ASSERT 351号 (2007年2月24日発行)

【投稿】 フセイン元大統領の死刑についての断想(その1)
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【投稿】 フセイン元大統領の死刑についての断想 (その1)
                          吉村 励

 まえがき
 2006年12月30日フセイン元大統領(59)は、バクダッドで絞首刑に処せられた。新聞は「24年にわたりイラクを独裁支配してきた元大統領は<人道に対する罪>で裁かれた(06年12月31日『毎日新聞』)と報じた。そして「米国の影響下で行われた裁判の正当性には疑問がつきまとい旧フセイン政権を支えたスンニ派の反発は必至だ。シーア派が主導するイラクのマリキ政権や米国は死刑執行で治安情勢が安定することを期待しているが、泥沼化している宗派間対立に一層拍車がかかるおそれがある」(同)とつけ加えている。多くの読者(私を加えて)の見解=予想は、これと同様であろう。イラク問題、フセイン元大統領の死刑について、広汎にして体系的な論評を加える能力は、私にはない。この拙文の目的は、この死刑に関連して、種々な問題を指摘し、読者諸君と一緒に考えて、多くの教示を与えられることを期待するものである。
 
 1、歴史の流れ、独裁と民主主義
 二者択一で「民主主義と独裁とはどちらが良いか」と選択を要請されたら、多くの現在の日本人は、躊躇なく「民主主義」と答えるであろう。しかし歴史の流れを見ると、事態はそれほど簡単なものではない。
 中世=封建社会から近代社会(資本主義社会、その政治的形態としての民主主義社会)へ移行するに当って、多くの国(とくにヨーロッパ)では、17世紀から18世紀にかけて、絶対主義=絶対王政の時代を経験した。この絶対王政は、それ自身封建的性格を持ちながら、国内で分散・支配している封建領主を掃蕩し強力な国家権力をうちたて、分散している地方市場を一つの国内市場とまとめ上げ、資本主義への道を開拓した。
 こうして形成された国内市場と国際貿易を基礎として資本主義が発達するとともに、発言力を増した資本家と後には労働者が、国内生産の一層の発展のために、かつては資本の形成・成長のための庇護者であった絶対主義を排除し、厖大な官僚機構と軍隊を必要とする「金のかかる政治体制=絶対王政」を?伏して、自分達の思いのままになる「安価な政府」をつくり上げるために絶対王政を打倒したのが、いわゆるブルジョア民主主義革命であり、その成果がブルジョア民主主義(簡単にいえば民主主義)なのである。
 ここまでいうと、読者の皆さんは、もうおわかりと思う。絶対王政=専制が良いか、民主主義がよいのかという問題は、善とか悪とかの問題ではなく、それぞれの国の歴史の発展の段階における選択の問題なのである。生産力が発展せず、資本主義の発展がまだ未熟である国においては、絶対主義(専制=独裁といいかえても良い)は、必要であり、カッコつきの「善」、あるいは「必要悪」なのである。それでは、イラクの経済発展段階はどうなのであろうか。本来ならば、経済=産業の広汎な資料・統計を準備することが必要なのであろうが、それを示す簡単なメルクマール(指標)で代替することができるであろう。そのメルクマールとは非識字率(100人のうち字の読めない人の率)である。経済が発展し、働く労働者がふえれば、識字率は向上する(工場内で<火気厳禁とか禁煙>とかの掲示が読めなければ大災害を招来する)。ところが、やや古いが1996年のイラクの非識字率は男女平均で42.6%(男29.3%、女55.0%)(総務庁統計局編『世界の統計』1999年版319頁)(ちなみに、同統計によれば、イランの非識字率は男女平均27.7%、男21.6%、女34.2%、アフガニスタンのそれは、男女平均68.3%、男52.8%、女85.0%である。)である。イラクでは、男性の約3割(3人に1人)、女性の6割弱が字が読めないのである。政府の公報も読めず、新聞・雑誌も読めない人民が、約半分に近い4割強の国では、近代産業が広汎に発達する余地はなく、民主主義が成立する基盤もないのである。なぜなら、民主主義とは経済的・政治的に自立した市民(経済的・社会的・法律的常識を身につけ、自立的に判断する主体)を前提にするからである。アメリカが巷間流布されているように、日本で成功した占領→民主主義の移植を軽々にもイラクで意図し実行したとすれば、それはイラクと日本の経済・社会の発展段階のちがいを無視したからにほかならない。フセインの処刑にあたって、アメリカは、そしてその傀儡政権は、今から25年前の1982年の「ドジヤイル事件」での148人の殺害事件を理由としてあげているが、かくされた真実の理由は、「24年の独裁」であったことは、衆目の一致するところである。アメリカは、フセインの死刑によって、停戦・和平条約を締結する相手を自ら葬りさったのである。上からの占領軍の圧力によって、形式だけの選挙で選出されたマリキ政権が、傀儡政権として、イラク国民の支持をえることができない以上、アメリカは、さきの見えない長期の占領を継続しなければならない。独裁者を失って「事実上の内戦状態」におちいったイラクを占領しつづけるために、ブッシュ大統領は07年1月10日のテレビ演説で「現在派遣中の13万2000人の駐留米軍に、さらに5戦闘旅団1万5000人を増派する」方針を表明した。すでに駐留米軍の死者が3000人をこえ、9・11の死者数を凌駕し、過日の中間選挙で、アメリカ国民に「ノー」をつきつけられたブッシュ大統領は、今回の「焼け石に水」程度の兵力増強で、事態の好転をまねきうる筈はなく、ぬきさしならぬ泥沼にノメリこんでゆくことになるであろう。元来、大量破壊兵器の存在を口実として始まった「イラク戦争」は、大量兵器の存在が無いということが判明して、その「大義」と「名目」を喪失したのである。残るところは、無条件の不名誉な、しかし賢明な兵力撤収が唯一の道であろう。この場合、世界的に「アメリカのポチ(愛犬)」と評せられている日本の小泉・安倍首相、そして日本人民のとるべき道は・・・・?。私達にも問題は厳然として課せられているのである。
 
