ASSERT 287号(2001年10月20日発行)

【投稿】  報復戦争参戦の危険な選択
【寄稿】 「小野義彦と私--敗戦前後--」  by 小野みどり
【書評】 『転向再論』鶴見俊輔・鈴木正・いいだもも
【コラム】 ひとりごと--自治労事件に思うこと
【読者の声】 私のボヤキ

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【投稿】 報復戦争参戦の危険な選択

<<「真昼の決闘」>>
 10/4付の「小泉内閣メールマガジン」は、現在の小泉首相の稚拙で危険な心理状態をよく現わしている。冒頭の「らいおんはーと」の見出しが「真昼の決闘」である。首相いわく。「先週のブッシュ大統領との首脳会談では、…席上、思わぬプレゼントがあった。大統領がサインした映画「真昼の決闘(ハイ・ヌーン)」のポスターだ。これにはいきさつがある。好きな映画は「真昼の決闘」と伝えた。主人公は、保安官役のゲーリー・クーパーと相手役のグレース・ケリー。…ブッシュ大統領は、六月の会談で、改革に立ち向かう私を、ハイ・ヌーンのゲーリー・クーパーにたとえた。先週の会談では、今度は私が大統領をゲーリー・クーパーにたとえた。悪漢を倒し二人で(グレース・ケリーと)町を去っていくラストシーン。たとえ自分ひとりでも悪に立ち向かう。娯楽映画でありながら、アメリカ人が思い描く崇高な精神を感じた。テロリズムに対する毅然とした態度は、自由と平和と民主主義を守ろうとする米国の精神そのものだ。映画と違うのは、孤独な戦いではないこと。」と、述べて、「今週、テロ対策の新法をまとめて国会に提出する」と締めくくっている。これ以外になにもない。飢えと貧困に苦しみ、難民に追いやられている人々への配慮、思考などこれっぽちも思い浮かばない単純思考である。アメリカでは、「我々は米国とともにある」と繰り返し目を吊り上げて強調し、迎賓館の宿帳には「ファイト・テロリズム 小泉純一郎」と署名。記者相手には「ブッシュ大統領は悪人と戦うゲーリー・クーパーだ」と語って得意がる。
 この首相と大統領には、正義を体現する保安官と悪漢の構図しかないのであろう。テロにはテロで報復し、拳銃を振り回して得意がり、悪漢を蹴散らせばいいという、単純西部劇戦争の再現である。ブッシュ自身も会見の席上、「西部劇のポスターを思い出した。ビンラディンを捕まえるには、デッド・オア・アライブ(生きていようが死んでいようが)だ」と、本当に保安官気取りなのである。あきれた程度の低さである。

<<「無駄撃ち」爆撃>>
 しかし事態の進展は、複雑で危険な泥沼化の様相を示し始めたと言えよう。「どこに逃げようと、穴ぐらからいぶり出す」とブッシュ大統領は言い放ったのであるが、すでに彼らが思い描いた短期決戦は不可能な事態となりつつある。
 「早急に正義は実行されるべきだ」(ラムズフェルド国防長官)、「ビンラディンとアルカイダを殲滅する」(ライス大統領補佐官)として、ブッシュ政権はインド洋上にはF14戦闘機など70〜80機を搭載した米空母カール・ビンソン、エンタープライズ、セオドア・ルーズベルト、キティホークなどを大挙集結させ、大量の戦闘機が空爆に参加、洋上の駆逐艦からはトマホークミサイルや新型兵器をさながら実弾演習のごとく発射、アフガンを取り巻くトルコ、サウジ、クウェート、タジク、ディエゴガルシア島、などの基地からは、B52やステルス爆撃機が出撃。5000人を超える急襲上陸部隊や山岳部隊が派遣され、地上戦に備えているという。
 しかしこれに対するタリバン側は、正規軍三万人程度、保有戦闘機も20機あるかないかと言う、もともと防空能力は無きに等しい状態で、こんな大規模な空爆はそもそも「兵器・兵力の無駄遣い」、「無駄撃ち」であり、むしろ民間への犠牲を拡大すると疑問視されてきたものである。初日の空爆では、レーダー網をかいくぐる“ステルス爆撃機”B2で爆撃したのであるが、かいくぐるべきレーダー網もなく、軍事的意味ゼロの「果敢な」攻撃をしたに過ぎなかった。
 それでもラムズフェルド国防長官は「空爆は大変な成功だった」と誇らしげに語っているが、これとて当初、「3日で終わる」と明言していたのに、5日もかけてまだ、「一度攻撃した地点に、再攻撃をかけることもあり得る」(ラムズフェルド国防長官)と言っており、制空権を掌握したにもかかわらず、相次ぐ誤爆と民間人の犠牲者の増大、民家やモスクや国連NGO施設の破壊など怪しげな実態である。
 さらに危険なのは、焦りに刈られ、功を急ぐ余り、危険極まりない賭けに出る可能性さえ存在していることである。一部報道によると、米国防総省は戦術核兵器の使用を大統領に具申し、最高レベルの検討が続けられているという。この問題をテレビで問われた、ラムズフェルド国防長官は核兵器使用の可能性を否定はしなかったのである。

