ASSERT 338号(2006年1月21日発行)

【投稿】 理解力不足・小泉首相の綱渡り
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【投稿】 理解力不足・小泉首相の綱渡り

<<「理解できない」の連発>>
 小泉首相は1月4日午前の年頭記者会見で「理解できない」を連発した。靖国参拝についていわく、「一国の首相が一国民として戦没者に哀悼の念をもって靖国参拝する。日本人からの批判は理解できない。」、「日本人からおかしいとか、いけないとかいう批判は理解できない。」、「精神の自由に政治が関与することを嫌う(日本の)言論人、知識人が批判することも理解できない。」、「まして外国政府が心の問題にまで介入して、外交問題にしようとする姿勢も理解できない」と連発。理解できないのは、「心の問題は誰も侵すことのできない憲法に保障されたものだ。」からだという。さらに続けて、「ひとつの問題で、外交交渉はしないとか、首脳会談を開かないとか、理解できない。」と念押しをして、中国。韓国が膝を屈することを要求するような言辞を吐いてすましている。今年もこんな度し難い首相に日本が振り回され、取り返しの付かない汚点が刻み込まれるのかと思うとなさけない限りである。
 翌日の朝日社説は「これほど理解力が足りない人が、内閣総理大臣を続けていたのだろうか。そう思いたくもなるような光景だった。」と嘆いている。しかし問題は、理解力の足りなささの問題ではなく、意図的に「理解できない」を連発して、周辺諸国への反発と反感を煽っている首相の政治姿勢にこそ問題があることに切り込むべきであろう。
 まず第一に靖国参拝をわざわざ強行して外交問題にしたのは首相自身である。中国と韓国への侵略戦争を美化し、A級戦犯を合祀する靖国神社への参拝が何をもたらすかは、いくら理解力不足の首相であっても予測しえたことである。にもかかわらず、中韓両国の反発をあらかじめ計算に入れながら参拝を強行し、反発が示されるや、「参拝が信念だ」とあくまでも今後も続ける姿勢を誇示し、実際にも何回にもわたってこれ見よがしの派手な参拝を行い、多くの閣僚や付和雷同者の参拝を組織してきたのである。
 あわよくば見逃してくれることを狙ったかもしれないが、むしろ反発と外交的孤立化をわざわざ狙い、危機感と民族主義的反感を煽り、憲法改悪と日米軍事一体化を一気に推し進める好機と判断した確信犯的動機が首相にあったといえよう。

<<「心の問題」>>
 今回の首相の発言でさらに問題なのは、「靖国の問題は外交問題にしない方がいい。」と述べ、さらに「靖国参拝をしたら交渉に応じないということは、これはもう外交問題にならない」と述べたことである。外交問題にわざわざ仕立て上げた張本人が、外交問題の案件から靖国参拝問題を切り捨てることを一方的に相手側に要求し、これが入れられなければ「もう外交問題にならない」と、挑戦的な外交的断絶をさえ示唆する姿勢を鮮明にしたことである。これは危険極まりない綱渡りであり、暴走といえよう。
 言うに事欠いたその理由が、「外国政府が心の問題にまで介入」したというわけである。ところが靖国神社参拝というのは、「精神の自由」としての「心の問題」ではなく、参拝という具体的な形を取った行動の問題なのである。いわば自らの個人的宗教的信念の実現を、自民党総裁選の公約にまで掲げ、公的な国を代表する職務としての首相としての役割に優先させ、一体化させたのが小泉首相自身である。これは、個人的な「心の問題」を参拝という具体的な行動を通して、一国の政治に介入させる憲法の政教分離原則に反する違憲行為である。ところが首相にかかると、これに対する外国の批判は、「心の問題にまで」外国政府が介入、理解できないどころか、まったくけしからん、というところに導かれる。あと少しで、「こんな外国政府は懲らしめてしかるべき」だという論調への誘導である。
 そしてさらに問題なのは、「日本人から、おかしいとか、いけないとかいう批判が、私はいまだに理解できません。」と述べ、「知識人が、私の靖国参拝を批判することも理解できません」と述べていることにもある。靖国神社参拝を厳密に検証し、違憲と判断した大阪高裁判決も、当然、首相にとっては理解できないものである。外国は言うに及ばず、「日本人から」批判が展開されることまでをも問題にするこの姿勢は、首相自身が日本人の心の問題に介入し、日本人なら当然同調すべきだというファシスト的姿勢が色濃く表明されているといえよう。ここに示されている政治的意図は、知識人はもちろん、裁判所も含めて、おしなべて「日本人なら当然靖国神社に参拝してしかるべき」だという論調、大政翼賛への誘導、強要でもある。