 2、死刑問題に関する国際情況
 ところで、フセイン大統領の死刑について、次に私の問題としたいのは、死刑問題に関する日本と世界との関係の問題であり、とくに死刑制度廃止に関する世界と日本の情況についてである。
 
<表1> 世界における死刑制度廃止国と存置国

あらゆる犯罪に対して、死刑を廃止している国
88(44.6%)
通常の犯罪にのみ死刑を廃止している国
11(5.6%)
事実上の死刑廃止国
29(14.7%)
死刑制度存置国
69(35.0%)
(注) 原文: Abolitionist and Retentionist Countries
これは2006年12月12日に更新された原文を和訳したものです。(アムネスティ・インターナショナル日本)

 表1「世界における死刑制度廃止国と存置国数」は、何らかの形で死刑制度を廃止している国が128(64.9%)に対し、死刑制度を残している国が69(35%)であり、死刑制度を残している国は、約3割強の少数であることを示している。これらの死刑制度を廃止した国々は、当然フセイン元大統領の死刑についても反対であった。その所見発表は簡単で明瞭であった。わが国のマスコミの報道が死刑肯定的で詳細であることとは対照的であることに注目されて良いであろう。

 <表2> 死刑を全面的に廃止した国(88)
(法律上、いかなる犯罪に対しても死刑を規定していない国)
アンドラ、アンゴラ、アルメニア、オーストラリア、オーストリア、アゼルバイジャン、ベルギー、ブータン、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブルガリア、カンボジア、カナダ、カボベルデ、コロンビア、コスタリカ、コートジボアール、クロアチア、キプロス、チェコ共和国、デンマーク、ジブチ、ドミニカ共和国、エクアドル、エストニア、フィンランド、フランス、グルジア、ドイツ、ギリシャ、ギニアビサウ、ハイチ、ホンジュラス、ハンガリー、アイスランド、アイルランド、イタリア、キリバス、リベリア、リヒテンシュタイン、リトアニア、ルクセンブルク、マケドニア(旧ユーゴスラビア)、マルタ、マーシャル諸島、モーリシャス、メキシコ、ミクロネシア(連邦)、モルドバ、モナコ、モンテネグロ、モザンビーク、ナミビア、ネパール、オランダ、ニュージーランド、ニカラグア、ニウエ、ノルウェー、パラウ、パナマ、パラグアイ、フィリピン、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、サモア、サンマリノ、サントメプリンシペ、セネガル、セルビア、セーシェル、スロバキア共和国、スロベニア、ソロモン諸島、南アフリカ、スペイン、スウェーデン、スイス、東チモール、トルコ、トルクメニスタン、ツバル、ウクライナ、英国、ウルグアイ、バヌアツ、バチカン市国、ベネズエラ (注)同前

