ASSERT 327号(2005年12月17日発行)

【投稿】 小泉・自民の暴走と前原・民主の迷走
【投稿】 耐震偽造問題を考える
【投稿】 在日外国人との共生にむけて
【本の紹介】 「国家の罠--外務省のラスプーチンと呼ばれて」

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【投稿】 小泉・自民の暴走と前原・民主の迷走

<<「批判する方がおかしい」>>
 小泉首相は12/11、マレーシアで初めて開催される東アジアサミットに出席するため羽田空港を飛び立った。出発に先立ち、記者団から「中韓両国との関係悪化でアジア地域への影響力が低下するのではないか」と聞かれ、「そうは私は思っていない。アジア諸国からは、今までの実績によって高い評価を受けているし、(関係悪化は)一時的なものだ」と語った。自らが意図的に招きよせた傲慢な靖国参拝の強行によって、日本は孤立と覆いがたい外交的失態を積み重ねているにもかかわらず、この態度である。
 すでにこのサミットを機会に、東南アジア諸国連合(ASEAN)プラス3(日中韓)の際に開催が調整されていた日中韓3国外相会談はご破算になってしまった。12/8、中国外務省は、「近日内の(マレーシアでの)3国外相会談開催の計画はない」と述べ、応じない理由について「原因はだれもが知っていること」とし、小泉首相の靖国神社参拝への抗議の意思を改めて示されている。
 こうした事態に立ち至ってもなお、首相は「私はいつでもいいですけどね。向こうが延期する。それでも結構です」と語り、自らの靖国神社参拝が影響したかどうかについては「それはもう、中国の問題だ。それは無理だ。批判する方がおかしいと思っている」と述べ、明らかに挑戦的で挑発的な態度を取り続けている。さらに首相は、「もう靖国は外交のカードにはならない。中韓がいくら外交カードにしようとしても無理だ。靖国以外、日中、日韓で良好な関係を重視していくべき問題はたくさんある。一つの問題で他の関係も悪くしようという考えにはならない。これは心の問題だ」とまで述べている。
 すでに首相は、11/30に「首相である小泉純一郎が一国民として(靖国神社に)参拝している。なぜ日本国民から批判されるのか。ましてや中国や韓国など外国から批判されるのかはわからない」と発言し、麻生外相に至っては「『大変だ、大変だ』と言って靖国の話をするのは基本的に中国と韓国、世界百九十一カ国で二カ国だけだ」と暴言を吐き、日本の孤立までもあえて、「日本は孤立しているとか、どうでもいいことは気にしなくていい」(11/26)とまで極言している。この首相にしてこの外相ありき、両者とも意図的に中国と韓国を軽視・蔑視し、まるで無責任体質をこれ見よがしにひけらかしているようなものである。

<<「計算づくの侮辱」>>
 かくして首相らがタカをくくってそのうちに事態が沈静化するだろう、そのうちに向こうから折れてくるだろうという甘い見通しはことごとく外れてしまったのである。むしろ首相のこうした態度が「単なる日中間の問題ではなく、すべての戦争被害国、すべての国際社会との問題になってきている」(11/24、王毅駐日大使の外国特派員協会での講演)のが現実である。
 ブッシュ大統領訪日の際、小泉首相は「日米関係が緊密化すればするほど、対アジア関係もうまくいく」と述べて、アジア近隣諸国との善隣友好関係を築くよりも、アメリカに一体化する姿勢をより鮮明にし、優先させることを明らかにした。そこから透けて見えるのは、中国や韓国との緊張・対立関係を意図的に拡大し、嫌中・嫌韓流のナショナリズムを煽り、それをバネに憲法改定・九条改悪、防衛庁の国防省への昇格、日米軍事一体化を一気に推し進める魂胆である。先の総選挙での圧倒的議席差を背景に、そうした暴走路線を歩みだしたといえよう。
 その意味では、すでにニューヨーク・タイムズ紙が指摘しているように、「靖国神社参拝は、日本人の戦争犯罪による犠牲者の子孫らに対する計算づくの侮辱である」。また、11/21付韓国紙「文化日報」が社説で述べているように、「日本のアジア外交は、アジア軽視の水準を超え、アジア蔑視へとまっしぐら」なのである。
 しかしこうした「計算づくの侮辱」は、ブレーキを利かせることも出来ずに坂道を転げ落ちるようなものであり、危険極まりなく、早晩破綻せざるをえないものである。
 日本のメディアではロクに報道もされていないが、小泉首相が頼りとするアメリカからさえ、首相の姿勢が問題視され、米下院外交委員会のハイド委員長(共和党)が、小泉首相の靖国神社参拝を非難する書簡を加藤駐米大使あてに送っていたこと、その中で靖国神社を「太平洋戦争での日本軍国主義の象徴」と指摘し、「第二次世界大戦での戦犯も合祀しており、日本政府関係者の度重なる神社参拝には抵抗感を感じる」と批判しており、その10/20付けの書簡の受け取りを日本政府筋も確認しているという。

