ASSERT 348号 (2006年11月18日発行)

【投稿】 ブッシュ政権の完敗と安倍政権
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【投稿】 ブッシュ政権の完敗と安倍政権

<<「がっかりした」>>
 11月7日の米中間選挙の結果は、ブッシュ政権のみならず、日本の安倍政権にとっても致命的でノックダウンにも至りかねないボディブローとなって効果を及ぼし、その痛みに呻吟せざるをえないであろう。もはやブッシュの政治的主導権は、民主党の側に奪われてしまったのである。なにしろ、上院(任期六年)の100議席のうちの三分の一、下院(任期二年)の全435議席などが改選される中間選挙で、上下両院とも民主党に過半数を制され、州知事選でも多数を失ってしまったのである。ブッシュ政権の完敗である。これまでブッシュの共和党政権は、大統領、上院、下院のいずれをも支配することで、「強い大統領制」をふりかざし、軍拡と戦争挑発、先制攻撃、弱肉強食の新自由主義路線を推し進め、強硬な内外政策を実施してきた、その足場が崩され、その政策に「ノー!」が突きつけられてしまったのである。その歴史的政治的意味の大きさ、それが及ばす政治的影響は、今後強まりこそすれ、弱まりはしないであろう。
 11/8、もはや取り返しのつかない事態が判明するや、緊急記者会見を行ったブッシュ大統領は「国民の多くが、イラク情勢が進展しないことに不満を表明した」「言うまでもなくがっかりしており、共和党の指導者として責任の大半を負っている」として敗北を認め、ただちにラムズフェルド国防長官を解任し、民主党系寄りとされる新国防長官を任命した。
 11/8、ニューヨーク株式市場は低調な取引であったが、ラムズフェルド辞任が伝えられるやそれを好感して買い注文が急増して反転、一時は前日終値比40ドル高近くまで上昇し、NYダウは史上最高値を更新したのだから皮肉なものである。
 ラムズフェルドは、イラク攻撃の際に、「大量破壊兵器のありかを知っている」、「イラク攻撃は5日か5週間、長くても5ヶ月で終わる」と大法螺を吹き、そのおごりと脅しの傲慢な姿勢を押し通してきたのだが、ついにイラク戦争泥沼化の前に解任に追い込まれることとなったのである。その直前の11/4には、米軍内部の陸海空軍、海兵隊という4軍種の国防専門紙4紙の共同社説で辞任を迫られ、「制服組の指導者、兵士たち、議会、そして一般大衆の間で信頼感を失った。彼の戦略は失敗し、指導力に限界が出ている」と指摘されていた。しかしブッシュ大統領はこの11/1、自らの任期が終わる〇八年までラムズフェルド氏を国防長官にすえ続けると明言したばかりであった。いかに狼狽したかが見て取れよう。

<<「絶望的イラク情勢」>>
 11/8付米紙ニューヨーク・タイムズは「ラムズフェルド国防長官のイラク戦略や在外米軍再編の米軍変革は誤りだった」とする批判の社説を載せ、「失敗した政策を擁護し、役に立たない戦略をいじくり回す以外に国防長官としてやるべきことは全く残さなかった」とこきおろし、後任のゲーツ氏の課題は「ブッシュ大統領に対しイラク情勢がいかに絶望的で、戦争はイデオロギーではなく現実に基づいて命令されるべきだと認識させることだ」とまで主張している。
 しかしブッシュ大統領は、現実ではなく、ネオコン・イデオロギーに基づく人脈を重用し、その頂点にあってイラク攻撃を主導し指揮したチェイニー副大統領やラムズフェルドらを常にそばに置き、彼らの傲慢な先制攻撃・挑発戦略を称賛し、支持し、自らもその先頭に立ってきた。したがってこの期に及んでもなお、11/8の緊急記者会見では「国民もワシントンの両党の指導者も(イラクでの)敗北を受け入れられないことは理解している」はずだと弁明し、「米国民が撤退を求めていることは分かるが、イラクを放置し、アルカイダの安息の地にしてもかまわないとは思っていない」として、根本的な反省や政策転換を拒否しようとしている。その意味ではラムズフェルド解任は、自らの責任を回避し、あいまいにするトカゲの尻尾きりといえよう。
 それでも大統領は、新しい視点でイラク戦略に取り組み、早期撤退論が強い民主党とも、超党派で協議していく考えを明らかにせざるをえなかった。下院で多数を占めた民主党は、イラク問題での政権の責任追及に本腰を入れる構えであり、初の女性下院議長になると予想されるペロシ民主党下院院内総務は、イラク政策に関し「現在の破滅的な道を歩み続けることはできない。新しい方向が必要だ」と語っている。上院でも民主党が多数派になったことによって、閣僚や連邦裁判事など大統領が指名する人事や条約批准の承認は、民主党の同意を取り付けない限り不可能な事態となったのである。
 遅かれ早かれ、これまでのブッシュ政権の「力の政策」は批判的に再検討され、転換を余儀なくされよう。