<表3> 通常犯罪のみ廃止した国(11)
(軍法下の犯罪や特異な状況における犯罪のような例外的な犯罪にのみ、法律で死刑を規定している国)

アルバニア、アルゼンチン、ボリビア、ブラジル、チリ、クック諸島、エルサルバドル、フィジー、イスラエル、ラトビア、ペルー (注)同前

<表4>  事実上の廃止国(29)
(殺人のような通常の犯罪に対して死刑制度を存置しているが、過去10年間に執行がなされておらず、死刑執行をしない政策または確立した慣例を持っていると思われる国。死刑を適用しないという国際的な公約をしている国も含まれる。)

アルジェリア、ベニン、ブルネイ・ダルサラーム、ブルキナファソ、中央アフリカ共和国、コンゴ共和国、ガボン、ガンビア、ガーナ、グレナダ、ケニア、キルギスタン、マダガスカル、マラウィ、モルディブ、マリ、モーリタニア、モロッコ、ビルマ(ミャンマー)、ナウル、ニジェール、パプアニューギニア、ロシア、スリランカ、スリナム、スワジランド、トーゴ、トンガ、チュニジア (注)同前

<表5>  死刑制度存置国 (69)
アフガニスタン、アンティグアバーブーダ、バハマ、バーレーン、バングラデシュ、バルバドス、ベラルーシ、ベリーズ、ボツワナ、ブルンジ、カメルーン、チャド、中国、コモロ、コンゴ民主共和国、キューバ、ドミニカ、エジプト、赤道ギニア、エリトリア、エチオピア、グアテマラ、ギニア、ガイアナ、インド、インドネシア、イラン、イラク、ジャマイカ、日本、ヨルダン、カザフスタン、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国、クウェート、ラオス、レバノン、レソト、リビア、マレーシア、モンゴル、ナイジェリア、オマーン、パキスタン、パレスチナ自治政府、カタール、ルワンダ、セントクリストファーネビス、セントルシア、セントビンセント・グレナディーン、サウジアラビア、シエラレオネ、シンガポール、ソマリア、スーダン、シリア、台湾、タジキスタン、タンザニア、タイ、トリニダード・トバゴ、ウガンダ、アラブ首長国連邦、米国、ウズベキスタン、ベトナム、イエメン、ザンビア、ジンバブエ (注)同前

<表6> アメリカ合衆国の死刑制度廃止州と存置州
<死刑を廃止している州及び地区>
アラスカ州、ハワイ州、アイオワ州、メイン州、マサチューセッツ州、ミシガン州、ロードアイランド州、ミネソタ州、ノースダコタ州、ヴァーモント州、ウェストバージニア州、ウィスコンシン州、コロンビア特別区(ワシントンD.C.)、プエルトリコ、グアム、北マリアナ諸島、米領ヴァージン諸島、米領サモア

<死刑が執行されていない州>
ニューヨーク州、カンザス州の裁判所は2004年に死刑を違憲とした。ニューハンプシャー州、ニュージャージー州、サウスダコタ州では1976年以来死刑が執行されていない。

<死刑が執行について調整に入った州>
イリノイ州においては司法当局により死刑確定後であっても、州の特別委員会の調査の上で改めて死刑が認められない限り、被告人は死刑とならない状況である。

<死刑が適応される州>
テキサス州が死刑制度が最も盛んな州として知られている。全米の死刑のうち3分の1はテキサス州によって執行されている。
(注) (アメリカ合衆国では)死刑は「合憲」と連邦最高裁の判断が出ている。
ただし執行方法の合憲性が問題となることもある。州の判断で死刑廃止することも可能。ニューヨーク州高等裁は死刑執行方法を違憲とする判決を出した。テキサス州は2000年代において年間100人以上が死刑に処せされている。
かつてアメリカでは「レイプを罪状とする死刑」が横行していた。1870〜1950年までにレイプを理由に771件が死刑判決を受けたが、そのうち701人が黒人であった。人種差別との批判が相次ぎ、1972年に連邦最高裁によって「レイプを罪状とする死刑」は違憲と認定された。しかし、「未成年に対する殺害を伴わない性犯罪の再犯者」へ死刑が適用される州法がサウスカロライナ州、フロリダ州、ルイジアナ州、モンタナ州、オクラホマ州の5州で最近成立し、殺人を犯していない性犯罪者に対する死刑適用は過酷であり、憲法違反であると強く批判されている。
死刑制度の有無は、州によって異なる。民主党優位の州では廃止、共和党優位の州では維持される傾向にある。具体的にはニューイングランド諸州、ニューヨーク州で死刑廃止、または禁止された。ただし、共和党勢力が強い中北部諸州も死刑廃止されている州があるが、これらの州が治安的に安定している事が背景にある。逆に、民主党が強い西海岸諸州でも死刑制度が存続している州がある。これは、賛成派と反対派が拮抗している状態であるためである。また凶悪犯罪の率の高い州で死刑制度が維持される傾向にある、特に南部諸州で顕著である。死刑維持派は主に被害者の権利を根拠とし、廃止派は人権保護の普遍性人命の尊重とを根拠としている。