<<読売と朝日の共闘宣言>>
 ところがこんな首相に対して、思いもかけないところから冷や水が浴びせかけられた。憲法9条改悪では首相が盟友とも頼む読売新聞主筆・会長の「渡辺恒雄氏が朝日と共闘宣言」である。朝日新聞が発行する月刊「論座」2月号に掲載された読売新聞と朝日新聞の共闘宣言は、「靖国を語る 外交を語る」と題するこの対談で、「首相の靖国参拝に反対し、戦争責任をはっきりすべきだ」で両者は一致したのである。
 渡辺氏は、「靖国神社本殿の脇にある遊就館がおかしい。軍国主義をあおり、礼賛する展示品を並べた博物館を、靖国神社が経営しているわけだ。そんなところに首相が参拝するのはおかしい」、「国家神道の教学のために日本が真っ二つに割れ、アジア外交がめちゃくちゃにされている。そんな権力を靖国神社に与えておくことは間違っている。これを否定するには、やはり首相が行かないことです」、「小泉さんは政治をやっているんであって、イデオロギーで商売しているんじゃあない。国際関係を取り仕切っているんだから、靖国問題で中国や韓国を敵にするのは、もういいかげんにしてくれと言いたい」と論旨明快である。
 渡辺氏はさらに「靖国公式参拝論者を次の首相にしたら、もうアジア外交は永久に駄目になっちゃうんじゃないかと思っている。今はポスト小泉は安倍(晋三)さんが有力だと言われているけれどもその点を心配する」と小泉後への懸念までをも表明している。
 渡辺氏は、中国、韓国などに対し、「彼らが納得するような我々の反省というものが絶対に必要」と明言し、昨年8月13日から読売新聞が始めた「戦争責任を明らかにする」というシリーズについて、「残虐な戦争の実態」を明らかにし、「日本軍というのは本当にひどいものだったんだということを、どうしても言い伝え、書き残しておかなきゃいかんと思っているわけですね」と述べている。南京大虐殺についても、「犠牲者が3千人であろうと3万人だろうと、30万人であろうと虐殺であることには違いがない」と明確に指摘している。そして「2006年8月15日をめどに軍、政府首脳らの責任の軽重度を記事にするつもりだ」と言い切り、「国際関係も正常化するために、日本がちゃんとした侵略の歴史というものを検証して、『事実、あれは侵略戦争であった』という認識を確定し、国民の大多数がそれを共有するための作業を始めたわけだ」と断言している。

<<「トップクラスの軍事費」>>
 「先の戦争で、何百万人もの人々が天皇の名の下で殺された。……戦時中の体験もあって、そういうことを、命令した軍の首脳、それを見逃した政治家、そういう連中に対する憎しみがいまだに消えない」という渡辺氏の主張は至極当然のことである。この至極当然の認識が、国民の大多数が共有する認識になることを恐れ、自らの問題として戦争責任を明らかにすることを避け続け、うやむやにし、最近ではやむをえなかった、侵略戦争ではなかった、良い側面もあったなどとして合理化する論調の中で、小泉政権が靖国参拝を強行し、それが批判されると、外国からの介入だと居直る、その姿勢にこそ日本の最大の問題があるといえよう。
 その行き着く先、落としどころが憲法9条の改悪である。ところがこの問題になると、渡辺氏の主張は小泉首相と同程度の低次元である。渡辺氏は言う、「ぼくは、とにかくうそをついちゃいかんと考えている。……自衛隊にどうして戦力がないといえるのか。いまや世界でもトップクラスの軍事費を使っている、立派な軍隊ですよ。……軍は軍なんだから、「隊」でごまかしてはいけない。自衛隊と言ったら平和で、自衛軍と言ったら侵略的になる。そんなばかな話はないでしょう。また、世界中に軍を持たない国家はないんです。普通の国なら、みんな軍を持っている。だから僕は、自衛のための軍隊を憲法上もはっきりさせるべきだと思います。」この主張で、厳しく指弾されていた小泉首相もやっとのことでほっとしたことであろう。
 問題は、日本が渡辺氏が言うように「世界でもトップクラスの軍事費を使っている」国であり、その日本が、集団的自衛権の名の下に軍隊を近隣諸国に派兵することを可能とするような憲法9条の改悪を目論んでいるわけである。しかもこの点では、民主党の前原執行部はもっとも過激な小泉協力者である。だからこそたびたび自民党側から大連立を持ちかけられてもいる。もはや民主党の存在理由さえ疑われている。こうした日本の政治の翼賛的事態の進行に、近隣諸国が警戒感を強め、その姿勢を問い直すことは当然のことである。
 国民の大多数が「あれは侵略戦争であった」という認識を共有する、そして近隣諸国も納得する最大の証しは、憲法9条を断固として守り抜き、むしろそれを誇りにすることでなければならない。渡辺氏の、そして民主党の致命的弱点はそうした視点の欠落にあるといえよう。
(生駒 敬)