ASSERT 340号(2006年3月25日発行)

【投稿】 「愚かで不道徳な」小泉政権と前原・民主党の責任
【投稿】 三位一体改革の「決着」
【本の紹介】 「ブレア時代のイギリス」 山口二郎著 
【コラム】 ひとりごと--個人情報保護とウイニー問題

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【投稿】 「愚かで不道徳な」小泉政権と前原・民主党の責任

<<「ぜひとも行っていただきたい」>>
 小泉という人物、首相という職にありながら、あえて人を挑発するようなことを平気で口にし、それをさも得意げに語っていけしゃぁしゃぁとして、何の責任も感じず、自らの無恥をさらけ出していることにも思い至らない御仁といえよう。
 3/16、韓国の盧武鉉大統領が、同国を訪問中の福田元官房長官、中曽根元首相らと会談し、日韓関係の改善に努力することで一致したのであるが、その際大統領は、靖国神社の軍事博物館「遊就館」について「周りに止められたが、実際に行ってみたいと思っている。日本側が承知してくれれば行きたい」と述べ、同時に「歴史について一方的な立場を取るのはよくない」と釘を刺し、小泉首相の靖国参拝を改めて批判し、「上で解決できないならば、民間の力で解決できるようにしてもらえればいい」と、小泉抜きでの解決に意欲を示した。
 ところがこの発言を受けた首相は翌3/17、自らの靖国参拝についてはまったく不問に付しながら、「遊就館」訪問については記者団の質問に答えて、「妨害はしません」と述べる一方、「どこでも行きたいというなら、ぜひとも行っていただきたいですね。歓迎しますよ」と語ったのである。
 首相が「ぜひとも行っていただきたい、歓迎しますよ」と語った靖国神社の展示施設「遊就館」は、「大東亜戦争」を「自存自衛のため」とすることを明らかにすることが「使命」と公言し、「わが生命線である韓国」、「満州の権益」を守り、北太平洋からニューギニア、ビルマに連なる線を「絶対国防圏」と称して、これら他国への侵略と領土拡大の過程を当然のこととして描き、展示し、主張している侵略戦争肯定の軍事博物館である。「侵略戦争だったという人がいます。虐殺をしたという人もいます。それは大東亜戦争というものを正しく理解していうのではなく、戦後、日本弱体化の占領政策を推し進めたアメリカの言い分を、今日まで信じ込んでいることに、大きな原因がある」と主張してはばからず、A級戦犯についても、「形ばかりの裁判によって一方的に“戦争犯罪人”という、ぬれぎぬを着せられ、むざんにも生命をたたれた」方々と持ち上げ、靖国神社への合祀を当然視する、侵略戦争賛美センターなのである。
 こんなところへ行くことについて盧武鉉大統領が「周りに止められた」というのは当然のことであろうが、この際「遊就館」に乗り込み、あらためてじっくりとそのひどい実態を確かめ、日本社会自身の戦争犯罪に対する反省の欠如と、こんなことが許され、政府・与党によって弁護されている根の深さを実感し、日本の政治の現実と対峙する参考とし、かつ内外にその犯罪的実態を告発するとすれば、大いに意義あることといえよう。

<<「品格に欠ける」>>
 肝心の小泉首相は反省するどころか、3/14、中国の温家宝首相が自身の靖国神社参拝を改めて批判し、日中関係の悪化について「原因は中国にも日本の人々にもなく、日本の指導者にある」、「A級戦犯をまつった靖国神社への日本の指導者による度重なる参拝が中国やアジアの人々の感情を傷つけている」と語り、小泉首相自身の責任を指摘されたことに対して、「戦没者に哀悼の念を持って靖国神社に参拝する。これは心の問題ですから、何も問題あるとは思っていません。政治問題にはなりませんし、外交のカードにもなりません」といまだに言い張っているのである。現に政治問題化し、アジア外交はまったく頓挫し、山積する問題から逃げ回っている首相は、自らの空疎な「アジア重視」とは逆に、各国にソッポを向かれ、中国、韓国からは小泉首相抜きで対日改善めざす姿勢を鮮明にされ、もはや相手にされなくなってさえいることの自覚さえ出来ないのである。「心の問題」だとすれば、かくも稚拙な論理を振り回して「他国にとやかく言われたくない」とすね回る、その首相自身の病みきった「心の問題」こそが問われよう。
 そのまさに「心の問題」に関して、中国の李肇星外相がドイツ政府当局者の発言として、小泉首相の靖国神社参拝を「愚かで不道徳なこと」と述べたことについて、安倍官房長官は3/8の記者会見で、「現職の外交当局トップの地位にある人物が、他国の指導者に対し『おろか』とか『不道徳』といった品格に欠ける表現を用いるのは外交儀礼上、不適切だ」と批判した。靖国参拝を「愚かで不道徳」と言い切ることの出来るドイツ、日本とドイツの決定的な相違をあらためて確認させてくれるものであるが、「品格に欠ける」小泉首相を弁護する安倍官房長官自身の姿勢も問われよう。
 この首相に最も同調し、次期首相を狙う安倍官房長官自身は、これまで「国のために戦い命を落とした方々の冥福を祈るのは当然。その気持ちを持ち続けたい」と語って首相を弁護しつつも、首相になった場合の対応は明言はしていない。ところがその意を受けたのか、森前首相は3/12のテレビ番組で、安倍官房長官が首相になった場合、靖国神社に参拝はしないとの見方を示し、その理由として「参拝することでどういう波が起こるかを考えればいい」と述べ、安倍氏が必ずしも小泉首相と同一行動を取るわけではないと指摘している。本当にそう考えるのであれば、森氏が首相に直言すればいい話である。二人三脚で世間を欺いてきた前首相と現首相ではあるが、首相自身が属する派閥の長からもはや用なしと宣告されたようなものでもあろう。