<<「中国の膨張を抑止」>>
 ところで民主党の前原代表は12/9、ワシントンの米戦略国際問題研究所(CSIS)で「民主党のめざす国家像と外交ビジョン」と題して講演し、中国の軍事力増強を「現実的脅威」と指摘、「中国による領土、海洋権益の侵犯の動きが見られる。毅然とした対応を取ることが重要」と語り、「(ガス田問題で)中国側が既成事実の積み上げを続けるなら、日本としては係争地域での試掘を開始せざるを得ない」と述べ、「毅然とした対応で中国の膨張を抑止する」などと語ったという。
 さらに、日本の主権・権益を守るための防衛力や法整備の必要性を強調し、自民党でさえ言及することを避けてきたシーレーン防衛について、ペルシャ湾からマラッカ海峡をへて日本に至る「1千カイリ以遠のシーレーン防衛を米国に頼っているが、日本も責任を負うべきだ。」と発言、ついで、ミサイル防衛や、周辺事態になるような状況では「憲法改正と自衛隊の活動、及び能力の拡大が必要になるかもしれない。集団的自衛権の行使と認定され、憲法上行えないとしている活動について、憲法改正を認める方向で検討すべきだ」とまで述べるに至っている。
 こうした発言はまさに、首相でさえ外交上の配慮から言えない過激な発言をあえて行い、結果的には小泉首相を最も強く弁護し、実際には首相との連係プレイとさえいえる代物であろう。こうした、自民党の国防族議員から「われわれよりタカ派」と言われるような発言をして持ち上げられ、首相に乗せられて過激さを競う前原氏の姿勢には、もはや野党党首としての存在意義をさえ疑われるものである。民主党の野田佳彦国会対策委員長は極東軍事裁判におけるA級戦犯を擁護する趣旨の質問主意書を内閣に対して提出したという。
 本来、民主党のあるべき役割は、小泉政権のこうした危険極まりない暴走に対して、その危険性を徹底して追及し、警鐘乱打し、孤立と失態を重ねる小泉外交に対して平和と善隣友好の対案をこそ示すことにあるといえよう。ところが現実は前原・民主党による小泉翼賛体制への参加が急がれている。
 だが実際には、前原氏の発言は党内の議論をなんら経ていないという。前原個人の焦りと迷走である。民主党内はこうした前原路線への支持と反発が拮抗している。その前原代表は総選挙直後、小泉首相から連立政権構想を打診されていたことが明らかになったが、さもありなん、こうした事態にもっともほくそ笑んでいるのは、九条改憲に向けた「大連立」をもくろむ小泉政権の側といえよう。

<<「オリーブの木」方式>>
 雑誌『世界』2005年11月号に、小林正弥・千葉大学法経学部教授が、「オリーブの木」方式の平和連合を提唱している。小林氏は、「現在では民主党が革新右派政党となってしまっており状況が異なるので、この方式を、民主党中心の連合ではなく、第三極形成のために用いることを提案したい」として、「これは、第三極のための構想であるという点で、イタリアの『オリーブの木』とは異なった日本版の構想であり、憲法改定という最大の争点を意識して、ここではとりあえず『平和の木』とか『平和連合』と呼んでおこう。」として、
 具体的には、「民主党内の社会民主主義的・平和主義的な勢力と、共産党・社民党・みどりのテーブル・生活者ネットワーク・新社会党(さらには新党日本や大地)などのグループが、政策協定を結び首相候補を提示して、可能ならば比例区において統一リストを形成し、選挙区では統一候補を擁立することが考えられよう。もし共産党をこの統一リストに加えることが難しければ、共産党とこの連合との間で別個に選挙協力を行うことも考えられよう。」
 「小泉自民党が大胆なモデルチェンジを図って成功したのだから、本当に憲法改定などの危機を避けようとするならば、左派的な平和志向政党・政治家も同様の試みを行うべきである。戦前に統一戦線の試みが失敗してファシズムの勝利を許したように、このような「平和への結集」に失敗すれば、平和憲法は命運を断たれるであろう。・・・平和憲法を守るためには、左派政党も犠牲を覚悟して従来の方針を大転換することが必要である。」
 小林氏は以上のように述べ、最後に、本紙『アサート』二四五号・佐野秀夫「『オリーブの木』戦略を考える」を引用されながら、「これを実現するためには、市民の側からも、平和主義を掲げる政党に、政党の私的利害を捨てて平和主義を守るために本当に行動するように要求することが必要だろう。イタリアでは、全国に「ブローディ首相実現の委員会」という自発的市民団体が四〇〇〇以上結成され、政党連合と連動して活動した。「政党が政策を国民に押し付けるのではなく、国民が自分たちの要求を政党に実現させる」という立場で、市民団体が政党への「FAX攻勢」をかけて、政党を監視したという。日本でも、保守的左派政党に対してはこのような「攻勢」を市民の側からかけることが必要であろう。」と結んでおられる。貴重な提案といえよう。
(生駒 敬)