<<泥沼化がもたらすもの>>
 ここでたとえ、11月のラマダン入り前に米軍が相当華々しい「戦果」をあげ、また、あやふやな証拠で「主要な容疑者」と指名手配しているビンラディンをデッド・オア・アライブ、殺害あるいは逮捕し得たとしても、この「報復戦争」は成功でも勝利でもない、泥沼への道に踏み込んだとみなすことが妥当であろう。
 比較的目に付き易いテログループや集団は追い詰め、壊滅させることはできるかもしれないが、もっとより大きく、根が深く、長期的な問題は、先進諸国の国民所得が数万ドルの生活を享受している一方で、年間たった数百ドルの絶対的貧困の生活に追いやられている人口の方が圧倒的多数を占めているという現実である。とりわけ中東は、先進諸国が押し付けてきた果てしなき戦争状態によって大量の難民を生み出し、その飢餓と貧困と差別から利益を享受し、資源を支配し、今また彼らに都合良く再編成しようというアメリカ資本主義の勝手なグロ−バルスタンダードに抗議する当然の要求、「大義」が存在している限り、そして先進諸国がこれらの大義を無視し、放置している限り、「報復」の連鎖は断ち切られることはないといえよう。ましてや人々の苦しみをいっそう絶え難いものにさせ、爆撃のついでに食料や医薬品を放り投げるといった軍事作戦は、さらなる憎悪を煽り立てるばかりであり、テロの脅威は減るどころか、逆に火に油を注ぎ、世界中を「報復とテロの連鎖」、果てしなき「報復合戦」の時代に追い込んだともいえよう。すでに米国のFBI、CIA自身が「米軍がタリバンを空爆すれば報復テロは100%起きる」と上院に報告書を上げている。
 そして10/12、FBIが「新たなテロの可能性がある」と異例の警告を出し、全米は厳戒態勢に入っている。ニューヨーク市をはじめいくつかのメディア関係者に炭疽菌感染者が続出し始め、「貧者の核兵器」に対する米国民のいらだちと不安が高まっている。ワシントンでは、FBIが警察当局に対し、危険物を積んだ「トラック」爆弾を警戒するように求めたこともあって、すでに首都周辺への大型トラックの乗り入れ禁止措置がとられ、全米トラック協会も監視体制の強化に乗り出す騒ぎである。
 しかしこうした不安の連鎖には際限も無ければ、これで安心という決め手も無い。そしてこの報復戦争の泥沼化は、バブル景気の清算期に入りつつあった米経済にさらに深刻な影響を与えるとも言えよう。報復戦争で潤うのはそれに関連する業界だけである。ある意味では、ブッシュの背後に控える石油資本と軍需資本が高笑いしているのかもしれない。本来この時期、クリスマス商戦に向けて米個人消費が伸びる時期である。しかし、第2、第3のテロへの不安は、消費を萎縮させるものでしかないであろう。9月11日以来、航空業界、旅行・観光業界、航空機製造業界、そしてハイテク業界は、12万人にものぼる解雇を発表している。これらの悪影響は原油価格の高騰とあいまってさらに多くの分野・業界に広がることが懸念されており、エコノミストは、失業率が現在の4.9%から来春までには7%にまで上昇する可能性を指摘している。株式市場で買われているのは、軍需関連製造・製薬・セキュリティー機器といった会社だけである。

<<「情緒的反対論」>>
 本来、テロリズムに反対するのであれば、テロによって反撃する「報復攻撃」、ましてや国家的テロルの発動である「報復戦争」にも反対するのが当然でなければならない。これに賛成し、巨大な軍事力の行使に参戦することなど、国家的テロルを助長する以外の何物でもないと言えよう。
 ところが、わが小泉首相は、テロ事件発生直後にブッシュ大統領に「最大限の協力をします」と約束。翌日には「自衛隊派遣に向けた法案を早急にまとめてくれ」と官房副長官に指示。アーミテージ米国務副長官の「ショー・ザ・フラッグ」発言をここぞとばかりに利用して、自衛隊を後方支援部隊として参戦させることを国会審議なしで独断で決めてしまい、わずか1週間で7項目の支援策をまとめ、そしてワシントンでは「悪人と戦う正義の保安官」とブッシュ大統領を持ち上げ、帰国後は「危ない所に出さないでは話にならん」と自衛隊をインド洋、パキスタンに派遣することを決定、さらには「テロ対策特別措置法」という名の「自衛隊参戦法」、自衛隊法の改正を10/5日には国会提出という異常なはしゃぎぶりである。明らかに小泉首相は破綻に瀕している経済政策の行き詰まりを、テロ事件をこれ幸いと失政隠しに利用し、このドサクサの事態に便乗して一気に事実上の憲法改悪を強行しているのである。
 この自衛隊法の改正について、民主党の若手議員が、自衛隊の治安出動に関する政府の改正案がこれまで認められていなかった「重要施設」として、「在日米軍」と「自衛隊施設」に限定したのは解せない、首相官邸や原発施設は守れるのかと異議を唱え、政府・防衛庁側から「警察権力で守れる」との説明に対して、いや警察力では守れないと論陣を張っているのには驚かされる。かれらは「自民党の中では、野中氏に代表される有力者が『国民に対して自衛隊が銃を向けることは許されない』という趣旨の発言を繰り返しています。民主党内にも同様の議論があります。」として、これらを「情緒的反対論」として切って捨てている。危うい議論である。ミサイルで重装備した巨大軍事国家でも守れなかったテロ攻撃を、テロを対置することによって対抗する愚を犯そうとしている。テロを許さない平和的解決策こそが求められており、根源的な政策が問われているのである。
(生駒 敬)