<表7> 1976年以降死刑を廃止した国
1976: ポルトガル(すべての犯罪に対して)
1978: デンマーク(すべての犯罪に対して)
1979: ルクセンブルク、ニカラグア、ノルウェー(すべての犯罪に対して)
ブラジル、フィジー、ペルー(通常の犯罪に対して)
1981: フランス、カボベルデ(すべての犯罪に対して)
1982: オランダ(すべての犯罪に対して)
1983: キプロス、エルサルバドル(通常の犯罪に対して)
1984: アルゼンチン(通常の犯罪に対して)
1985: オーストラリア(すべての犯罪に対して)
1987: ハイチ、リヒテンシュタイン、ドイツ民主主義共和国(注1)(すべての犯罪に対して)
1989: カンボジア、ニュージーランド、ルーマニア、スロベニア(注2)(すべての犯罪に対して)
1990: アンドラ、クロアチア(注2)、チェコスロバキア連邦共和国(注3)、ハンガリー、アイルランド、モザンビーク、ナミビア、サントメプリンシペ(すべての犯罪に対して)
1992: アンゴラ、パラグアイ、スイス(すべての犯罪に対して)
1993: ギニアビサウ、香港(注4)、セーシェル(すべての犯罪に対して)ギリシャ(通常の犯罪に対して)
1994:  イタリア(すべての犯罪に対して)
1995: ジブチ、モーリシャス、モルドバ、スペイン(すべての犯罪に対して)
1996: ベルギー(すべての犯罪に対して)
1997:  グルジア、ネパール、ポーランド、南アフリカ(すべての犯罪に対して)
ボリビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ(通常の犯罪に対して)
1998: アゼルバイジャン、ブルガリア、カナダ、エストニア、リトアニア、イギリス(すべての犯罪に対して)
1999: 東チモール、トルクメニスタン、ウクライナ(すべての犯罪に対して)ラトビア(注5)(通常の犯罪に対して)
2000: コートジボアール、マルタ(すべての犯罪に対して)アルバニア(注6)(通常の犯罪に対して)
2001: ボスニア・ヘルツェゴビナ(注7)(すべての犯罪に対して)チリ(通常の犯罪に対して)
2002: キプロス、ユーゴスラビア(後のセルビア・モンテネグロ(注9))(すべての犯罪に対して)
2003: アルメニア(すべての犯罪に対して)
2004: ブータン、ギリシャ、サモア、セネガル、トルコ(すべての犯罪に対して)
2005: リベリア(注8)、メキシコ(すべての犯罪に対して)
2006: フィリピン(すべての犯罪に対して)

