ASSERT 327号(2005年2月19日発行)

【投稿】 一人が二人の仲間を      吉村 励
【投稿】 小泉内閣と憲法九条をめぐる攻防
【投稿】 粗雑な最高裁判決で問われる自治体の「裁量」
       ―東京都管理職員国籍条項訴訟― 
【投稿】 問われる、課題の共有化
      --自治労第130回中央委員会を振り返って--
【投稿】 『希望格差社会』を読んで

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【投稿】 一人が二人の仲間を      吉村 励
           (文中の表にリンクを張っております。ご参照ください。)

 『アサート』のNo.326号(2005年1月22日)に、私は「憲法九条は私達のほこり」という小文を書きました。私の頭の中にあった風景は、ヨーロッパの町の広場では時々見かける右手に剣をもち、左手に秤(はかり)を持った正義の女神像でした。女神のはかりの一方の皿に、60年間の戦死傷者ゼロをのせ、他方の皿に戦前50年の戦死傷者3,300万人と3億3000万人の涙をのせ、「ゼロ」の重さをはかるというものでした。その3,300万人の戦死傷者(正確にいえば民間人を含めた戦争被害者)の算定の基礎になったものが、表1「1864年から1945年まで日本がかかわった戦争」と表2「太平洋戦争の人的被害の推計」(死者のみ)でした。表1は、ところどころ空白がある不十分なものでした。そこで、私は拙文の最後に私達も努力するけれども、読者の方々へも空白を埋めるための援助をお願いする言葉を書きそえました。
 ところでこの「憲法九条は私達のほこり」という拙文は、私が今まで書いてきた論文の中で、一番みじかいものでした。しかし反響は予想外に大きなものでした。皆さんの援助と支持にはげまされ、生駒敬さんの相当な努力のおかげで、表1の空欄がほぼうずまりました。本稿は、その意味で、前稿の表1を、より完全に近い形で皆さんにお送りするものです。
 この表1の充実作業にあたって、直木孝次郎さんからは、1982年に出版された小学館『昭和の歴史』(全10巻)のうちの『15年戦争の開幕』(江口圭一、第4巻)『日中全面戦争』(藤原彰、第5巻)のコピーをいただきました。(尚、手紙の中に江口・藤原両氏が一昨年、昨年と相次いで逝去されたことが書かれていました。御二人のご冥福をお祈りしたいと思います)。柴田悦子さんからは全日本海員組合の『海なお深々』(1981年)のコピー(船舶損耗数、戦没船員数を表示した部分)をいただきました。木村陽吉さんからは『靖国神社御祭神戦没・事変別の柱数』のコピーをいただきました。小森哲郎さんからは、文学者であり同時に軍医でもあった森鴎外の著作の中の、日露戦争に関連する部分のコピー(鴎外は軍医であるから戦病死者37,200余名の中、脚気による死者数は27,800余名と推定している)を送っていただきました。厚くお礼申し上げます。また、川北信彦さん、木村敏男さん、小林英夫さん、荻田誠一さん、大谷強さん、大野訓代さん、横田三郎さんからは懇篤な激励の便りをいただきました。これらの援助と激励に励まされて、前稿の表2を表3として「太平洋戦争の人的被害の推計(死者のみ)」を再録(はじめてこの拙文を読まれる方を考慮して)するとともに、表4「空襲 原爆による死亡者数」表5「沖縄戦における死亡者数」表6「軍人・軍属の戦争時現存者数及び死亡者数」表7「朝鮮人労務者の対日本動員数」表8「中国人強制連行の実態」表9「泰緬鉄道建設におくりこまれた労務者数」をつけ加えることにしました。表1、表2、表3で十分なのに、なぜ、さらに表4〜表9の6個の表をつけるのかと、疑問におもわれる方があるでしょう。理由は、次のとおりです。
 まず、拙文の標題を思い出して下さい。標題は「一人が二人の仲間を」ということになっています。昔有名な哲学者が「思想が大衆をとらえると、巨大な力になる」といったといわれています。そして、その巨大な力を形成するために、まず「一人が二人を獲得する」ことが出発点だといわれてきました。一人が二人を獲得する。その二人が、それぞれまた二人を獲得する。一人から二人、二人から四人、四人から八人といわゆる倍々ゲーム式に共鳴者は拡大します。この「一人が二人を獲得する」という言葉に私は強く感動しました。しかし感動しながらも「獲得する」という言葉に少し抵抗を覚えました。それは、その言葉の前に「同志を獲得する」という古い共産党的なニオイを感じたことに他なりません。もっと自由で明るい言葉、それは同志ではなく仲間だと思い、「一人で二人の仲間を」という標題にしたのです。仲間になってもらうためには、表1、表2の意味を深々理解していただき、現在マスコミによって流布され、影響力をもっている偏見とたたかわなければなりません。それが新しくつけ加えた表4〜9なのです。
