アサート No.342(2006年5月20日)

【コラム】 ひとりごと--筆坂氏の日本共産党批判--

 日本共産党元参議院議員の筆坂秀世氏が、新潮新書から「日本共産党」を出版した。私も近所の本屋で買おうとしたが、見当たらない。ベストセラーというわけでもないのに、本屋を2,3軒のぞいたがないのである。やっとのことで、大阪難波のジュンク堂書店で購入できたのが連休中のこと。昔の公明党=創価学会の出版弾圧みたいなものか、買占め指示でも出ているのかな、とも思ったものである。(ここでも、残り2冊であったが・・・)
 中身と言えば、それほど刺激的でもない。むしろ、日本共産党の生身の姿を明らかにされているのであって、決して「批判の書」という程ではない。まだまだ愛情たっぷりの内容なのだ。それがまた、共産党指導部には頭に来たらしく、赤旗には、例によって「党に敵対する転向者」と決め付けた批判文章を3回も出している。
 ということは、この程度の内容でも、かなり大きな影響を及ぼす「危険文章」ということになる。減少する赤旗購読数、党員数、支部数、遅配が常態化した専従者給与問題、不破と志位の対立、しゃんしゃん党大会などの党機関会議の実態、一部幹部の独裁体制などなど。むしろ、これらは「改善」「改革」の課題であって、党内議論として、きっちり展開されるべき内容でもあろう。
 セクハラ問題の不明瞭な経過から発言を封印され、「プライド」を回復するための離党であったと筆坂氏は述べる。一連の経過の中で、多くの党員から励ましも受けたとも記されている。当然、本書を読んだ党員からは、同感だとの声も出ていることだろう。そんな思いが党内に広がる事を党幹部は恐れているのだろう。
 本書では触れられていないが、ネット上ではセクハラ発覚から議員辞職に至る過程においての党内手続きの不明瞭さや、内部告発FAXを巡るドロドロした背景などが溢れている。筆坂氏は、このような内容には一切触れることなく、自己弁護も党批判もされていない。「愛情たっぷり」と表現したが、筆坂氏の論説には、「なぜ現役時代に問題提起できなかったのか」と、反省の言葉も含まれていて、人柄も分かろうというものである。兵本達吉という元共産党国会議員秘書の書いた「日本共産党史」を読んだ印象とは大違いである。(自慢話と右派的批判ばかりの内容)
 かつては、明確な党内議論において、反対派に対し「反党分子」や「裏切り者」と決め付け、弾圧すれば良かったのだろう。しかし、そうした激動の時期は過ぎ、筆坂氏のような犠牲者が、疲れ果てて離党し、醒めた目で見つめて始めて意見を公表するというご時世である。陰鬱なる政党が衰退する過程はすでに急勾配に差し掛かっているのだろうか。(佐野秀夫)

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