(注)
(1) 1990年に、ドイツ民主主義共和国はドイツ連邦共和国(1949年に死刑を廃止)に統一された。
(2) スロベニアとクロアチアは両国がまだユーゴスラビア社会主義連邦共和国であった間に死刑を廃止した。両国は1991年に独立した。
(3) 1993年にチェコスロバキア連邦共和国はふたつの国に分かれ、チェコ共和国とスロバキアになった。
(4) 1997年、香港は中国に特別行政区として返還された。それ以降も香港は死刑廃止を維持している。
(5) 1999年、ラトビア国会は、平時の犯罪に対する死刑を廃止している欧州人権条約第6議定書を批准することを決議した。
(6) 2000年、アルバニアは、平時の犯罪に対する死刑を廃止している欧州人権条約第6議定書を批准した。
(7)2001年、ボスニア・ヘルツェゴビナは、すべての犯罪に対して死刑を廃止している「市民的および政治的権利に関する国際規約の第2選択議定書」を批准した。
(8)2005年、リベリアは、すべての犯罪に対して死刑を廃止している「市民的および政治的権利に関する国際規約の第2選択議定書」を批准した。
(9)モンテネグロは、すでにセルビアとの連邦国家の一部となった2002年に死刑を廃止していた。2006年6月28日には独自の国連加盟国となった。
(10) ヨーロッパ
EU各国は、不必要かつ非人道的であることを理由として死刑廃止を決定し、死刑廃止はEUへの加盟条件の1つとして掲げている。欧州評議会においても同様の基準を置いているため、ヨーロッパ唯一の死刑存置国ベラルーシは欧州評議会から排除されている。EUは日本やアメリカなど死刑を存続している他国に廃止を迫り、2001年6月には、両国の欧州評議会全体におけるオブザーバー資格を剥奪する決議を採択した。
(11)出展 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 表2は、全面的に死刑を廃止した国の名称であり、表3は通常犯罪に関してのみ死刑を廃止した国の名称であり、表4は事実上死刑を廃止した国(名目上は死刑制度を残しているが)の名称である。表5は、死刑制度存置国の名称である。これら表2、表3、表4、表5を通じて、私達は、傾向として、死刑制度廃止国は、ヨーロッパに多いことを知ることができるのである。
 表6は、一応、死刑制度存置国となっているが、州の独自性が強く、州ごとに、死刑廃止の州ならびに地区と死刑執行州が混在するアメリカ合衆国の情況を示すものである。この表6では、全国50州(特別区1区がこれに加わる)のうち、18州ならびに区では死刑が廃止されており、5つの州で死刑が事実上停止されており、1つの州では死刑執行の調整に入っており、24/51が、死刑反対であることがわかる。その点では、アメリカは反対・賛成が拮抗しているが、わずかに死刑賛成派が優勢であることと言えよう。
 表7は、1976年以降に死刑を廃止した国の名称である。死刑廃止の国(128)の58.5%(約6割弱)が、1976年から2006年の約30年間に、死刑制度の廃止にふみきったことを示している。ちなみに、1976年は、1972年の石油ショックを契機とする世界的不況のまっただなかの年で、西欧先進諸国は軒並みマイナス成長となり、失業者は増大し、パリ郊外のランプイエで史上初めての先進国首脳会議が不況を題材として開催された年でもある。
 なお、もうひとつ注目してもらいたいのは、表7に関しては、(注)10の「EUが日本やアメリカなどの死刑を存続している他国に廃止をせまり、2001年6月には、両国の欧州評議会全体におけるオブザーバー資格を剥奪する決議を採択した」という指摘である。ヨーロッパの主要諸国によって構成されるEU(ヨーロッパ共同体)から、日本にたいして、オブザーバー権剥奪という形で、死刑廃止問題が日本に提起されるということは、不勉強な私は知らなかった。政府もマスコミも大々的に報道しなかった。なぜだろうか。次に、この問題を解明しなければならない。
 
