ASSERT 331号(2005年6月18日発行)

【投稿】 進退窮まる小泉内閣の危険性
【投稿】 在日米軍再編の行方
【書評】 『ネパールに生きる---揺れる王国の人びと』
【演劇評】 「その河を越えて5月」を観て
【追悼】 大木さん逝く 
【コラム】 ひとりごと ---郵政民営化の混乱に思うこと--

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【投稿】 進退窮まる小泉内閣の危険性

<<「罪を憎んで人を憎まず」>>
 もしもドイツの首相がヒットラーの墓参りでもしようものなら、世界中から非難ごうごう、全世界から孤立し、当のドイツ国内からも放逐されるであろうことは想像に難くない。ところが靖国神社参拝を通じて本質的には同じ事を行っているということが、小泉首相にはまったく理解されていない。いや、むしろブッシュ政権の対中・対アジア政策の意向をかんがみて、日本の国連常任理事国入りもかなわず、意図的、挑戦的に事態悪化の方向に日本を引きずり込もうとしているのであろう。
 5/16の衆議院予算委員会で首相は、「どの国でも戦没者への追悼を行う気持ちを持っている。どのような追悼の仕方がいいかは、他の国が干渉すべきでない」と、中国や韓国の批判に対して内政干渉論を持ち出し、「A級戦犯の話がたびたび論じられるが、『罪を憎んで人を憎まず』は中国の孔子の言葉だ」とまで言ってのけ、翌5/17には、民主党の仙谷氏の追及に、「他の国が干渉すべきではない」とまたもやいいはり、「けしからんと言うのはいまだに理由がわからない」と開き直り、最後は「いつ参拝に行くか、適切に判断する」としてあくまでも参拝を強行する姿勢をむき出しにしたのである。
 そもそも「罪を憎んで人を憎まず」という言葉は、常識的には加害者側の反省と謝罪に対応して、被害者側が配慮を示して使う言葉であろう。加害者側の日本が被害者側の中国や韓国に対して使う言葉では決してない。ましてや、加害者側の東条英機らA級戦犯を英霊として祭り上げ、「大東亜戦争を戦わざるを得なかった」として日本の侵略戦争を正当化している靖国神社に参拝して、反省と謝罪とはまったく逆行する行動を取りながら、「内政干渉だ!」と叫ぶ姿は異様でさえある。

<<「戦争犯罪人だと認識」>>
 ここまでくると、日本政府がサンフランシスコ平和条約で、A級戦犯を裁いた極東国際軍事裁判(東京裁判)を受諾していることまでをも問題にし、「わが国が裁判の正当性をも承認したことを意味するものではない」とする靖国神社や神社本庁の見解、さらには東条元首相の孫が「極東国際軍事裁判(東京裁判)は勝者の一方的な裁判で納得していない。A級とかB級とかC級とか言うが、便宜上、連合軍が裁判でつけたのにすぎない。この裁判史観を認めることは先の戦争が侵略戦争だったことを認めることになる」などとしてA級戦犯の分祠を拒否する見解と小泉首相の見解が同一線上に並んでしまうものである。
 さすがにここまでくると、首相は「A級戦犯のために参拝しているのではない」、「(A級戦犯を)戦争犯罪人だと認識している」、「靖国神社を参拝することが靖国神社の考えを支持しているととらないでほしい」などと弁明しだしたが、本質的には、そして「戦争犯罪人だと認識」しながら参拝を強行するという意味では、結果的に靖国神社の見解と同一線上のものである。
 訪中していた自民党の武部幹事長が、5/21の会談で、「首相の靖国神社参拝に対する中国側の批判は、内政干渉だという人もいる」と述べたことに対して、中国共産党対外連絡部の王部長から「それは(内政不干渉の原則を確認している日中平和友好条約の)新しい解釈なのか」と激しく反論され、さらに、「(A級戦犯という)国際的に決着したことを内政干渉の範囲に入れる解釈を、与党の幹事長がするのか」と詰め寄られ、何も答えることが出来ず、こうしたやりとりがあったことは、公表しないことを頼み込み、合意したことが暴露されている。

