ASSERT 335号(2005年10月22日発行)

【投稿】 靖国参拝違憲判決と小泉外交
【討論】 総選挙結果を考える意見交換会(2005-10-2)
【書評】 韓流の原点を求めて--辛基秀と朝鮮通信使の時代
【書評』 「森永卓郎式ニュースの読み方」 

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【投稿】 靖国参拝違憲判決と小泉外交

<<「政界の奇跡」>>
 10/14、参院本会議は郵政民営化法案を成立させた。何の見直しも行わず、ただ執行日だけを変えた再提出の法案が、衆参たった6日間の審議だけで、自民党で前回衆院で反対し、今回非公認で当選した13人のうち11人、参院でも前回反対した議員のうち1人を除いて全員が賛成にまわるというあきれ返るほどの無節操ぶりで成立した。小泉首相はこれを、「政界の奇跡だね。支持してくれた国民の皆さんのおかげだ」、「目標達成した充実感はある」と、満面の笑みで自画自賛した。
 しかしとんでもない話である。実際は、郵政民営化以外のすべての争点を隠して、議会政治のルールまで無視して、強引に解散・総選挙に持ち込み、刺客パフォーマンスと敵失によってたまたま3分の2の議席を獲得したに過ぎない、そのような危なっかしい、脆くて崩れやすい「政界の奇跡」である。しかもその最も重要な、首相自身が郵政民営化の国民投票だと言った、その得票数でみれば、多くの分析が明らかにしているように、民営化賛成の3389万7275票に対して、反対は3419万4372票と、反対が賛成を上回っているのである。「支持してくれた国民の皆さんのおかげだ」といえるようなものでは決してない。
 首相はもはや、ある意味ではその使命が終わっているともいえる。9/27の所信表明演説は、あのガリレオ引用の解散演説以来であり、圧勝の余韻覚めやらぬ雰囲気の中で、その意気込みや如何と世間は注目したが、圧勝した気楽さからかまったく気抜けした、選挙中よりもさらに無内容で具体性に欠け、展望も示しえない空疎な所信表明であった。日本が直面するさまざまな政策課題の打開への意欲など、何も示しえなかったのである。それは大手全国紙の社説の多くが失望をあからさまに表明するほどのものであった。郵政民営化では首相を持ち上げてきた朝日の社説までが、「『5月病』でしょうか」と皮肉るほどであった。
 首相は、選挙戦では実にうまくしてやったりとほくそえんだであろうが、それがまたしたたかな戦略家、民主党などよりも一枚も二枚も上の老獪さともてはやされもしたが、一皮めくれば、熱しやすく冷めやすい、挑発されて弱点を突かれればムキになって反撃するが、場当たり的で、内容を深く考えることもない、そのような本質を浮かび上がらせている。

<<「これは高裁判決でしょ!」>>
 こうした首相の浮かれ気分に冷水を浴びせかけたのが、首相の靖国神社参拝を明瞭な憲法違反と裁定した、9/30の大阪高裁判決であった。
 判決は、首相が自民党総裁選での公約として参拝したこと、公用車を使い、首相秘書官を伴い、内閣総理大臣小泉純一郎と記帳していること、「私的行為」か「公的行為」かをあいまいにしてはいたが、「公的行為と認定されてもやむをえない」と述べて、参拝は首相の職務と判断され、なおかつそのことによって「国は靖国神社との間にのみ意識的に特別のかかわりを持った」と指摘し、「参拝の核心は、本殿で祭神とじかに向き合って拝礼するというきわめて宗教的意義の深い行為」であり、しかも、首相は「3度にわたって参拝した上、1年に1度参拝を行う意志を表明するなどし、これを国内外の強い批判にもかかわらず実行し、継続しているように、参拝実施の意図は強固であった」との判断を示し、こうした行為は「特定の宗教を助長、促進する役割」を果たし、憲法第20条3項に定める「国は宗教的活動をしてはならない」という、政教分離規定に違反するものであると、断じたのである。
 これによる原告側の権利侵害、損害賠償請求こそ認めはしなかったが、首相側の明らかな敗訴である。前日、9/29の、首相の靖国神社参拝を「私的」「個人的」として憲法判断を回避し、逃げた東京高裁判決に対して、この大阪高裁判決は明快に首相の行為を憲法違反行為と判決したのである。この判決に対し、すぐさま細田官房長官は「昨日、今日と高裁判決が相次いだ。昨日の判決は良かったが、今日の判決は大変遺憾だ」と記者会見している。
 当の首相自身は、9/30の予算委員会で「私の靖国参拝が憲法違反だとは思っていない。総理大臣の職務として参拝しているのではない」と反論し、あくまでも「私的参拝」であると強調し、言うに事欠いて「これは高裁判決でしょ」などと述べ、まるで最高裁段階では高裁の違憲判決がひっくり返ることを示唆し、押し付けるかのような発言までしている。行政府のトップが司法の判断をまるで無視したような態度でからかい、自己の行為を省みることさえ拒否する姿勢である。

<<「この判決こそ政治的」>>
 さらに首相は、「判決が今後の参拝に影響するかどうか」と問われて、「ない」と断言し、年内に参拝するかどうかについては、例によって「適切に判断する」と応え、参拝強行を強くにじませる挑戦的姿勢をとり続けている。
 こうした首相の姿勢を支持する産経新聞10/1付け「主張」は、「靖国訴訟 ねじれ判決に拘束力なし」と題して、「判決文は小泉首相の靖国参拝の主たる動機・目的を「政治的なもの」と決めつけているが、裁判官こそ、中国や韓国などからの批判を意識しており、政治的意図を疑わざるを得ない。小泉首相は今回の大阪高裁の違憲判断に惑わされず、堂々と靖国参拝を継続してほしい。」と主張している。同日の読売社説もまた、「きわめて疑問の多い『違憲』判断」と題して、「近隣諸国の批判などを理由に首相の靖国神社参拝を違憲だとするなら、この判決こそ政治的なものではないか。」と高裁判決を批判している。常に右派的言論をリードする政治的主張を掲げてきた両紙が、今回の判決を「政治的だ」として批判する姿勢は滑稽でさえある。
 しかしこの靖国参拝問題は、郵政民営化問題とは明らかに異なる。郵政民営化はたとえアメリカ側からの圧力があったにせよ、あくまでも国内的問題であり、その意味では今回の選挙で示されたとおり、詭弁、ごまかしを押し通すことが出来た。しかし靖国参拝問題は、国内問題であると同時に、それ以上に国際問題であり、参拝を強行する以上は、抜け道やごまかしが通用するものではない。その上、首相は今回の選挙では靖国参拝問題は徹底的に争点にすることを避け、隠し通してきたのである。
 11月には韓国・釜山でアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議、12月にはマレーシアで初の東アジアサミットが予定されている。こうした段階で、首相が大阪高裁判決を「理解に苦しむ」、「今後の参拝に影響しない」と言い切ったことは、対外的には参拝を強行する姿勢をわざわざ鮮明にしたようなものである。すでにこうしたサミットでの日韓。日中の首脳会談がいまだペンディングになったままであり、ずたずたになり、孤立したままの日本の東アジア外交は袋小路に入り、友好善隣関係を築きうる端緒さえつかみえていない。首相は来年9月で辞任する意向を示していはいるが、参拝強行姿勢をとり続ける限りは、すでに現段階で、用なしなのである。政界再編の胎動となる可能性が大ともいえよう。
(生駒 敬)