ASSERT 346号 (2006年9月23日発行)

【投稿】 翼賛・安倍政権の危うさと弱さ
【投稿】 9,11から5年---「悪の枢軸」化する日米同盟---
【投稿】 原子力安全委員会の背信行為
【投稿】 もはや「死んだも同然」長良川--ゲート開放が最後の手段--
【コラム】 ひとりごと---親王誕生と皇室典範---

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【投稿】 翼賛・安倍政権の危うさと弱さ

<<核武装論者が広島で出馬会見>>
 ただただブッシュ米政権の路線に追随し、中国・韓国との対立を煽り、民営化路線と無責任な放言によって日本の政治と社会、そして経済を荒廃させてきた小泉政治が終焉を迎え、そのもっとも悪しき路線が、安倍政権によってより純化された形で、より民族主義的、よりファシズム的な形で継承されようとしている。
 しかし彼らが依拠し、頼みとしてきたブッシュ政権は今や反テロ戦争、対アフガン・イラク戦争の泥沼から這い出すことが出来ず、最低の支持率で呻吟し、この11月の中間選挙で敗北すれば、大統領任期を後2年残しながら衰退化一途のレームダック化政権に陥ることが確実視されている。
 そしてこのブッシュと行動をともにしてきたスペインのアスナール、イタリアのベルルスコーニ政権は敗退し、イギリスのブレア首相は激しい労働党内部の批判に耐え切れず、退陣を予告せざるを得ない事態に追い込まれている。ブッシュ取り巻き四人組の最後、日本だけは、小泉首相が幸か不幸か、批判的精神をなくした翼賛的マスコミに支えられて、高支持率の中で、より極右で好戦的な安倍晋三氏にバトンタッチできるという悲劇的状況が形成されてきた。
 その意味では自民党総裁選は一種の茶番劇であった。親中派やハト派といわれてきた議員までが安倍支持にわれもわれもと群がり、“勝ち馬乗り”現象で総裁選をやる前から、安倍の圧勝は決まっているという出来レース、結果が分かっていても国民の投票権とは無関係な総裁選を大々的にやり、いかにも国民に支持されたかのように取り繕う必要があったのである。そこで、あわよくば入閣を狙い、次を狙う麻生外相、谷垣財務相の2人は自民党本部で出馬会見をしたのに対して、9/1の安倍官房長官の総裁選出馬会見は、どういうわけかわざわざ“平和の地・広島”が選ばれた。会場となった広島プリンスホテルには巨大スクリーンがしつらえられ、海外メディアのための同時通訳機まで用意し、安倍氏が登場するやその顔がスクリーンに照明変化つきで大写しにされ、安倍新首相の前景気を煽り、まるで新しい独裁者の登場を歓迎し、祝うかのような前代未聞の演出である。

<<村山談話踏襲しない>>
 そもそも「憲法上は原子爆弾だって問題ではない」、「小型核兵器なら核保有はもちろん核使用も憲法上認められている」、「9条は時代にそぐわない」、「私自身の手で憲法を書き換えていきたい」などと発言してきた人物が、被爆地・広島で出馬会見などという姿勢そのものが広島の地を侮辱、愚弄するものである。
 つい先日ともいえる8/6の平和祈念式典で秋葉・広島市長が、核廃絶を願う世界の市民の声を「世界政治のリーダーたちは無視し続けている」と痛烈に批判し、日本国政府には、被爆者や市民の代弁者として、核保有国に対して「核兵器廃絶に向けた誠実な交渉義務を果せ」と迫り、世界に誇るべき平和憲法を遵守し、日本政府が「ミサイル防衛」システムの導入を推進していることを強く批判したばかりである。これは小泉政権に向けられたものであるが、今となっては、広島の願いとはまったく対極に位置し、ミサイル防衛ばかりか先制攻撃論まで容認しだした安倍氏にとりわけ向けられた批判の矢ともいえよう。
 ここで、総裁選に至るこの間の安倍氏の政治姿勢でさらに明らかになってきた問題点を確認しておこう。
 まず第一は、9/7の発言で、「植民地支配と侵略」を反省し、謝罪した95年の村山首相談話について、「踏襲するのか」と聞かれ、「その内閣において認識を示すべきだと思う」として意図的に明言を避け、踏襲するつもりのないことを明らかにしたことである。
 安倍氏は村山内閣当時、自民党の終戦50周年国会議員連盟事務局次長として、その結成趣意書で先の戦争を「日本の自存自衛とアジアの平和を願った」と正当化し、「後世に歴史的禍根を残すような国会決議は決して容認できるものではない」として、村山談話を潰そうとした中心的存在であった自らの行動にあくまでも忠実であることを改めて示したと言えよう。そして村山談話より、さらにあいまいな表現の戦後50年国会決議でさえ、安倍氏は採決を欠席している。
 しかしこの村山談話に関しては、後の橋本、小渕、森、小泉の4代の政権に引き継がれ、近隣諸国の理解を得て、国際的にも認知、評価され、日本のアジア外交の基本となってきたものであり、小泉首相ですら「(村山首相と)同じ認識を共有している」と明言してきたものである。これを安倍政権が否定するとなれば、政権発足当初からアジア外交の再建など希望ゼロとなってしまう、きわめて危険で愚かで危うい事態を招来しよう。安倍氏は、小泉氏以上に中国・韓国・アジアに対して挑発的・挑戦的である。これだけでも安倍氏には、首相の資格なしといえよう。そしてこうした政治姿勢は、安倍政権が失速し、迷走しかねない最大の弱点となろう。

