ASSERT 284号(2001年7月21日)

【投稿】 参院選 対決の焦点は何か
【投稿】 参議院選挙に思うこと
【投稿】 歴史教科書問題とマルクス主義史観
【投稿】 「多文化共生社会」の危機
  ----「外国人選挙権法案」不成立が示すもの---
【書籍紹介】 山口二郎著 「日本政治 再生の条件」

トップページに戻る

【投稿】参院選 対決の焦点は何か

<<「2人の小泉の挑戦に力を」>>
 12日公示の参院選は、圧倒的な“小泉人気”の前に野党はなす術もなく、早くも“自民圧勝”が既定事実になるかのような報道である。自公保与党三党は過半数確保の63議席を勝敗ラインとしているが、自民単独で70議席前後、3党で80議席を超えるという圧勝予測である。自民党は、3年前の参院選が選挙区30議席、比例区14議席、計44議席、これが今回は、47選挙区のほとんどで議席を確保、比例区でも20人以上の当選が見込まれるという。“怖いのは陣営の緩みだけ”といった楽勝ムードである。ほんの数カ月前の森政権末期には、「民主党の大躍進、与党の過半数割れ必至」と言われていたのが、空前の小泉人気で事態が完全に逆転しているわけである。
 先日の東京都議選、江戸川区では、小泉氏とのツーショットをポスターに使った候補が前回選挙の2倍の5万6000票を獲得したのに対し、使わなかった公認候補は半分の2万5000票しか取れなかった。そして、千葉市長選では無効票全体の2割近くが小泉首相票であったと言う。参院選ではこの票まで掠め取らねばと言うわけであろう、自民党比例区公認で名前が同じ小泉顕雄・京都府園部町元町議が、野中元幹事長の地元で突如立候補。野中氏の後ろ盾があるとはいえ、何の脈絡もない泡沫候補である。それが、ポスターに小泉首相と並んで「2人の小泉の挑戦に力を」と大書、純一郎と明記していないすべての全国の「小泉」票をいただき、今や当選確実とまで言われている。完全な便乗、悪乗り作戦である。議会選挙の本質を自らここまで落としても恥じらいさえ感じない小泉氏は、党首や総理大臣としての資格があるのであろうか。実にいい加減な政治姿勢を如実にあらわしていると言えよう。

<<「天気のように変わりやすい」>>
 日本と違ってアメリカでは、小泉首相の評価は、実に冷静かつ辛らつである。ニューヨーク・タイムズ(7/4付)は、「天気のように変わりやすい小泉首相」と題して、「渡米前には、ブッシュ大統領の議定書離脱を『嘆かわしい』と評しておきながら、会談後は、『大統領は環境問題に情熱的』と言い、アメリカで『アメリカ抜きでは議定書を追求しない』と言いながら、イギリスでは『最後まで説得努力を続ける』と述べる。議定書に対して二転三転する小泉首相の言動は、自身が政治生命を賭ける経済改革推進のためのテコとして同議定書を扱っていることに起因する」とその変転ぶりを分析している。事実、いまだに小泉氏は京都議定書を抹殺するような行動をとりながら、ブッシュ政権が態度を翻すことなどありえないと確信しながら、あくまでも「説得を続ける」とごまかし、事態の本質を隠蔽しているのである。
 同じく7/4付英紙「フィナンシャル・タイムズ」も「日本のショーマン」と題した記事で、「国民は、具体的中身のない曖昧な政策を支持しているだけだ。首相は参院選後まで“改革の痛み”の詳細を明らかにできない。このことは、小泉氏の考えはひどくあやふやなものでしかなく、深刻な景気後退で簡単に撤回しかねない、ということを暗示している」と、その指摘は実に的確と言えよう。
 さらにフランスのルモンド紙(7/4付)は、「小泉氏の人気は、これまでの自民党政治指導者や金融界の指導者に対する幻滅やフラストレーションがもたらした世論の強い苛立ちを反映したもの」である。しかし小泉首相の掲げる改革は、「純粋の」景気後退を招くであろうと警告し、「日本人は小泉氏を信頼することで幻想に酔っているのであろうか。ほらを吹くだけの改革派にまたしても失望させられた場合、より高いところから墜落するだけに、影響はより深刻であろう」と指摘している。

