アサート 301号(2002年12月21日)

【訪問】 横田三郎先生を訪ねて
 8月末、我が恩師である教育学者の横田三郎先生を島根県大田市に尋ねた。
 横田先生は、大阪市立大学退官、広島修道大学の後、4年前に念願の「海の見える家」で暮らすべく大阪市内から島根県大田市に移られました。
 私は、たまたまこの夏島根県を旅することになったので、前々から横田先生をお訪ねようと思っていたこともあり、今回の訪問が実現しました。
 確かに、ご自宅から日本海が一望できるご自宅でした。先生の説明では、夏は涼しいが冬は季節風が厳しい。海に沈む夕日を見ることもできるとのことです。
 先生は、現在もドブロリューボフの翻訳を続けられており、毎年1冊のペースで本を出されている。昨年も鳥影社から ドブロリューボフ選集第9巻を出版された。 全国の主要大学の図書館に寄贈されてもいる。ただ先生の悩みは、歳のせいか、翻訳作業が以前のようには進まないこと。それでも、まだまだ、ドブロリューボフの著作は翻訳されていないものが多く1年1冊を目標にできる限りつづけていきたいとのことでした。
 島根に移って感じたのは、なぜ山陰地方に地方空港がたくさんあるのかと言うことだそうだ。出雲空港、米子空港などなど。ほとんどが赤字空港なのだ。先生曰くは、やはり朝鮮半島を意識した軍事的目的がその裏にあるのではないかということだった。
 先生は、現在も解放教育研究所の代表を務められ、最近、特措法の期限切れを迎えて、大阪でも「解放教育」などの表現を「人権教育」と替える動きや、解放会館を人権センターに変更する動きを批判しておられました。
 横田先生は現在79歳、来年は80歳ということ。是非今度は横田ゼミOBが集まる企画をお約束してきました。 (H) 

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