アサート 294号(2002年5月25日発行)
【投稿】 有事立法・小泉内閣の危険な賭け
【投稿】 市町村合併と地域通貨
       --地域経済活性化と地域コミュニティー再構築の可能性--
【書評】 『カルチュラル・スタディーズへの招待』
       (本橋哲也著、2002.2.20.発行、大修館書店、2300円)
【書評】 「憎まれるアメリカの正義−イスラム原理主義の闘い」
                (小山茂樹・立花亨 講談社+α新書)
【コラム】 ひとりごと:NGOの勝利--中国・瀋陽の日本総領事館事件

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【投稿】  有事立法・小泉内閣の危険な賭け by 生駒 敬

<<「今日行こうと思ったのは朝だ」!>>
 小泉政権は、去る4/27でまる1年を経過した。発足当初の90%前後にも及んだ内閣支持率は、今やすっかり冷え切ってしまったかのようである。毎日新聞の調査では57%の人が『小泉政権の1年を評価しない』と答えている。時事通信社が5/17に集約した世論調査結果によると、小泉内閣の支持率は発足以来最低だった前月をさらに下回る37.6%に低下、ついに40%を割ってしまった。逆に不支持は5.9%増の42.8%となり、初めて支持・不支持が逆転したのである。そして、先月28日に行われた新潟、和歌山の補選と徳島県知事選の結果は、1勝2敗とはいえ、惨たんたるものであった。とりわけ新潟補選では、自民党は無名に近い無所属新人候補に20万票もの差をつけられて大敗した。自民党候補応援で新潟入りした小泉首相が強烈なヤジと拒絶反応に直面してうろたえ、1年前との余りにも大きな落差に鼻をへし折られたと言えよう。
 もはや党内では「抵抗勢力」と揶揄してきた多数派の手の内に取り込まれ、次の首相候補が画策されるという「死に体」状態を抜け出そうと、焦り出したのであろう。政権延命の最後の手段として、「変人首相」さながらの危険なタカ派体質を剥き出しにし始めた。その象徴的な行動が、4/21の不意打ちの靖国神社参拝であった。首相は「参拝は前から考えていたが、実際に今日行こうと思ったのは朝だ」と“突然の決断”であったことをわざわざ強調し、“電撃的”“抜き打ち的”な行動を示すことで、『何をしでかすか分からん』姿勢をアピールし、党内を引き締め、唯一残された“首相の解散権”を武器に政権立て直しを図ろうとしたのであろう。しかしこの浅はかな行動は国内のみならず国際社会からも大きな失望と落胆を招いたのみであった。とりわけサッカー・ワールドカップ共催を直前に控えた韓国の李・国会議長が「まるで日曜未明の真珠湾への奇襲攻撃」と批判、韓国の与野党ともに「北東アジアの平和を傷つける挑発行為」と反発したのは当然であろう。

<<「憲法9条はおかしい」>>
 さらに首相は、自らの党の了承もなしに突如、郵政関連法案を国会に提出し、「(自民党は法案を)潰すんだという考えを持たないでほしい。自民党が小泉内閣を潰すか、小泉内閣が自民党を潰すかの戦いになる」とかつてのさびついたセリフそのままに大ミエを切った。しかし急ごしらえの実効性を伴わない民間参入法案は業界からも見放され、「抵抗勢力」側も安心して賛成に回る始末である。
 しかしこれらはあくまでも刺身のつまであろう。小泉内閣が今や最大の課題としているのは有事法制関連3法案である。歴代の自民党政権のいずれもが国会に上程できなかった危険な有事立法を、突然叫び出したのが、昨年12月末。読売・産経新聞の大々的な応援と叱咤激励を受けて、1月以来、防衛庁や法制局がこれまた急ごしらえで矛盾だらけの法案をでっち上げ、閣議決定したのが4/16。与党側はこの有事法案について、5/27までに公聴会か参考人質疑を強行し、28日には衆院特別委で採決し、30日の衆院通過・成立を目指そうというのである。自民党の古賀誠前幹事長が「一分一秒を争って、あげなければいけないのか」(5/17、新潟市内講演)と苦言を呈するほどの焦りにあせった強行突破スケジュールである。ムネオ疑惑から始まった「週刊誌政局」、ワールドカップを目前に、「有事」とはまったく無縁な「平和」なさなかに、その危険性に気付かれないうちにろくに論議もされないうちに、何が何でも成立させてしまおうという魂胆である。
 当然と言うべきであろうが、国会の有事法制論議での小泉内閣の破綻ぶり目を覆うほどのものである。5/7、答弁に立った首相は「憲法9条はおかしい。戦力の保持を禁止しているが、自衛隊が戦力の保持でないと国民は思っているのか」と答弁したのである。これほどのあからさまな憲法否定発言は初めてであろう。首相としての憲法遵守義務を自ら放棄しているのである。与党幹部でもア然とする発言であるが、翌5/8には、今や首相の指南役として君臨し出した福田官房長官が、「有事に備え、民間防衛組織を整備したい」「必要な組織や平時の訓練のあり方を考えたい」とまで言い出したのである。もちろん、有事立法3法案にも入っていない、隣組の組織化から、防空・竹槍訓練にまで至る戦時体制さながらの、戦前の帝国議会の議論と意識をさらけ出してしまった。