<<「A級戦犯はもう罪人ではない」>>
 それでも懲りずに首相の周辺では、靖国参拝弁護論がこのときとばかりに盛り返し、マスメディアはろくにその問題点を追及もしなければ責任さえ問わない、歴史修正主義がまかり通り、反中国・反韓国ムードが煽り立てられ、東京都の石原知事などは北京オリンピック・ボイコットまで語りだす、危険な雰囲気が醸成されている。
 5/26、森岡正宏厚生労働政務官は自民党代議士会で、小泉首相の靖国神社参拝を「大変良いことだ」と持ち上げ、「極東国際軍事裁判は、平和や人道に対する罪を勝手に占領軍が作った一方的な裁判だ。A級戦犯でありながら首相になったり、外相になった方もいる。A級戦犯の遺族には年金をもらっていただいており、日本国内ではその人たち(A級戦犯)はもう罪人ではない」とまで放言したのである。さらに「中国に気遣いして、A級戦犯がいかにも悪い存在だという処理のされ方をしているのは残念だ。日中、日韓関係が大事というだけで、靖国神社にA級戦犯がまつられているのは悪いがごとく言う。こういう片づけ方をするのは後世に禍根を残す」とも発言をしている。ところが小泉内閣の政務官という公職につくこの人物のこうした発言は、当然罷免されてしかるべき発言であるが、政府は「個人の見解」(細田官房長官)だとして、責任を問うどころか事情聴取さえしていない。
 それどころか、自民党の片山参院幹事長は「森岡さんのような意見は国民の間に昔からある。それを代弁したのだと思う」と擁護し、久間総務会長は「A級戦犯というレッテルは外国が張った」ものだと主張し、その一方で「戦争で負け戦をした首相を一緒にまつることは、私は抵抗感がある」とも語っている。勝っていればよかったという論法である。
 自民党の安倍幹事長代理にいたっては、5/28の札幌市内での講演で、小泉首相の靖国神社参拝について「小泉首相がわが国のために命をささげた人たちのため、尊崇の念を表すために靖国神社をお参りするのは当然で、責務であると思う。次の首相も、その次の首相も、お参りに行っていただきたいと思う」とまで述べている。

<<「ごまをすり、へりくだる」>>
 さらに町村外相は6/6、「無用にごまをする人がいるから日中関係がおかしくなる。率直に言わないと友好関係にならない」として、中国の呉儀副首相が小泉首相との会談をキャンセルして帰国したことに触れ、「自民党国会議員が中国に行き、『町村はキャンセルを事前に知っていたはずだ』と言った。私が知ったのは当日だ。伝統的な日中友好派の人の行動は理解できない。どうしてそこまで、中国要人にへりくだらないといけないのか」と批判した。批判された日中協会会長でもある野田氏は、5/16に小泉首相が靖国神社参拝を継続する意向を表明した直後に、それを理由として中国政府が日本側に呉副首相の訪日日程の繰上げを打診し、首相との会談以前の日程は予定通りに消化することで、折り合っていたし、町村外相も、そうした事情を知っていたとの認識を示唆し、外相が野田氏に対して「『ごますり』と言ったらしいが、感情を表に出した外交は必ず失敗する」と反論している。意図的に対立をあおっている外相に対する当然の反論であろう。
 このときに町村外相はさらに、歴史教科書に対して軍国主義を賛美しているなどと近隣国で批判されていることに対して、「教科書を執筆している人たちは左がかった人たちだ。左がかった教科書でないと日教組に採択されない。ゴルフでいえば左OB(境界外)すれすれの教科書を書くのだから軍国主義を賛美するわけがない」と支離滅裂な論法である。問題の本質をロクに調べもせず、日教組が教科書を採択しているかのようにでっち上げ、その場しのぎの発言をする。あの首相にしてこの外相ありか。アメリカに対しては「ごまをすり、へりくだり」ながら、いきりたっているのである。
 この教科書問題では、従軍慰安婦や強制連行の記述が「減って良かった」と発言してきた中山文部科学相が、6/11、静岡市で開かれたタウンミーティングで、「そもそも従軍慰安婦という言葉は、その当時なかった。なかった言葉が教科書に出ていた。間違ったことが教科書からなくなったことはよかったと評価した」とまたまた問題発言をしている。

