」と呼ばれた。
江戸へ直訴に行く者の中から脱落者がいる。合議のなかでも過激な者、愚直で誠実な者、狡猾ですぐに妥協しようとする者、信義の欠片もない者、何時の世も人間の種類には変わりがないようだ。

キーワードG「これを仕込んだやつは?」
この映画、総制作費4億円のうち2億円を岐阜県内で集めきったらしい。この主体になったのが「映画『郡上一揆』支援の会」これの音頭取りが岐阜県農協中央会と郡上義民の会。
最終的にはJA全国連グループの協賛となっている。
まさに県民総ぐるみの取り組みとして完成させたようだ。だからこそボランティアのエキストラが延べ3,500人も動員できた。この動員が利かなければ、日当5,000円としても制作費が1750万円増加していただろう。
これを仕込んだやつは、どんなやつか知らないが、なかなか!
さいごに
何せ最後は、藩は改易、それに連なる幕府の重役も老中が罷免、若年寄が改易、大目付が罷免、勘定奉行は知行召上、美濃郡代が罷免等の処分を受け、一揆の首謀者14名は処刑される。藩が改易となるのは江戸時代約3200件以上もの一揆の顛末としては異例であり、そうゆう意味では農民の勝利であった。
私が観た時は正月にも拘らず客の入りは、寂しかった。確かに重い映画だからしようがないのかも。観客の平均年齢も50歳は間違いなく超えている。最近元気のない方、この映画は、観て熱い思いを感じられる作品です。
(豊中:宝山)