 3、死刑制度廃止に関する日本の概況
 死刑問題に関する日本の情況を語る前に、まずのべておきたいことは、1989年に、国連で死刑廃止条約(「国連人権規約」の「市民的及び政治的権利に関する国際条約の第二選択議定書」)が採択されたということである。さきにのべたように、ヨーロッパ共同体(EU)が、死刑廃止をEUへの加盟条件として掲げ、欧州評議会においても、同様の基準をおいているため、ヨーロッパ唯一の死刑存置国であるベラルーシが欧州評議会から排除されていることは、この国連の「死刑廃止条約」に照応するものであるといえよう。この国連の死刑廃止条約の採択にあたっては「国連中心の外交政策」を、外交政策の基準と称する日本政府の代表が反対した。奇妙なことである。しかし、さすがに気がひけたのか、日本は、1989年の11月から1993年の3月までの3年4ヶ月の間は、死刑執行を停止した。死刑が再開されたのは、1993年4月、当時の法務大臣 後藤田正晴が死刑執行を復活させたからである。それ以降、わが国では、最低1回は死刑が執行されている。
 ところで、国連の「死刑廃止条約」、EUの加盟条件の一つとしても「死刑廃止」の存在、世界の197ヶ国の中の少数派(35%)としての死刑制度存置国という情況のもとで、わが国がなぜ執拗に死刑制度存置に固守するのかという問題が生じる。そのために、私達は死刑制度が立脚する基本命題にアプローチしなければなるまい。
 死刑廃止論の基礎にあるものは「汝 殺すなかれ」という基本命題である。西欧の神話によれば、神は天地創造の後で、「自分の姿ににせて」人間(男性アダム)を創り、さらに女性(イブ)を創り、多くの動植物を創ったとされている。生物の誕生である。神によって与えられた命は、ただ神によってのみ召されることができる。人間がこれに関与するのは不遜の極みである。その思想が集約されたものが「汝 殺すなかれ」という命題に集約されている。
 死刑廃止論の根拠となるもう一つの問題は、やはり、人間の本性に関する命題=「人間はあやまちを犯すものである」という命題である。神は完全であり、あやまちを犯すことはない。しかし、人間は、不完全なものであり、必ずあやまちを犯すものである。絶対にあやまちを犯さないという「絶対」は、神にのみ固有のものであり、人間が「絶対」を呼称することは、限界をこえた不遜の限りである。そして、人間が不完全であり、誤りを犯すものであるならば、裁判における判決においても、また過ちを避けることはできない。そして死刑判決において、そのあやまちが、一万回に一度、あるいは百万回に一度、生じたとしても、死刑された者の命はもう永久に帰ることはない。国家権力を背景として、国家が、無罪の人間を殺すという「殺人行為」が合法的に行われることを回避しようとすれば、必然的に「死刑廃止」という結論に到達するのである。最近(今年すなわち2007年に入ってから)富山県における誤判の実例がマスコミによって報道された。裁判によって、3年の実刑に服した男性が、解放された後で、実際の犯人があらわれたというのである。読者の多くは、テレビもしくは新聞で、この事実を知られた筈である。この場合、失われたものは、3年の歳月である(しかし、実は、3年の歳月のみでなく、家庭も、職業も、未来も失われたであろう。この喪失をのりこえての再生は、彼に長期間にわたる課題と努力を課するであろう)。彼にいかなる国家補償が行われるか、その補償の内容とあり方が、国家の良心を表現する。私は、この誤判の生じた詳細な検討と、国家補償に注目するとともに、それが<死刑>であったら・・・・と慄然とするのである。
 死刑廃止論のもう一つの命題(それはさきの二つの命題に比べて、やや現実的であり、その比重は軽いと思われるが)は、死刑の犯罪防止効果が、さまで大きくはないということである。犯罪を犯す場合、多くの人は逆上して「我を忘れる」という状態にあるものと考えられる。その点を考えれば、この命題(犯罪防止効果があまり大きくはない)ということは諒解されるところである。詳論は不要であろう。
 ただ、ここでつけ加えておきたいことは、私が、さきの二つの命題に関して<神>という概念に依拠したことである。私を知る読者は、私がいつの間にか、唯物論者=無神論者から神秘主義者あるいは観念論者に変質したのかと疑問に思われたかもしれない。しかし私は依然として唯物論者であり、無神論者であると考えている。ここで神という概念を使用したのは、スピノザが、自然=神と考えたことにならったにすぎない。
 科学が進み、社会や自然に関するわれわれの認識が進んだとしても(あるいは認識が進んだがゆえに)社会や自然に関して、われわれ人類の知らない世界は増大した。一つの事象が解明=認識されれば、それと関連し、またその先に、一層多くの知らない世界が出現する。かつて私の大学在職中、医学部の友人に「最近の医学の進歩で、何パーセント位、病気の原因が認識できましたか」と問いかけたところ、「新しい発見があると、それに関連して一層解明すべき疑問がふえるのです。われわれの知っていることは、せいぜい<大海の一滴か二滴>にすぎませんよ」といわれて、赤面し、かつ感動したことを覚えている。人類の認識が進めば進む程、逆に認識されない領域がわれわれの前に大きくなって立ちはだかる。この認識されない世界、認識されていなくとも、何らかの形で常に私達の生活に影響を与え続けている未知なる世界をふくめて、自然・社会全体を、敬虔の心をこめて「神」といってもよいのではないかと考えている。(続く)

 <投稿のお礼と、分割掲載について>
 今回、吉村励先生から、1万字を越える投稿をいただきました。先生のご努力に感謝するばかりです。
 紙面構成等の関係で、止む無く2回に分けての分割掲載とさせていただきました。 
  投稿の構成は
 <まえがき>
 <1、歴史の流れ、独裁と民主主義>
 <2、死刑問題に関する国際情況>
 <3、死刑制度廃止に関する日本の概況>
 となっておりまして、2月号では<3>までを掲載させていただき、以下は次号3月号に掲載することといたします。 読者各位におかれましては、積極的にご意見・ご感想をお寄せくださるよう、お願いする次第です。 
             アサート編集委員会 佐野秀夫