<<「絶叫パフォーマンス」>>
 冷静に考えれば、こうした指摘は当然のことであろう。小泉首相は7/8 、参院選全国遊説の皮切りとなった神戸で、「聖域なき構造改革」を訴え、「小泉改革に反することをしたら、私が自民党をぶち壊す」と、こう絶叫した。しかしこうした演説は具体的中味、痛みを明示していないと言う野党や新聞の論調に対して、7/12の松江市の演説では、「参院選を勝って安定的な政権を作ってから改革の中身を考える」と明らかに後退。同じ12日、参院と自民党を牛耳ってきた橋本派の青木幹雄参院幹事長が、同じ松江市で「(小泉首相の)聖域なき改革は支持を得ている一方、地方切り捨てとの不安が広がっている。首相の周囲がはしゃぎすぎて、いろいろ言っているためだ」と論難した後、「小泉さんとは『参院選を勝って安定的な政権をつくってから、改革の中身を考えよう』と話しているので、誤解しないでほしい」と、首相との合意内容を明らかにし、選挙に勝ちさえすれば、その後はどのようにもできるから心配ご無用といわんばかりの演説をしている。
 その意味では小泉氏は彼ら裏の支配者の「ショーマン」なのであろう。絶叫してもらってでも、少々痛いところを言われても当選さえすれば、多数派は当方と言うわけであろう。しかし、かれらの思惑通りにいくわけでもなければ、同時に小泉氏の思惑通りにもいくものではない。それでも浮ついた小泉人気は日本列島を席巻しており、小泉首相の行くところ何万という群衆が殺到する。ここに日本の政治状況のすべてが集約されているともいえよう。期待と危険性とモロさが同居しているのである。問題は、野党の中からこれを突き破る力が期待されてもいなければ、現実にも存在していないかのような政治状況である。
 こうした状況の中で、ついには「本当に怖いことは、最初、人気者の顔をしてやってくる。今しかない。戦前へ走らない道を。護る女。社民党」というコマーシャルが「誹謗中傷」に当たるとして、多くのテレビ局の放映拒否に遭っているという(6/30付朝日)。大政翼賛会的な言論統制そのものである。実に危険で、あぶなかしい事態への進展である。
<<「余りにも自信がなさすぎる」>>
 しかしこのような事態をもたらした責任の一端は野党にもあると言えよう。とりわけ民主党、なかでも鳩山党首の政治姿勢が問われている。サンデープロジェクトの党首討論がその典型である(7/15)。小泉氏から「民主党も自由党も私の考え方に近い」と言われても、回りくどい反論しかできず、ならば自民党を放り出して民主党とこそ手を組むべきであるといった大胆な提案もできず、ただ個々の「構造改革」について「本気でやるのか」とお伺いをしているだけなのである。逆に小泉氏から「鳩山さん、余りにも自信がなさすぎる」と激励される始末である。小泉氏にとっても、参院選後の旧主流派からの抵抗と反撃はそうたやすく乗り切れるものではない。最大の援軍は野党なのかもしれない。今や参院選の焦点は、参院選後の政界再編、自民と民主の党内抗争と再編のありように移行してしまっている観さえ生じさせている。
 菅直人幹事長にいたっては、「夢を見つづけていたい人は自民党に、夢から覚めたときのことを考える人は民主党に」などとまるで敗北自認姿勢である。夢を見つづけていたい人に政治的選択を迫らなければならないのに、はじめからそれを放棄してどうするのか。今現在進行している小泉内閣の破壊的な経済政策、無慈悲なデフレ強行政策、中小零細業者、勤労者に犠牲を押し付ける政策はすでに具体化している。建設・流通部門のスケープゴートはすでに熊谷組・マイカルとしてとりざたされ(八月中旬のXデー)、大手の金融機関や資本はすでに利益確保の手当てを済ませ、セーフティネットやガードが何も提起されていないなかで、圧倒的多数の下請けや関連業者、労働者は放り出され、小泉氏言うところの「痛み」を甘受せよというわけである。ブッシュ政権の環境保護政策への敵対、全く無意味で軍需産業を喜ばせるだけのミサイル防衛政策に追随し、これらに「理解」を示す、靖国神社・歴史教科書問題では近隣諸国との対立を激化させ、それに反省の姿勢さえ示し得ず、逆に開き直る、こうした小泉氏が抱える最大ともいえる問題点について、民主党が全く対決できないところに民主党が浮上し得ない原因があるとも言えよう。
 民主党から立候補するにあたって、大橋巨泉氏が「国のためにあたら若い命を散らした人達と、彼らを戦場に送りこんだもの達の区別もつかない小泉首相の化けの皮を、必ずはいで見せます」と述べたこの姿勢こそが要請されているのである。
(生駒 敬)