ASSERT 312号(2003年11月22日発行)

【投稿】 「小泉・安倍効果」なしの選挙結果
【投稿】 「再編と改革」が進む東京都立病院
【追悼】 労働運動に生涯を貫いた人
       ---原全五さんを偲んで---
【書評】 『生・老・病・死を考える15章---実践・臨床人間学
【投稿】 総選挙を終えて--若干の感想--

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【投稿】 「小泉・安倍効果」なしの選挙結果

<<まさかの議席減>>
 小泉・安倍コンビの二枚看板で自民党単独過半数獲得・圧勝というシナリオはもろくも崩れ去った。投票日1週間前の11/3に、大手4紙が発表した世論調査では、自民党は地方の小選挙区で民主党を圧倒、都市部でも善戦し、いずれも「自民圧勝の勢い」といった活字が踊り、自民党は単独過半数(241)どころか、常任委員長ポストを独占できる安定多数(252議席)も上回り、全委員会で過半数を握る絶対安定多数(269議席)の可能性さえあると報じていたのである。ところが結果は、自民237(−10)、民主177(+40)、公明34(+3)、共産9(−11)、社民6(−12)、保守新4(−5)、無所属の会1(−4)、その他12(+4)、と自民党が大きく議席を減らし、民主党に予想外の躍進をもたらした。自信満々、単独過半数を確信していた小泉首相にとっては「まさかの議席減」である。「小泉効果」も「安倍効果」もその相乗効果もなかったのである。海外からも「一般の人々は自民党の伝統的なばらまき政治を拒み始め、小泉首相を見限りだした」(11/9 ウォールストリート・ジャーナル電子版)とか、「財政再建や不良債権処理の遅れに対する国民の不満の高まり」(ワシントン・ポスト電子版)などと分析されている。
 各紙が事前の世論調査分析で見落としていたことは、同じそれぞれの調査の中で小泉内閣の支持率が1ヶ月余りの間に12〜16%も下落し、47%台に落ち込んでいたことである。この時点ですでに、選挙目当ての小泉内閣のパフォーマンスと無責任な政治姿勢に「ノー」が突き付けられていたといえよう。にもかかわらず各紙が「自民圧勝」を予測したのは、創価学会・公明票のほとんどが自民候補に流れ、自民を大きく下支えすると見たからである。
 事実、公明党は小選挙区には10人しか候補者を擁立せず、他の選挙区では198名の自民党候補を推薦・支援し、そのうち当選者は156名に上っている。公明党の推薦を得た自民の小選挙区候補の勝率は67%という高さである。まさに創価学会・公明票が小泉自民党の死命を制し、命脈を保たせたといえよう。そして、公明党推薦を受けた自民候補者は「比例区は公明党」と支持者に要請した結果、公明党は比例代表で873万(前回776万)票、10選挙区で9議席を確保し、この選挙協力によって議席を3伸ばして、34議席とした。

<<二枚看板、無党派層とらえず>>
 しかしそれでも各紙の出口調査によれば、自民党候補に投票した公明支持層は6割にとどまっている。民主党でも「比例区は公明党」と動いた候補者も存在する。問題はこうした権力維持と打算にもとづいた選挙協力は、広範囲な支持を得ることが出来ず、内輪の裏取引レベルで画策され、組織的締め付けが可能な範囲でしか動作せず、したがって投票率が低ければ低いほど効果を発揮するという宿命を背負っていることである。創価学会・公明党の集票力は全国で800万票あまり、各小選挙区には平均2万5000票あるといわれるが、全有権者からすればしれたものであり、その全てに統制などきくものではない。その意味では、今回の投票率が、これまた事前の予想を外れて、結局59.86%(小選挙区)で確定し、戦後2番目の低さになってしまったことは、事前の世論調査が全て自民圧勝を予想し、その分諦めと棄権層を増大させ、結果として政治不信の大きさをあらためて示したものであったが、逆にそのことが自民・公明にとっては幸いだったと言えよう。しかしそれは薄氷の不安定な勝利でしかない。
 朝日新聞・出口調査によれば、選挙戦の死命を制する無党派層は、比例区では、都市部だけではなく、町村でも半数が民主党に投票し、自民党の倍以上であり、無党派層全体では、小選挙区で51%が民主候補に投票した。東京23区と政令指定都市で58%、その他の市部では51%が民主党に投票し、さらに町村でも41%と、自民党の32%を大きく上回った。 比例区ではその傾向がさらに顕著に表れ、東京23区と指定市、その他の都市で民主党が5割を超えた。前回の総選挙と比べてみても、大都市40%→59%、一般都市37%→56%、町村32%→50%と著しい伸び。同出口調査は、「逆に、自民党への投票率はさほど伸びず、小泉首相・安倍晋三幹事長の二枚看板は、無党派層の心はとらえなかったようだ。」と結論付けている。このことは、数%の投票率上昇で事態は逆転へと大きく変わっていたことを示していると言えよう。