<<「やめる方が勇気を要する」>>
 森前首相もこの問題では、5/26、自民党衆院議員のパーティーであいさつし、中韓両国が小泉首相の靖国神社参拝や日本の歴史教科書などへの批判を強めていることに対し、「『歴史を美化する』とか、『政府の反省がない』とか、いちゃもんもいいところだ。日本は民主主義国家で、どんな教科書であれ検定を受けている」と反論している。
 ところがこの同じ森前首相が 6/9の森派総会で、小泉首相に靖国神社参拝の自粛を求めた河野衆院議長を安倍幹事長代理が批判したことについて「議論するのはいいが、先輩を非難することはできるだけ避けるべきだ」と語り、同席していた安倍氏にクギを刺し、「河野さんは自民党が一番苦しい時の総裁だった。総裁経験者として皆さんの意見を聞いた。河野さんの発言は、党を思いやってのことだ」と擁護したのである。首相にとっては意外なことであったといえよう。
 さらに首相にとってもっと意外だったのは、中曽根元首相から決定的とも言える批判を受けたことであろう。中曽根氏は「個人的信条と国家的利益を比較考量するのが総理大臣の仕事だ。個人的信念を通す誉れがいいのか、外交的障害を除くか」と問題を投げかけたうえで、「国連の常任理事国になろうというなら、2、3年前から、個人的信条を犠牲にしても中国、韓国との友好を長期的戦略として考えるべきだった」と述べ、さらに、「小泉君がもっと早い段階で国益を考え自分はやめるといえば、やめぎわがよかった。それが国家の利益にプラスになるなら国民はわかる。やめる方が勇気を要するが、勇気のあることをするのが政治家だ」などと述べたのである。「2、3年前から、長期的戦略として考えるべきだった」と批判されていることは、首相としての不適格宣言を下され、突き放されたようなものであろう。

<<「8月15日午前0時参拝強行」>>
 与党連合を形成する公明党の神崎代表からは、「事態を沈静化させるためには、小泉首相が靖国神社参拝を自粛する、靖国神社に合祀されているA級戦犯を分祀する、国立の追悼施設をつくる。この解決法しかないと思う」、「首相が参拝を自粛することが、この局面では一番重要だ」と述べ、それでも首相が参拝を続けた場合は、「連立の基盤に悪い影響があると思う」とまで迫られている(5/25記者会見)。
 6/20からは「親中派」といわれる自民党の加藤元幹事長や小里派の園田衆院議員、無派閥の野田聖子、堀内派の望月義夫、旧橋本派の山崎力、北岡秀二の各議員らが中国を訪問して、首相によってずたずたにされた日中関係打開の糸口を探るという。
 民主党の岡田氏からは「参拝に行かないと決めることも、相手を説得して考えを貫くこともしない。解決策を見つける責任がないなら首相をやめるべきだ」と退陣を迫られ、首相は「中国が不快感を持っているからと言って、退陣せよという議論とどうして結びつくのか。退陣しなければならないとは考えていない」と否定はしたものの、明らかに小泉首相は進退窮まるがけっぷちに立たされていることだけは間違いないといえよう。
 ところがそのさなかに、「小泉首相は8月15日午前0時に靖国神社の参拝を強行する」との情報が永田町を飛び交っているという(日刊ゲンダイ6/11号)。情報の出所は官邸周辺といわれており、首相お得意のサプライズ戦略、情報操作とかく乱の狙い、投げやりな無責任体質が取りざたされている。
 小泉内閣を退陣に追い込むことが出来るのかどうか、野党の力量が問われている。
(生駒 敬)