<<改憲は5年以内に>>
 第二に安倍氏は憲法改定の時期については、それを5年以内に、目安がつけばさらに前倒しもありうる、とこれまで以上に踏み込んだ発言をしたことである。9/11、日本記者クラブ主催で行われた自民党総裁選の公開討論会で、憲法改定について「五年近くのスパンで考えないといけない。しかし、国民的議論が進み、三分の二のコンセンサスを得る目安が付けば、さらに前倒しもありうる」と述べたのである。
 安倍氏は、総裁選「政権公約」の冒頭で「新たな憲法の制定」を掲げ、次期政権で政治日程にのせると公言し、出馬会見では「新憲法を制定するためにリーダーシップを発揮していく」と宣言、同時に、最近出版された『美しい国へ』(文春新書)では「憲法も教育基本法も占領下でできた。自分たちの手で、この国の姿かたちを、子供たちをどう教育していくかを書こうではないか。この目標は残念ながら後回しにされて(自民党結党から)50年たってしまった」と述べている。
 さらに同書では、憲法前文に書かれている文章は「詫び証文」だと批判し、「われらは、平和を維持し、……国際社会において、名誉ある地位を占めたい」という文章は、「妙にへりくだった、いじましい文言」とまで述べるに至っている。
 安倍氏にとってはだからこそ「まさに憲法の改正こそが、『独立の回復』の象徴であり、具体的な手だてだったのである」とし、それが後回しにされたがために、「弊害もあらわれ、損得を超える価値、たとえば家族の絆や、生まれ育った地域への愛着、国に対する思いが、軽視されるようになってしまったのである」と書いて、時代錯誤調の復古的な「何でも憲法が悪い」論の典型を披瀝して恥じない空疎な程度の低さである。
 この程度の認識で、自らリーダーシップをとり、安倍政権として憲法改定を政権公約の冒頭に掲げる行為は、その「強い意欲」のゆえに、その危なっかしい政治姿勢への離反者を増大させ、声高に唱えれば唱えるほど内外の警戒心を高めさせ、そのことが安倍政権の躓きの石となりうる可能性を大いに秘めていると言えよう。
 すでにこうした安倍氏の政治姿勢に対して、同じ改憲論者であるはずの民主党憲法調査会長の枝野幸男氏から、「改正発議の権限を持つのは国会であって、内閣ではない。政権の課題として改正を進めようという安倍氏が自民党総裁になったら、憲法の論議は止まる」と強く牽制されている。

<<「闘う政治家」>>
 他の政策課題については安倍氏はほとんど語れない、何もない、先の同書でも経済、財政、金融、税制、年金、格差問題、どれ一つ政策課題を出せず、したがって政策提言もない。唯一「再チャレンジ」支援政策が同書の最後の部分でほんの少し語られるが、具体的な言及は出来ない、官僚に丸投げ、中身もないという有様である。ただ「世界から尊敬される美しい国をつくっていく」と繰り返すだけで、だからこそ組しやすしと見られたのであろう、自民党の多くの議員が雪崩を打って安倍支持へと回った。実体はバブル的な支持であり、もろくて崩れやすいのである。
 逆に言えばそれだけに「闘う政治家」を気取り、「強い政権体制づくり」を目指す危険な傾向が現れだしている。その一つが「首相官邸機能強化」である。安倍氏は「首相補佐官を増やす、広報機能を充実させる、総理の目指す方向へ省庁が力を合わせる体制を、そのためスタッフの公募も」と強調しだした。安倍氏の側近の下村博文衆院議員は、「首相官邸機能強化のなかには国家安全保障会議、情報収集する日本版CIAのような機能の強化も必要。官房副長官(現在三人)は七人くらいいていい」「総理主導のもとに教育再生会議(仮称)をつくる。すでに十テーマくらいある。」と語っている。
 すでに安倍氏は、政権発足直後の臨時国会の喫緊の課題として「大切なのは教育基本法の改正、防衛庁の省昇格、(成立の)難易度が高いが、テロを防止するための刑法の改正だ」と述べ、その強権的姿勢を明らかにしている。
 田中真紀子元外相が9/4、民主党議員の研修会で講演し、「小泉さんは4尺玉の花火。安倍さんは線香花火」、「ドーンと上がってみんなが政治が変わると飛び出したら、5年たったら何だったの、というのが小泉さん」、「(安倍さんは)線香花火がつくと思ったら、すぐ落ちてしまうことに国民は気づく」と評したという。
 危うさ、弱さ、もろさ、未熟さ、線の細さが常に付きまとう政権の出発である。野党は自民党政権打倒の最大のチャンスを生かすかどうかが問われている。
(生駒 敬)