<<「レームダック」化>>
 明らかにブッシュ政権は、急速に影響力を失う「レームダック」(死に体)化現象に直面していると言えよう。すでにその兆候は、中間選挙のさなかに露骨に表れていた。ブッシュ大統領が共和党候補の応援演説に駆けつけたのに、当の候補者が居ない、すっぽかされる、同席を拒まれる、フロリダ州では弟のブッシュ現知事後継の州知事候補が大統領と同席する集会をわざわざ避ける、ブッシュ政権と対決するような環境保護政策を掲げて再選を果たしたシュワルツェネッガー知事はカリフォルニア州の大統領出席の選挙集会を欠席する、といった事態に象徴的である。それほどブッシュ氏への風当たりはきつく、不人気は本人さえ当惑するものであった。
 このような事態の進展が明らかにしていることは、第一に、これまでのアメリカ、イスラエルのような先制攻撃・戦争挑発・力の行使といったタカ派政策は後退せざるをえず、より穏健で国際協調と対話を重視するハト派政策に転換せざるを得ないということであろう。
 第二は、当然のことではあるが、それと連動して膨大な軍事費をつぎ込み、ミサイル防衛・迎撃網を構築する軍拡政策も見直しを余儀なくされ、後退せざるをえないということでもあろう。
 そして第三は、軍事力と帝国主義的支配を背景としてきた、独占的支配を目指す弱肉強食・市場万能・格差拡大型の新自由主義路線は、その継続が不可能となり、環境保護政策を含め地球的規模での相互依存と相互協力を前提とした政策に転換せざるをえないであろう、ということである。
 そのような意味では、今回の米中間選挙の結果は、いま、世界は歴史的転換点にあることを明らかにしたともいえよう。ラムズフェルドの更迭は、その端的な象徴であった。

<<何が「大問題」なのか>>
 そしてブッシュ大統領とともに、この中間選挙の結果に最も驚いたのは小泉・安倍両氏であろう。米国に追随し、ブッシュの戦争を手離しで支持し、ラムズフェルドの言い分をそのまま国会で垂れ流し、イラク戦争を一貫して支持してきた小泉・安倍政権、自民・公明両党は当然厳しく責任を追及されてしかるべきである。あのブッシュ大統領でさえ国防長官を解任し、責任を認めたのである、小泉前首相はもちろん、官房長官として同じくブッシュ政権に追随してきた安倍首相も責任をまぬかれないし、深刻な反省が迫られてしかるべきであろう。ところが彼らはまったく口をぬぐってしまっている。
 少なくとも小泉・安倍両氏はアメリカの言い分を鵜呑みにし、大量破壊兵器があると言い張り、その後も詭弁を弄した責任を明確に謝罪し、イラクに飛んで泥沼化の事態を隠蔽した防衛庁長官、自民・公明両党幹部も謝罪を表明すべきであろう。ところが彼らはほうかむりしたまま、野党の追及も甘く、メディアもその責任を一切追及しない。日本の無責任横行状態を象徴している。安倍政権は、このままブッシュ政権への追随を続けるか、民主党路線への乗り換えに移行するかの選択に迫られているのであるが、無責任な成り行き任せで事態をやり過ごそうとしている。しかしそうした無責任路線は、アメリカと同じく手痛いしっぺ返しを必ず受けるざるを得ないであろう。
 そしてそれ以上の安倍政権の問題は、ブッシュ路線の破綻が現実のものとなった現時点で、ブッシュ路線をより醜悪化させた緊張激化・戦争挑発路線をより鮮明にし出したことである。歴史的転換点であえてそれに逆らい逆行する核武装容認論議がそれであり、こんな日本核武装論を平気で展開すると言う無恥、政治的無定見には驚くばかりである。
 米中間選挙の結果がほぼ明らかになった11/8の安倍首相と民主党小沢代表による2回目の党首討論で、安倍首相は麻生外相と中川自民党政調会長らによる核保有議論発言を擁護し、「安全保障の議論として、そういうこと(核の抑止力)を触れたから大問題のように言うのはおかしい」と述べ、麻生外相らの発言を容認する考えを明らかにしたのである。安倍首相がその右翼的本性を現したと言えばそれまでであるが、「非核三原則を守る」と明言する首相が、それとまったく相反する核武装容認論を、それも政権の中心にある外務大臣と与党・自民党の政調会長が繰り返し放言していることを許すことのほうがそれこそ「大問題」である。首相の立場としてはこの二人は即刻更迭させるべきであろう、ところが首相はこれを公然とかばいだしたのである。小沢代表が言うように「首相や発言者が非核三原則の堅持を言いながら、核武装の議論を是認すれば、「非核三原則を守る」という言葉も国民や国際社会に受け入れられない」し、世界の笑いものであり、安倍・麻生・中川は危険極まりない政治的挑発者とみなされよう。日本の政治もいよいよ政権交代に向かって動きださなければならないし、野党もそのために結束すべきであろう。
(生駒 敬)