<<「何が有事か言うのは難しい」>>
 そもそも法案の根幹である「有事」の定義すら定められていないばかりか、説明さえできないのである。中谷防衛庁長官は「有事」に関連して、「武力攻撃が予測される事態とは自衛隊に防衛出動命令が予測される事態」と説明したが、「では防衛出動が予測される事態とはどんな時だ」と質問されると、「武力攻撃が予測される事態だ」と無限ループの空回り答弁しかできず、揚げ句の果てには「何が有事かを明確に言葉で言うのは難しい」と答弁する始末。
 さらに小泉首相は、「おそれ」、「予測」の段階では、武力行使はできないと答弁したのであるが、法案にいう「武力攻撃」には「おそれのある場合」を含むのかどうかで、福田官房長官の答弁は二転、三転。当初「含まない」と答弁していたのが、そうすると、「おそれ」の段階でも「部隊等の展開その他の行動」はとれないことになるとして、一転して「おそれのあるときも含む」と答弁。ところがこれでは、「おそれ」の段階でも武力行使ができるということになり、首相答弁をくつがえしてしまう。結局、“「武力攻撃」という言葉には「おそれの場合」は含まれていないが、条文の後段部分「部隊等の展開その他の行動」には「おそれ」や「予測」段階の準備行動を含む”という自らも説明不可能な解釈で危険な本質をごまかし、切り抜けようと必死である。
 ところがこの「おそれ」や「予測」段階での準備行動がどのようなものか明らかになった。5/6、朝日1面に暴露された記事である。先月10日に、防衛庁の海上幕僚監部の幹部が在日米海軍の司令官を訪ね、海上自衛隊のイージス艦やP3C哨戒機をインド洋に派遣できるように「米側から要請してくれ」と持ちかけたのである。そしてその“要請通り”にウォルフォウィッツ米国防副長官が、「(アフガン軍事作戦に)高い偵察能力がある海上自衛隊のイージス艦やP3C哨戒機を投入してくれれば極めて有益だ」と、先月29日に訪米した与党3党の幹事長に“公式要請”したのである。朝日は「制服組の独走ともいえる事態で、文民統制の危うい現状が浮き彫りになった」と指摘したことに対して、中谷防衛庁長官は「派遣を要請するよう働きかけた事実はない」と全面否定したが、しゃべった本人が認めており、事態の本質は変わらない。米軍と連携した「おそれ」や「予測」段階からの軍事行動がすでに準備され、法的に合法化されようとしている証左といえよう。
<<『いかんざき』>>
 法案の矛盾を追及されると、小泉首相は「民主党からもいい提案があれば検討したい」と答弁するほどのズサンさである。民主党の鳩山代表は5/17、有事法制関連3法案について「きょう、公明党幹部に聞いたら、『どうせ中身がないからいいでしょう』と言われた。こんなこと言われたら『いかんざき』だ」と述べ、3法案に賛成の公明党・神埼代表をけん制したという。
 しかし彼らがけん制する程度では、事態の危険な進行は止まらないであろう。小泉内閣は、行き詰まりと権力基盤の急速な低下を、平時にわざわざ「有事」と緊張を作り出すことによって切りぬけ、延命させることにしがみつきだしたのである。その最大の推進力は、小泉首相自身である。1963年自衛隊幹部らの秘密作戦計画「三矢研究」(戦争への総動員体制と徴兵制、マスコミ統制の図上作戦)が発覚したときの防衛庁長官が小泉首相の実父であり、辞任を余儀なくされた。そして現小泉首相自身がかつて秘書として仕えた福田元首相は、1978年公然と有事法制の研究を防衛庁に指示したが、世論の強い反対の前に挫折した。小泉首相のタカ派的右派的体質は、「変人首相」の気まぐれどころか、旧岸派―旧福田派―旧三塚派―森派という自民党の右派人脈の中で培われてきた本質的なものであろう。現内閣官房長官の福田康夫は、小泉が書生をしていた福田赳夫元首相の長男。副官房長官の安倍晋三は、岸信介元首相の孫。そして直接の後見人が「神の国」発言の森喜朗である。そして中曽根元首相がその右派路線を公然と支援している。
 小泉首相にとっては、有事立法を自らの手で作り上げることが、ブッシュとの約束を実行することでもあるが、それ以上にいわば怨念の集大成であり、悲願でもあるといえよう。だからこそ身内の自民党の推進派議員からでさえ「テロや不審船に対応できない」欠陥法案だとの不満が噴出してきても、小泉首相は「不完全でもいいから一日も早い法案の成立が必要だ」と焦りを露骨に表している。
 民主党ももはや支持できなくなってきた有事立法をめぐる動きは、ようやくのことにして反対運動が盛り上がりを見せ始めたともいえよう。三法成立阻止の取り組みをさらに広範に進めることが求められている。(生駒 敬)