 まず想いおこしてください。昨年から今年にかけて、私たちは豊岡・出石市を襲った風水害、中越大地震、印度洋の大津波を見聞し、追体験しました。そして、そこで私達が痛感したことは、自由に水が飲め、たべたい時には喰べ、眠くなれば足をのばして眠むり、親子・兄弟・夫婦が一緒に生活できるという平凡な生活、今日の生活がそのまま明日につらなるという、時に単調で退屈と思われる生活が、実は「幸福」の内実だということでした。それは、風水害、地震、津波という自然災害によって、私達がそれを失った時に、はじめて、私達は、「幸福」の実態を知りえたのです。メーテル・リンクの『青い鳥』で、チルチルとミチルが青い鳥をさがして過去の国やいろいろのところを遍歴して、帰ってきたら、自分の家で、青い鳥が死んでいたということは、このことを示唆するものでしょう。そして、私が空襲に着目したのは、「幸福」の破壊が、自然災害よりも、戦争の方が大きいということでした。今年の1月17日は阪神・淡路大震災の10周年祈念ということで多くのイベントが開催され、犠牲者は4,633人と発表されました。表4「空襲・原爆による死亡者数」をごらんください。神戸の空襲による死亡者は、最近の経済安定本部の調査で6,789人、最大の「朝日新聞」の調査で8,400人になっています。阪神・淡路大震災ですから神戸市さらに明石市の死亡者を加えると最低8,149人から最大9,869人となります。阪神・淡路大震災の死亡者の約2倍弱から2.5倍弱になります。しかも、空襲の場合には全国が空爆や機銃掃射の被害にさらされていたから、隣接の諸都市からの援助もなく、もちろんボランティアの支援や仮設住宅の提供もありませんでした。それにもかかわらず、阪神・淡路大震災を下地にしたNHKの朝ドラの「わかば」にも、マスコミ各社の報道にも、地震の報道はあっても、空襲に関する報道は一言半句も存在しませんでした。明らかに、自然災害と戦争被害を切断し、戦争被害への回想が反戦につらなることを防止しようとする政府・マスコミの意志が感じられます。
 最近のNHKと「朝日新聞」との論争を通じて、はしなくもNHK内部に、番組に関する政府との事前協議が当然とする風潮が支配的であることが明らかになりました。検閲を当然とする風潮が、自然災害と人的災害(戦争災害)をきりはなしたのは、当然といえましょう。
 表7、表8、表9は、いわゆる拉致問題と関係する表です。
 戦争中、政府は軍隊の全滅を玉砕といいかえ、退却を転進といいかえました。敗戦後も敗戦を終戦といいかえ、今日にいたるまで、終戦と言う言葉が一般に使用され、8月15日を敗戦記念日という人はごく小数にとどまっています。本来言葉というのは哲学的に概念であり、概念は事象を反映するのです。この言葉=概念の本質を逆手にとって、言葉をかえることによって、あたかも対象や事態が変化したかのような錯覚を与えるのが言葉の魔術です。例えば、終戦とは、戦争が終わったということであり、太陽が東からのぼり西に沈むように、一つの事象の変化を示すものにほかなりません。しかし敗戦といえば、そこには勝者と敗者があり、敗者には、敗北の原因追究と敗北の責任所在の明白化、責任者の責任のとりかたが問われます。日本の権力者は、敗戦を終戦といいかえることによって、敗戦の責任追及をぼやかし、「一億総ザンゲ」という言葉で責任問題を空中分解することに成功しました。極東軍事裁判が、今も勝者の一方的断罪としてマスコミでとりあつかわれているのも当然といえましょう。この言葉のすりかえに成功した権力者は、今度は強制連行問題を拉致といいかえ、民族主義的イデオロギーを鼓吹し、改憲風潮を強化しています。数十人の拉致被害者と表8「中国人の強制連行の実態」に表示されている38,935人の数字を比較していただきたい。表7「朝鮮人労働者の対日動員数」、表9「泰緬鉄道建設に送りこまれた労務者数」で表示されている72万4787人の朝鮮人労働者、泰緬鉄道建設に18万2496人の計90万7283人は、ほぼ被拉致者と推定されますが、当時の雇用情況の詳細は不明なので拉致被害者と断定するのは保留しました。なお、表8「中国強制連行の実態」を「中国人被拉致者の実態」と変更したい誘惑にかられましたが、表7、表8、表9は、歴史学研究会編著『日本史史料<5>現代』(岩波書店、1997年)からの引用であるので自制しました。なお、この文章を執筆中に、朝井保さんから、日本空襲の詳細な資料を含む沢山の貴重な資料が送られてきましたし、直木孝次郎さんからも、再度シベリア出兵に関する『日本近現代史辞典』(同編集委員会編)(東洋経済新報社、1978年)のコピーをいただきました。深く感謝いたしております。
 最後に、本日すなわち2005年2月12日の『朝日新聞』は、「九条の会続々」という標題で、ここ半年間に全国で「九条の会」に賛同するグループの結成が千を超えたと報じています。全国で仲間がふえてえます。読者の皆さんが、ホームページやメールなどを駆使して、「一人で二人の仲間を」の方式で、いそがず、あせらず、仲間をふやしてくださることを期待しています。(2005年2月12日)