アサート No.350(2007年1月20日)

【投稿】 異議あり−メタボリック症候群
                   福井 杉本達也

1 メタボリック症候群とは
 男性ではウエストが85センチ以上、女性では90センチ以上で、高脂血症、高血圧、高血糖の三項目のうち二つに該当する人がメタポリック症候群(Metabolic Syndrome)、一つに該当すれば予備軍とされる。個々の数値がそれほど高くなくても、放置し続ければ心筋梗塞や脳卒中、糖尿病などの生活習慣病になる危険性が高いとされる。厚生労働省は2006年5月にメタボリック症候群の全国調査結果を発表した。その結果は、40〜74歳男性の2人に1人、40〜74歳女性の5人に1人、1,960万人がメタボリック症候群かその予備軍だという。
 なぜ、厚生労働省がメタボリック症候群を問題にするのであろうか。生活習慣病は国民医療費の約3割、死因全体の約6割を占める。昨年6月に成立した医療制度改革法は医療費抑制のための生活習慣病対策として、40歳以上の健診の義務化や保健指導の徹底を求めている。厳しめの判定基準を設けることで、医療費を減らす狙いがあるといわれるが、40歳以上の男子の半分がメタボリック症候群及びその予備軍だというのでは別の狙いが隠されているのではと勘ぐらざるを得ない。
 
2 やや肥満気味が長寿
 藤田紘一郎 東京医科歯科大学名誉教授も「太りすぎが重大な病気の引き金になることは確かですが、統計的にはやや肥満気味の人の方が、やせた人よりもむしろ長寿であることが分かっています。肥満の度合いは体格指数(BMI=体重を身長の二乗で割った数値)で表されます。日本ではこの指数18・5〜24・9が正常とされ、厚生労働省は22〜23を推奨しています」「国内では、BMIが24〜25くらいの人の寿命が最も長いというデータがあります。米国でも25〜29.9の過体重の人々の死亡率が最も低い。つまり、少し太り気味の人が最も長生きという結果です。日本の判定基準だと、この最も元気な人々を病人扱いすることになってしまいかねません」(日経:2006.9.4)と述べている。鎌田實 諏訪中央病院名誉院長も「おお太ではなくちょい太がいい。『やせている人ほど短命』『最も長生きなのは小太り』…少しだけ太っていることは体にいい働きをする。免疫力を高め、感染症にも強くなり、がんにかかりにくい体にしてくれる」(鎌田實『ちょい太でだいじょうぶ』集英社)と厚生労働省とは逆に“ちょい太”を推奨する。

3 マネジドケア導入の隠された意図
 むろん、厚生労働省の狙いは2千万人もの国民を“病人”に仕立てあげ、医療費を増加させることではあるまい。『健康日本21』(21世紀における国民健康づくり運動)を提唱する厚生労働省のY課長が保健関係者の間では常識的なBMI(Body Mass Index)の“ちょい太”の数字を知らないはずはない。そもそも、BMIにはアメリカや厚労省での追跡調査による根拠があるものの、ウエスト85センチには何の科学的裏づけもない。各国で基準はばらばらである。厚労省は保健指導として、生活習慣病の危険度に応じて、危険度が高い人には、食生活の改善や運動、禁煙など3〜6カ月間の支援プログラムを、それに次ぐ人には、生活習慣の改善指導を行うというが、むしろ、病気への危険性を意識的に煽ることによる個人への“動機づけ”にその真意があるのではなかろうか。その場合、保健指導の対象者が1〜2割というのでは少なすぎる。だから、あえて判定基準を厳しくし、50%を確保したかったのではないか。
 個人への“動機づけ”の最終目標には、医療費の急激な増加を抑えようとする「管理された医療」=マネジドケア(Managed Care)の導入の意図がある。マネジドケアとは、医療サービスへのアクセスやサービスの内容を管理・制限することで、限られた財源のもとで効率よい医療サービスの提供を目指すということ、つまり、適切な医療サービスを提供すること、医療コストを削減することが目標である。しかし、現実には、医療コストを削減する方法としては、@医療サービスへのアクセスの制限であり、患者が勝手に救急病院で受診したり、専門医で受診したりすることを制限すること。A管理の手段として市場原理により、医療サービス供給側に大幅な値引きを迫る。Bコストのかさみそうな症例については、効率よくすることが行われる。例えば出産は1日で、分娩後の母親が24時間後に退院させられる。乳がん1日、肺炎2日、冠動脈バイパス手術4日、心筋梗塞4日であり、5日目からの入院は医学的必要性が認められないと言われる(李 啓充 ハーバード大学医学部助教授「現代米国の医療制度に何を学ぶべきか」富士通21世紀病院経営戦略フォーラム)。マネジドケアは国民皆保険制度のないアメリカ生まれの制度であり、そのまま単純に持ち込むと皆保険制度の崩壊に繋がりかねない。

