アサート 286号(2001年9月22日)
【投稿】 「対テロリスト報復戦」の展開と日本政府の対応
         ----アメリカによるアメリカのための戦争---- 
9月11日にニューヨーク、ワシントンを襲った同時多発テロは、アメリカのみならず、世界中を震撼させた。
ブッシュ大統領をはじめとする合衆国指導部は、このテロを「アメリカに対する戦争であるのみならず、民主主義、文明に対する挑戦である」と位置づけ、首謀者、およびそれを庇護する勢力、国家「大規模、長期的な報復を行うこと」を明言している。
これに対して、日本政府、NATO諸国など同盟国はもちろん、ロシア、中国などもアメリカの報復措置について、基本的な支持を表明した。
今回のテロは、ハイジャックした民間機での「特攻」というその手段、5千人にのぼる死者という結果において、過去に類例を見ないものであり、とりわけ世界貿易センター突入については、はじめから多数の非戦闘員の生命を狙ったものであり、許されるものではない。
一部には今回のテロは、グローバリズムや中東政策など「アメリカ帝国主義の侵略」に対する報復であり、テロを収束させるにはアメリカの政策転換が必要との主張もある。
確かに、ブッシュ政権は、京都議定書の批准拒否、ABM条約やCTBTなどの軍縮条約破壊、反差別国際会議のボイコット、パレスチナ和平への消極性など、それこそ先進国の中でも突出して「民主主義や文明」に背を向ける姿勢をとり続けてきたことは事実であり、アメリカはそうした姿勢を変えなければならない。
しかし、9月11日の出来事は、そうしたアメリカによる悪行、なかでも中東政策(これまでの「秘密政策」も含めた)への「報復」の側面は持つものの、「正当な反逆」ではない。つまり今回の事件の首謀者とされるウサマ・ビンラディンとその私兵「アル・カイーダ」は、どう大目に見ても正義の使徒ではないし、民族解放勢力とはいえないのである。
 もちろんソ連のアフガン侵攻に反対し、イスラム義勇兵に志願した当時のビンラディンは、純真な金持ちの坊ちゃんであり、敬虔なイスラム教徒であっただろう。
しかし、冷戦終結、湾岸戦争以降の「アメリカの裏切り」にあってからの彼らは、単なる破壊を目的とするカルトでありテロリストへと変貌してしまってたのであり、いかに正当な主張を展開しようとも、そうした行動をとり続ける限り、全く説得力を持ち得ない。
 テロによってアメリカの政策が変わることはないのである。
アメリカを中心とする先進国のグローバリズムによる発展途上国や、マイノリティへの抑圧に対しての異議申し立ては、この間WTO総会やG8(サミット)を包囲したような、国際的、市民的な行動こそが、正当性を持ち、かつもっとも効果的であるのは言うまでもない。
 とりわけ「我々は60億、おまえらは8人」のスローガンが突きつけられ、壮大な儀式のために犠牲者を出したジェノバの事態は、少なくとも西欧の指導者に動揺をもたらし、反対派との対話を打ち出さざるを得なくなった。
しかしアメリカは「我が道を行く」の姿勢を崩さず、建設的対話の埒外に去ろうとしていた。
 その意味で近いうちに始まるであろう戦争は、ビンラディンという怪物を生み出した責任も含めて、アメリカ対一部のテロリストという世界から浮き上がったもの同士の戦いともいえるのである。
現在アメリカはこうした構図が浮かび上がることを押さえ、「文明対一部テロリストの戦争」の枠組み作るため、これまでの一国主義から手のひらを返したように国際主義を唱え、「アメとムチ」を駆使した工作を進めている。
テロ根絶のためにはあらゆる手段が必要であり、その選択肢の一つに武力行使もあり得るだろう。しかし今回の場合は、「同盟国」は無条件にアメリカの報復戦を支持するのではなく、アメリカのダブルスタンダードを指摘し、他の問題についても国際協力を尊重するよう求めねばならないのである。
お調子者のダンス
このような観点から見れば、日本政府の対応は最悪である。今後開始される戦争がどうした展開を見せるかを考えもせず、小泉首相をはじめとする首脳の言葉、決意が先行し、ピントはずれの政策が立案されようとしている。
その最たるものが「有事法制」である。与党は来年1月からの通常国会で法案の成立を図るとしているが、その主な内容は「緊急移動時の民有地通行」「陣地構築のための海岸や森林の形状変更」すなわち自衛隊の戦車が田畑を走行したり、塹壕を掘るのに所有者の許可を得なくてもよくする、というものである。
「有事法制」冷戦時代にソ連軍が北海道や本州に上陸してくるのを想定して考えられたものだ。現在さらには近い将来において、そのような可能性はなく、また「周辺事態」にも対応できないにもかかわらずホコリをかぶった法案を引っ張り出してくるのは、防衛官僚、一部制服幹部、国防族議員が権限の拡大を自己目的としているからに他ならない。
こんなものが、今回のようなテロには何の役にも立たないことは一目瞭然であるにも関わらず、テロ対策の如く説明し、あたふたと成立させようとするのは、国民を欺くものであり、火事場泥棒と言われても仕方がないだろう。
また、今回の事態に即した対策としての自衛隊法改正についても、的はずれな論議が行われている。
9月11日以降米軍基地、関連施設の警備が強化されたが、通常の警察力だけでは限界があるのは明らかであることから、自衛隊による警備が検討されている。しかし、米軍基地の警備は米軍が行うのが最も効果的であり、武器の使用基準も曖昧な自衛隊ではポーズにしかならないし、テロが起これば、米軍が自衛隊を守ることになってしまう可能性がある。
さらにアメリカの報復戦に対する支援策についても、第2次朝鮮戦争を想定した周辺事態法の適用などという主張が一部にある。これについてはさすがに官邸サイドも無理があると判断し、「後方支援新法」の制定に動いている。要はインド洋の赤道と南回帰線のほぼ中間の島(環礁)にある備蓄基地(船)まで輸送船を中心とする自衛艦隊を出せ、ということである。
しかし長期戦に必要な大量の物資の集積地はパキスタンが想定されているのであって、海上輸送の場合、カラチに入港しなければ意味がないのである。
ところが、そうなるとインド洋上でも「戦闘地域に近い」との認識であるのに、アラビア海などに入っていけるはずがないのであり、立ち消えになる可能性がある。
 いずれにしても現時点での日本政府の対応は、テロ対策を口実とした戦略なき彌縫策としか言いようがいのである。(大阪 O) 

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