アサート 301号(2002年12月21日)

【投稿】 地方分権の危機 by 江川 明
 
 地方分権一括法が施行されて、まもなく3年が経とうとしている。
 本来ならば、この3年間を総括・評価し、地方分権を更に進めていく方策について議論百出、といった状況が好ましいのであるが、現実はむしろその逆であり、地方分権は今、危機に瀕しているのである。

 地方分権推進委員会を中心とした「第1次分権改革」は、機関委任事務の廃止、国の関与の縮減など画期的な成果を収めた。国の各省庁には、依然、分権への無理解があるようだが(それは地方の側にも言えるが)、国と地方は対等の立場であるとの枠組みはできたのである。
 残された課題である税財源の移譲については、地方分権推進委員会を引き継いだ地方分権改革推進会議の手に委ねられた。小泉構造改革においては、国庫補助負担金、地方交付税、税源移譲を含む税財源の配分の在り方を三位一体で改革し、地方の権限と責任を大幅に拡大し、地方財政の自立を目指すとしていたのである。
 しかしながら、さる10月、同会議が取りまとめた「事務・事業の在り方に関する意見」では、権限委譲について極めて中途半端な方針であるに留まらず、税源移譲による財政措置が明確にされないまま、義務教育費国庫負担制度の見直しが打ち出されてきたのである。
 これには、全国市長会や全国知事会などの地方6団体が即座に「到底受け容れることはできない」と一斉反発している。国の機関である地方制度調査会ですら、「単なる地方への負担転嫁となりかねず」「地方公共団体の批判を十分に踏まえるべき」として地方分権推進会議をたしなめているのである。
 この動きと同時に、地方交付税の財源保障機能の見直しも議論されている。この問題の評価は別の機会とするが、いずれにせよ、三位一体改革といいながら、具体的に議論されているのはこの2点だけであり、地方分権にとって肝心要の税財源の移譲については、未だ「見直しを検討する」に留まっているのである。

 もう一つの問題は「市町村合併」である。
 政府は、合併特例法の期限である2005年3月までに所要の効果をあげるべく、国庫補助金や合併特例債、地方交付税の優遇措置などの「アメ」をちらつかせながら、躍起になって合併を推し進めようとしている。
 合併までには2年かかるといわれてことから、決断は2002年度中に、と脅迫まがいに市町村を追い込もうとしているのである。
 このタイミングで、合併後に残った小規模な市町村については、大幅にその権限を縮小させようという議論が公然と行われている。相前後して公表された、地方制度会長委員である西尾勝の私案や自民党のプロジェクトチームの報告は、「規模が小さい=自治能力が低い」と決めつけるかのように、権限の取り上げを提唱しているのである。
 以前から指摘されていたとは言え、このような「ムチ」が登場してくると、いよいよ国のホンネが垣間見えてくる。「平成の大合併」の目的は、地方分権の受け皿づくりでも何でもなく、やはり「国で面倒の見切れない町村の処理」だったのである。
 確かに、自主財源が極めて乏しい町村が多いのは事実であるし、合併による規模のメリットがあるのも事実である。しかし、それは個々の市町村の自治能力とは別の問題であり、合併により解決するのかどうかは、市町村が「自主的に」判断すべき問題ある。

 ここにきて、「上からの地方分権」のツケが回ってきているようである。地方が実績を積み重ねて勝ち取った分権ではなく、国の行政改革の文脈から生じた分権であることを考えれば、現時点での国と地方の力関係ではやむを得ない動きであるとも言える。
 地方の「地力」をつけていくことが、今こそ問われている時はない。
 マスコミを賑わせている知事や市町村長のパフォーマンスだけではなく、足下では徐々に、自立した行政経営の模索や住民との協働によるまちづくりなどが進められている。これら一つひとつの結実こそが、分権型社会の実現につながっていくのである。
 来春の統一地方選挙では、地方分権や市町村合併など、自分たちの住むまちをどのようにしていくのか、大いに議論されることを期待したい。
(大阪 江川 明) 

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