4 公的医療保険制度の掘り崩し
 個人への“動機づけ”のもう一つの側面は、「個人責任」という市場主義経済の“キーワード”を持ち込むことである。肥満=生活習慣病は“個人責任”であるという論理により、肥満者で保健指導に従わない者は医療サービスから排除する、あるいは、高い医療費を払わされるという形で、公的医療保険制度を掘り崩そうとする臭いが感じられる。肥満になるのは個人の責任であろうか。むしろ、ファーストフードをはじめとする現在の食生活、超過勤務、異常な社会的ストレスなど社会的要因によるものが多いのではあるまいか。鎌田實氏は上述の文章の中で、長寿県として名をはせていた沖縄県の男性の平均寿命が、全国26位まで急落した『沖縄ショック』をもたらしたものは、格安のアメリカの牛肉の入り込みや、ハンバーガーなどアメリカ風の食事、生活スタイルによる食生活の転換の蓄積が、文字どおり体の贅肉となったことだと分析している。

5 社会的排除の論理
 ここ数年、特に2003年の健康増進法改正以来喫煙に対する風当たりが強まっている。病院や学校、官公庁舎などにおいては、それまで行われていた分煙が廃止され敷地内を全面禁煙にするところも増えている。むろん、かつてのように事務室や航空機などの狭い空間で喫煙することは受動喫煙の被害もあり許されることではない。しかし、物事を善玉と悪玉に二分して、喫煙を絶対悪とするアメリカ的思考方法には違和感を感ぜざるを得ない。2002年に施行された地域全体を禁煙とする東京・千代田区の「路上喫煙禁止条例」などは異常というしかない。そもそも、かつての結核や赤痢などの感染症中心の時代から生活習慣病(慢性疾患)の時代へ、ケアの時代へと病気の構造は大きく変化している。生活習慣病を感染症のように、喫煙や肥満など特定原因だけに単線的に求めようとするには無理がある。アメリカでは肥満にかかる遺伝子の研究も進められているが、社会的排除に繋がりかねない。

6 医療改革は国民皆保険制度を守ったうえで
日本の医療の基本的な評価は「低い医療費で高い健康水準や健康寿命(健康状態を加味した平均寿余)を達成している」ということである。WHOが2000年にまとめた報告書では、日本は「健康寿命」の面で世界一で、医療費(対国内総生産=GDP=比率)は先進国中最低クラスにある(日経:2004.11.8 広井良典千葉大教授)。しかし、今後とも医療費の増加は避けられないので、開業医重視から病院重視に改めることを含め、医療サービスの効率化は図る必要がある。だが、それは健康管理を個人の責任に帰して皆保険制度の肉を全て剥ぎ取ることではない。『ちょい太でだいじょうぶ』なのである。いたずらに国民の危機意識を煽るのではなく、地に足が着いた議論をすべきであろう。

No.350のTOPへ トップページに戻る