<<『公明自民党』>>
 このような選挙結果は、「改革」の二枚看板をもってしても回復し得ないほど、そして公明・学会票に全面的に依存しなければ維持できないほどに、既存の自民党の支持基盤が崩壊しつつあることをも示していると言えよう。このことは、もはや”選挙の顔”としてあまり役に立たなくなってきた小泉首相にとっては、権力維持の基盤が崩れ出したことを意味しており、公明・学会依存が明瞭となった小泉政権の今後の迷走を暗示している。自民単独過半数を確保すれば、公明の要求を無視しても突っ走れると踏んでいた小泉首相にとっては致命傷である。
 同じことが公明党にとっても言えよう。公明党の立党の理念であったはずの「清潔、福祉、平和」は、今や自公協力によって完全に色あせ、自民党の利権政治やブッシュ追随政策の弁護に追われ、政策の一貫性が失われ、自民党の補完勢力でしかなくなりつつあることが、ますます自己矛盾を拡大させ、支持基盤との乖離を深めるものでしかない。保守新党も解党して自民党に合流した現在では、媒介政党がなく、露骨な自民・公明の一体政権となることによって、もはやそこから逃れるすべが極めて限定されてしまったのである。キャスチングボートを握ったと有頂天になってはいても、都合よく利用され、食い物にされ、結局は一体化されてしまうという自己呪縛である。この事態を、民主党の菅直人代表は「今回の選挙で公明党は自民党を国会運営、選挙と二重にコントロールするようになる。事実上の『公明自民党』になったのではないか」と述べている。
 一方、これに対抗する野党陣営は、反自民・反与党の協力態勢は非常に限られており、民主、社民、共産が競合する選挙区が62もあったことに象徴的である。その多くは野党統一候補であれば、与党候補を打ち破れていたものである。共産党は全小選挙区に候補者を出して与党側を大いに喜ばせ、結果は11減って9議席への激減である。民主党は今回、16選挙区で社民党候補を推薦したが、その社民党は、選挙前の3分の1の6議席への転落である。今回はとりわけ土井党首への攻撃が目に余る形で行われ、公営掲示板の選挙ポスターは、目と口を焼かれる、ポスターごと破られる、拉致被害者の有本恵子さんの写真が貼り付けられる、「土井たか子の首をとれ」という「日本を救う会」の大量の動員者によるキャンペーンが繰り広げられ、「首を取れ」というステッカーが貼られるという異常なネガティブキャンペーンが繰り広げられたと言う。唯一の救いと言えるのは、民主支持層の80%が社民党候補に投票した沖縄2区だけであった。

<<「退屈な2党支配」>>
 問題は躍進を果たした民主党である。確かに民主党は、旧自由党との合併効果により、少なくとも前回29選挙区で共倒れに終わった事態を克服し、単なる足し算以上の成果を上げたと言えよう。それでも無党派層の多くを獲得し、「地すべり的」な勝利によって政権交代を実現するという狙いは果たせなかった。未だ政治的に未成熟であると言えばそれまでであるが、反自民・反与党の政策的対決点がいまだ不明瞭であり、選択を迫れるほどの相違を浮かび上がらせることが出来なかったと言えよう。終盤、自衛隊のイラク派兵反対、高速道路無料化は多いに論議を盛り上げあげたが、各候補者はばらばら、おずおずであったことに象徴的である。
 それでも小選挙区、比例区双方で民主党に投票した人の64%が「所属政党の政策・公約」を挙げ、マニフェスト(政権公約)を重視している有権者が多かったことが出口調査で示されている。しかしそのマニフェスト、いかにも拙速であり、違いも不明瞭、党内合意も不十分、練り上げられていない、等々多くの課題を残している。
 米誌ニューズウィークの最近号の指摘に面白いものがある。「新・民主党の結成で話題にのぼることが多いが「退屈な2党支配」になっては元も子もない」として、「日本は、アメリカより優れた二大政党制を手にできるのか。今のところ見通しは明るくない。自民党と民主党の「マニフェスト(政権公約)」は、政党の名前がなければ、ほとんど区別がつかない。これではアメリカと変わらない。二大政党にこだわることはない。大きな政党が三つ以上あっても、二大政党制と同程度、あるいはそれ以上にうまく機能する可能性はある。それぞれが違う政策を示し、利益が一致したら連立政権を組めばいい。さて、はさみを用意しよう。自民党と民主党からネオコン(新保守主義者)とタカ派を切り離し、「強国党」にほうり込む。両党のリベラル派も取り出して、社民党とまとめて「生活党」をつくる。」(デーナ・ルイス「2大政党制だってバラ色じゃない 」ニューズウィーク日本版2003年11月12日号)というものである。いずれそのような政界再編が必要とされることを今回の選挙は示したのであろう。
(生駒 敬)