<<「誰でも過ちはある」>>
 もはや用無し=レイム・ダックと化した首相ではあるが、この首相を窮地から救い出し、蘇生させてきたのがこの間のふがいなき民主党といえよう。なにしろガセネタメール1枚で、本質的に議論すべき多くの問題が吹っ飛んでしまい、政府・与党の思いのままに議会運営が運ばれ、「空洞国会 民主平謝り、論戦欠き予算案通過」となり、外交は言わずもがな、耐震偽装にライブドア、BSE、防衛施設庁、米軍再編と基地移設問題、どれもこれも行き詰まり、立ち往生し、死に体状態に陥っていた小泉政権の息を吹き返させてしまったのである。このような状態をもたらし、前代未聞の謝罪広告まで出すに至った民主党執行部の無責任さとずるずるとなし崩しに後退する怠慢さは、確かに「万死に値する」といえよう。
 陰謀と謀略の臭いさえ感じさせる事態である。野中広務・元衆院議員はテレビ番組で「自民党の陰謀じゃないのか」と指摘し、「今から思うと、民主党は上手な仕掛けに乗ったのではないのか」「自民党の平沢勝栄も同じメールを持っている。同じものが出たということは出どころは自民党か官邸かも分からない」とまで述べている。同じく元参院、衆院議員でもあった糸山英太郎氏は自身のホームページの中で、今回のホリエモン・メールについて「結論なら私が言ってあげよう『金はもらっているに決まっている、しかし振込みでもらう馬鹿な議員はいない』これですべてだ。私はホリエモンが無所属であるにも関わらず自民党幹事長室で会見を行っているのを見て確信した。そして国会議員は銀行振込をしない、金銭のやり取りはすべて現金なのだ。20年近く永田町にいたこの私が言うのだから間違いは無い。」と断言し、民主党に対しては「民主党が極端に弱すぎることによる国益の毀損を見過ごせないと、私はHPで度々書いている。小泉チルドレンも同様だが、松下政経塾出身者や地方のボンボンが議員になると、なんと打たれ弱いのだろうか?」と嘆いている。
 小泉首相はといえば、「私は運がいいと言われるが、運だけじゃなくて、ピンチに陥ると福の神が支えてくれるんだ」と笑いが止まらないばかりか、「前原さんにはしっかり頑張っていただきたい」と激励までして、「人間、誰でも過ちはある。過ちを反省して出直せばいい経験になる」と変に温情を示すほどの言いたい放題である。

<<「改革を目指す仲間」>>
 ここまで来ると、明らかに小泉政権は前原・民主党が前原・民主党のままでいることに最大の利益を見出しているのだともいえよう。
 そのことを端的に示しているのが、2/22の党首討論であった。前原代表は記者団にメール問題について「楽しみにしてくださいよ」と期待させていたにもかかわらず、新しい証拠を何も出せず、首相の答弁すら要求しない拍子抜けの党首討論に終始し、首相はあらかじめ気を通じ合っていたかのごとく、「民主党は改革を目指す仲間だ」とむしろ激励を繰り返す場面が再現され、しかもその後、ニュースでも繰り返し流されたとおり、本会議場で首相は前原代表の肩を笑顔でたたき、握手までしているのである。こうした場面がすべてを、コトの本質を物語っているともいえよう。
 コトの本質は、小泉政権にとって、民主党の前原執行部は、防衛政策や憲法改正論議にしても、規制緩和と新自由主義的な経済運営にしても、総体としての自民党以上に小泉政権に近く、対中、対北朝鮮政策では小泉政権以上に過激であり、北朝鮮に対しては「場合によっては先制攻撃もありうる」とまで述べるほどの貴重な存在である、というところにある。
 そのことは逆に民主党にとっては、前原執行部である限り、小泉首相と同じ「小さな政府論」に立ち、小泉政権のエセ改革を小泉首相以上に進めようと「改革競争」に励み、そうすればするほど政治理念、政策、路線で小泉政権との「路線的」な違いを示すことができず、野党としての存在意義が日々失われ、それがゆえにしばしば安易なスキャンダル暴露に活路を見出し、挙句の果てに今回のような墓穴を掘る事態を招来させたのである。
 小泉政権にとっては、民主党の前原体制が倒れては困るのであり、民主党にとっては、前原体制が続く限り、何の展望もないことが、今回の事態は明らかにしたといえよう。前原執行部の退陣、民主党の解党的出直し、政府・与党と真に対決できる野党の再編こそが要請されているのではないだろうか。
(生駒 敬)